35-2 伝説の豚飼い現る?
ノア、ユーリ、イリスはサユリの家を直接訪問した。
「豚だ」
「庭にも豚いっぱいいるね」
ノア、ユーリが呟く。
サユリの家は大きいが、特別豪華でもなかった。むしろ古ぼけてさえいる。庭は広く、豚小屋があって、沢山の豚が放し飼いになっている。そして家の門には巨大な黄金の豚の彫像が置かれていた。
「この彫像はともかく、豚飼っているのはわりと想像通り」
ノアが言い、呼び鈴を鳴らす。
『ぶひーっ! ふごごごっふごっふほっ!』
「呼び鈴まで豚の鳴き声なのか」
「家の中も豚まみれですよー。徹底してますから」
呆れるノアに、イリスが言った。
「何だーっ!? ユーリにイリスにノアちんのトリオが、サユリさんの家にやってきたぞーっ! これは一体どういうことだーっ!」
サユリが扉の中から実況口調でオーバーに叫ぶ。
「不思議な組み合わせですねえ。しかし、断定はできないですが、これはまさかの結託かもしれませんよ」
落ち着いた解説口調とともに扉が開く。
「何ということだーっ! イリス率いる悪辣非道軍団と、よりによって極悪ミヤファミリーが手を組もうというのかっ! この世にますます悪が活性化してしまうぞーっ! それでいいのーかっ!? 誰かこの状況を止めてくれーっ!」
「誰が悪辣非道軍団だってのー」
「ふふふふ、わかってるじゃないかサユリ。そう、俺達こそ極悪ミヤファミリーだ」
実況口調になって喚くサユリに、イリスは憮然とし、ノアは歪んだ笑みをたたえていた。
「何の用なのだ?」
「庭の豚と遊んでいい?」
尋ねるサユリに、ノアが問い返す。
(サユリの興味を惹くには豚のことを気に掛けるのが一番。これは絶対効く)
ノアにはそのような計算があった。
「おおおお、あたくしの豚と遊びに来るとは、ノアちん達見直しまして。ささ、庭に入るがいいのだ。存分に豚さんを愛でるがいいのだ」
サユリは疑うことなくあっさり喜んで、庭に迎え入れる。
(ほらね)
ほくそ笑むノア。
三人が庭の中に入ると、豚達が一斉に駆け寄ってきた。
「うわっ、取り囲まれた」
戸惑うユーリ。
「凄く人懐っこい。おお、よしよし」
ノアが破顔して豚の頭を片っ端から撫でまくる。
ユーリも恐る恐る手を伸ばし、豚の頭を撫でると、撫でられた豚はふごふごと声をあげる。
しばらく、豚と戯れて楽しい時間を過ごすユーリとノアであったが、イリスだけは蚊帳の外だ。豚達はイリスを人とは見なさず、イリスも豚に興味が無かったので、豚と戯れるユーリとノアを冷めた目で見ていた。サユリは家の中に入ってしまい、姿が見えない。
サユリがお盆を持って庭に現れる。東洋風の茶器が乗っている。
「客人など来たことが無いから、客人用の茶碗は無いのである。サユリさんが使っている茶器に抵抗無いなら、飲むがいいのである」
そう言ってサユリが緑茶を注ぐ。
(サユリにもこれくらいの気遣いが出来るのねー)
イリスが意外そうにサユリを見る。
「ところでサユリ、伝説の豚飼いがメンコーイ島にいるという話は知ってる?」
茶をすすりながら、ノアが話を振った。
「何だってー! これは思ってもみない展開になりました! まさかノアちんの口から伝説の豚飼いの話が飛び出ようとはーっ!」
興奮してまた実況口調になるサユリ。
「いやあ、驚きましたねえ。これは行ってみるしかないでしょう」
解説口調で方針を決めるサユリ。
「実は伝説の豚使いが、魔物に豚を殺されてしまって困っているんだ。メンコーイ島に大量にの魔物が出現したっていう話でさ。これから俺達も行く所なんだよ」
「ノアちん、サユリさんも同行するのだっ。伝説の豚使いさんがピンチとは、放っておけないのでしてっ」
息巻き、申し出るサユリ。再びほくそ笑むノア。
「ノアちゃん、伝説の豚飼いって何ですかー? 本当にそんなのいるんですかー?」
イリスがノアの耳元で囁く。
「いるらしいよ。これから作るよ」
「いるらしい? これから作る?」
「まあ聞いてよ。これからの作戦。かくかくしかじか――」
ノアはこっそり魔法を使って、イリスとユーリにのみ聞こえる声で、簡潔に作戦を伝えた。
***
その後、白騎士団の依頼要請を受けるという形で、ユーリ、ノア、サユリ、イリスの四名は、飛空艇でメンコーイ島にまで移動した。
