7-3 魔法使いの弟子の少年は、師匠で猫の婆とデートする?
貴族連盟議事堂本会議場で、なお会議は続く。
「魔術師は努力さえすれば誰でもなれる。しかし魔法使いは生まれつきの才能が必要となる。昇華の杯はその魔法使いの才能を付与したうえで、魔法使いとしての力の引き出し方もある程度身に着けるという話ですね」
「西方大陸で創られたという話は聞いたことがあります。眉唾だと思っていましたが……」
多少魔道に精通した貴族達が発言する。
「その昇華の杯――魔術師を魔法使いにする魔道具を手に入れたとしたら、やはり副棟梁のジャン・アンリが魔法使いになるのでしょうか?」
ワグナー議長がミヤの方を向いて伺う。
「それはどうだろうねえ。ジャン・アンリは元々魔法使いに比肩するとまで言われた、優れた魔術師だ。その評判は、儂等が戦ってみて誇張でないと実感したよ。しかしあれが魔法使いになったとして、確かにさらに強くはなるだろうが、元々優秀なので、上がり幅は微妙だろう。それより、ジャン・アンリ以外の魔術師を魔法使いに変えた方が、組織としての力の上がり幅が大きいと見るね」
「なるほど。理が叶っていまする」
ミヤの意見を受けて、ゴートが頷いた。
「で、儂にこの組織を潰せと言うのか?」
ミヤが本会議場の貴族達を見渡して伺う。
「対策チームを作ります。チームに所属して指揮を執って頂きた――」
「対策には協力するが、指揮官なんて断るよ。儂はそんな柄じゃない。この老体にそんな面倒なことさせるな」
ワグナー議長の言葉を遮り、拒否するミヤ。
「これまで通り、猫の手を借りたいようになったら、頼みにくればいい。相手が人喰い絵本だろうが、国家転覆を目論む革命家だろうが、相手はしてやるさ。だが、組織に組み込まれて、始終組織に尽くすなんて御免だね。ましてや指揮を執るなんてとんでもない話さね」
「わかりました。それでは力を借りたい時は、よろしくお願いします」
ワグナー議長がミヤに向かって恭しく一礼した。
(師匠……体が悪いことを気にかけて、それで断ったのかな……?)
口に出して尋ねると絶対に怒られるだろうから言えなかったが、ユーリはミヤの身を案じていた。
***
ジャン・アンリは今日も絵を描いている。絵を描くジャン・アンリの頭の上に、非常に足の長い大きな虫が乗っている。彼が魔術で創り出した虫だ。
「大魔法使いミヤも敵に回るようだが……K&Mアゲイン対策チームに四六時中属する事は拒んだのか。それはありがたいと受け取っていいのか? そういう事にしておくか?」
同じ室内にいる女性に話しかけるジャン・アンリ。彼女は貴族を排して、王政と魔術師ギルドの復権を目指す秘密結社、K&Mアゲインの一員であり、昇華の杯という魔道具によって、魔術師から魔法使いにランフアップした者であり、そして今、ジャン・アンリが描いている人物でもある。
「昇華の杯やバブル・アウトの件が、魔法使いミヤに知られていた事には驚きました。そして棟梁がアザミである事までも、ミヤは見抜いていました」
「一体どこから情報が漏れたのだろうな。向こうの情報もこちらに漏れているが、こちらの情報もどこからか漏れている。皮肉な話だ。絶対にバレない秘密など有り得ないという、教訓という事にしておこう」
女性の報告を受けても、ジャン・アンリは一切の動揺を見せない。いささかも危機感を覚えてもいない様子だ。
「出来た」
ジャン・アンリが画版を手に取り、女性の絵を見せる。
「これは……」
とても明るい笑顔の自分の絵を見せつけられ、女性は言葉を失くしてしまう。
「この世で最も尊く美しい表情は、喜びの笑顔だ。魂の光が美しく輝く瞬間の一つだ。もちろん、それだけがあればいいというわけではない。しかし君のこの表情を見た時、実に神々しく眩いと感じたよ」
ジャン・アンリが朗々と語る。
