36-1 青い帽子と赤い帽子
・【青い帽子と赤い帽子の旅人】
青い帽子の旅人は、とある山の麓の村によく訪れました。青い帽子の旅人は、山の麓の村人達ととても仲良しです。
青い帽子の旅人は、いつも青い帽子を被っています。色んな場所を旅してまわっています。彼は義侠心に厚く、行く先々で人々に好かれ、困っている人がいたら助けてまわっていました。
子供の頃、青い帽子の旅人はお父さんに何度も念押しして言われました。風呂と洗濯の時以外、その帽子を脱いでは駄目だと。寝る時もずっと被っているようにと。
帽子を脱いでいる時間が長くなると、何か悪いことが起こるようですが、青い帽子の旅人は、帽子を脱いではいけない理由を長いこと知りませんでした。
しかしある時、青い帽子を長時間脱がざるをえない状況になりました。ある国を訪れた際、帽子は失礼という理由で、帽子を脱がされてしまいました。
すると彼はたちまち体調を崩してしまったのです。
必死の思いでその国を抜け出し、帽子をかぶり直すと、彼の体は少しずつ回復していきます。
青い帽子の意味と、自分の体調のことを、青い帽子の旅人は理解しました。何故父親がそれを教えてくれなかったかが気がかりですが、余計な心配をかけたくなかったのだろうと、解釈しました。
ある日、青い帽子の旅人が山の麓の村を訪れると――
「貴方と同じデザインの帽子の人が、つい前から村に来てね。いや、色は違うんだが……」
村人が憂い顔でそんな話をしました。何でも、赤い帽子の旅人が村に住むようになってから、村がおかしくなったという話です。
若者達が赤い帽子の旅人の家をよく訪れ、買い物をしているが、何を買っているかは、年配達には隠しています。若者達ばかりたぶらかしているようで、年配の村人達は気味悪がっています。
村人達は、赤い帽子の旅人を調べようとはしませんでした。怖くて出来ませんでした。赤い帽子の旅人は、武器も携帯しているからです。
最初のうちは、特に何も悪いことも起こっていなかったから、深くは関わらないようにしていた村人達ですが、放置できない出来事が起こりました。
「最近、若者達の何人かが、おかしくなってきたんだ。引きこもって働きもしなくなった。おかしな目つきでぶつぶつと呟いている者もいる。薬でもやっているのかと身辺を探ったが、何もでない」
村人の話を聞いて、青い帽子の旅人は思いました。証拠が残らないよう、薬を渡さず、その場で飲ませているか、嗅がせるタイプかもしれないと。
「わかりました。調べてみます」
青い帽子の旅人は困っている人を放っておけません。赤い帽子の旅人を調べてみることにしました。
危険はあるかもしれませんが、青い帽子の旅人は腕に自信がありますし、今まで何度も危険を乗り越えてきました。だから今度も――
***
それはまだユーリが幼く、まだ魔法を使うこともできない頃の話。まだミヤが一人で人喰い絵本の救出活動を行っていた頃の話だ。
ミヤは一緒に入った騎士達とはぐれて、一人だった。そして頭には青い帽子を被っている。
「おやおや、儂が登場人物になったか」
珍しいことだった。幾度となく人喰い絵本の中に潜っているミヤだが、不思議と登場人物の役割を担うことは少なかった。十回に一回も無い。
(赤い帽子の旅人とやらを調べればいいわけか。先に本人を直接調べるか、赤い帽子の旅人に入れ込んでいる若者達を調べるか。はてさて)
村の中でミヤは思案する。
(そしてこの青い帽子とやらにも意味があるようだね。脱いだらいけない理由が何であるか、儂が身をもって体験できるが)
ミヤが青い帽子を脱ぐ。洗濯や風呂程度の時間なら脱いでも平気なようなので、少しの時間は影響が無いと思われる。
解析魔法をかける。魔道具であることは確かだ。所有者に悪い力を及ぼす効果は無い。それどころか、所有者に活力を与える力があるようだ。
だが、それだけではないこともミヤは見抜いた。活力を与えるには条件がある。そして、それ以外の力も秘められている。その条件と秘められている力は、現時点の解析ではわからない。
「さてお次は――」
ミヤは問題になっている赤い帽子の旅人の家を探ることにした。場所は頭の中に自然と入ってきた。青い帽子の旅人がすでに聞いていたからだ。
「赤い帽子の旅人と呼ぶのも変な話だよ。この村に居ついたのなら、赤い帽子の村人でいいんじゃないかい? まあ、赤帽子と呼べばいいかね」
そんなことを呟きながら、ミヤは歩く。
やがて赤帽子の家に到着するミヤ。村の外れにある、わりと大きな屋敷だ。しかしかなり古い建造物でもある。空き家を買い取ったらしい。
魔法をかけなくても、屋敷全体から妖気が放たれていることが一目でわかった。探知魔法で周囲を探る。そして屋敷の中も探っていく。
「儀式魔術を何度も行っているようだね。そして、今もやっている最中かい」
