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40-3 ギロチンの実験もたまには役に立つ

 血塗れのオオフルマカモメ――女神の首が動き、足元で倒れているレオパへと視線が向けられる。


「レオパ~……よくもよくも、この私を長いこと封じ続けていてくれたわね。あんたは絶対許さない」


 女神が憎悪に満ちた声を発すると、嘴をレオパの腹部の破れている中に突っ込ませる。

 レオパの腹部がさらに爆発する。嘴から直接魔力を送り込み、体細胞を破裂させまくったのだ。


 二度の爆発により、胴体が二つにちぎれてしまったレオパだが、再生機能が働き、元に戻っていく。


 女神は翼をはためかせて教室の天井近くまで飛ぶ。レオパの反撃の気配を感じ取っていた。


 現にレオパは自分の上に乗っていた女神に、反撃しようとした所で逃れられたので、悔しげに表情を歪める。


「束ねる血眼の剣」

「今こそ待ち望まれた時。罰の代価を支払う時」


 ドームとズーリ・ズーリが術を完成させる。大量に連なった赤い目玉が、ドームからレオパに向けて一直線に伸びる。ズーリ・ズーリの筒の中から怨霊群が放たれ、四方八方からレオパに襲いかかる。


 再生を終えていないまま、レオパは高速飛翔して二人の攻撃から逃れる。


「へははっ、遊ぼうぜー」


 笑い声が響く。飛んだ先に、グロロンが待ち構えていた。跳躍したグロロンが、レオパの進行方向を塞ぐ格好になった。


 レオパは止まらず、そのままグロロンに体当たりを仕掛けた。


 グロロンは不敵な笑みをたたえて、レオパの体当たりを受け止めようとしたが、300キロを超えるレオパの体重には敵わず、あっさりと弾き飛ばされ、あえなく床に落下する。


「ひっゃはーっ! おらおらおらーっ!」


 女神が歓声をあげ、教室中に火炎弾を降らせた。レオパを狙ってはいない。火炎弾が降り注ぐ対象は、生徒達だった。


「ぎゃあああっ!」

「ぐええっ!」

「へるぷーっ!」

「何……で!?」


 何人もの生徒達が炎に包まれて果てる。悲鳴をあげて逃げ惑う生徒達。


「何やってんだよっ!」


 生徒達を見境なく襲う女神を見上げ、レオパが怒鳴る。


「あははははは、これが嫌なんだ? こいつらあんたのお友達? だったら殺しまくってあんたを悲しませてやるわーっ! きゃははははははーっ!」


 高笑いと共に、今度は光の刃を撒き散らす女神。


 光の刃が生徒達を襲い、生徒達の体が切断されていく。


 そのうちの一つが、チャバックめがけて放たれた。チャバックは硬直してしまっている。


「危ないっ」


 エルフ少年担当教師がチャバックを突き飛ばした。

 チャバックの代わりに、エルフ少年担当教師の首がはねられた。


「先生ーっ!」

「うわあああっ!」

「そんな……そんな……」


 担任教師が殺された場面を見て、生徒達が悲鳴をあげる。あるいは硬直する。


「そんな……オイラをかばって……先生が……」


 最もショックが大きいのはチャバックだった。


 一方レオパは、冷静に動いた。

 レオパが魔法でエルフ少年担当教師の首を持ち上げると、出血を魔法で戻すと同時に、首を胴体に接着する。


「あううう……」


 エルフ少年の担当教師が息を吹き返す。


「先生が生き返ったでごわす!」

「首はねられたのに……回復が間に合うなんて、レオパ先生すごいっ」

「よかった~……」


 生徒達から歓声と安堵の声があがる。


「ギロチン刑の実験で、首をはねられたばかりの囚人に瞬きで確認させて、首はねた直後は死んでいないって知識、役に立ったねー。あはっ」


 レオパが笑う。この実験は都市伝説とも言われているが、そこまでレオパは知らなかった。


「いや、まだよくない。変な奴等が暴れてるっ」


 ガリリネが声をあげた直後、レオパへの攻撃が再開された。


 ズーリ・ズーリ、グロロン、ドームに女神も加わり、いいようにやられまくるレオパ。チューコだけは戦闘に参加せず、不測の事態に備えて様子を伺っている。


(おかしい……。加減して遊んでるの?)


