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35-4 天国に行きたいかーっ!?

・【天国への道】


 フロストはとても親切な男で、根っからの善人だったが、奇行の多い変人だった。村の人達からは煙たがられていた。


 煙たがられている理由は、奇行だけではない。ひどい斜視の入った小男で、異様に独り言が多い。突然大声を出す。身なりも整えずにぼろぼろの服を着続け、頭髪もぼさぼさ、変な臭いも漂っている。

 悪い外見、ずぼらで無神経な性格、奇行の数々に対しても、フロストは一切自覚が無く、さらには自分が煙たがられている事にも気付かなかった。注意する者はいたが、他人の注意をあっさり聞き流して忘れてしまうのだ。


「これだけ俺は親切にしているんだ。きっと天国に行ける。行ける! でももっともっと人に親切にすれば、もっといい天国に行けるぞっ! 行けるぞぉっ!」


 村の掃除をして回りながら、フロストは大声で叫ぶ。この叫び声は何度もあげているし、村人達はよく耳にしている。

 今の台詞は、フロストの母親が十歳のフロストに向かって今際の際に残した言葉だ。現在五十歳のフロストは、その言葉を信じて守り続けていた。


 掃除が終わると、畑仕事を手伝い、村の設備の点検を行い、害虫駆除を行う。これらは仕事ではなく、ボランティアだ。金は全く貰っていない。フロストの親が残した遺産が莫大で、フロストは一生遊んで食っていけるだけの資産を持っている。

 フロストは村のために頑張っていたし、その事を感謝している村人達も多い。しかしフロストの常軌を逸した言動や、見た目の不潔さなどに対する気持ち悪さの方が、感謝の気持ちを上回っていた。


 ある日、フロストは病気になった。


 心配した村人達がフロストを看病しようとしたが、フロストの家がとんでもなく汚いことに絶句した。結構大きな屋敷に住んでいたが、中はぼろぼろでゴミだらけ、虫だらけだった。村のゴミはしっかりと片付けるというのに、自分の家はまるで片付けていないのである。


 村人達は看病することを断念し、フロストを放置した。


「今……村の人達が来たような……? どうして帰っちゃったんだ?」


 病に苦しみながら、フロストは疑問に思う。


 フロストの病は、不潔な環境に居続けたことによって引き起こされた重い病であった。それは出血を促し、気管を痛め続け、呼吸をも困難にした。


「誰か……助けて……」


 寝込んでいたフロストであったが、ある日耐えられず、ベッドから這い出し、そのまま屋敷の外へと這っていき、助けを求める。


 フロストを見つけた村人は、そそくさと逃げて行った。フロストはさらに不潔さが増していた。這い出る際にゴミの中を突っ込んだこともあるし、何より寝たきりの際に糞尿が垂れ流しだったからだ。


 やがて夜になり、大雨が降り出す。フロストは激しい雨に打ち据えられながら、水たまりの中でうつ伏せになって、動かなくなった。


「どうして……誰も助けてくれないんだ? 俺は村に尽くしたというのに」


 怨嗟に満ちた声で唸るフロスト。彼の心は怒りと絶望と怨念で溢れていた。


 フロストの内より噴き上がる怨念が、やがて最高潮に至る。


「天国に……行けなくてもいいっ! 俺を助けなかった奴に復讐する力を寄越せええぇっ!」


 怨嗟に満ちた絶叫をあげると、フロストは――


***


 人喰い絵本の中に入ったユーリ、ノア、イリス、サユリ、伝説の豚使い(ディーグル)の五人は、例によって頭の中で絵本を見ることとなった。


「これまた絵本が中途半端だ」

「ですねー」


 ユーリが呟き、イリスが同意する。


 五人がいる場所の近くには、村がある。絵本にあった村と同じ村だ。


「ちょっとこれ見てくださいよー」


 イリスが後方を刺し、全員が振り返ると、そこに驚くべきものがあった。


 空間の扉が開きっ放しである。通常、人喰い絵本は一方通行であり、絵本の物語を終わらせないと、元の世界には戻れない。しかしこの絵本には、出入り口が常に存在しているかのような状態だった。


「自由に戻れる?」

「試してみよう」


 ユーリが疑問を口にすると、ノアが勢いよく空間の扉に飛び込んだ。

 ノアがすぐに戻ってくる。


「戻れた。試してみて」


 ノアに言われたとおりに試してみると、雪山の中にあっさりと戻れた。


「行き来できる人喰い絵本とか初めてなのだ」

「僕も初めて」


 サユリとユーリが言う。


(セント、これはどういうこと?)

(私にもさっぱりだわ。ダァグ・アァアアに報告してくるわね)


 ユーリが心の中で問いかけると、宝石百足はそう告げた。


「絵本の内容、サユリ改心計画に支障出そう。悪影響与えそう」


 ノアがサユリを見たが、サユリは絵本の内容を嘲る様子はなく、何故か不機嫌そうな顔をしている。


「どうしましたー? サユリー」

「さっきの絵本が不快でして」


 イリスが声をかけると、サユリは不機嫌顔のまま答えた。


「いい人が悪い目を見る。まるであたくしの師匠みたいなのだ……。運命は人の期待を踏みにじり、人を絶望と落胆の奈落に突き落とすものなのだ。サユリさんには今の絵本のフロストいう人の気持ち、少しだけならわかるのだ。あたくしには誰も手を差し伸べてくれなかったのだ。だからあたくしも無償で誰かを助けない主義になったのだ」

