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38-3 地獄に堕ちないために徳を積もう

 グロロンとズーリ・ズーリは、繁華街から離れた平野の真ん中へと転移していた。


「あー、畜生めー。女神が封じられている奴をあっさり見つけたってのに、退却を余儀なくさせられちまうなんてよー」


 肩で息をしながらぼやくグロロン。


「ドームさんの調査結果が正しかったってことなのです。異なる世界の位置情報まで概ね把握できるなんて、凄いのです。そして女神様の居場所と状態がわかったことは、このうえなく僥倖なのです」


 ズーリ・ズーリが言った。


「お、珍しくズーリ・ズーリが前向きだな。そうだな。何でもスムーズにはいかねえ。遭遇出来たことがラッキー、敵の戦力をある程度測れたことはラッキーだったと受け取った方がいいな。何より俺達はまだ負けてねえ」


 逃走や失敗は敗北ではない。敗北という認識は、死という喪失であると、グロロンは考えている。


「僕達二人では任務の遂行が難しいということがわかったのです。ドームさんにそのことは報告しておくのです」

「応、よろしくな。いつもいつも面倒な役させちまってすまねーな」

「何を今更なのです。細かいことはいつも僕の仕事なのです」

「はっはっ、でかい図体してるのに細々としたことばかりってな」

「体は関係無いと思うのです」


 グロロンにからかわれ、ズーリ・ズーリはむっとした顔になる。


「さて、問題はまだ他にあるぜ。気が付いているか?」

「問題が多すぎてどの問題かわからないのです」

「飯や宿をどうするかだ」

「ああ……久しぶりの異世界の旅で、すっかり忘れていたのです」


 この世界の金を彼等は持ってない。工面するには、多くの世界で共通で価値があるとされる、金や宝石や芸術品を換金することだ。


「換金出来る場所を探して、それからメシといこうか。お、面白い広告があるぞ」


 二人が広告を見る。内容はイベントの募集だった。イベントの商品は精製されたエニャルギーであると書かれている。


「今日らしいな」

「主催者はノアって人なのです。場所は――」

「エニャルギーってのは確か、この世界の主力動力だな。そいつをイベントの商品にしてるのか。面白そうだ。換金したら、こいつに参加してみないか?」

「はい。この世界の文明を探るための調査という建前で、参加してるのです」


 半ば物見遊山なグロロンの提案に、ズーリ・ズーリは真面目に答えた。


***


 ミヤ邸にユーリだけではなく、ディーグル、レオパもついてきた。そして三人でミヤに、襲撃された件を報告する。


「あれは絶対に女神の神徒だよっ。確かに魂の残り香を感じたよっ」

「ふん、早速かい。中々動きが早いじゃないか」


 レオパの言葉を聞き、ミヤは不敵に笑う。


「世界を股にかけ、先駆けてアウェイに乗り込んできた者だけあって、中々の強者のように見えました。素早い判断で逃走し、取り逃してしまいました。逃げっぷりも手慣れていると感じましたよ」


