36-2 臆病な愚物ほど厄介
ミヤは赤帽子の屋敷の中で一晩過ごした。
退屈なので、ミヤはエイドのこれまでの旅の話を聞いていた。そのお返しというわけではないが、ミヤも人喰い絵本の話や、自分が外の世界から来た事も伝えた。
「お前は随分とお人好しなんだねえ。身の危険も省みず人助けばかりして」
エイドの話を聞いて、ミヤは彼に好感を覚える。周囲に人の気配は無いので、ミヤは肉声を出して喋っている。
(ここが絵本の中で、私が絵本の主人公だなんて、とても信じられませんが、現に貴女は私に成り代わっていますね)
「お前の話も中々面白かったよ」
微笑むミヤ。
「しかし何だね。人助けをするお前を神様が見て試しているかのように、お前はトラブルによく見舞われるんだね」
(自分のための人助けですよ。困っている人を見捨てると、罪悪感に苛まれてしまいます。昔そういうことがありました。道に迷っている老人を無視したのです。そうしたらその老人が翌日、同じ場所で倒れて冷たくなっていました。もうあんな気持ちにはなりたくないので……)
エイドの昏い感情が、ミヤの心にダイレクトに伝わってくる。
「それはお前のせいとは限らないんじゃないかい?」
(真相はわかりません。しかし私はそれを引きずっているので、自分が傷つかないようにするために、困っている人を助けているだけの話です。それと罪滅ぼしもあるでしょうか)
そんなエイドの話を聞き、ミヤは感じ入る所があった。
「罪滅ぼしか。お前も儂と通ずる部分があるね」
(ミヤさんも罪悪感を引きずるようなことをしたのですか?)
エイドに尋ねられ、ミヤは小さく息を吐く。
「長生きしていると、必ずそういうことはあるさ。儂のは特大だけどね」
ミヤが重々しい口調で言ったその時だった。
「誰だっ?」
赤帽子が室内に現れ、脅えたような声を発する。
「話し声が聞こえたようだが……気のせいか? まさかだよな」
臆した顔つきで呟く赤帽子。
(はっ、ろくでもないことをしている自覚のある小物タイプかね。肝っ玉の小さいことで)
声に出さず嘲るミヤ。
やがて、赤帽子の屋敷に一人の男が訪問してきた。
浅黒い肌の痩身の男だった。その顔にはほとんど肉付きがなく、骨の形が浮き彫りになった、骸骨のような顔をしている。
「これはこれはドームさん」
「朝早くに訪ねてすまんな」
へつらいの声をあげる赤帽子に、ドームと呼ばれた男が骸骨顔に不気味な笑みを広げた。
「体調は快復しているようだな」
「はい、おかげさまで僕の体調はすこぶる良くなりました。ドームさんのおかげです」
ドームが伺うと、赤帽子はへりくだった態度で答える。
(この台詞を真に受けると、こいつも体調が悪くて、それを治すか維持するために、村人から力を吸っているわけかい。そしてこいつは裏にある組織とやらの使いっぱしりで、魔道具の実験をしていたと)
ミヤが両者のやり取りを聞いて推測する。
「実は俺はここに来る前に、この村の噂を聞いた。若者達が赤い帽子の余所者にたぶらかされ、おかしくなっているとな」
神妙な面持ちになったドームの言葉を受け、赤帽子の男は青ざめた。
「派手にやりすぎだ。村人に怪しまれ、噂にまで立つとはな。あの御方に報告させてもらう。この村からは出ろ。最悪、お前にくれたそれは没収――いや、お前はお払い箱も有り得るぞ」
「そ、そんなっ」
硬質な声で告げられ、赤帽子は狼狽する。
「気付かれないようにやれと言われているのに、気付かれてしまったお前が悪い」
呆れ気味に告げるドーム。
(あの御方ねえ。こいつのバックも突き止めて、一網打尽にするかね。組織的な犯罪だとしたら、その組織の規模によっては、面倒な話になりそうだが)
組織一つ殲滅させなくてはならないような、大掛かりな物語も、今までに経験したミヤである。それらはかなり長引いた。
「ではな。沙汰があるまでは大人しくしていろ。村人にも手を出すな。そして村から出る準備もしておけ」
落胆した口調で言い残し、ドームが屋敷から出ようとしたその時であった。
赤帽子が早口で呪文を唱える。
「ぐおっ!?」
魔術による銀色の光条が複数放たれ、ドームの体を貫いた。
「へへっ……やってやった……。ぼ、僕を見捨てようとしたからだっ」
うつ伏せに倒れ、血を流しながら痙攣するドームを見て、赤帽子が脂汗を流して震えながら、引きつった笑みを浮かべる。
(黒幕らの手がかりは消えちまったか? しかしまあ、何とも短慮な奴だよ)
今度はミヤが、赤帽子を見て呆れていた。
「こうなったら……ちんたらやってる場合じゃない。村人一人一人、吸い尽くしてやる」
赤帽子が言い、ドームを跨いで屋敷の外へと出ていく。
「馬鹿の極みだね」
(どうします?)