不敵な笑みを零して呟くと、ミヤは屋敷の中へと転移する。
ミヤが屋敷の中に入ると、下から多人数の気配を感じた。
(地下室か)
さらに探知の魔法をかけ、魔力と意識の触手を展開し、地下へと続く入口が何処にあるかを探る。
「ふん、ありきたりだねえ」
本棚にある地下室に続く扉を開く仕掛けを発見し、ミヤは鼻を鳴らした。同時に入口も発見したので、地下に降りる階段に転移する。
階段にはおかしな臭いが漂っている。臭いは先にある扉から来ている。
階段の先の扉の先を遠視し、中の地下室を見る。
赤い帽子の男と、とろんとした目つきの若い男女が七名。
両者の間では香が焚かれていた。ミヤはその香に注目する。
さらには、力の流れにも気付いた。香にトリップした若者達から生命力が抜け出し、赤い帽子の男に流れている。
(青い帽子の旅人の読みが当たっていたね。この香は依存症のある薬品だ)
より正確に言えば、男の赤い帽子へと生命力が吸い取られている。そして赤い帽子から、男に生命力が注ぎ込まれている。
(つまりはあの帽子も魔道具だね)
赤帽子を見て、ミヤは判断する。
「今日もありがとうございます……。赤帽子さん」
「赤帽子さんのおかげで、私達はまたこの退屈な村で頑張れます……」
「明日からまたばりばり引きこもります……」
やがて儀式は終わったようで、若者達が礼を述べる。
(はん、何言ってんだか、こいつらは……)
呆れるミヤ。
若者達が出ていく。ミヤは透明になる魔法を使って身を隠す。
(快楽を得る代わりに力を奪われ、やる気を失くす、か。しかしこの男が若者達の活力を奪う目的は何なんだろうね。ありきたりだが、永遠の命とかかい?)
ミヤは勘繰り、この先どうするか、思索を巡らせる。
(彼の目的は不明ですが、私の帽子と同系統の魔道具なのでしょうね。あるいは対になるものか)
唐突にミヤの中で声が響いた。
(青い帽子の旅人かね?)
(名前はエイドと言います。以後お見知りおきを)
柔和な口調でエイドは自己紹介した。
(儂はミヤだ。お前の体を乗っ取った者に対し、礼儀正しいことだね)
(様子を見ていました。どうやら悪人ではなく、私に代わってこの事態に対処してくださる方と見込んで、声をかけた次第です)
冗談めかして言うミヤに、エイドは明るい口調で返した。
(私の青い帽子は父から授かったものです。私の青い帽子の秘密を、父は教えてくれませんでした。しかし私は長年の旅で、この帽子の手がかりを幾つか掴み、推測することが出来ました。どうやら私の体は非常に弱くて、この帽子を長期間脱いでいると、生きていられないようなのです)
(なるほど。この帽子はかぶった者に活力を与える効果があるからね)
(私は青い帽子の謎を追っている最中、似たような帽子が他にもあると知りました。その中には、危険な失敗作もあると。おそらくはそれが、赤い帽子なのでしょう)
エイドの話を聞き、ミヤは先程の青帽子の解析結果を思い出した。
(エイドが被る青い帽子は、大気に満ちる様々な力を少しずつ吸収、活力に変え続けている。非常に無害なものだ。しかしあの赤い帽子は、他人の命を少しずつ吸い取り、力に変えている――か)
(あの赤帽子の男も、私と同じかもしれません。力を吸わねば、自分の命が果てるのかも)
(ふん。だからといって、見過ごしていい理由にはならんよ。さて、どうするかね)
再び思索を巡らすミヤ。
ふと、ミヤはユーリのことを思い出す。そして自分の体調のことを思い出す。
ユーリと会うまで、ミヤは無為に生き永らえたいとも思っていなかった。寿命が目前まで迫っていると意識してなお、それを受け入れるつもりでいた。しかしユーリと暮らすようになってから、ミヤは存命のために手を尽くすようになった。ユーリの成長を見届けるために、もう少し生きたい。
(赤い帽子か青い帽子、どちらかがあれば、儂の命も繋ぎ止められるものかもしれないね)
(貴女も体が悪いのですか?)
(ふー……頭の中で考えたことが全て伝わってしまうのは、考え物だ)
(これは失礼しました)
溜息をつくミヤに、生真面目に謝罪するエイド。
(この香は、儀式魔術によって生じているものだ。強い依存症を持ち、快楽物質をもたらす香りを、魔術師の力でさらに強めている。そうして若者達を通わせ、毎日少しずつ、生命力を吸い取っている)
「実験は成功だが、いかんせん規模がな……。ああ、バレてはいない。上手くいっているさ」
ミヤが解析結果をエイドに解説していると、赤帽子が声に出して喋り出した。
(誰かと喋っているようだね)
赤帽子が水晶球に向かって会話している様を確認する。
「で、到着するのはいつだ?」
『明日だ』
赤帽子が問うと、異なる声が響いた。
(ふん、仲間がいるのか。それならこいつだけ仕置きしても意味が無いね。仲間のことも調べないと)
(組織的な犯罪だとすると厄介ですね)
ミヤとエイドが言った。




