39-1 結局南極二号大転生物語 前編
・【南極転生】
「ん~ん~……? ええっ!?」
彼はすでにある程度育っていた。それまでは本能に従って生きるのみであったが、唐突に自我が目覚め、知性が戻り、記憶が蘇った。そして周囲の光景を見て驚きの声をあげた。
目の前に広がるのは、一面の銀世界。澄んだ青空の下、雪と氷で覆われた大地が延々と広がっている。そして彼は、ペンギンのコロニーの中にいた。
「私は……どうなってしまったんだ? ここはどこだ?」
声に出して問いかける。自分と同じ目線にいるペンギン達は、何も答えてくれない。いや、同じ目線ではない。どのペンギンも目線は自分より少し高い。雛ペンギンのみ、自分と同じ目線だ。
その目線の意味する所で、彼は自分の状況を理解した。確信を得るために、足元を見る。若干グレーがかったふわふわ羽毛が見える。
(私は……ペンギンに転生したというのか? そして今の私は、ペンギンの雛だというのか?)
卵から孵って、即座に記憶を取り戻したわけではない。雛として少し成長した後で、前世の記憶が蘇ったのだろうということも、現在の自分を見て理解した。
「勇者は……? 姫は……? 我が臣下は……? 誰かいないのか!?」
周囲を見回し、声を荒げる。
「女神はどうなった……?」
憎悪を込めて問いかける。
「魔王様~っ!」
「おお……間違いない。魔王様だっ」
「魔王タロー様! ここにおられましたか!」
聞き覚えのある声が響き、彼ははっとして声の方を向く。
三羽のペンギンがよちよちと歩いてくる。彼と違って、三匹とも成鳥だ。
「エーイ、ビィ、シー、お前達なのか? お前達もペンギンに転生したのかっ」
「然様でございます。魔王様。我々は皆コウテイペンギンです」
「タロー様、再び生きて会えて嬉しゅうございますっ」
その三羽のペンギンは、彼――魔王タローの配下の魔族達だった。
「お前達は……勇者と戦って殺されたはず。私も勇者と刺し違えて死んだ。女神の陰謀にまんまと乗せられて。挙句――畜生道に堕ちて――この様か?」
配下を見て、魔王タローが悲痛な声を発する。
「そのことなのですが……」
「勇者リッキーもペンギンに転生しています」
「ちなみにここは、私達が元いた世界ではありません。勇者リッキーが元いたという異世界です」
配下達の報告を聞き、魔王タローはさらなる衝撃を受けた。
魔王タローは長らく勇者リッキーと対立していた。この勇者リッキーなる者は、元々は異世界の者であったが、女神によって魂を召喚され、勇者として転生したという話を聞いている。
「つまり我々は死んだ後、勇者リッキーの世界に送られ、おまけに揃ってペンギンに転生されたということか……。しかも勇者までペンギンとはな」
歯噛みしようとして、出来ない事を思い知る魔王タロー。嘴だった。
「女神め。我々だけではなく、勇者リッキーまでも用済みとして、畜生道に堕としたのか」
魔王タローの女神への憎悪が、さらに増す。
「ところで、他の者は? デイとイイイとエフフは? そして――」
他の幹部達の名をあげ、少し間を置く。
「ジロロ姫は……」
「おーい、魔王軍~っ」
問いかけたその時、また聞き覚えのある声が響く。
「この間抜け声は……」
声の方を向くと、一羽のペンギンがよちよちと歩いてくる。
「あ、このちっこいのは魔王タローか。ちょっと俺達とは転生に時間差あったんだな」
やってきたベンギンが、軽い声で言う。
「勇者リッキー、結局お前も女神に利用され、使い捨てられたのだな。私は再三忠告したというのに」
「ははは、そうだなー。魔王の言うこと聞いておけばよかったなー」
しみじみと言う魔王タローであったが、勇者リッキーは明るい声で笑う。
「ま、流石は魔王タロー。前世ではいろいろあったけど、同じペンギン同士仲良くやっていこうな」
「馬鹿言え! 勇者なんかと仲良くできるか! 私は断固として馴れ合いを拒絶する!」
