40-2 パターンAとB
ソッスカー山頂平野繁華街のオープンカフェ。
「最近人喰い絵本の出現がぱったりと止まった。これが何を意味するかわかるかい?」
ディーグル、ブラッシー、アルレンティスの八恐三名を見渡し、ミヤが思わせぶりな口調で伺う。
「ミヤ様の言い方からすると、協定を結んだから――という以外の理由もありそうだね」
「そうさ。ダァグは何かしようとしているから、その問題にかかりきりなんだろう。世界によって時間の流れが異なると言っても、この世界と人喰い絵本の世界の時の流れは、大きな違いはなく、連動していると見たね」
アルレンティスの言葉に頷き、推測を述べるミヤ。
「ミヤ様、ダァグ・アァアアを信じるつもりなの?」
「与するには危険と感じられますが」
アルレンティスとディーグルが疑問をぶつける。
「レオパが女神を食して封印した話、ダァグ・アァアアの創作という可能性はありませんか? そのうえで、ミヤ様達を罠にかけようとしているのでは?」
「そこまで疑うもんじゃないよ。ダァグはそこまでやるような奴には見えん。嬲り神ならともかくね」
ディーグルの猜疑心が強過ぎて、ミヤは苦笑を浮かべて否定した。
「嬲り神だってダァグの下僕じゃな~い」
ブラッシーが指摘した。
「それはそうだが、やり方や思考は異なるように見えるね。まあ嬲り神なんか今はどうでもいいわ」
「あらあらー? ミヤ様からその名を出したのに~」
ミヤの台詞を聞いて茶化すブラッシー。
「やかましいわ。ダァグは共闘中に裏切るつもりはないだろう。そもそもあ奴は儂等を敵視すらしていない。利用価値のある道具か何かだとは、思っていそうだけどね」
「なるほど。しかしそれはそれで不遜の極みですね。ミヤ様を道具扱いとは、実に腹立たしい」
ミヤの言葉を聞き、穏やかな口調で不快を示すディーグル。
「創造主――神のような立場になれば、自己中心的になって、多くの命も心も塵芥の如く扱うものなのかなあ……」
「結果的にやっていることはその通りたが、ダァグはダァグで、自分の思い通りに出来ないことを苦しんでいると、儂は見ている。ま、事情はどうあれ、迷惑な存在であることは確かだよ」
アルレンティスが何気なく口にした台詞に対し、ミヤは私見を述べた。
「しかし女神とやらは、そのダァグより遥かに邪悪な存在だよ。絵本の中で見た限りだけでも、心底ろくでもない奴だと思ったよ。どうしょうもない俗物の外道が、しかし大きな力だけは備えてしまったという、最悪の存在だ」
ミヤが断ずる。
「ダァグ・アァアアもそれをわかったうえで、女神を放置できないと見て、ミヤ様の力を借りてでも、女神の排除に全力で乗り出すってことね~」
ブラッシーが言う。
「そういうことだね。ダァグにしてみれば、縄張りを荒らされたわけだから。女神の神徒達に、自分の世界を利用されて好き放題されて、いい気はしないだろうよ」
そして女神とその神徒を放置していたら、この先もどうなるかわからない。利用され続けるだろうと、ミヤは見る。おそらくダァグもそう考えたからこそ、本腰で対策に乗り出したのだ。
「あの断片世界は、女神達にとって、利用しやすい世界と見なされているのかもね」
と、アルレンティス。
「魔王の力の源は坩堝ですが、ダァグや女神といった創造主の力は、何処から得るのでしょうね?」
「さあね」
ディーグルの疑問に、ミヤは小さくかぶりを振ってから、後ろ足で首を掻きだした。
***
ダァグ・アァアア、嬲り神、宝石百足、図書館亀の四人が向かい合っている。
「準備~は、整った~ぜ♪ お望み通り2ぱたーん♪」
「二つのパターンとは何ですのん? 小生は聞いていませんよん」
歌う嬲り神に、図書館亀が真面目に問いかける。
「ああ、図書館亀に伝達し損ねてたのか。ごめん。今、女神はレオパというヒョウアザラシの腹の中に封じられている。女神の神徒はレオパの体内の封印を解こうとして、ユーリ達の世界に行った」
ダァグが図書館亀の方を向いて解説した。
「あの世界をユーリ達の世界と称するようになったのかよ。ぎゃはははははっ、こいつはいいや。ダァグ、お前が一番意識しているのはユーリだったのか。ふひゃははははっ」
ダァグの口から出た、隣り合う世界への呼称を聞いて、馬鹿笑いをする嬲り神。これまでは、『あっちの世界』といった風な呼び方をしていた。
「二つのパターンについて話すね。パターン1は、女神の封印が解かれていない状態を指す。そしてパターン2は、女神の封印が解かれた状態だね。どちらでも対処できるように準備したよ」
嬲り神を空気のように無視して、ダァグが告げる。
「手間がかかったんじゃないの?」
宝石百足が伺う。
