39-5 結局南極二号大転生物語 後編の前編
燃え盛る魔王城。最後の戦いが、今、最悪の展開で幕を閉じようとしている。
倒れた魔王タローと勇者リッキーの上空で、一羽のオオフルマカモメが羽ばたいている。
「あーははははっ! 無力無力ーっ! 絶―ッボー絶望っ。自分の好きな女が見ている前で虫に食い殺される光景、どうよー? 愛する人が目の前で虫に食い殺されてるのに、何もできないでただ見ているだけとか、情けない勇者様と魔王様だーっ。キャーキャキャキャーッ! ウッケルー! 超ウケルーッ! アハハハー!」
魔王タローと勇者リッキーの、瞋恚と憎悪と悲痛と絶望に満ちた顔を見て、オオフルマカモメがけたたましく笑う。
二人共、オオフルマカモメ――女神の笑い声を聞いていなかった。すでに女神に殺されて死んでいた。
かつて魔王タローは、女神に故郷を滅ぼされ、坩堝で魔王の力を手に入れた。世界は女神を奉じているため、魔族を率いて人類に戦いを挑む形となった。多くの民が女神を信奉しているので、そうせざるをえなかった。
ジロロ姫は先んじて、魔王と女神の真実を知る。勇者リッキーも魔王との戦いの最中に真実に気付き、女神に刃を向けた。
勇者リッキーと魔王タローは共に女神と戦ったが、女神はジロロ姫を人質にとったあげく、両者を打ち負かした。勇者の仲間も魔王の配下も全滅状態だ。
そしてジロロ姫は最後の手段として、人質に取られている状態から、再生復活の秘術を発動させようとしたが、何も起こらなかった。
「あらあら~? どーしたのぉ? 再生復活の秘術、発動しなかったわね~?」
女神が人質のジロロ姫の前で、嘲笑する。しかしジロロ姫は反応しない。こちらもすでに死んでいる。ジロロ姫はひどい死に方をしていた。腹部に大きな穴が開き、そこからさまざまな虫が這い出てきている。身体の中に大量の虫を呼び出され、生きたままその虫に内臓を食われて、殺されたのだ。
「何故……発動しないっ。条件は整っているだろうに……」
ただ一人生き残っている僧侶クマーが、誰とはなしに問いかける。
術そのものは予めかけてある。ジロロ姫、魔王タロー、勇者リッキーが死んだ時点で、発動する予定だったにも関わらず、術が発動する気配が無い。
「生贄になる遊び人ゴロンの魂が、ここにないからよ。そして姫もね。この世界から消したし、魂は別の入れ物に入れたから」
女神が僧侶クマーに、再生復活の秘術が発動しなかった理由を述べた。
(こちらの切り札も見抜いたうえで、対策も立てていたということか……)
完全な敗北を悟り、僧侶クマーはうなだれた。彼にももう力は残っていない。すでに致命傷を受けている。
「僧侶クマー、貴方もついでに行ってらっしゃーい」
女神が次元の扉を開く。
「おのれえぇっ! 女神ぃぃいっ!」
「あはははは~、いい顔~。怒りと屈辱に満ちた顔で睨まれる光景、たまんなーい。何度見ても飽きなーい。きゃははははははっ」
絶叫する僧侶クマーを見て、女神はまたけたたましい笑い声をあげた。
力尽きた僧侶クマーの魂も、次元の扉の先へと吸い込まれていった。
***
魔王タローが憑依したカモメと、レオパが向かい合う。
(さて、どうしたものか。上手く誤魔化して切り抜けたい所だが、こいつは抜けているようで、わりと鋭いような気もする)
レオバを前にして、魔王タローはこの状況をどう切り抜けるか、思案する。
「なるほど、あのペンギンが幽体離脱してカモメに憑依しているのか。ひょっとして俺を探していた?」
「いいや、別のペンギンを探していた」
レオパの問いに、正直に答える魔王タロー。下手な誤魔化しをするより、偽らない方がいい相手だと判断した。
「ああ、そっちか。それならこの建物の中にいるよ。じゃあねっ」