軽い口調で言って、握手代わりに翼を差し出した勇者リッキーであったが、魔王タローは怒鳴って拒んだ。
と、その時、一羽の茶色い鳥が魔王タローのそばに降り立つ。
「何だ? こ奴は? 痛いっ!」
茶色い鳥が、魔王タローを突きだす。
「あ、こいつめ!」
「無礼者! 魔王様から離れろ!」
「こいつはトウゾクカモメといって、ペンギンの卵や雛を襲うのですっ」
エーイ、ビィ、シーが、魔王を襲うトウゾクカモメを懸命に引きはがそうとする。
「痛たたたっ。しつこいっ! このーっ!」
頭に来た魔王タローは、魔法を使ってトウゾクカモメを焼き払った。
「ああっ! 魔王様!」
「ヤバい。魔法を使ってしまった……」
「言うのが遅かった……」
「先に忠告すべきだろ」
エーイ、ビィ、シーが慌てる。勇者リッキーは呆れている。
「何だ? 魔法を使うと不都合でも――うぐっ!?」
尋ねている途中に、凄まじい疲労に襲われ、魔王タローは前のめりに倒れる。
「駄目ですよ。我々は確かに転生しても魔力を少しだけ引き継いでいますし、魔法も使えますが、所詮はペンギンの体です。魔力に限りがあります」
「この世界で魔力が尽きると、前世の記憶も知性も失われていまうんです。魔力が回復するまで、魔法を使い過ぎないように気を付けてくださいっ」
「俺の仲間も、魔王軍の幹部も他に何人かいたんだ。で、敵に襲われる度に魔法使って撃退していたけど、何度か魔法を使ったら、ただのペンギンになって会話もできなくなったぜ」
「な、何だと……」
ビィ、エーイ、そして勇者リッキーの話を聞いて、魔王タローは絶句する。
「この南極という土地は危険がいっぱいですっ。デイとイイイとエフフも、すでに殺されましたっ」
「俺の仲間の遊び人ゴロンも殺されちまったよ。僧侶クマーは行方不明だ。魔法使いジャックは魔法を使い過ぎて、ただのペンギンになった」
「な、何だとっ」
シーと勇者リッキーの話を聞いて、魔王タローは再度絶句する。
「私は今一回魔法を使ったが、あと何回魔法を使ったら平気か、わかるか?」
魔王タローが問う。
「はい。わかります。魔王様、うんこをしてください。びちびちのうんこが一度にどれだけの量発射されるかで、残りの魔法回数がわかります。」
エーイが大真面目に答えた。
「その判定方法はどうやってわかったんだ……。というか、お前等の見てる前で排泄しろというのか……そんな……」
「俺の仲間の魔法使いジャックが発見した。まあ魔法使いはその事実を知っていながら、俺をかばって魔法を使い切って、ただのペンギン化したけどな」
呆れ果てる魔王タローに、勇者リッキーが大きな溜息と共に言う。
「仕方ない。丁度催してきたところだ。出すぞっ。ふんっ」
魔王タローが力み、排便を行う。どうせペンギンの体であるし、恥じらいも何もあったもんじゃないと開き直った。
「この量だと、一日に残り四回まではセーフ。五回魔法を使ったらアウトだな」
氷の上に撒き散らされた糞尿を見て、勇者リッキーが言う。
「一日?」
訝る魔王タロー。
「十分な睡眠を取れば魔力は回復します。それまでは御注意を」
「そ、そうか……」
エーイに注意を促され、魔王タローは周囲を見渡す。ペンギンのコロニー以外に、特に何も見当たらない。一面氷の大地だ。何に注意すればいいのかわからない。
「そんなにここは危険が多いのか? 敵とは何だ? 女神の刺客か?」
魔王タローが問う。
「陸地ではトウゾクカモメ、オオフルマカモメなんかが雛を狙って襲ってくる。そんなわけで魔王は陸地にいても危ないぞ。成鳥になったら、餌を取りに海に入る必要があるんだが、海の中ではヒョウアザラシやシャチに襲われる」
「なるほど。原生生物が脅威なのか……」
勇者リッキーの言葉を聞き、魔王タローは肩を落とす。かつての魔王とその部下、さらには自分達と戦った勇者とその仲間が、原生生物に怯えて暮らしている事が、みじめに思えてならなかった。
「情報量が多すぎて混乱しかけたが――」