「空想で描いたわけではなく、街で偶然君を見かけた。君はその時、このように笑っていた。私は記憶に焼き付けたというわけだ。君は組織に顔を出す際も、私の前で話す時も、いつも表情を曇らせがちだ。まあ、それはそれでいいだろうか? まあ、良いという事にしよう。我々の前では浮かない顔や憂い顔の多い君だからこそ、我々の前では見せないこの笑顔が、より輝くというわけだ。理解してもらえたか?」
そこまで喋った所で、ジャン・アンリの頭の上にいた虫が動いた。足を動かし、画版を傷つけてしまう。
「む。失礼。これは……せっかく君に贈る絵を……。台無しとまでは言わないが、よろしくないことをしてしまったな。この虫はわりと躾が成されているのだが、たまにはこのような事もある」
ジャン・アンリが頭に手を伸ばし、虫の背を撫でる。虫は足を引っ込める。
「仕置きをして欲しいか? 許して頂くと嬉しい。それでも腹の虫が収まらないなら、私が代わりに制裁を受ける形ではどうだろう? 虫の過ちは主の責任というわけだ。そうしよう」
「いえ、虫への仕置きもジャン・アンリへの制裁も要りません」
ジャン・アンリが伺うと、女性は言った。
「肝心の部分には傷ついていないですし、この傷も個の一つと受け取っておきます」
「そう解釈して頂くと、こちらとしては非常にありがたい――という事にしておこう」
「しかし自分の顔の肖像画なんて……しかもこんな笑顔、飾るのは恥ずかしいです」
「皆そう言う。結局誰に送ってもしまわれてしまうのだ」
女性の言葉を受け、ジャン・アンリは軽く肩をすくめて言った。このような感情表現のジェスチャーを彼が行うことは、非常に珍しいものだった。
***
馬車で帰路につくミヤ、ユーリ。
「止めとくれ」
まだ家まで距離があるにも関わらず、ミヤが御者に声をかける。
「どうなされました? ミヤ様」
御者の騎士が馬車を止め、ミヤの方を振り返る。
「こっからは歩くよ。たまにはのんびりと、首都の草原を歩いてみるのもいい」
「わかりました」
御者がミヤに一礼する。
「師匠? どうかしたんですか?」
馬車を降りて、ユーリが尋ねる。陽は落ちかけている。周囲は草原だ。
「別に。ユーリとこうして二人でのんびり歩いて帰るのも、悪くないと思ってね。お前は嫌かい?」
道を歩きながら、ミヤが言った。
「いえ、そんなことは……」
「婆とデートは嫌かい?」
「いえいえ、デートなんてことにされても……ただ一緒に歩いてるだけで……」
「つまりデートという事でオッケーかい?」
「いや……ちょっと……勘弁してほしいです」
露骨にからかってくるミヤに、ユーリはたじたじになっていた。
「お前、さっき変な目で儂を見とったろ。対策チームの所属を拒んだのは、儂が自分の容態を気にかけたとか、そんな風に思っておったろ?」
ミヤが歩きながら振り返り、指摘すると、ユーリは口ごもった。
「はっ、図星なようだね。ふー……儂も落ちぶれたものよ。こんな未熟者に心配されちまうとは。ま、仕方ない。歳が歳だし」
ミヤの声に若干自嘲めいた笑い声が混じる。
「あのブラッシーね、何で呼んだと思う?」
「師匠が呼んだんですか?」
「儂の体が悪いのは事実さ。だからね、儂の体を良くするものを探してもらって、送り届けてくれるように頼んでおいたんだよ。どういうわけか、本人がやってきて、直接渡されたけどね」
「そうだったんですか」
ブラッシーのような伝説的な人物に、お使いのような役割を頼むという事に驚きつつ、ミヤが自分の体を案じて手を講じていた事に、ユーリは少し安堵してしまった。ユーリがミヤの体調を案じて意見すると、ミヤは御機嫌斜めになるので、ユーリは中々口出し出来ずにいる。
「話を本題に戻すが、そういうわけで、お前の読みは間違いだ。マイナス1ポイントだよ。理由は他にあるのさ」
「どんな理由でしょうか?」