親切に場所を教えると、レオパは前肢を振って、立ち去った。
(あっさりと切り抜けられたな。しかし……ここでこいつと会ったのは都合がいいか? 僧侶クマーの場所はわかったのだから、こいつを追跡するか? いや、二兎を追うのは危険。今は僧侶クマーと接触することを優先させよう。こいつは再生復活の秘術を発動させる触媒として、生贄に使わねばならんが、それも容易ではない)
レオパの後姿を見やり、魔王タローは思案していたが、レオパの方は諦めて、基地の中へと入っていった。
「おい、僧侶クマー。私だ。魔王タローだ」
魔王タローが基地の中にいたペンギンに声をかける。
「何ぃ? 魔王? ペンギンではなく、よりによってカモメになったのか? 女神と同じ姿に……」
「違う。このカモメに憑依して、お前を探していたのだ。コロニーに戻ってくれ。再生復活の秘術を発動させるには、お前の力が必要だ」
訝る僧侶クマーに、魔王タローは用件を完結に伝える。
「わかった」
「素直だな……。もっとこじれるかと思った」
「魔王サイドとの馴れ合いは拒む。しかし女神と戦うために手を組むのは致し方ない。だからこそあの時、私も共闘した。引き続き女神と戦う気があるなら、手を組むのも吝かではない」
意外に思う魔王タローに、僧侶クマーは厳粛な口調で告げる。
「ではコロニーに――」
「すまんが、私は体が衰弱していて、歩くのが辛い。足も怪我している」
魔王タローが促すが、僧侶クマーは申し訳なさそうに言った。
「では我々がそちらに向かうしかないが……お前が移動できないとなると、生贄の扱いが困るな」
「うむ。遊び人のゴロンは死んでいるしな」
「代わりにあのヒョウアザラシを生贄にするつもりだ」
魔王タローの思いもよらぬ代案を聞き、僧侶クマーは驚いた。
「何だと……。そんなことが可能だと思っているのか。あいつはお前の部下もゴロンも食って、強大な魔力を身に着けてしまったのだぞ」
とても無理ではないかと、僧侶クマーには思われた。
「わかっている。しかしだからこそ生贄に相応しい。難しい作戦だが、何とかするしかない。他に良い案があるか? 難解ではあるが、他に生贄の候補もいないだろう? 仮にいたとしても、私か勇者という話になる。このどちらか欠けた状態で元の世界に戻り、女神に再び戦いを挑むというのか?」
「うむむむ……」
魔王タローの考えは理路整然としていると、僧侶クマーも受け取った。難解な作戦ではあっても、他に手は無い。
「取り敢えず私はコロニーに戻る。そして皆に報告して、ここに連れてくる」
「レオパをどうやって生贄にするのだ?」
僧侶クマーが最大の疑問をぶつける。
「寝込みを襲うつもりだったが、お前の足がそれではな……。魔法を使って、レオパがいる場所まで運んでもいいが。まあ歩きながら色々と考える。寝込み襲撃もうまくいく保障は無いから、プランBも用意しないとな。皆と相談する」
魔王タローが答え、カモメの憑依を解いた。
***
魔王タローは勇者リッキー、ジロロ姫、部下エーイ、ビィ、シーに、僧侶クマーと接触したことを報告した。
「時間が惜しい。基地まで移動しながら会話しよう」
「移動には時間がかかるだろうしな」
魔王タローに言われ、勇者リッキーが皮肉げに言った。
「よし、では基地へと向かうぞ」
六人はぺたぺたと氷雪の上を歩き、移動を開始する。
「再生復活の秘術は時間がかかる。前回は予め術をかけていたが、今回はそうもいかねえ。そして、きっと女神が現れて妨害してくるから、その対処も必要だぜ」
勇者リッキーが釘を刺した。
「あのヒョウアザラシは寝込みを襲って生贄にする。私達の仲間を食った奴だ。情けはいらん」