「まだ言ってないことは幾つかあるぜ」
「そうだ。肝心なことを聞いていない。ジロロ姫はどうした?」
正直聞くのが怖かったが、魔王タローは恐る恐る尋ねた。
***
氷で覆われた大地を、防寒服を着た二人組が除雪作業をしている。先日のブリザードで、基地の外に置いた機材が雪に埋もれてしまったのだ。
「へいへーい♪ 今日も元気に不毛な雪かき~♪」
「我々は日本からやってきた南極観測隊だ~♪」
小柄な中年男性と、まだ若い痩身の男性が歌いながら作業をしていると――
「あ、隊長、またあいつが来ていますよ」
痩身男性が、基地の横に現れた、妙に銅の長いアザラシを指した。アザラシはアザラシでも、ただのアザラシではない。ヒョウアザラシだ。
「よう、レオパ。おはよう」
隊長と呼ばれた小柄な中年男性が、ヒョウアザラシに近付いて声をかけた。毎日来るこのアザラシに、彼は名前をつけていた。
「ゴォォオォォ」
挨拶を返すかのように、レオパと名付けられたアザラシが唸る。
「可愛い顔してるけど、ドスが効いてる声で、いかにも肉食獣って感じで獰猛そうなんだよな」
「南極の生態系の頂点に君臨する生き物ですからね。口を開けば牙も凄い。体も結構デカいです」
「頂点と言ってもシャチには負けるだろ」
「ゴオオォォォ」
隊長と部下が喋りあっていると、レオパは自分に気を惹かせるかの如く、もう一度唸った。
ヒョウアザラシの足元にペンギンの死体が置かれている。ズタズタに引き裂かれて、見るも無残な亡骸だ。
「またか。困ったお土産だよ」
何故か毎日のように、このヒョウアザラシは殺したペンギンを、基地に持ってきて、観測隊隊員たちの前に差し出していた。
「ゴォォ……」
しばらくすると、ペンギンの死体を置いたままにして、何か言いたげな顔をしながら去っていく。
「多分このペンギンを、我々に食べろということなんだと思います」
「海中撮影している人に、ヒョウアザラシがペンギンを持ってきた話もあるし、それっぽいなー。人間を仲間だと勘違いして、ペンギンの捕まえ方を教えようとしていた説もあるし」
「いずれにせよ、このペンギンの死体の処理困りますねえ」
南極観測隊員二名が困っている一方で、レオパと名付けられたヒョウアザラシも、氷上をヨタヨタと歩きながら、困り顔になっていた。
「はあ……。通じないなあ。あいつらの言葉は俺に通じるのに、こっちの言葉は通じないっ」
その口からはっきりと人語の肉声を発し、呟くレオパ。
「二足歩行のあいつら、何度ペンギン持って行っても、俺の見ている前で食おうとしないなー。でも無くなってるってことは、多分食べてるっ? あはっ」
希望を抱いて笑いかけたレオパだが、すぐうなだれる。
「いや……そんな雰囲気でもないなー。どうもあいつらの会話聞いた限り、迷惑がってるし」
大きく息を吐く。
レオパはこの地に観測に来ている人間達のことを気に入っており、もっと仲良くなりたいと思って、毎日ペンギンを届けていた。しかし彼等は近付いて声をかけてきても、決して触れようとはしない。距離を守っているように思える。
南極観測隊には、南極の生物には触れてはいけないルールがある。しかしレオパはそこまで知らないので、毎日自分の方からアプローチをかけているのに、距離を置かれていて悲しいと感じている。
「ま、何度もトライしていれば、そのうちもっと心を開いてくれるかなっ? あはっ」
自分も言葉を発して喋りかければいいのではないか――という考えも無くもない。しかしそれはそれで躊躇いがある。
レオパは何週間か前までは、ただのヒョウアザラシだった。しかしあることをきっかけに、人間並みの知能が身についたうえに、人の言葉もわかるようになった。さらには、特別な力も得た。
その経緯も全て話すとなると、色々面倒臭いと思ってしまうレオパだった。そのため、観測隊員達ともう少し仲良くなってから、言葉を理解していたことと喋れることを明かそうと考えていた。