 ディーグルが軽く肩をすくめる。


「まあ一筋縄ではいかないだろうさ。というか女神にとってのホームなんてあるのかね? お前は敵の事情をどれだけ知っているんだい」

「すまんこっ。ほとんど何も知らないよっ。あはっ」


 ミヤが尋ねると、レオパはあっけらかんと笑って答えた。


「ノアさんはおられないのですね」


 ディーグルが家の奥の気配も探りながら言う。


「あいつの会社のイベントとやらがあるらしい。儂はこれから行こうとしていた所さね」

「あははっ、それ知ってるー。俺も誘われたけど、今日は用事あるからねー」

「私も呼ばれましたが、都合がつきませんでした」

「僕は買い物して、少し遅れて行く予定です」


 ミヤ、レオパ、ディーグル、ユーリがそれぞれ言った。


***


 チューコが通う魔道学園では、様々なボランティア活動が行われている。


 その日、チューコは生徒数人を連れて孤児院を訪ね、年齢的にはまだ幼稚園児の孤児達と遊んだり、孤児院の手伝いをしたりと、様々な活動を行っていた。


「チューコ会長、あの子ずっとサボってるんだけど……」


 ポニーテールの女子生徒の一人が不満顔で、チューコに声をかける。

 ポニーテール女子生徒が指した先には、おさげ髪女子生徒が孤児院の庭の掃除をしていた。


「ノロノロしててさ。私達が二周してても一周も終わらないなんて、絶対サボってるって」

「あれはサボっているわけじゃないわ。あの子はあのペースで精一杯頑張っている。あれでいいのよ」

「会長がそういうなら……」


 チューコが笑顔で擁護したため、ポニーテール女子生徒は不服なまま引き下がる。


 その後、チューコは園児達の前で惜しげなく魔法を披露し、園児達を喜ばせていた。

 園児達の相手を終えた後、またさっきのポニーテール女子がやってきた。


「会長っ、あの子が問題起こしたっ」

「わかった。すぐ行くわ」


 ポニーテール女子に連れられる格好で、チューコは現場に向かう。


 複数の園児がわんわん泣いていた。おさげ髪女子も膝をついてうなだれ、呆然とした面持ちで涙を流している。そしてその足元には、園児達が作った紙粘土人形が、見るも無残な姿でばらばらに壊れていた。これらの人形は、来週のイベントの出し物として作られたものだ。


「うわあ、何やってんのあの子」

「つーか何であいつが被害者面して泣いてんのよ。加害者のくせに」 

「何であんなトロい子呼んだの? ネクラ全開で、何考えてるかわからなくて不気味だしさ」

「あの子いつも教室でぼっちだし、話しかけてもおどおどしてまともに話せないのよね」

「ドン臭いし、役に立ちそうになくない?」


 周囲を取り囲んだ女子生徒達が、おさげ髪女子生徒に冷たい視線をぶつけながら、本人にも聞こえる声で話す。


「こういう子だから連れてきたのよ」

「え?」


 チューコが言うと、他の生徒達は一斉にチューコの方を見た。おさげ髪生徒当人もチューコの方を見る。


「こういう子には誰かが手を差し伸べなければいけない。穴から引っ張り出してあげれば、そこから自分でゆっくりとでも歩けるようになるかもしれない。それでもなお歩けないなら、ある程度支えて一緒に歩いてあげればいい」


 チューコは喋りながら魔法をかけて、壊れた紙粘土人形を元の形に修復していく。


「凄い……寸分違わず修復を……」

「流石は生徒会長だわ」


 感心する生徒達。


「ほーら、治ったから泣き止んでー」

『ありがとさまままー』


 チューコが園児達に笑顔で人形を差し出すと、園児達は泣き顔ら一転して笑顔になり、礼を述べた。


「会長……ありが……」


 礼を述べようとしたおさげ髪生徒の頭を、チューコが引き寄せて抱きしめる。


「私もね、昔はこの子みたいな感じだった」


 おさげ髪女子生徒を抱きしめたまま、他の女子生徒達を意識して話すチューコ。


「でも助けてくれた人がいた。だから私は今こうして一人で歩けるようになっている。だから今度は私が誰かを助ける番てわけ」

「会長……何て優しいの」

「天才だと言われている会長も、苦労して今があるのね」

「会長、私が間違ってました。ごめんなさいっ。そしてすまんこっ」


 チューコの話を聞いて感動し、心を改める生徒達。チューコに抱きしめられているおさげ髪女子生徒も、嗚咽を漏らしている。


「ふん、チューコ会長、優しすぎるのも問題よ。あんなコミュ障陰気ブスの面倒、私は見たくないっての」


 しかしお涙頂戴には屈しない女子生徒もいた。あのポニーテール女子だ。


「ちょっと声大きい。聞こえるよー」

「あ、うっかり」


 隣の生徒が注意すると、ポニーテール女子はせせら笑うように言った。


(私にも聞こえたわ)


 チューコが口の中で呟いたその時、念話が入った。相手は神徒のドームだ。


(大教皇様、グロロンとズーリ・ズーリから連絡がありました。女神様を封じている者を発見したのことです。向こうもグロロン達を女神の神徒であると見抜いたうえで、即座に交戦に至り、数の不利で撤退したそうです)

(女神様を封じている者?)

