41-1 囚神のジレンマ
・【囚神の夜明け】
ある所に、悪い神様とその信者達を閉じ込める刑務所――悪神監獄がありました。その刑務所に入れられると、悪い神様は改心するまで外に出ることが出来ません。
今日もまた女神が一人、悪神監獄に入れられました。この女神はとても我儘で、他の世界まで侵略して回り、自分の思い通りにならない人達を簡単に殺し、命を踏みにじることを喜ぶ、酷い神様です。
悪神監獄は酷い環境でした。壁も天井も床も冷たい岩造りで、暖房器具も無いので常に寒さに凍えていないといけません。出される食事はどこかの残飯です。過酷な強制労働を強いられる毎日です。看守からは不当な暴言や暴力の数々を受けました。看守に逆らうと身の毛もよだつ懲罰が待っています。
「こんな所にいたくない! どうやったら出られるの!? 改心!? ふざけないで! 私を誰だと思ってるの!」
女神は何度も何度も悲鳴をあげて泣き喚きます。ありの過酷さに、パニック障害を起こすようになりました。
「あーあ、またこの糞鳥が性懲りもなく騒ぎやがって」
「頭イカレちまってんだろ。鳥だけに鳥頭なのか、何度躾けても懲りねーし」
「こいつの罪状見ると、ここに来た悪神の中でもダンチでひどいねえ」
「じゃあ、もっと痛めつけてやらねーとな」
看守達は女神を徹底的に拷問しました。神の力を持っていても、この悪神監獄では限りなく無力です。
「どうして私がこんなことに……。私は全ての世界を収めるべき女神なのよ……。その私がこんな惨めな思いを……」
女神が悲嘆に暮れる日々を送っていたある日のこと――
「ここから出られる方法は二つある」
悪神監獄の所長が、女神の前にやってきて告げました。
「一つは完全に改心したうえで罪の償いを果たすこと。これは当然だな。そのための施設なのだから。そしてお前は比類無き悪神だ。だがそれらを果たさなくても、もう一つ、ここから出る方法がある」
所長は一切感情を交えない、淡々とした口調で語ります。
「この悪神監獄のどこかに収容されている、夜明けの神を探して、連れてこい。まあ無理だろうがな。何しろここに閉じ込められた馬鹿神の大半が、夜明けの神を一度は探している。そして諦めている者が多数だ。未だ延々と探して続けている者も少数ながらいるがな」
「何でその夜明けの神を探して連れてきたら、解放してくれるのよ?」
「御褒美だ。自分にとっても、その神が必要だからな」
「その必要な理由も教えてくれないの?」
「探してくればわかる。見つけられないのなら知る必要も無い」
女神の疑問に対して、所長ははっきりとした答えは述べず、立ち去りました。
***
気が付くと女神は、石造りの部屋の中にいた。
(ここは……頭の中に流れてきた絵本と同じ風景ね)
室内を見て、女神は思う。
空間の扉を開き、外に出ようとした女神であるが、出来なかった。空間操作が封じられている。
(次元の扉を開いて、他の世界に移動できない。閉じ込められってわけ? この私が……?)
ぎりぎりと嘴を噛みしめる女神。
「やっとあの糞アザラシの腹から出られたと思ったら、何なのよ、これは……。畜生っ。私を誰だと思ってるの」
吐き捨てた後で、はっとする。
(絵本と同じ台詞言っちゃってるし……。つか何なのよ、あの絵本は……)
忌々しい思いに駆られていたその時、女神の前の空間が揺らいだ。
女神の前に、和装のおかっぱ美少年が現れる。
少年を見て女神は一目で理解する。自分と同格の存在だと。世界の創造主であると。
「はじめまして、女神。そしてようこそ。僕はダァグ・アァアア。この人喰い絵本の作者だよ。世界の創造主と言った方がいいかな」
ダァグが自己紹介する。
「これって何の真似?」
「ここは君のために創った世界。君のために描いた絵本の中だ。ゆっくり楽しんでいってよ」
女神が問うが、ダァグは微笑をたたえて穏やかな口調で、答えになっていない言葉を返す。
「私が勝手に絵本のキャラにされていたんだけど、あれは何なの?」
「絵本だよ。そういう設定だという、現在の状況の説明。この答えで理解できる?」
ダァグのその答えは、女神の望む答えではない。人喰い絵本のキャラクターにされたことはわかっている。女神はかつて何度も、人喰い絵本の世界に訪れている。何のためにそんな真似をしたかを聞きたかった。
「君を引き込み、この世界の法則に組み込むことが出来た理由、わかる? 僕も神と呼ばれる立場とはいえ、同格の神を僕の支配下に置くことが出来た理由だよ」
「何か差し引きの条件を出したってことよね」
女神はすぐに察した。何かしらの厳しい制約や代償があったからこそ、同格の神を強制的に吸い込み、世界の中に取り込むことが出来たのだと。それ以外に有り得ない。
「そう。君は全ての世界を支配したいんだろう? この物語を君の思い通りに終わらせたら、僕の創る世界――人喰い絵本と呼ばれているこの絵本世界は、君の物になる。そういう条件を付けたから、君を引きずり込み、役者の一人にすることが出来た。他にも制約は色々と設けたよ。できるだけ対等のゲームになるようにね」
女神を人喰い絵本に吸い込み、登場人物の一人に仕立て上げることが出来た理由の一つとして、元々彼女が人喰い絵本を出入りし、利用していたこともある。その事実も代償にこじつけた。