「まるっきり違う絵本二つ描いたわけじゃねーぜ。土台は一緒、話の大まかな流れも同じだ。パターンによって他所の差異があるが、分岐による差異は全体の一割程度さ~」
ダァグに代わって、絵本の舞台を整えた嬲り神が答えた。
「いずれにしても、女神はこっちに引きずり込む。例えレオパの腹の中にいるままだろうと、役を担ってもらう」
珍しく力強い口調で言い切るダァグ。
ダァグとしては、自分が作ったこの絵本世界を利用したうえで、いずれ侵略もしてくるであろう、女神という存在を決して見過ごす気は無かった。
***
チューコとドームとグロロンとズーリ・ズーリの四名は、魔術学院へと訪れた。
骸骨顔のドーム、獣人顔のグロロン、大きな筒を背負ったズーリ・ズーリ、そして見慣れぬ服装のチューコ。四人はそれぞれ目立つ。通りすがりの生徒達がいちいち視線を向けてくる。
「じゃ、レオパを探しましょ」
「おいおい、大教皇様よ。よりによって魔術師いっぱいなこんな場所で襲うのか?」
チューコの発言に面食らうグロロン。
「こんな人の多い場所じゃ襲われないと、相手も油断しているんじゃない? そこが狙い目よ」
「はんっ、奇策もいい所だろ」
「魔術師達が加勢してくるかもしれないのです」
「へーきへーき。私達には女神様の加護がついているし、女神様を救えるチャンスを先延ばしにする理由は無いわ」
グロロンは呆れ、ズーリ・ズーリが不安げな顔になるが、チューコはお気楽モードで気に留める様子が無かった。
「しっかし、魔法にまつわる学校が。この世界にもあるとはねー。でも生徒が制服無しってのは何か寂しいわ」
生徒達のばらばらの服装を見て、チューコが言う。
「聞いた話によると、この学院は三十年間廃校していたんだとよ。貴族が魔術師達を恐れて、力が付きすぎないようにって抑制したんだとよ」
「あはははは、どこの世界にも馬鹿な構図があるものね。一部の馬鹿の権威と権益を守るために、国そのものの発展を阻害。私が生まれた世界にもそういうのあったわ」
グロロンの話を聞いて、チューコが嗤う。
「女神様の統治下に入れば、そのような腐敗は起こりません」
「それは微妙に違うわ」
大真面目に言い切るドームの言葉を、チューコも真顔になって否定した。
「女神様の顔に泥を塗らないために、私達がそんな腐敗を起こさせないよう努めるのよ」
「そうでした。浅慮な発言、許されよ」
チューコから訓戒を受け、ドームは恭しく頭を垂れた。
***
魔術学院内、レオパが副担任を務める教室。チャバック、ガリリネ、ウルスラ、オットーがいる教室でもある。
「そろそろ攻撃魔術の訓練しようっ」
「レオパ先生、何でそうやたらと攻撃魔術ばかり教えたがるんですかー。カリキュラムにちゃんと従ってください」
弾んだ声をあげる副担任のレオパを、エルフ少年の担当教師が溜息混じりに窘める。
「だって魔術も魔法も、攻撃で使うのが一番気持ちいいいじゃんっ」
「いいじゃんっ、じゃないですよ。人によって適正というものがあります。そしてカリキュラムが決められているんです。レオパ先生が勝手に変えちゃ駄目ですよ」
「じゃあチャバックは適正あるから、チャバックだけ俺が個別レッスンしようっ」
「だからあ、駄目ですってばあ。ああ、もう……レオパ先生のおかげで、また余計な時間が取られちゃうし、皆の集中力も途切れちゃうし、授業を妨げないでくださいよー」
朗らかな声と表情で主張するレオパを、エルフ少年の担当教師が困り顔で注意する。
「でもオイラ、レオパ先生が来てから授業が楽しいよう」
チャバックが声をあげた。
「うんうん。雰囲気が和やかになった」
「集中途切れた時のリフレッシュになるでごわす」
「レオパラブー」
他の生徒達もチャバックに同意する。
「ほら、皆こう言ってるー」
「はいはい、そうですか。真面目に授業している僕では駄目ですか。ふーんだ」
レオパが勝ち誇った笑みを浮かべると、エルフ少年の担当教師はすねた。
その時、教室の扉が開き、現れた者達を見てレオパの表情が変わった。
「お、いたいた」
クズリの獣人――グロロンがレオパと視線を合わせて、にやりと笑う。
「はいはい、発見したからとっとと作戦開始」
チューコがぱんぱんと手を叩くと、グロロン、ズーリ・ズーリ、ドームが滑りこむようにして素早く教室内に入る。
「こんな場所にまでやってくるなんて、あはっ、大胆だねー」
レオパが笑い、四人の神徒に向かって身構える。
(勝算があるってことかなー。油断できないな)
表面ではいつも通り笑っているが、いつになく真剣モードに入るレオパだった。
突然の乱入者と、それに対して真っ先に身構えるレオパを見て、生徒達の間にも緊張が走る。
(それに、生徒達を人質に取られる可能性大だ。ここで俺が生徒達に逃げるように促すと、余計に生徒達が狙われそう。どうしたものかな)