「ううう、寒い……」
「冬でもないのに雪景色なのだ」
身を震わせるイリスとサユリ。
四人は今夜の宿に足を運ぶ。かつてユーリとノアが来た際に泊まった、正面入り口の大きな損傷痕がある宿だ。
「おや、ミヤ様のお弟子さんではないですか。よくいらっしゃいました」
大きな傷痕が顔にある老人が出迎える。
「オーナー、お久しぶりですね」
「ミヤ様はどうなされました?」
ユーリが微笑むと、老人が尋ねる。
「師匠は今回お留守番です。僕達で、ここいらで暴れている魔物の退治に来ました。オーナーに詳しい話を伺いたいのですけど。あ、ここに泊まるつもりで来ました」
「元オーナーですよ。オーナーは孫に任せて隠居したと言ったでしょう」
ユーリの言葉を聞き、照れ臭そうに訂正する元オーナー。
「豚をいじめる魔物は断じて許せないのである。魔物は絶滅させてやるのである」
「サユリさん、まずは普通に挨拶くらいしましょうよー」
意気込むサユリに、ユーリが注意する。
「サユリ、伝説の豚飼いさんはとても礼儀正しい人だそうよー。マナーには気を付けましょうねー」
イリスが笑い声で警告する。
「そ、そうであるか? 面倒臭い話でして」
「はいはーい、面倒臭がった時点でアウトですよー。言動は気を付けてねー」
サユリが溜息をつくと、イリスがさらに注意する。これらはサユリの言動を見越したうえでの、予め打ち合わせた通りの注意であった。
「これで上手くいきますかねー?」
「わからないです……」
イリスがユーリの耳元で囁くと、ユーリは苦笑しながら小さくかぶりを振った。
その後、元オーナーの老人に魔物のことを聞く。
二週間前から出現したアンデッド軍団に、白騎士団はずっと手を焼いている。ゴーストやレイスもいるので、白騎士の精鋭でさえ苦戦しまくっているとのことだ。
「アンデッド軍団いるとか、ゴースト類に苦戦だのって話は、初耳」
「白騎士団が苦戦している理由を、知られたくなくて情報操作でもしてるのかな?」
「それにしては地元の人には知られていますよー」
ノア、ユーリ、イリスがそれぞれ喋る。
「はじめまして」
一人の青年がユーリ達の前に現れ、優雅な仕草でお辞儀をした。その両腕には子豚が一匹抱かれている。
「あ、貴方はもしや……伝説の豚飼いさんであるか?」
サユリが顔色を変えて尋ねる。
「そう呼ばれているようですね。お恥ずかしい限りです」
「うおおおおっ! 出会えて感激でしてっ!」
青年――伝説の豚使いがにっこりと微笑んで肯定すると、サユリは感激のあまり大肥で叫ぶ。
「ひょっとして伝説の豚飼いって、ディーグルさんが化けてる?」
ユーリがノアの耳元で尋ねる。
「おお、先輩すごい。よくわかったねえ」
「顔は違っても、仕草も喋り方も雰囲気もまんまディーグルさんだし」
感心するノアに、ユーリが言った。
「むう……。流石でして。豚を扱う手つきが、豚に対する愛情で満ち溢れているのだ……」
子豚を抱く伝説の豚使いの手を見たサユリが、敬服して唸る。
「豚だけに愛情を注いでいるわけではありません。人に対しても、礼節と思いやりをもって接しています」
「な、何ぃぃっ!?」
伝説の豚使いの発言を受け、サユリは驚いてのけぞった。
「豚を飼うには、飼い主もモラルある行動をしなくてはなりませんよ。人々との調和が図れないのであれば、豚との調和は到底無理でしょう。豚を愛しても、豚の気持ちがわからない飼い主になってはいけないのです。それは一方通行の愛情になってしまいかねません」
「ぶ、ぶ、ぶひぃ……」
伝説の豚使いの持論を聞き、サユリは真っ青な顔になる。
「ふふふ、効いてる効いてる」
「協調性ゼロのサユリには厳しい言葉ですねー。そして豚の扱い方を引き合いに出しているが故に反論できない、と」
ノアがにやにやと笑い、イリスも小気味よさそうにサユリを見やる。
「でもサユリさん、随分とあっさり騙されすぎじゃない?」
疑問に思うユーリ。
「伝説の豚飼いって俺の創作じゃないんだ。実際にいる人物なんだよ。そしてディーグルの演技が上手いというか、動物の扱いが上手い」
ノアが言った。
「そういえばサユリさん、その名を聞いた時に驚いていたし、知っている風だったね。リスペクトしている人物だったのか」