 レオパを攻撃する女神を見て、チューコは不審に思うことがあった。


「このままじゃレオパ先生が死んじゃうっ」


 ウルスラが悲痛な声をあげる。


「でも……あいつら滅茶苦茶強えぞ。加勢したら一瞬でやられちまう」


 オットーが歯噛みする。


「そうだけど、怖いけど……殺されてもいいよ。見てられない」


 ガリリネが静かに言うと、顔の黒い輪を回転させ始めた。


「ガリリネ、よせっ」


 オットーが制止するが、ガリリネは聞かなかった。ガリリネも自分でも愚かな行為だとわかっている。しかしこういう場面で、ガリリネは絶対に黙っていられない性分だ。


 ガリリネが黒輪を複数飛ばす。加勢して気を惹くつもりだった。


「何これ?」


 邪魔が入ることも警戒していたチューコが、魔法であっさりと黒い輪を弾き飛ばしながら訝る。


 ガリリネは黒輪をあっさりと防がれても、全く動じることなく、別の能力を発動させた。精霊さんの絵本の中で身に着けた力を。

 教室内にあちこちに様々な形状の人形が出現する。精霊さんに憑かれた際に発現したインガの能力を、ガリリネは受け継いでいた。


「少しでも時間を稼ぐっ」


 ガリネが叫ぶと、人形達が宙を飛び、神徒と女神に襲いかかる。


「ぬるいぬるい」


 女神が一笑に付し、魔力を放出して人形の半分近くを吹き飛ばす。


(やっぱりおかしい。女神様なら、今のを全部破壊できるはず)


 チューコは女神を見て、再度不審を抱く。


 残った人形も、チューコが破壊する。

 さらに黒い輪で攻撃しつつ、新たな人形を出すガリリネ。


「鬱陶しいなー、もう」


 チューコがガリリネに向けて攻撃しようとしたその時――


「ブヒビーム!」


 かけ声と共にビームが放たれ、チューコの胴を貫いた。


 チューコが撃たれた箇所を押さえ、攻撃が繰り出された方を見ると、黒髪の美少女と、翅が生えた豚が宙を飛ぶ姿が映った。


「サユリだ」

「魔法使い三位のサユリっ」

「あのサユリが助けに来てくれたのか」


 生徒達が期待にどよめく。


「ガリリネ、君は馬鹿なのでして? 脳みそが足りないのでして? 何ならあたくしの味噌を足しまして? こいつらは君の力では到底敵わないのである。身の程をわきまえた方がよいのでして」

「こうでもしなければ、犠牲も増えるし、レオパ先生が殺されるからだよ」


 呆れるサユリに、ガリリネが憮然として言い返す。


「みそメテオっ」


 レオパを攻撃しているグロロンとズーリ・ズーリとドームめがけて、みそ玉の流星群を降らせるサユリ。


「ありがとさままま、サユリ」

「ぶひぃ……何でサユリさんがこんなことしなくちゃならないのだ。たまたま用事で来てただけだってのに」


 礼を述べるレオパだが、サユリはぶーたれていた。


「間に合った? いや、そうでもないか」

「ふん、ある意味手遅れ。ある意味間に合ったと言ったところだね」


 サユリの後方から、ノアとミヤが現れる。


「わーいっ、猫婆だー」

「ノアっ」

「あはっ、心強い援軍だねー」


 チャバックとウルスラとレオパが喜びの声をあげる。


「数が多いね。女神だけでも厄介なのに、取り巻きがいるのはさらに厄介だ」


 ミヤが言った。


「あれが女神……」


 一人遅れてきたユーリが、教室内を飛ぶオオフルマカモメと、教室内で黒焦げの死体となって倒れている生徒達を交互に見やり、冷たい表情になる。


「予定通りにやるよ」

「ダァグはこっちの動きを見て動いてくれるのかなあ」

「ふん。信じるしかないね」


 懸念を口にするノアに、ミヤが鼻を鳴らして戦闘態勢を取る。


「女神、一つ聞きたい」


 ユーリがひどく冷たい声を発した。


 女神の動きが止まり、ユーリに視線を向ける。敵として現れた者に、出会い頭に質問された事が、彼女の好奇心を刺激した。


「何で関係無い生徒まで殺したの? 貴女は仮にも神なんでしょう?」

「え? 何そのおかしな質問?」


 ユーリの質問を受け、女神が呆然として問い返す。


「僕の質問は何もおかしくない。神ともあろう者が、無関係の人間を殺す理由は何かと聞いているんだ」


 大真面目に言葉を続けるユーリ。


(ユーリの悪い癖がまた出たかね? それとも計算しているのかい? ま、いずれにしても丁度いい時間稼ぎが出来そうだよ)