「寝込みを襲うの失敗して、気付かれたらどーすんだ?」
「エーイ、ビィ、シーの三人がかりで、ヒョウアザラシの動きを封じろ。緊縛魔法、魔力封印魔法、そして弱体魔法強化支援をそれぞれかけるんだ。そして女神が襲ってきたら、私と勇者で気を引く。エーイ、ビィ、シーも余裕が会ったら補助しろ。魔法の残り回数の限られている状態だ。その数少ない回数を、考えて有効に使うぞ」
「適当すぎる作戦だな……」
すらすらと作戦を口にする魔王タローであったが、勇者リッキーからすると、その作戦が上手くいくとは思えなかった。
「他に手は無いだろ」
むっとする魔王タロー。
「まーな。かなり綱渡り的で不安だがよ、他にいい手は無いな。まあ流石は魔王と褒めてやるぜ」
勇者リッキーが投げ槍に言う
「父親には小賢しすぎるとよくなじられていたよ。私の父親は脳筋系の騎士様だったからな」
「そういえば魔王様は、元は人間でしたな。すっかり忘れていました」
魔王タローの言葉を聞いて、ビィが言った。
「人として普通に生きたかった。だが全てを奪われた私は、女神と戦うために、人であることを捨てた」
「魔王様……」
魔王タローの言葉を聞いて、ジロロ姫が目を潤ませる。
「俺は逃げたってのにな……」
勇者リッキーがうつむき加減になって、ぽつりと呟いた。
「ん?」
魔王タローが勇者リッキーの方を見る。
「前世の前世――そっちの世界の勇者になる前に、別の世界の人間だった時の俺の話だ。リアル負け組の引きこもりで、社会の最底辺の存在だった」
「そんな……勇者様の前世が……? とても信じられません」
勇者リッキーの話を聞き、驚くジロロ姫。
「現実の全てに耐えられなかった。腐っていた。何もかもから逃げていたんだわ」
「私にも信じられない。お前は若干性格悪めな所があったものの、勇敢で努力家だったじゃないか」
魔王タローが意外そうに言った。
「勇者様、人が嫌がることでも率先してやっていましたしね」
と、ジロロ姫。
「人生なんて所詮運という事がかわったからな。うまく運に乗るかどうかなんだよ。良い人生くじを引いたから、力の限り頑張ってみた。それだけさ。ま……今はペンギンなわけだが……」
「でもペンギンだからといって腐ってないじゃないか」
「へへっ、そうだなー。一度頑張ったおかげで、堪え性が出来たのかもな。おかげで勇者様になれたわけだしよ。なはは」
魔王タローに言われ、勇者リッキーは顔を上げ、いつもの調子を取り戻した。
***
一羽のオオフルマカモメが、南極の氷雪の世界の上空を飛び続ける。
「あいつらどこかしら。探知魔法に中々引っかからないわねー」
そのオオフルマカモメは女神だった。ただ飛んでいるだけではなく、探知魔法を連続して使用しながら飛んでいた。
「魔力の乏しい世界だから、私の魔法まで効きが悪いじゃない。ったく……。本っ当っ、この世界は嫌いだわっ」
女神の忌々しげに吐き捨てた瞬間、視界が真っ白に染まった。ブリザードだ。
「ギャアアアッ! 私が飛んでるのに何してくれてるのよーっ! 止めーっ! 止みなさいよーっ! 私を誰だと思ってんのーっ!」
女神がヒステリックに喚きたてるが、それでブリザードが止むわけもなかった。
「糞があぁあっ! 女神の私にこんな目を合わせるなんてっ。いずれはこの世界も私の支配下に……いや、こんな世界、いつか滅ぼしてやる!」
ブリザードの中で宣言する女神であったが、それが非常に難しいこともわかっている。この世界の魔力の乏しさは、女神の力を大きく弱体化させる。そしてこの世界では魔法に代わって、科学文明が発展しているのだ。侵略するにしても、滅亡させるにしても、容易ではない。
「あ、いた」
その時、探知魔法に目当ての者達が引っかかった。