「リスペクトしているかどうかまではわからなかったけど、もし知らなかったりリスペクトしていなかったりしたら、教えてやったし、リスペクトするよう仕向けるつもりでいた」
「ノア、今回は随分と練られているね」
「実は先輩を見習ってみた。先輩の影響で、俺も悪だくみが上手くなった」
ユーリに褒められ、ノアは嬉しそうに微笑んで言ってのけた。
「魔物達によって、私は多くの豚を失いました。しかし被害を受けたのは私の豚だけではありません。メンコーイ島の多くの住人が被害を受けています。どうかメンコーイのために、よろしくお願いします」
「ぐ、ぐぬぬ……サユリさんは豚と自分以外のためには……」
頭を下げる伝説の豚使いに、サユリは苦しげに唸る。尊敬する人物を前にして、無外に断りづらい。
「私に戦う力があればよいのですが、私には豚から得たパワーで支援するくらいしか出来ません」
「豚さんからパワーを得られるのでして?」
伝説の豚使いの言葉に、意外そうな顔になるサユリ。
「はい。豚はとても賢い動物です。飼い主が困っていれば、ちゃんとパワーを供給します」
「知っていまして。豚さんは人間よりずっと利口なのだ。でもパワー提供は初めて聞きまして」
「人より利口とかパワー提供とか、ダブルでそれはないでしょー」
思わず笑いながら突っ込んでしまうイリス。
「ありますよ。豚は飼い主の心も見抜きますよ。飼い主が自分のことしか考えない勝手な人間ですと、豚もそれを見抜いて心を開きませんよ」
「な、な、な、何だってーっ! サユリさんが絶句してしまいましたよ! さあ、これは大変だーッ! ある意味危機的状態だーっ!」
伝説の豚使いの発言にサユリは仰天し、興奮しまくった実況口調で慄く。
「伝説の豚使いさんの言葉が本当であれば、マイペースのお化けであり、他人のことを一切省みようとしないサユリは、豚が心を開かぬ相手ということになりますからねえ。これはサユリにとっては致命的でしょう」
サユリが口調を一変させ、解説口調で自己分析する。
「ディーグルさんに今の台詞言うように、ノアが頼んだ?」
ノアの耳元で、小声で尋ねるユーリ。
「頼んでない。プランの概要伝えたら、ディーグルが全部アドリブでやってくれるって言ったから、任せてある。ディーグルもサユリと面識あって、サユリが馬鹿なのは知ってるし」
と、ノア。
「嗚呼……運命は希望と喜びを餌にちらつかせて、すぐに絶望と悲しみの奈落へと突き落とすのだ。伝説の豚使いさんと出会えたと思ったら、とんでもないことを言われてしまったのだ」
「私、それほどおかしなことを言った覚えはありませんが?」
嘆くサユリに、伝説の豚使いが不思議そうな顔になる。
「よーするに、サユリが常識的に真人間になれば、話は済むでしょーに。それってサユリにとってそんなに難しいことなの?」
イリスが呆れながら伺う。
「常識なんてサユリさんを縛る鎖でしかないのだ。真人間? 誰から見た基準の話をしてるのであるか? あたくしにはその基準が理解不能なのだ。わからないのだ」
両手で顔を覆い、正直に吐露するサユリ。
「魔物を倒してくださる御礼に、私がレクチャーしてさしあげましょうか? 真人間になる云々は置いておいて、サユリさんが豚ともっと心を通い合えるようになるためと、そう意識すればよいでしょう。豚を愛する心があるのでしたら、それは苦にならないはずです」
「ぐぬぬぬ……そこまで言われて拒んでしまえば、あたくしは豚さんへの愛を否定したも同じになりましてっ。わかったのだ。伝説の豚使いさんの言う通りにしてみるのだ」
伝説の豚使いに柔らかな口調で諭され、とうとうサユリも承服した。
「もう何か、ディーグルさんに全て任せておけばいいね。上手くやってくれそう」
「俺もそう思った。ディーグルは何でもできる男だ。婆も重宝しただろうな」
伝説の豚使いとサユリの様子を見て、ユーリとノアが微笑みながら囁き合う。
「何だかよくわからない話でしたが……取り敢えず、魔物退治をお願いします」
元オーナーが頭を下げる。
「任せてください」
「白騎士団と合流しなくっちゃねー。詳しい話も聞かないと」
ユーリが力強い声で応じ、イリスが言った。




