39-8 結局南極二号大転生物語 完結編
その絶叫は、魂から振り絞った懇願だった。文字通り全てを差し出し、全てを託す、祈りと願いだった。
「魔王様……」
真っ先に自身を差し出すという選択を口にした魔王タローに、ジロロ姫は震える。恐怖の震えではない。もっと別の複数の感情が複雑に入り混じって、震えという形で現れている。
「魔王……お前……」
勇者リッキーが魔王タローを見て何か言おうとしたが、うまく言葉が出ない。その先が続けられない。
「あはっ、おっけーい」
魔王タローの懇願を、レオパはあっさり快諾し、地上めがけて急降下する。
「ふん。何を言うかと思ったら……食ってパワーアップですって」
女神は少しも焦らず、止めようともしなかった。完全に見くびっていた。彼等が何をしようと、自分には勝てないと。
「俺も食ってくれていいぜ。どうせ後でジロロ姫が生き返してくれる」
勇者リッキーも申し出る。
「そして生贄の触媒は、レオパにする必要はねえ。女神の奴を生贄にすりゃあいいんだっ。生贄としての力は十分だっ」
「な、何ですってっ!」
勇者リッキーの言葉を聞き、女神はあっさりと怒りを覚える。
「私も……私もお願いしますっ」
ジロロ姫が申し出た。実はジロロ姫は今に至るまで、こっそりと再生復活の秘術をかけていた。そのために戦闘に参加できなかったのだ。しかし術は九分九厘完成させた。勇者リッキーの台詞を聞いて、触媒対象として女神をロックオンしたことで、女神の力がある程度弱まったら発動するようにした。
レオパが魔王タローにかぶりつく、雛である魔王タローを食い切るのに、時間はかからなかった。その次に勇者リッキーを、次にジロロ姫を、そしてエーイとシーとすでに死んだビィを、最後に僧侶クマーを食った。
「つーか、ペンギンになったあいつらを食って力を得るって、このアザラシ一体何者なのよ」
女神はレオパがベンギン達を食している光景を、面白そうに眺めていた。レオパが何をしようと、自分の勝利は揺るがないと、高を括っていた。
レオパは自分の体に強い力が宿ることを実感する。さらには、魔王タロー達の確かな意思が、感情が、レオパの心の中に流れ込んでくる。
「うん。こっちについて正解だったっ」
一言呟くと、レオパは女神めがけて飛翔した。
瞬時に自分の横まで飛び上がってきたレオパを見て、女神は呆気に取られてしまう。
「速……びっ!?」
次の瞬間、女神の頭部にレオパが噛みついていた。
女神は慌てて防御のための魔力の膜を自身に張り巡らせる。
しかしレオパは女神の防護膜をあっさり突き破り、牙が女神の頭蓋骨を貫く、頭部を完全に噛み砕く。
レオパは漲る魔力を全て、全身の強化に費やしていた。魔法を使った戦闘がいまいちであることは、自分でも実感した。故に、南極最強の捕食者として、海の中の狩人として、シンプルに自身の肉体の性能を上げることが、現在の自分における魔力の最も効率よい使い方であり、最適解だと判断した。
大きく首を振り回して、女神を下に向けて、レオパは地面に向かって急降下する。そして女神を咥えたまま、勢いをつけて地面に落下し、女神を叩きつける。レオパ自身も落下の衝撃はあったが、意に介さない。
地面に降りたレオパは、なおも女神を離さない。体を何度も氷の上に叩きつける。
「ぐえぇぇーっ!」
女神が叫び、口の中から液体を吐き出した。
「臭っ!」
凄まじい悪臭に、レオパは思わず女神を離して、距離を取ってしまった。
「うわっ、臭いねー。知ってたけどねっ。オオフルマカモメってゲロと糞がすごく臭いんだよ。よく死体食ってるしね」
女神が氷の上に吐き出した吐瀉物を見て、レオパが嗤う。
「嘘よ……。私は死体なんて食ってない……」
息も絶え絶えになった女神が言う。
「じゃあ魂の腐った臭いかなっ? あはははっ」
笑いながらレオパは浮遊し、女神に再び接近する。
女神は魔力塊を放ち、レオパを寄せつけまいとしたが、レオパは空中を巧みに泳いで回避し、あっという間に女神との距離を詰めた。
「君は今からオオフルマカモメじゃない。海の中を泳ぐペンギンだっ」
至近距離でレオパが言うと、女神の翼に噛みつき、首を勢いよく振り回して、体から翼を引きちぎった。
この程度の傷は再生すると思い、たかをくくっていた女神だが、ふと、おかしな事態に気付いた。先程噛み砕かれた頭部も、自動的に再生していない。
