38-2 全ての世界征服宣言
レオパ、グロロン、ズーリ・ズーリの三名が、同時に臨戦態勢に入り、殺気を迸らせる。
「捕獲して、女神様との関係を問いただすのです。このアザラシ、女神様の気配が凄く強いのです」
「はははっ、アザラシのくせに魔力が漲ってんぜ。面白え」
「何かアザラシにしては胴体が細くて長いのです。昔僕が見たアザラシは、もっとずんぐりしていたのです。それに昔僕が見たアザラシよりずっと大きいのです」
「そういう種類なんだろ」
ズーリ・ズーリとグロロンが喋っている間に、レオパが舞うように回転しながら、二人めがけて突っ込んだ。
(何ともしなやかに優雅に泳ぐように飛ぶものです)
レオパの飛翔の仕方を見て、ズーリ・ズーリは見とれてしまう。
前に出て上体を引くグロロン。後退するズーリ・ズーリ。
相手がどんな攻撃をしてくるか、グロロンは本能的に理解していた。故に、自然と迎えうつ体勢に移行していた。
グロロンの反らした上体が、弾かれるようにして前に飛び出る。
レオパの頭部が、グロロンの頭部へと迫る。二つの獣の頭が、至近距離で向かい合う
(デカいな……。つか、こいつの頭、熊よりデカいぞ)
昔グリズリーと戦ったことがあるグロロンは、レオパの顔を至近距離で見て思った。
レオパが大きく口を開く、鋭く尖った牙が覗く。
グロロンも口を開いた。こちらも鋭く伸びた牙が見える。上下に特に大きく伸びた四本の牙があり、口を開くとレオパ以上に獰猛な顔つきになる。
両者の口が同じタイミングで閉じる。同時に相手の首筋に牙が突き刺さり、同時に顎に力が込められ、同時に首と横に大きくねじりあう。そして全く同時に、噛みちぎられた箇所から血が迸った。
しかし先に出血が止まったのはレオパの方だった。魔法で素早く回復する。
グロロンは地面を蹴って後退し、距離を置く。
「小さな血の皿、慰みと慈しみの早駆け」
噴水のように血が迸る首に手を当て、呪文を唱えるグロロン。出血が止まった。
「参考に聞いておきたいけど、君なんて動物の獣人?」
噛み切った肉を飲み込んでか、レオパがグロロンに尋ねた。
「クズリだ。獣人名としては、ワーウルヴァリンだな」
グロロンが口から血を垂らしながら答える。その血は、己の血とレオパの血の二つが混じっていた。
ズーリ・ズーリが背負った筒を地面に置き、グロロンとレオパがいる方に傾ける。
傾けた事で、筒の中にある物をレオパは見てとれたた。中には人間の生首が大量に詰まっていた。そしてそれらはどれも、瞬きをしている。涙を流している。震えている。唇が動いている。首だけであるにも関わらず、生きているように見える。
「今こそ待ち望まれた時。罰の代価を支払う時」
ズーリ・ズーリが短く呪文を唱えると、筒から勢いよく大量の半透明の人型が噴き出た。それが筒の中に閉じ込められていた怨霊であると、レオパはすぐに理解する。似たような術は以前にも見たことがある。
放たれた怨霊がレオパに向かって降り注ぐ。
レオパは魔力の渦を発生させて、怨霊を尽く弾き飛ばしていく。弾き飛ばされた音量は霧状になって消滅する。
「ふーむ、強いな。ズーリ・ズーリの怨霊爆撃をものともしないとはな」
「ちょっとショック感じたのです」
腕組みして感心するグロロンと、眉をひそめるズーリ・ズーリ。
怨霊は全てがレオパを攻撃したわけではなかった。命中精度が悪いのか、操作しきれてない怨霊が、通行人にも襲いかかる。
怨霊と重なった通行人は、体を破裂させた。憑依されると、肉体に過度な圧力がかかり、内部から爆発するという術だ。
「わー、ひどいな、無差別攻撃だったのか」
顔をしかめるレオパ。
「タスケテー!」
「うわーっ! 幽霊に触ると爆発するぞーっ!」
「逃げてニゲテにーげーてーっ」
通行人達が悲鳴をあげて逃げ惑う。
「はわわ……」
一人の子供が逃げ遅れたうえに、転倒した。その子供に向かって爆発怨霊が突撃する。