「ふん。まず考えて当ててみな」
「えーっと……僕の修行のためですか? 僕の面倒見る時間が無くなるからとか」
ユーリの言葉を聞いて、ミヤはポカンと口を開けて絶句した。
「師匠、何でフレーメン反応してるんですか。何か僕がおかしなこと言いました?」
「ふう~……まさかそんな斜め上の、自意識過剰な答えが返ってくるとは思ってもみなかったよ……。ユーリ、お前の中で儂は、よっぽど儂から愛されてやまない存在だと、そういう認識なんだねえ……。ごめん、ちょっとぞわっと震えたよ。ポイント8引いておくわ」
「えええええ~……何ですかそれ。何かわからないけどひどいですよ。マイナスもやけに多いし」
「魔術師と魔法使いは元々王家寄りだったんだ。儂もね。貴族のクーデター時にも、一部の魔術師達は王家について戦う構えだった。しかし結局、当時の魔術師ギルドは、自分達が魔術を用いて貴族達と戦うことを拒んだ。そして戦いを放棄した結果、解体されるという憂き目にあった。ま、貴族以上の特権やら、色々と得るものも大きかったけどね」
今度ははっきり自嘲を交えた口調で話すミヤ。
「ユーリ、お前だからはっきり言っておくよ。儂は心情的には未だに王家寄りだし、貴族連盟のやり方も好かんのだよ。K&Mアゲインの気持ちもわかるのさ。だからといって、革命家気取りの阿呆共につくなんて論外だけどね」
K&Mアゲインの気持ちがわかるというミヤの言葉は、ユーリからすると意外だったが、そっちにはつかないと明言されて、ほっとする。
「そしてこの争いにおいて、助っ人程度に留めるならともかく、中心や先頭には立たない方がいい。そうなると危険が増すのは当然として、戦いに負けた時の責任も大きくなる。そう計算して、一歩退いたんだよ。ふふん。情けない話と思うかもしれんが、例え大魔法使いだろうとね。こういった処世術は必要なのさ」
皮肉っぽい笑い声を交えて喋ると、ミヤは歩きながら周囲を見渡す。
(師匠、そこまで考えていたんだ)
自分の浅はかさを恥ずかしく思うユーリ。
「ふん、綺麗な景色だこと」
「いつの間にかすっかり夕方ですねー」
ユーリは思い出す。小さい頃はこうやってよく二人で、山頂平野を歩いていた。ミヤに買い物に連れて行かれた。しかしここしばらくは、ミヤは言えにこもり、中々外に出なくなっていた。明らかに、そして急激に体調を崩していた。
「ユーリよ。お前は婆とデートなんて嫌だろうけどね」
「え……いや……その……師匠はデートしてる気なんですか?」
またデート云々言われて、ユーリは反撃のつもりで尋ねる。
「儂はお前とこうして見晴らしのいい風景の中を歩いて、思い出を一つ一つ刻んでいくのは楽しいよ。こんな歳になっても楽しい。いや、老いたからこそ、余計に大事に思ってしまうのかもね」
(僕だって楽しい。小さい頃から、凄く楽しかった)
同意するユーリだが、恥ずかしくてそれは口には出せない。
「歳をとるとそうなるんですか?」
代わりにそんなことを尋ねてみる。
「さあね。全ての爺と婆がそうなるとは限らんだろ」
とぼけた口調でミヤが言ったその時、紙飛行機が飛んできた。魔法で飛ばされているものだと、二人ともすぐに見抜く。
紙飛行機がユーリの手に収まる。
「ノアからです」
紙飛行機の上側に書いてあった名前を見て、伝えるユーリ。そして紙飛行機を開く。
紙飛行機の内側は手紙になっていた。そこに書かれていたことは――
「|XXXX《クアドラエックスが僕達を狙って、こちらに向かっているようです」
「ふん、上等じゃないか。今度こそ仕留めてやるよ」
ミヤが鼻を鳴らし、キャットフェイスに不敵な笑みを浮かべた。
七章はここまでです。
なろうの機能の章設定は使わないつもりです。あれは百章が限度だったからです。
この物語が百章以上になるかどうかは不明ですが、念のために使わないことにしました。