「フロストさんは最初は人助けしまくってた人だったじゃなーい。サユリは違うでしょ」

「確かにあたくしは違うけど、師匠は昔、人助けをしたのに、恩を仇で返されたことがあるのだ。まだ子供だった頃のサユリさんは、それを見て悔しくて悲しくて仕方が無かったのだ」


 突っ込むイリスに、サユリは怒りを孕んだ声で話す。


「サユリさん、その気持ちはお察しします。しかしだからといって極端に人をはねのけてはいけませんよ」


 伝説の豚使いに穏やかな声をかけられ、サユリははっとした。


「ぶひぃ……伝説の豚使いさん……」

「今のサユリさんには、ちゃんと人間のお友達さんもいるじゃないですか。サユリさんのことを気にかけているじゃないですか」

「お、お友達っ? これが?」


 イリス、ノア、ユーリを順番に嫌そうに見ていくサユリ。


「ノアさんのことを、ノアちんと親しげに呼んでいるでしょう?」

「言われてみればそうねー。サユリはノアちゃんに対しての接し方が、他より親しげに感じるわー」


 伝説の豚使いの言葉に、イリスも同意する。


「ぐぬぬぬ……そういうつもりではないのである。ノアちんは豚に理解があるし、豚を可愛がってくれるから、少しは見所あると思った程度で……」

「会ったばかりの頃のサユリはとんでもなくウザかったけど、今はそんなに嫌いじゃないよ。行動を共にして、段々とサユリのことがわかってきたし」


 言い訳するかのように話すサユリに、ノアは爽やかな笑顔で告げる。


「ぐぬぬぬ……」


 ノアの言葉を聞き、サユリは苦しげに唸り続ける。


「師匠も最近のサユリさんはマシになったと言ってましたよ」

「あたくしのことを好き放題言うのはやめまして……」


 さらにユーリがたたみかけると、サユリはぷいっとそっぽを向いてしまった。


「先輩。これからどうする?」


 ノアが伺う。


「捨てる神あれば拾う神あり。僕等が拾う神になって、この物語の主人公のフロストさんを救ってやればいい。そうすることで、捨てた神の鼻も明かせるよ」


 ユーリは力強く言い切った。


「先輩、その例えはちょっとおかしい。先輩の言う捨てた神はダァグ。でもダァグも拾う神の出現を願っている。自分で捨てたくせにね」

「違うよ。僕の言う捨てた神は、この場合は村人達だ」


 ノアが否定すると、ユーリは微苦笑をこぼしてかぶりを振り、ノアの否定をさらに否定した。


「絵本は中途半端な所で終わっていたのであるが、あの後、アンデッドを操る邪悪な力を手に入れたであるか? どうやって? そしてどうしてそれが人喰い絵本の外に出ているのでして? 何であんな辺鄙な所に人喰い絵本が現れたであるか? 疑問だらけなのだ」

「確かに謎だらけよねー」


 サユリが言い、イリスがうんうんと頷く。


「まず村に入ろう。何か手がかりがあるかも」


 ユーリが促し、一行は村へと足を踏み入れた。


***


 人喰い絵本の発生時に、絵本に引きずり込まれた男がいた。名は、ヒーターという。


 今から二週間前、ヒーターは自殺するためにメンコーイの雪山深くに入ったが、歩いている最中に人喰い絵本に引きずり込まれた。

 そしてヒーターは、主人公であるフロストの役についている。


「フロスト、僕は君の気持ちがよくわかる」


 肉声に出して、ヒーターが言う。


(ヒーター、俺も君の気持ちがわかる。同じ魂を持つ者同士であり、同じ境遇にあった者同士だからな)


 ヒーターの頭の中で、フロストが力強く応じる。


 二週間前、二人の願いが同調した瞬間、村に古来より祀られていた悪霊の塚が反応した。


 四百年前、村は途轍もない力を持った悪霊に襲われた。悪霊は死者を蘇らせる術を使役し、近隣の村や都市を襲った。

 しかし英雄達の手によって、悪霊は祓われ、塚が造られて祀られたのである。


 フロストは理解する。悪霊の正体は死んでも死にきれなかった死霊術師であり、その死霊術師は自分の魂の縦軸――前世の自分であったと。


 ヒーターは引き寄せられるように悪霊の塚へと赴く。


 夜であるというのに、塚の前に落ちていたカモメのペンダントが、ヒーターの目に留まった。

 ヒーターはペンダントを無意識に拾ってから、塚に手を伸ばした。


 塚に手を触れた瞬間、ヒーターの中で、フロストの前世の力が蘇ったのだ。

 そしてヒーターは非常に強力な死霊使いの力を手に入れた。


 まずフロストの復讐を果たすため、村人達を全てアンデッドに変えた。そしてそのアンデッド軍団を動かして、近くにある大きな都市を襲わせ、そこでまたアンデッド軍団を大量生産している。


「天国はあると思うか?」

(天国に行きたいか?)


 アンデッド軍団の前で、へたりこんで震える町人達を前にして、ヒーターとフロストが問いかける。


「天国はこの先だよ」

(俺達の天国へようこそ)


 ヒーターとフロストの言葉を引き金にして、ゾンビが、スケルトンが、ゴーストが、ワイトが、一斉に生者に襲いかかる。そして数分後には、襲われた彼等は動く死者の仲間入りをしていた。

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