「てーいっ」
レオパが念動力で子供を引っ張って、怨霊の着弾点から移動させて、子供を守った。
「気に入らないなっ。子供まで殺そうとして。お前達。許せないなっ」
バークのことを思い浮かべ、レオパは怒りを燃やす。
「何だよ。他にも通行人巻き添えにしまくってるけど、ガキの命だけは怒るのかよ。命は平等だろ。大人も子供も」
へらへら笑いながら言ってのけるグロロン。
「平等なわけないだろ。子供の命の方が重いに決まってる。大人の何分の一しか生きてないんだ。人生をしっかり味わう前に死ぬなんて、こんな哀しいことはないよっ。そんなこともわからないのかっ」
怒気のこもった声で言い返すレオパ。
「そちらこそ……わかってもらえないかもしれませんが、好きでこんなことをしたわけではないのです」
ズーリ・ズーリが悲しげな顔で語る。
「僕も人殺しは嫌いなのです。争いごとはしたくないのです。憎み合いたくもないのです。平和な世界を心から望むのです。あらゆる次元――あらゆる世界の生きとし生ける者全て、女神様を信じ、崇め奉れば、全ての世界が平和になるのです。そのために仕方ないのです」
「あはははははははっ、あはっ、あはっ、あははっ、流石糞女神の神徒だけはあるねっ。糞女神同様にイカれてるっ」
ズーリ・ズーリの話を聞いて、レオパは大声で笑い、嘲った。
「糞……女神だと?」
「今の言葉、取り消せないのです」
グロロンとズーリ・ズーリの顔つきが変わる。グロロンは怒りの形相となって牙を剥き、ズーリ・ズーリは眉間に皺を寄せまくっていた。
「ああ、知ってるよっ。俺はもう神徒と何人も戦っている。君達、あの馬鹿女神をちょっとでも馬鹿にされると、やたらとキレるんだっ。あはっ、反応はワンパターンだけど、君達をキレさせるのは楽しいねっ」
なおも嘲り、挑発するレオパ。
「憎しみ合うことは嫌いなのですが、女神様を侮辱した者は別なのです」
ズーリ・ズーリが筒から霊を解き放つ。しかし今度の狙いはレオパではない。
数体の霊体は、全てグロロンの体に飛び込んでいった。霊体を身に受けた瞬間、グロロンの全身の筋肉が肥大化する。
「行くぞ。神罰の時間だ」
グロロンが短く呟くと、レオパめがけて突っ込んだ。
レオパが宙を舞い、カウンターで噛みつかんとする。
しかしレオパの攻撃は空を切った。レオパの頭部が迫った瞬間、グロロンの速度が上がっていた。
グロロンの腕が振られる。強烈なフックが見舞われ、レオパの長い銅が大きくひしゃげる。300キロ以上あるレオパの体が横に数メートル吹き飛ばされ、家屋の壁へと叩きつけられた。
(よくわからないけど、身体機能を増幅させまくる霊体を宿らせたってことか。それも複数)
レオパがゆっくりと体を起こし、グロロンを睨む。
そのレオパの左右の地面の下から怨霊が出現する。
怨霊はレオパに憑依しようとはしない。ただその場に留まっている。しかしそれだけで十分だった。
魔法を使おうとしたレオパは違和感を覚えた。
(魔法が発動しない? しづらい? 発動速度が凄く低下している。ああ、この二つの怨霊の間に挟まれると、そういう効果が生じるんだねっ)
自分を挟む二体の怨霊の性質を見抜き、レオパは体を大きくくねらせると、片方の怨霊に飛びかかる。
しかし怨霊はレオパの動きに合わせて移動、距離をキープする。
レオパが怨霊に攻撃した直後、グロロンが肉薄し、レオパに向けて蹴りを放った。
グロロンの攻撃を避けられず、頭部を蹴り上げられ、大きく身を反らし、もんどりうって吹き飛ばされた。
さらに追撃しようとしたグロロンだが、今度はグロロンの体が大きく吹き飛ばされた。
「グロロンの兄貴っ!?」
不可視の攻撃によって吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて倒れたグロロンを見て、ズーリ・ズーリが声を上げた直後――