 ユーリを見てミヤは思う。


「はははっ、女神である私を非難したいってわけ? 正義の味方ごっこしたい年頃のお子ちゃまってことねー。えらいえらーい。はいはい、神様ですから正直に答えてあげますよ~。そこにいるレオパをムカつかせて悲しませてやるのに効果的だから、レオパの生徒を狙いました~。はい、正直に答えたわよ~? 納得したぁ?」


 煽り口調で喋る女神に、ユーリは大きく息を吐く。


「神様ってのは、やっぱりそんな風に傲慢なんだ。人の命や心を何とも思っていない。道具か風景程度の認識ってわけだ」

「はぁ~? 何言ってんのよぉ。この世のもんは全部私のもんだっ! あらゆる世界のもの全て、私のために創られたものよっ! それをどうこうしようが私の勝手だってのーっ! きゃははははは!」


 冷たい怒りを滲ませて口にしたユーリの台詞を聞き、女神は翼をひっきりなしにはためかせて、大笑いする。


「神様、もう少し世界に優しくあってください」


 ユーリが恐ろしく冷たい口調で、いつも口にしている祈りの言葉を呟き、命の輪を装着する。


「先輩、先走らないでね」

「大丈夫だよ。また暴走したら師匠のマイナスが飛んでくる」


 釘を刺すノアに、ユーリが微笑を零して答えたが、その眼差しは冷たいまま、女神に向けられたままだ。


 ノアが女神に向けて重力弾を放つ。ユーリは少し遅れて、光の網を女神めがけて投げかける。


 チューコが魔力塊を放ち、ノアの重力弾は相殺したが、光の網は女神の上方にまで及んだ。


 女神が魔力の渦を上方に発生させて、光の網を渦の中に巻き込んだ。渦に絡めとられた網は魔力を弾き飛ばされて消失する。


 ミヤが無数の光弾を連続で飛ばしていく。光弾はそれほど大きくないが、たっぷりと破壊力が凝縮されている。半端な力では防げない。その事実を女神もすぐに見抜いた。


 女神は飛翔して光弾をかわしていく。かわせないと思った光弾のみを魔力の盾で防いだ。


「ふん、中々やるじゃないか」


 戦い慣れているというニュアンスで、ミヤは女神を見上げて呟いた。回避された光弾は、ミヤが意識して消した。天井や壁に着弾すれば、大爆発を起こして学院に被害が出る。


 女神が反撃に出る。炎の触手のようなものが九本出現し、それぞれミヤ、ノア、ユーリに向かって三本ずつ伸びる。


 三人がそれぞれ魔力の盾や障壁で、女神の攻撃を防ぐ光景を見て、チューコは確信した。


(女神様の力、やっぱりかなり弱まっている。長い間封印されていたから?)


 女神が本気で攻撃すれば、もっと熾烈なものになる。あっという間にここにいる敵を全滅できるはずだと、チューコは信じている。


「ぐはっ!」

「ぐふっ!」


 轟音と共に、グロロンとズーリ・ズーリのくぐもった声が聞こえた。


 見ると、教室の三分の一を覆い尽くすほどの巨大豚が、グロロンとズーリ・ズーリを押し潰していた。姿が見えないことから、ドームも下敷きになったとおもわれる。


「見まして。必潰、メガ豚プレス」


 サユリが得意げに胸を張る。


「あはっ、助かったよー。凄いねサユリ」


 レオパが弾んだ声で礼を述べた直後、巨大豚が消えた。


「ぶひ? あたくしの豚を勝手に消すとは……」


 サユリの視線がチューコに向けられる。巨大豚を消したのはチューコの仕業だ。


「イレギュラーで造られたイメージ体みたいだったけど、一応消せたわ」


 サユリを見てにやりと笑うチューコ。


(解析と解呪、こんなに早くしてしまうとは、中々油断ならない子でして)


