35-3 魂の芯まで腐っているわけじゃない
ユーリ、ノア、イリス、サユリと、伝説の豚使いに扮したディーグルは、応援依頼を行った白騎士団に会いに行った。
「ゴリラなのだ」
白騎士団の駐留所に重く気、純白の甲冑を身にまとったゴリラを見て、サユリが呟く。
「イリス殿、ユーリ殿、ノア殿、よくぞいらしてくださいました。そしてサユリ殿とこちらは初めまして。白騎士団所属のロック・Dと申します」
ロック・Dは渋い美声で挨拶し、優雅な仕草で頭を垂れた。
「すでに聞いておられるかもしれませんが、我々が苦戦している理由は、ゴースト、レイス、スペクターといった、物理攻撃が通じない霊体系アンデッドの存在です。魔術師の加勢や、魔力の込められた武器なども支給されていますが、全く数が足りていません。そして敵は無尽蔵に湧いてくる有様です」
「自然発生で湧いているにしては、おかしいんじゃないですか? 操っている死霊使いがいるという可能性は?」
ユーリが疑問を投げかける。
「その可能性も考えました。しかしそれにしても異常な数で、一人の死霊使いが行えることではないと、魔術師の方々は申されています。仮に一人だとしたら、途轍もない力の持ち主であると」
「そもそも何でそんなことしてるのかってのも謎ねー」
「確かに。明確な意思の元に行われているなら、目的がありそうですね」
ロック・Dの話を聞いて、イリスとユーリが言った。
「原因を突き止めないと無限湧きかな?」
「無限は有り得ないよ。死体も霊体も有限だ。でも原因は探った方がいいと思う」
ノアの言葉をユーリが否定する。
「おい新入りっ。もっとしゃきっとしろ! 栄えある初陣でその様は何だ!?」
「は、はい……」
新米騎士が先輩騎士に叱咤される声が聞こえ、一同はそちらの方に視線を送る。
「あの人、震えてる」
あからさまに臆した顔つきの白騎士を見て、ノアが言う。
「あれはきっと初陣もまだな新米ですねー。新米がビビるのは仕方ないことですが、あれは露骨にビビりすぎですねー」
と、イリス。
「おい新米、客人も来ている前で情けない姿を晒すな。もういい、行け」
ユーリ達の存在に気付き、先輩白騎士が声を控えて、ばつが悪そうに注意する。
「は、はひっ。ああっ」
奥に引っ込もうした所で、通路に飾ってあった壺を割ってしまう新米騎士。
「何という醜態だ。それでもお前は誇り高き白騎士団の一員か」
先輩騎士は呆れて顔を抑える。
「ふん、情けない男なのだ。豚にも笑われるのだ」
サユリがその様を見て鼻で笑う。
直後、伝説の豚使いが立ち上がると、子豚を抱えたまま新米騎士の元へと歩み寄る。
「頑張ってください。白騎士の皆さんは、私達にとっての希望です。どうかこのメンコーイを御救いくださいませ」
伝説の豚使いは新米騎士の前でにっこりと微笑み、子豚を目の前に差し出して鼓舞する。
「は、はいっ」
子豚と伝説の豚使いを交互に見やると、新米騎士は落ち着きを取り戻し、その場を去った。
「伝説の豚使いさん、優しいですね」
「ぶひ……あたくしだって豚には優しいのだ」
ユーリが言うと、サユリがきまり悪そうに言う。
「豚に優しくて人に優しくないのは駄目ってことじゃないのー? 少なくとも伝説の豚使いさんは、人も豚も隔てなく優しいわよねー? ねー?」
イリスが嫌味な口調であてつける。
「ぐっ……あたくしは人間なんて嫌いでして……」
「俺のことも嫌い?」
「え……?」
ノアの唐突な質問に、サユリはきょとんとした顔になる。
「嫌いな俺に対して、ノアちんとか、そんな呼び方しないと思う。本当に嫌いなら会話さえしてくれないんじゃない?」
「ううう……じゃあもう……皆と会話もしないのだ……。どうせサユリさんは人喰い絵本で呼び出されない限り、いつも豚と一緒で、人と触れ合う事も無いのであるし……」
ノアの指摘を受け、半べそ顔でいじけるサユリ。
「私がどうして同行したか、サユリさんはわかりませんか? サユリさんのためですよ」