「え?」
レオパを挟んでいる怨霊二体が、鮮やかな緑色の炎によって包まれ、あっというまに浄化させられた光景を見て、ズーリ・ズーリは目を丸くする。
「苦戦していたようですね。助太刀します」
腰に差した刀の柄に手をかけたディーグルが、倒れているレオパを見下ろして声をかける。
「レオパさん、もしかしてこの人達、女神の関係者ですか?」
ディーグルの横にいるユーリが尋ねる。グロロンを攻撃したのはユーリで、怨霊二体を浄化したのはディーグルの仕業だ。
「うんっ、そういうこと。俺が女神に関わる者だと見抜いて、攻撃してきたよっ」
レオパが答える。
「兄貴、さらに強そうな二人が現れたのです」
「二対三、しかも現れた二人も強者。ここは退くしかねーよ。こいつをここで見逃すのは口惜しいが、無理して戦って死んだら元も子も無え。逃げるぞっ」
ズーリ・ズーリとグロロン、同時に駆け出す。
(あのアザラシの中に女神様がいることはわかったのです。つまりは女神様を発見したも同然であり、チューコ様に良い報告が出来るのです)
全速力で走りながら、ズーリ・ズーリはほくそ笑む。
ディーグルが烏の使い魔を放つ。
「影の門、空破る顎、道無き道へ導け」
走りながらズーリ・ズーリが呪文を唱えると、二人の前方に真っ黒な空間の切れ目が現れ、二人はその中に飛び込んだ。
ディーグルの使い魔の烏も、二人を追って門の中へ飛び込もうとしたが、二人が飛び込んだ直後、黒い門は閉じた。烏がUターンしてディーグルの元へ戻る。
「あはっ、二人ともありがとさままま」
ダメージを魔法で癒しながらレオパは、ユーリとディーグルに向かって礼を述べた。
***
制服の上にマントを羽織った女子生徒が、壇上で演説を行う。
体育館の中で並んだ生徒達も、制服にマントという出で立ちだ。それがここ魔道学園の生徒達の正式な制服姿である。
壇上の女子生徒は非常に小柄で、身長は140センチも無いと思われる 身長を見ると遠目には子供に見えるが、顔立ちはハイティーンのそれだ。
彼女は魔道学園の生徒会長をしている。学園きっての天才として、彼女は生徒達から羨望の的であり、教師達からも期待されていた。
「そんなわけで、魔道学園はどーこーで、あーでもなくこーでもないのです」
全校集会。壇上で生徒会長が演説を終えて一礼すると、生徒達が拍手する。
「チューコ君、素晴らしい演説だった。君はただ魔法と魔術に長けているだけではなく、何をやらせても人並み以上だね」
壇上から降りた所で、学園の園長が、テカテカの禿げ頭を輝かせて、上機嫌に声をかけてきた。
「いやー、大したことないですよー」
愛想笑いを浮かべ、チューコと呼ばれた女子生徒は、園長と会話を交わす。
園長との会話の後、チューコは人気の無い場所へと移動した所で、首からカモメのペンダントを取り出して、魔力を込める。
空間が歪み、門が開く。チューコは空間の門をくぐる。
空間の門は別の世界へと通じている。門をくぐった先は壇上であり、壇の下には同じ衣装を耳身に着けた老若男女が並んでいた。
「さっきも演説してたのに、また演説かー」
皮肉っぽく呟くチューコ。
「大教皇様、お待ちしていましたぞ」
骸骨のそれを連想させる顔の浅黒い肌の痩せた男が、チューコに声をかけてくる。
「ドーム、それって遅刻しそうだったってこと? それとも遅刻したってこと?」
チューコが軽く笑い、壇上の中心に進み出た。
「皆の者、待ちわびた時がやってきた。消息を絶っていた女神様の足跡が判明したのだ」
制服姿にマントのまま演説するチューコ。
「一体幾つの世界があるのか知らないけど、我等の女神様は必ずや全ての世界を支配し、全ての世界の頂点に立つ絶対者として君臨されるであろうっ。神徒達よ、そのための糧となれっ」
チューコが朗々たる声で言い放つと、眼下にいる女神の神徒達から、怒涛の勢いで狂熱的な歓声があがった。