「君は囚神の役だ。この絵本の物語が進行しない限り、例え神であろうとどうにもできない。夜明けの神を見つけ出して、悪神監獄の所長の元に連れていけば、君の勝ちだ。わかりやすいでしょ? でも先に別の誰かが見つけて、所長の元に連れていかれたら、君の負け」
一方的にルールを告げるダァグを、女神は憎々しげに睨みつける。しかしダァグはどこ吹く風で話し続ける。
「僕もリスクを負う。物語の中に入る。君と相対する立場になる。君と夜明けの神の争奪戦を行う。君の思い通りにさせない。僕が望むハッピーエンドにもっていく」
「貴方が書いた物語なら、何をどう考えても貴方にとって圧倒的に有利じゃない。夜明けの神がどこにいるか、貴方にはわかっているんでしょう?」
「いいや、わからない。それではフェアとは言えない。君をこの世界に封じられたのは、君の勝利の報酬だけではない。ルールを公平にするという条件つけたからこそでもある。夜明けの神がどういう形で潜んでいるかは、夜明けの神自身か、あるいは――」
「あるいは?」
「絵本の住人にも魂がある。背景がある。夜明けの神にも信者や従属神がいる可能性はある。彼等は夜明けの神の居場所を知っているかもしれない。そして細かい設定までは、この世界の創造主である僕は決めていない。自然に創造される」
「あっそ……。ルールはわかったわ。そういうゲームなのね。上等よっ。やってやるわ」
ダァグを睨んだまま、女神の中から闘志が燃えあがる。
「よくもまあ私のために、こんな大それた舞台を用意してくれたものね。大変だったでしょうに、頑張ったのね~。えらいえらーい」
嫌味たっぷりに褒める女神だが、ダァグは無反応だった。
「ルールは公平だけど、だからこそ叩き潰し甲斐がある。僕達は絶対君に負けないし、君を完膚なきまでに叩きのめしてあげるから」
ダァグはそう言い残し、姿を消した。
「こっちの台詞よ。糞生意気な餓鬼がっ」
女神が吐き捨てると同時に、喉の奥から吐瀉物を吐き出した。オオフルマカモメは悪臭に満ちた油を吐く鳥だ。
***
ミヤとノアの二人は、朝日に照らされた草原にいた。
「ふん。ユーリとははぐれちまったか」
ミヤが周囲を見回して鼻を鳴らす。
「サユリもいない。レオパもね」
ノアが歩き出す。一面草原かと思いきや、街道が見えたのだ。
「こら、儂より先に勝手に歩き出すんじゃないよ。こういう時は、弟子は師匠の動きに従うもんだ」
「でもどうせこういう時は街道に向かうでしょ」
注意しながら後を追ってくるミヤに、ノアは悪戯っぽく微笑みかけた。
「師匠も先輩も、あれこれうるさすぎなんだよね。移動することにまでそんなルールは欲しくないよ」
「お前はもう少し礼節というものを学ぶ必要があるよ。ま、今は反抗的なまま、言うても聞かんかもしれないけどね。そのうちお前も丸くなるだろうし、その時のために儂はうるさく言っておくよ」
「俺はずっと悪のまま。生涯反抗期。絶対丸くはならない。一生ツンツン尖ったままだから」
釘を刺すミヤであったが、ノアはくすくす笑いながら言い返した。
「ここ、本当に監獄? さっき頭の中の絵本で見た風景とは違う」
「流石にここは監獄の外だろうさ。監獄だけの世界なんてわけがない。監獄の外の世界に放り出されたわけだ」
疑問を口にするノアに、ミヤが言った。他の絵本世界同様、舞台となる場所の外も、世界も住人も歴史も自動生成されているのだろうと見る。
「ソッスカー山頂平野と違って真っ平な平野」
ノアが周囲を見渡して言う。ソッスカー山頂平野は、所々なだらかな斜面がある。
「夜明けの神どうこう言ってたよね。俺達は女神より先に夜明けの神を見つければいいのかな?」
絵本の内容を口にするノア。
「あるいは、女神と鉢合わせたら、女神を仕留めても構わないと思うよ。何にせよ、女神が夜明けの神を監獄所長に届けさせたら、女神は解放されちまう。そういうルールなんだろうさ」
「先に夜明けの神を届けてもよし、互いに潰しあってもよしと。本当にそれであってる? 師匠の見当違いってことはない?」
「儂が今までどんだけ、人喰い絵本の攻略してきたと思っているんだい。大体の傾向はわかるんだよ」
からかい気味に確認するノアに、ミヤは面白くもなさそうな口調で言った。
***
朝日に照らされた宿場町。絵本が終わると、ユーリはただ一人佇んでいた。
(皆ばらばらかな? それとも僕一人はぐれたのかな?)
その疑問の答えが、今わかるはずもない。
無理だろうとわかっていたが、念話や探知の魔法を試してみる。しかし念話はミヤにもノアにも届かず、探知魔法も何の反応も無かった。
(夜明けの神か。それを女神より先に見つけて、所長に届ければいいのかな)
たとえ先に夜明けの神を見つけても、夜明けの神の届けている最中に女神に見つかって、奪われてしまう可能性もあると、ユーリは危ぶむ。
(取り敢えず、悪神監獄を目指して移動しないと)
夜明けの神は悪神監獄の中にいると、絵本の中で所長が口にしていた。そして女神も悪神監獄内にいるが、自分は明らかに監獄の外にいる。スタートの時点で不利だとユーリは感じる。
宿場町をしばらく歩いていたユーリだが、足を止めて目を丸くした。
そこには、ユーリが知るおはっぱ和服の少年の姿があった。道の真ん中に所在投げに佇んでいた。
「あ……」
おかっぱ少年――ダァグ・アァアアは少し遅れてユーリの存在に気づき、驚いたような、そして同時に臆したような顔つきになって、ユーリを見た。