戻ってきた伝説の豚使いが、サユリの方を見て告げた。
「あたくしのため?」
「ここにいる皆さんはサユリさんのためを思って、私を呼んだのです。そして私もたまたまこの地で困っていた所でした。これは運命的な導きだと感じましたし、皆さんがサユリさんのことを真剣に思っていることも感じ取りました。だから私も協力したいと思ったのです。サユリさんの心にも光を射したいと思ったのです」
「な……何の話なのだ? サユリさんはとても心がむずむずして……ああ……ちょっとトイレなのだ」
非常に居心地が悪くなったサユリは、そそくさとその場を立ち去った。
「ナイスでした」
「サユリの性質、よくわかってるね」
ユーリとノアが、伝説の豚使いの方を向いて称賛する。
「サユリさんはおそらく、根は優しい人なのですよ。魂の芯まで腐っているわけではありません。以前、人喰い絵本の中で会話した際、そう感じました」
「ディーグ――伝説の豚使いさんはそう感じていたんだ……」
伝説の豚使いの言葉を聞いて、意外と感じるユーリ。
「優しいかどうかはともかく、根っから腐っている奴とは違うことくらいわかる。人間不信になっている寂しがり屋。ただ拗ねちゃって、こじらせちゃっているだけだ。昔は俺もそうだったからわかる。でも先輩や婆のおかげで、俺は変わる事が出来た」
ノアはサユリを自身と重ね合わせてもいた。
「今回行動を共にすることで、サユリさんの心にいい影響与えられるといいね」
ユーリが言った。
「はあ~、そうだといいんですけどねー」
セッティングしてくれたノアやディーグルには悪いと思うが、あまり期待していないイリスであった。
***
ユーリ、ノア、イリス、サユリ、伝説の豚使い(ディーグル)は、ロック・Dと白騎士団と共にペガサスに乗って、アンデッド軍団がいる山中へと向かった。魔術師達もいる。
「魔術師三名だけだったのねー」
ロック・Dの肩の上に乗ったイリスが言う。
「頑張ってくれてはいるのですが、霊体系アンデッドの数も相当なものでして」
言いづらそうにロック・D。
「さらに魔法使い三名追加なのダ。しかもこっちは見習いが二名でしテ」
「ノアちん、サユリさんの真似しないでほしいのでして。しかもちょっと下手でして」
ノアの口調を聞いて、むっとするサユリ。
「あれ? 既視感が……。ああ、以前ミカゼカの真似した時、同じようなこと言われた」
ノアが微笑む。
「見習いと言っても、ノアちんとユーリは、下手な魔法使いよりずっと強いと思うのだ。特にユーリは実戦経験も豊富だとわかるのだ」
「そ、そうですかねえ」
サユリの言葉を聞いて、ユーリが照れる。
「先輩の方が俺より評価されて、ちょっと悔しい。まあ実際先輩なんだから俺より上で当たり前だけど」
ノアが言ったその時だった。
『見えてきましたっ!』
先頭の白騎士が拡声器を用いて報告した。
前方下――針葉樹林が生い茂る雪山の中、大量かつ様々な種類のアンデッドが蠢いている。多くはゾンビとスケルトンだが、グールやワイトやレブナントもいる。
デュラハンの姿も何体かあったが、これだけ動きが違う。まるで多くのアンデッドを管理しているかのように、あるいは見回りしているかのように、規則正しい動きをしている。
「うわーお……確かにこれが自然発生というのは無理がある話ですね」
「森に隠れているから、空からじゃ全ては見えないから、全体数がわかりにくい」
「肝心のゴースト系らの姿が見えないね」
「こちらが攻撃すると、ゴーストやファントムも現れます」
上空から森の中のアンデッド軍団を見下ろし、イリス、ノア、ユーリ、ロック・Dが喋る。
「戦闘開始!」
ロック・Dが号令をかけると、白騎士団のペガサス達が一斉に降下した。
「ウホウホーッ!」
ロック・Dはペガサスが降りる前に、勢いよく地上に向かって飛び降りた。
(この高さで魔法使いでもないのに飛び降りるなんて……)
飛び降りたロック・Dを見て絶句するユーリ。