吐き捨てるミヤに、エイドが伺う。
赤帽子が出ていった後、ミヤは追いかけようとして思い止まり、倒れているドームを見た。
「死んでいないようだ」
ミヤはドームに回復魔法をかけたうえで、拘束魔法で縛り上げる。
「こいつには後で詳しい話を聞こう。今はあいつの凶行を止めないとね」
意識を失ったままのドームを見て呟くと、ミヤは転移魔法を発動させた。
***
「やってやるっ。やってやるぞっ。僕はもう切れたっ。限界突破だっ。もう誰にも僕は止められない……。こうなったのは僕のせいじゃないぞ」
ぶつぶつ言いながら、村人を探す赤帽子。そこに、一人の老人が通りかかった。
赤帽子は老人に飛びかかった。
「な、何をするっ!?」
「うるさいっ! 吸わせろーっ!」
赤帽子が老人にしがみつき、首筋にかぶりつく。こうすればより効率的に生命力を吸い取ることが出来ると、赤帽子の男は知っていた。
「こら、よさんか」
「うぼぅ!?」
ミヤが念動力猫パンチを横薙ぎに繰り出し、赤帽子の男を吹っ飛ばす。
「そこの爺さん、さっさとお逃げ」
「わ、わかったっ」
ミヤに促され、通りすがりの老人はあたふたと逃げていった。
「あ、青帽子だと!?」
ミヤの姿――というよりミヤの帽子を見て、倒れたまま仰天する赤帽子。
「この帽子に覚えがあるのかい?」
ミヤが赤帽子を見てにやりと笑う。
「青帽子! 僕を殺しにきたのか!? 」
「こっちの質問に答えな」
混乱しながら叫ぶ赤帽子に、ミヤは面倒くさそうに言う。
赤帽子は殺意を膨らませ、呪文を唱える。
「ふむ……なるほど」
赤帽子の男が被る帽子が魔力を発動させる様が、ミヤの目にははっきりと映った。
呪文の詠唱が終わり、魔術が発動した。
轟音と共に大爆発が起こる。
ミヤは魔力の防護膜を張り、完全に防いでいたが、足元の地面は大きくえぐられていた。
「少しはやるね――と言いたい所だが……」
それは赤帽子の力ではない。
(はい。帽子の力を使って周囲の樹木や動物の力を吸い、魔術の威力に上乗せしているのですよ。私も聞きに陥った際に使っていた手です)
エイドが赤帽子の力の正体を解説した。
「効かないだとっ!? これならどうだ!」
さらに呪文を唱える赤帽子。
「ぬおおおおっ」
魔術が完成すると、赤帽子の肉体が肥大化し、服が弾け飛ぶ。体中に血管が浮き上がり、憤怒の形相となる。
巨体となった赤帽子の男に、ミヤが魔力の光弾を数発打ち込んだ。
光弾は赤帽子の男の体を穴だらけにしたが、開いた穴はすぐに再生して元通りになる。
「ふん、こいつは厄介だ」
「何だ何だどしたー?」
「お、おいあの化け物は何だ?」
「デカっ! キモっ!」
「あの赤い帽子は……まさか……」
ミヤが呟いた直後、村人達が野次馬にくる。
「来るんじゃないよ!」
ミヤが鋭い声で叫んだが、どうせ言うことは聞くまいと思い、魔法を発動させて村人達を強制転移させた。
「ぶぼぼぼぼぉーっ!」
ミヤが村人に気を取られたその隙に、赤帽子が咆哮をあげて攻撃してきた。
「やかましいわ」
ミヤの一声で、赤帽子がうつ伏せに倒れて、そのまま地面に押し潰される。念動力猫パンチだ。
そのままただ圧を加えるだけではなく、強制的な魔力放出を行おうとしたその時だった。
「束ねる血眼の剣」
聞き覚えのある声と共に呪文の詠唱が行われ、魔術による攻撃が繰り出された。ミヤの後方からだ。
ミヤが際どいタイミングで攻撃を避ける。たった今いた空間を見ると、大量に連なった真っ赤に目玉が、一直線に伸びていく光景があった。
「お前……」
不意打ちを仕掛けてきた者の方に振り返り、呆れるミヤ。
「はっ、恩知らずだねえ。お前を助けた儂を攻撃し、お前を殺そうとしたこの男を助けるのかい」
「すまんな。そいつを今殺されても困る」
意識を取り戻し、ミヤの拘束を解いたドームが、にやりと笑う。
「喋る猫か。人喰い絵本に呼びこまれた、あっちの世界の住人と見た」
さらにドームが口走った台詞を聞き、ミヤは驚いた。
そこに、空間の揺らぎが生じる。何者かが転移してこようとしている。
ミヤもドームも警戒したが、ミヤはすぐに警戒を解いた。現れたのは宝石百足だったからだ。
「こいつもイレギュラーかい。宝石百足、お前はこいつを知ってるのか?」
ミヤがドームを見つつ、宝石百足に問う。
「分類として、イレギュラーではあるでしょうが、私の同胞ではありません。私達とはまた違うタイプのイレギュラーと言えます」
「違うタイプのイレギュラー?」
「これ以上は私の口から、今申すことができません。いえ――私も詳しく存じません」
「中途半端な情報だね」
「加えて言うと、今回はいつもと毛色が違います。ここで強制退出させますよ」
「いいや、ここで放り出すのは無しだよ。どう毛色が違うのかも興味がある。せっかく儂が役者として選ばれたんだ。ハッピーエンドに導いてやるさ」
宝石百足の厚意を、ミヤは拒む。
「それに、正体不明の存在だっていうんなら、その謎も解いてやらないとね」
ドームに視線を向けたまま、ミヤは不敵な笑みを零した。