(体の中に封じ続けているようなのです)

(そんなことをしていたんだ。しかし……女神様ほどの御方を体内に封じ続けるなんて……。まあ、見つかっただけでも良かったわ。でも互いに女神の魂の残り香を嗅いで、互いに認識した状況。そして敵は複数。厄介ねー)


 ドームと念話を交わし、チューコは思案する。


「こっちが片付いて、そっちに行ったらまた話す」


 肉声に出して告げると、チューコは念話を切り、ポニーテール女子生徒を見やる。すでに遠くに移動している。


 チューコが魔法を発動させる。空間が大きく歪む。


「え?」


 ポニーテール女子生徒が呆気に取られる。急に周囲の風景が歪みまくった、おかしな空間の中にいたからだ。


「ここは亜空間よ。私が作った」


 チューコがポニーテール女子生徒に告げる。


「会長? ど、どういうこと?」


 現在の状況と、チューコから放たれるただならぬ雰囲気に、女子生徒は恐怖する。


「あの子の悪口言ってたわね」

「あ……聞こえました?」

「私があんなに話しても、まだわかってくれなかったんだ? あの子の悪口は、私に悪口言ってるのと同じよ」


 話すチューコの顔が変形していき、別人の顔に変わった。


「これが以前の私の顔よ。あの子よりもブスでしょ? 女神様に今の顔をもらったんだ」


 淡々とした口調で告げると、チューコの顔が元に戻る。


「私はいじめられていた時、いじめっ子を殺すことを妄想してた。で、女神様から力を貰って、そいつら皆、殺してやった。そして今も目の前に一人、殺してやりたい奴が現れた。嬉しい。これって素晴らしいことよ。私ね、実は人殺しそのものが大好きなんだー。でも誰でも殺せばいいってわけじゃなくて、私が殺意を抱いたクソ野郎限定なの。それが私のルール」

「あ、あの会長……。それってどういう……」


 殺意を放ちながら語るチューコに、ポニーテール女子の恐怖が増す。


「わからない振りしてるんじゃねーよ。もうわかってるでしょ? わざわざ亜空間に閉じ込めて、こんな話をしている時点でわからないわけないでしょ? それともわからないくらい馬鹿なの? それとも私が冗談を口にしていると? それともただ脅して反省を促しているだけだと?」

「イヤァァァァ!」


 亜空間の中に悲鳴が響き、血飛沫が何度もあがった。砕ける音が、割れる音が何度も響いた。肉が、臓腑がばらばらになって飛び散った。

 血だまりの中に、制服とマントが落ち、元型を留めぬ挽肉がそこかしこに散乱していた。それを見下ろすチューコは、満たされた顔をしていた。


 かつてのチューコは、ただ復讐したいというだけではなく、殺人そのものへの欲求があった。常に殺人衝動が渦巻いていた。力を得て、復讐による殺人を果たすことで、自分の中の殺人衝動をようやく解放できた。

 人を殺す時、その欲求を存分に解き放つ。だが――


 ふいにチューコの双眸から、涙が零れ落ちる。


「ああ……久しぶりに殺せて、楽しい……哀しい……」


 満ち足りた顔が、悲嘆の表情に変わる。


「私……どうしてこんな悪い子になっちゃったの……? 悪い子になったんじゃなくて、生まれた時から悪だった? じゃあ、どうして私は悪として生まれたの?」


 チューコは自問しながら涙を拭う。


 殺人を楽しむ一方で、そんな自分の異常な性質を、チューコは激しく嫌悪していた。何人もの人を殺した自身の行いに対して、強い罪悪感を抱いていた。


 チューコが亜空間から出ると、涙ぐむおさげ髪女子生徒の姿があった。


「会長……こんなトロい私のことかばってくれて……私……私……」

「めそめそ泣かないの。トロくても何でもいいからさ、頑張り続ければいいのよ。少しずつでも頑張っていれば、少しずつでもいい方にいくよ」


 快活な笑顔で励ますチューコ。おさげ髪女子生徒は涙を拭う。


「こんなこと言ったら……身の程知らずかもしれないですが……私も……会長みたいに強くなりたいですっ。今はそう思いますっ」

「おーしっ、その意気だよっ。大丈夫っ。なれるっ」


 気合いを入れて訴えるおさげ髪女子生徒の肩を、チューコが叩いた。


「支えの手が欲しくなったら、遠慮なく言ってね。私が駆けつけて手を伸ばすから」


 至近距離でおさげ髪女子生徒の顔を見つめ、チューコは力強く言い切る。


(私だって女神様に助けてもらったんだから、同じように助けていかなくちゃ)


 心の中で、チューコは改めて決意する。それは何年も昔から決めていたことだ。


(そうすれば――いっぱい助ければ、いっぱい人を殺した後に死んでも、私は地獄に堕ちずに済む)

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