地上に降りたロック・Dが、たちまちデュラハンの一匹を退治すると、ゴーストやレイス達が出現した。
「僕達の出番だよ」
ユーリが呼びかけ、魔法で霊体群を攻撃する。ノアと魔術師達も戦闘に加わる。
「ぶひぃ。勝手に戦えばいいのである。サユリさんは優雅に見物――」
嘲りかけて、サユリははっとした。伝説の豚使いの視線を感じたのだ。
「もしも伝説の豚使いさんなら……一緒に戦うに違いないのでして……。ぐぬぬ……そんなのあたくしは嫌なのに……うううう……」
頭を抱えて唸った後、渋々戦闘に参加するサユリだった。
「むー、驚くほどよく効いてますねー」
「効果抜群。こんなにスムーズにいくもんなんだと、俺もびっくり」
「作戦の矢が的に当たった時はこういうものだね」
サユリを見て、イリス、ノア、ユーリが言った。
そんな三名の方に振り返るサユリ。
「君達、またサユリさんの陰口叩いているであるか? それともサユリさんを分析していまして? いずれにせよやめて欲しいのである。サユリさんは繊細だから、そういうことをすると傷つくのであるぞ」
「別に陰口は叩いていませーん。感心していただけでーす」
サユリの言葉に対し、イリスがしれっとした口調で告げる。
「これ、湧いている方向がある」
ユーリが言い、探知魔法をかける。
「うわ……何てことだ……」
驚くユーリ。
「どうしたの? 先輩」
「人喰い絵本がある。アンデッドが湧いてくるのは、絵本の中からだ」
ノアが伺うと、ユーリが探知魔法の結果を述べた。他の面々も驚く。
「こんな場所に人喰い絵本があるなんて、どうかしているのである」
「大抵人の多い場所に現れるよね。大きな町の市街地とか。建物の中に」
サユリとノアが言う。
「人を喰うから人喰い絵本。絵本を悲劇の物語から救いたいがために、こっちの世界の住人を選んで吸い込む。つまりこの山奥に、たまたまその選ばれた人がいたってことだろうけど……」
ユーリがペガサスを移動させる。目指す先は人喰い絵本のある場所だ。ノア達も後に続く。
果たして、人喰い絵本があった。少し大きめな空間の歪みから、次から次へとアンデッドが湧くようにして出てきている。
「こんなこと有り得るんですかー? 人喰い絵本の住人がこっちに勝手に来るなんてーっ」
イリスが仰天して翼をはためかせる。
(師匠はディーグルさん含め、妖精も魔物も人喰い絵本からやってきたと言っていた。でもそれは師匠が魔王だった時代の話だ)
「これもある種のイレギュラー?」
「ああ、そういう取り方も出来るね」
ノアの言葉に、ユーリは納得した。
(ダァグ・アァアアか嬲り神の仕業かと疑ったけど。そうとも限らないか)
ユーリは思う。
「アンデッド発生は二週間前だから、この人喰い絵本も二週間経過している。こんな場所にあるから気付かれないのも当然だけど、発生してから長いね」
「ぶひひひ、これは興味深い展開なのだ」
ユーリが言い、サユリは目を輝かせて笑っていた。
「中に入る?」
「当然」
全員を尋ねるユーリに、ノアがにやりと笑って即答する。
「私達は外にいた方がよいでしょうか?」
一緒についてきた白騎士が伺う。
「騎士達は足手まといだから、来なくていいよ。魔術師もいいや」
「言い方っ。私とロック・Dさんはちゃんと戦力になりますよっ」
ノアの言葉に、イリスが怒る。
「じゃあイリスと伝説の豚使いさんだけは同行していいよ。あとは先輩と俺とサユリね」
「伝説の豚使いさんも来るのであるか?」
「この子豚に宿るパワーでサポートします」
ノアの決定を受け、サユリは案ずるが、伝説の豚使いは子豚を撫でながら笑顔で告げた。
「た、確かに伝説の豚使いさんは、非戦闘員なのに並々ならぬパワーを感じるのであるが……」
「危ない時はサユリが護ればいいよ」
危ぶむサユリに、ノアがさらっと言ってのけた。これでサユリに責任を押し付けた形になるし、これもサユリの改心計画の一環になると計算した。