意識して魔法を用いて再生を早めようとしたが、やはり体は再生しない。致命傷を負ったまま、激痛が女神を蝕んでいる。
(再生しない……? 噛みついた時点で、再生不可能にする魔法をかけているの? しかもそれが私の魔力を上回って、魔法にかかってしまっている)
その事実に気付いて絶望する女神の体に、レオパがまた噛みつき、引き裂いた。明らかな嬲り殺しだ。
「どぼぢで……ごんなごど……ごんなひどいごど……ずるの……」
「あはっ、今言ったこともう忘れちゃったあ? 君は今、海を泳ぐペンギンだからだよっ。そういうことにしたっ」
レオパが笑い声で言い、ひと思いに殺そうとしない理由を述べた。女神からすると、わけがわからなかった。
「ヒョウアザラシである俺が、海の中を泳ぐペンギンを見つけた時、することは一つなんだよっ」
さらに噛みつき、女神の体を細かく引きちぎるレオパ。
(痛い……痛い……嫌だ……辛い……苦しい……一思いに殺して……)
体をばらばらにされる激痛と絶望の中、しかし死ぬことも出来ず、女神は泣きながら心の声で訴えていた。
「あはっ、戦意失くしたかー。それじゃあ――いただきま~す」
レオパが女神を食らいだす。
女神を食った後で、レオパはおくびと共に、魔王と勇者達の魂を吐き出した。
「お腹の中にいる状態だけど、生贄に出来るみたいだね」
レオパが呟いたその時、再生復活の秘術が発動した。
全裸の男女がその場に現れた。魔王タロー。勇者リッキー。ジロロ姫。魔王部下のエーイ、ビィ、シー、デイ、イイイ、エフフ。僧侶クマー、遊び人ゴロン、魔法使いジャック。ペンギンとされた者達が、前世の人の姿、あるいは魔族の姿で復活していた。
「寒っ。ペンギンから人間に戻った瞬間、凶悪に寒くなったぜ。つーか全員裸かよ」
「まあ服を着て復活するのもおかしいがな」
勇者リッキーと魔王タローが言い、魔法で服を作る。
「身を寄せ合いましょう」
「俺の前でいちゃつくのやめろーっ!」
ジロロ姫が魔王タローに身を寄せる様を見て、勇者リッキーががなる。
「あはは、それが君達の本来の姿か。元に戻れてよかったねー」
「う、うむ……。世話になった」
笑顔のレオパに、躊躇いがちに礼を述べる
「ついに女神を屠ったのか」
感慨深い顔で言う僧侶クマー。
「ちなみに女神、まだ滅びて無いよ。腹の中にいる」
「何……?」
レオパの言葉を聞き、安堵していた一同の表情が強張る。
「再生復活の術の生贄になったのではないのか?」
「生贄とか触媒になっても、必ず死ぬわけじゃないってことみたいだね。生贄の生命力は絞り取られるけど、君達を復活させてなお、女神の生命力は尽きていなかったんだよ」
魔王タローが問うと、レオパが答えた。
「このまま俺の腹の中で封印し続けるさ。でもそのうち力をつけて復活ってことも有り得るし、その対抗策や、殺しきる方法を見つけなくっちゃね。俺ももっと力をつける必要があるし。ま、こっちは俺に任せて」
「神徒達も黙っていないでしょうね」
「我々も元の世界に戻ったら、女神の対抗策を考えねばならん」
ジロロ姫と魔王タローが神妙な面持ちで言った。
「あとは元の世界に戻れれば言うことねーんだけど……」
「あはっ、俺が戻してあげるよ。女神から力を得たから、それくらい出来るよっ」
勇者リッキーの台詞を聞き、レオパが言う。
「女神を食ったから、我々を吐き出してもまだ力が残っているのか?」
魔王タローが確認する。
「えっとねー。腹の中に魂があっても無くても、一度食って魔力を吸収したことで、俺は魔法使いとしての資質を得たし、底上げされた容量は失わないよっ。一度手に入れた力を失うことはないんだ。魔力をしっかり吸収し、自身の力としているからねっ」
「なるほど……」
レオパの解説を聞き、納得する魔王タロー。
「心より感謝する。レオパ。私達はお前を殺そうとしたのに、私達に味方してくれて、女神を退けてくれて、私達を戻してくれた」
「貴方は私達にとっての救世主です。ありがとうございます」
魔王タローとジロロ姫が礼を述べる。
「どうってことないっ。あのカモメが凄く嫌な奴だったからねっ。そうでなければ敵同士で終わってたかもねっ」
「へっ、つまりは女神自身が招いた失態ってことになるのか。こりゃいいや」
勇者リッキーが嗤う。
「じゃあ、あっちに送るよ。またねっ」