レオパがエルフ少年の担当教師を見る。
(生徒達を護って。こいつらは危険な奴だ)
エルフ少年の担当教師に念話を送るレオパ。エルフ少年の担当教師は驚いていたが、レオパの方を見て小さく頷いた。
「今こそ待ち望まれた時。罰の代価を支払う時」
ズーリ・ズーリが筒を下ろしながら呪文を唱え、筒の中から大量の怨霊を放つ。
怨霊は生徒達に無差別に襲いかからんとしたが、その前にエルフ少年の担当教師が呪文を完成させて、防壁を築いていた。教室内を隔てる防壁により、怨霊達の侵入が遮られる。
「こんなもんっ……あ? あれっ?」
グロロンが防壁めがけて勢いよく体当たりをかけるが、防壁は破壊されない。グロロンの体は防壁をすり抜けてしまった。魔力や霊体にのみ反応する防壁で、物質の侵入は防げなかった。
戸惑って動きが鈍ったグロロンに、レオパが突っ込んでいく。
グロロンの前方に鋼鉄製のゴーレムが召喚され、レオパの突進を遮った。流石のレオパも、アイアンゴーレムに突っ込んでいきたくはない。
ゴーレムを呼び出したのはドームだった。
「染めよ。緑の地獄」
さらにドームが呪文を唱えると、レオパの下方からシダや苔が大量に伸び、レオパを高速しようとする。
レオパは自身の体を旋回させて、同時に魔力を渦巻き状に放射し、巻き付こうとするシダも、覆いかぶさってこようとする苔も、全て弾き飛ばした。
そこに間髪容れず、ズーリ・ズーリの怨霊群が迫る。
「我が牙、浅ましく踊り狂え」
怨霊が遅いタイミングに合わせて、グロロンが魔術を発動させた。
怨霊を避けて回るレオパの首筋に、不可視の牙が深々と突き刺さる。レオパの動きが鈍る。
(戦い慣れているね。しかも連携ばっちりだ)
敵の攻撃を見て、焦燥を覚えるレオパ。レオパも実戦経験はそれなりにあるし、修験場ログスギーで強者相手に修行に明け暮れた身であるが故に、相手の力量は大体わかる。
「あいつら何なんだ?」
「レオパ先生を襲っているてごわす……」
「三人がかりとは卑怯でおじゃる」
突然始まった戦闘に、呆気に取られる生徒達。
レオパを襲っていた怨霊が、一斉にグロロンの方へと向かっていく。
グロロンの近くに行った怨霊達が、突然消えた。怨念から解き放たれ、成仏した。そして成仏する際に、怨霊達が所持していた力を全てグロロンに譲渡した。
「怨霊バフ! オッケー!」
全身に力を漲らせたグロロンが愉悦の表情で叫ぶと、レオパに向かって駆け出す。
レオパはペンギンのイメージ体を複数作り、敵全員に攻撃を仕掛けようとしたが、先にドームの次の攻撃が繰り出された。レオパの上の空間から門が開き、一匹のグリフォンが召喚されて、レオパに奇襲をかけたのだ。
グリフォンの奇襲を避け、カウンターでグリフォンの首筋に噛みつくレオパ。噛みついた箇所から破壊の魔力を注ぎ込み、グリフォンの頭部を爆発させる。
(あの骸骨男が、人喰い絵本から魔物をこっちに送り込んでいた奴かー)
レオパがドームを見てそう思った矢先、腹部を凄まじい衝撃が襲った。グロロンが全力で、レオパの長い胴めがけて飛び蹴りを見舞ったのだ。レオパの体が大きくひしゃげる。
「チャンス到来! 今こそ!」
それまで戦いの趨勢を伺っていたチューコが、高らかに歓喜の叫びをあげ、カモメのペンダントをレオパに向かってかざし、ありったけの魔力を解き放った。
カモメのペンダントは次元を跨ぐための魔道具だ。つまりは空間を操作する力が込められている。チューコは今、それを本来の用途とは異なる形で用いた。
「な……!?」
レオパは何をされたか理解したが、グロロンから強烈な一撃を貰った直後で、反応できなかった。驚愕の表情になって、勝ち誇った笑みを広げるチューコを見る。
空間が大きく歪められる。歪みが一点に収束される。レオパの腹が、空間歪曲の特異点となった。そして中にあるものを引きずり出そうとしていた。
レオパが抵抗する間もなく、レオパの腹部に施された封印は、強引な空間のねじれと歪みと収束と吸引により、破られてしまった。そして、封印の中の者が引きずりだされた。
床に落ちたレオパの腹部が大きく破れ、血が噴き出している。
その敗れた腹から、血にまみれた一羽の鳥が現れ、大きく翼を広げた。
「おお……女神様……ようやく……」
「この時を待っていました」
ズーリ・ズーリが恍惚とした表情で声を震わせ、ドームが膝をついて両手を合わせる。グロロンとチューコも感無量といった眼差しで、血塗れのオオフルマカモメを見ていた。
「チューコ、ドーム、グロロン、ズーリ・ズーリ。よく頑張ってくれたわね。えらいえらーい」
カモメの口が開き、甲高い女性の声が発せられた。