 チューコをかなりの使い手と見なし、サユリは気を引き締める。


「はいはい、世話焼かすんじゃないわよっ。とっとと立って私のために戦うのっ」


 巨大豚に潰されたうえ、再生機能も破壊されたドーム、グロロン、ズーリ・ズーリであるが、女神はその三人に力を注ぎ込み、回復させた。


 神徒に目を向け、堂々と隙を晒す女神に、ユーリが薄い魔力の膜で女神を覆って、動けなくしようとする。この膜で包まれた者は、彫像のように動きが止められてしまうが、本来は対象と近距離でないと使用できない魔法だ。命の輪のブースト作用で、遠距離に魔力の膜を飛ばしている。


「何よこれっ!」


 覆ってくる魔力の薄膜を、女神は全身から魔力を放射して吹き飛ばす。


 ユーリは彫像膜が破られることも想定したうえで、続けて魔力の矢を連射して女神を攻撃し続ける。


「おい餓鬼ぃ、随分と私に熱あげてくれるじゃない」


 教室内を飛翔し、魔力の矢を全てかわした女神が、ユーリに声をかける。


「神様、人々にあまり意地悪はしないでください」


 うわごとのように呟きながら、ユーリは何本もの魔力の糸を展開する。


「師匠、先輩がちょっと怖い」


 若干引き気味になったノアが、隣にいるミヤに言った。


「うむ。暴走はしとらんようだが――」


 ミヤもユーリの精神状態があまりよろしくないものと見て、危ぶんでいた。


「え?」


 ユーリの魔力糸を魔力の刃で切断しながら、女神は異変に気付いた。空間が激しく歪んでいる。


「これって……?」

(ふん、来たか)


 チューコも訝り、ミヤはにやりと笑う。


 空間の門が開く。それは、ミヤ達にとって見慣れた形状の空間の歪みだった。


「ぶひっ、人喰い絵本が開いたのだ」


 サユリが交戦を止め、空間の門の方を見て言った。空間の門の前には、女神の姿があった。


「な、何これえぇっ!」


 女神が叫ぶ。自分を吸い込もうとする空間の歪みの動きに、懸命に抵抗する


「流石は神か。魔王すらも吸い込む人喰い絵本に抗うとはね。ま、ダァグの言っていた通りだ」


 ミヤが呟き、ユーリとノアに目配せした。


「一斉に押し込むよ!」

「はいっ」

「合点承知の助」


 ミヤの合図に合わせて、ユーリとノアが応答しつつ念動力猫パンチを放った。ミヤも放つ。

 トリプル念動力猫パンチが女神を襲う。一発ではない。三人で連打される。上から下に押し潰す方向での猫パンチではない。人喰い絵本がある方めがけて、吹き飛ばす方向に何度も魔力の猫パンチをしまくる。

 ミヤとユーリとノアは、ダァグと事前に打ち合わせしていた。ダァグが女神を人喰い絵本の中に引きずり込む予定だった。そして人喰い絵本の中で決着をつける計画を立てていた。三人はその手助けをする役目だ。


「女神様っ! うおっ!?」


 女神を助けに行こうとしたグロロンの体が浮き上がった。ズーリ・ズーリ、ドーム、チューコの体も空中に浮きあがり、人喰い絵本の方へと吹っ飛んでいく。


 神徒四名は女神と異なり、抵抗することが出来ずに絵本の中へと吸い込まれた。


「あはっ、邪魔な奴等がいなくなった。あとは女神だけだよっ」


 レオパが笑うと、激しく回転して女神めがけて突っ込んだ。


「ぶっ! レオ……パァァ! またしてもお前はあぁぁ!」


 レオパのダメ押し体当たりを食らい、女神はとうとう踏ん張りが効かなくなり、レオパと重なった状態で、二人まとめて絵本の中へと吸い込まれていった。


「儂等も行くよ。打ち合わせ通り、絵本の中で女神を仕留める」

「はいっ」


 ミヤが促すと、ユーリは応答し、ミヤと共に人喰い絵本の扉に向かって駆け出した。


「サユリもおいでよ。ガリリネは来なくていい。足手まとい」」

「冗談じゃないと言いたい所であるが――ミヤやノアちんに恩を売っておくのも悪くないと計算したのだ」

「来いと言われても行きたくないよ」


 ノアが促すと、サユリは応じ、ガリリネは憮然としてそっぽを向く。


「あうう、ユーリ、ノア、猫婆、サユリさん、頑張ってっ」

「無事に戻ってきてねーっ」


 空間の門に飛び込む四人の背に、チャバックとウルスラが声援を送った。

40章はここまでです。41章から本格的にvs女神の話に突入します。

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