レオパが片方の足を振りながら、全員を転移させた。
(また――か……。そうだな。然るべき女神との最後の戦い時のために、我々も備えておかねばな……)
空間の歪みの中で、魔王タローは決意した。
***
その後レオパは観測隊員二名に、あったこと全てを話したうえで、女神とのセント脳様子も魔法で映像化して再現してみせた。
「そんなわけで、女神の復活にそなえて、俺は力をつけたいんだけど、心当たりある?」
「うちの婆さんが有名な霊能力者でな。術師の修験場なんて場所があるって聞いた。そこは別の世界の住人もいっぱい来るとか何とか」
レオパが質問すると、隊長が答えた。
その後、隊長の祖母に会いに行ったレオパは、隊長の祖母の導きにより修験場ログスギーという空間の狭間を訪れる。
レオパはログスギーを拠点として修業を積む一方で、色んな世界を巡って、女神に抗う術を探っていた。いずれ腹の中から女神が復活した時に備えて。
しかし決定打になる方法が見つからなかった。
「わー、蛇だーっ」
「こらっ、ディック。近付いちゃダメよっ。噛まれるよっ」
とある世界で、親子のそんなやり取りを見る。
「スネークマンなんて名前にされなくてよかったー。そんな名前に一緒にされたらたまらないよっ。あはっ」
当時蛇が何だか知らなかったレオパであるが、その正体を知って、名付け親の言葉を思い出して、胸を撫で下ろした次第である。そして蛇を見る度に、そのことを思い出す。
やがてレオパは今いる世界にやってきて、西方大陸でメープルCと知り合った。
さらにア・ハイ群島にやってきたレオパは、水棲生物園の園長と仲良くなる。
「もう儂も歳だから……レオパ君が園長として引き継いでくれんかね?」
水棲生物円の園長が、レオパに伺う。
「うん、やるやるーっ」
レオパは快諾した。
そんなわけでレオパは女神の復活に備えることを棚上げして、水棲生物園の経営に熱を上げ出した。さらには、バークという名の孤児を引き取り、養子とする。
しかし水棲生物園は取り壊され、その際にレオパは引き取った孤児バークを失ってしまう。
レオパがシモンとフェイスオンの二人と交戦した時には、女神を食べてから十数年以上の年月が経っていた。
***
レオパの記憶を覗き終わったミヤ、ユーリ、ノアの三名は扉の外に戻っていた。扉の中には依然としてダァグの姿がある。
「あの女神……酷い奴だった。勇者と女神の家族まで殺して……」
ユーリが女神に対し、怒りを露わにする。元々神という存在を意識し、祈りを捧げつつも怒りを覚えていただけに、女神に対する怒りはひとしおだ。
(メープルCとレオパが懇意だったとはね……)
複雑な気分になるミヤ。
その一方でミヤは、もう一つ気になることがあった。
「タローとかいう魔王が坩堝から力を得たのは、どういうことだい? それは一体どれくらい前の話だい。坩堝は三百年維持用の蓄積期間があったんじゃないかい?」
「ああ、多分だけど、サーレやミヤが力を得た坩堝とは、全く別物だと思う。そして例え同一であろうと、時間の流れも世界によって異なる場合があるから、時系列的なものは考えなくていいよ」
ミヤの疑問にダァグが答える。
「別物だということはともかく、時間の流れはあるんだろう。坩堝には負の念が、時の流れと共に蓄積されていくんだからさ」
「僕の本体がいる世界と、僕が創る人喰い絵本、そして君達の世界だって、それぞれ時間の流れは違う。夢の世界に至ってはより異なる代物と言える」
「ややこしいもんだね」
ダァグの話を聞いて、ミヤは小さく息を吐いた。
(坩堝が複数あって、時間の流れも異なるというなら、師匠やサーレを変えた坩堝にこだわらずともいいってわけだ。他の坩堝から力を手に入れることも可能だよね)
一方でノアは、そんな期待を抱く。
ダァグがカモメのペンダントをかざす。
「このカモメのペンダントには、利用価値がある。僕もこれで、君達の世界以外にも、別の世界に手を伸ばせるようだ」
「まさか……」
ダァグの台詞を聞いて、ユーリは悪い想像を働かせ、険悪な表情になってダァグをにらんだ。。
「別の用途で使いたいと言っていたね。詳しく聞かせてもらおうか」
「それはね――」
ミヤが問うと、ダァグは微笑みながらペンダントの用途を伝え、それを聞いたユーリの表情が和らいだ。
39章はこれで本当に完結です。




