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34-4 南極の法律とやらは誰が作ったのだ?

 それは二十年以上前の話。まだワダチがシリン直属の幹部になっていない頃。


「これより第七実行部隊の編成を行う。これから複数のチームを作る」


 暗黒神を奉じる名も無き宗教のアジトの一つ。何十人もの信者達を前にして、幹部が告げる。


「チームごとにいる、経験者でリーダーを決めろ。そしてリーダーをまとめる部隊長を決めろ」


 彼等は教団が新しく作る実行部隊だった。新規とは言っても、新兵だけで組み合わせるわけではない。新兵を指導する経験者も、各チームに混ぜられる。


 各チームのリーダーが、幹部の前に進み出る。


「む……お前は……」


 グリフォンの着ぐるみを着た少年を見て、幹部が眉間に皺を寄せる。ふざけた格好もさることながら、リーダーは経験者と言っているのに、新兵であるこの少年が出てくるという、あっさりと命令無視された異常事態。


「リーダーは経験者にしろと言っただろう。それにお前のその格好は何なんだ?」


 実はこの少年が出てくる前から、着ぐるみ姿のおかしなのがいるという認識は、幹部にもあった。しかし編成指示などの進行を重視し、彼に対しての質問は後回しにしようと思っていた所だ。


「ワダチ・ナカガワ。リーダーは経験者から譲ってもらった。リーダーは経験者が放棄したから僕になった。この格好は僕の標準。この出で立ちが僕の在るべき姿」

「ふざけるなっ!」


 堂々たる態度で主張するワダチに、幹部ががなりたてたその時であった。


「す、すみません……自分はリーダーには相応しくないので、その子で……」

「私も……リーダーは力不足……その子に及びませんので……」


 手や顔のあちこちに噛み傷がある二人が、幹部の前に進み出て、怯えた眼差しで訴える。噛み痕からは血が垂れている。一部の傷痕は、ただ噛まれただけではなく噛みちぎられている。

 尋常でない事態に、息を飲む一同。


「わ、わかった……」


 候補者がこの有様では仕方ないとして、幹部は認めてしまう。


「次に部隊長だが――」

「部隊長も僕が務める。僕が就く。僕が相応しい。僕がやるべきだ」


 幹部の発言途中に、よく通る声で立候補するワダチ


「調子に乗るのもいい加減にしろ!」


 幹部は激昂した。


 怒鳴られたワダチは、幹部を冷たい目で睨みつける。


「何だその目は。よーし……それならば、俺に勝ったら部隊長として認めてやる。お前達に求められるのは、力こそ正義とする領域だからな」

「了解。承知」


 幹部の提案に乗り、ワダチは幹部と一戦交えることとなった。


 結果、ワダチはその幹部にぼこぼこにされて、大の字に倒れていた。


「歳の割には筋がいい。だがそれで増長するような餓鬼が、部隊長など務まるはずも無し!」


 荒い息をつきながら小気味良さそうに言い放つと、幹部はワダチの着ぐるみに手をかける。


「やめろ! それだけはやめろ!」


 幹部が何をしようとしているのか察して、ワダチは青ざめ、必死の形相で制止する。


「はははははっ、力で止めてみろ。出来ないならそこで泣いていろォっ」


 ワダチの取り乱す様子を見て、幹部は嗜虐心を刺激されてますます上機嫌になり、グリフォンの着ぐるみを引き裂いた。


「うわあああっ! グリタローっ!」


 泣き喚き、引き裂かれた着ぐるみに縋りつくワダチ。


「はーっはははっ、本当に泣いているのか、情けない奴だ」


 そんなワダチを見て、幹部は高笑いをあげる


「よくもグリタローを殺したなーっ!」


 幹部に噛みつきにいこうとしたワタヂだが、また一方的に殴り飛ばされて、のされてしまう。


「ごめん……グリタロー……。僕、今は非力だから……今は貧弱だから、あいつに勝てなかった。あいつからお前を守れなかった。でも……いつか……」


 すぐ横で無惨に引き裂かれた着ぐるみを見て、ワダチは泣きながら謝る。


 それから数年後、その幹部は全身噛み痕だらけの遺体で発見される。その顔には恐怖の表情がへばりついていたので、悪霊にでも殺されたのではないかという噂も立った。


 さらに何年かした後、全身至る所を噛みちぎられて咬殺される者が増えていった。そして幹部を殺害した者もワダチの仕業だということが判明する。しかしすでに幹部になっていたワダチは、一切お咎めを受けることはなかった。


***


 ミヤが家で座布団の上で丸くなってくつろいでいると、スィーニーから念話が入った。


(にゃんこ師匠、実は――)


 スィーニーの報告は、シリンの側近であるワダチという者に関する話だった。ディーグルか、あるいはミヤが狙いでア・ハイに入ったこと。ディーグルを襲撃したこと。自分達はそのワダチをこれから襲撃すること。全て伝えた。


 ミヤはディーグルにも連絡を入れて確認を取る。


(はい。彼女の言う通りです。たった今襲撃を受け、ブラッシーと共に退けた所ですよ)


 ディーグルが答える。


(スィーニー達がワダチと交戦するようだ。お前も一応行っておきな。スィーニー達には手を出すんじゃないよ)

(承知しました)


 ミヤが行けと命じた時点で、それが何を意味するか、ディーグルは即座に理解する。


(儂は静観しておいた方がいいね。ディーグルにお任せだ)


 そう思い、再び丸くなってくつろぐミヤであった。


***


 ワダチ・ナカガワは仲間のムーン、イダ、エウロパ、フォボスと共にソッスカー山頂平野繁華街を出た所で、足を止めた。


「尾行されている。つけられている」


 ワダチが告げる。他の四名も同じタイミングで気付いた。


「わざと気付かせて足を止めさせた感あるぞ」

「ただの尾行じゃない。微かに殺気が感じられるぞ」


 フォボスとエウロパが言う。


 繁華街の入口から、何者がワダチ達に向かって魔術で攻撃しだした。無数の魔力弾と、回転する青い光球が遅いかかかる。


 魔力弾は全員回避する。


 一方で青い光球は直線的な動きをせず、意思によってコントロールされたものなので、回避しても執拗に追撃してくる。


 そこに魔力弾群の第二段が放たれる。


「敵は二人? こっちは五人だってのに」

「よほど自信満々? じゃないよな。これは」 

「分断しようとしているのが見え透いている」


 イダ、ムーン、フォボスが言い、繁華街の入口の方を見る。


 繁華街入口の物陰にはスィーニーとンガフフが潜んでいた。フォボスが言った通り、敵を分断して誘き寄せようという目論見だった。


「ここはあえて乗ってやった方がいいな。敵が何者か見極めるためにも。襲撃者を知るためにも。エウロパ、ムーン。行け」

「わかったわ」

「了解」


 ワダチに命じられ、エウロパとムーンは繁華街入口へと突っ込んでいく。


 魔力弾の連射が止む。青い光球はエウロパとムーンを追う。


「注意しろ。警戒しろ。姿と気配を隠す魔法で、かなり側まで接近してるぞ」


 目を閉じたワダチが、イダとフォボスに告げた。


「そこだ! 行けダクティル!」


 イダが叫び、肩に乗せていた猛禽を飛ばした。


 猛禽が高速で飛翔したかと思うと、途中で身をのけぞらせて、空中の何も無い空間めがけて爪で襲いかかる仕草を見せる。


 直後、何も無い空間から電撃が放たれた。猛禽は際どい所で避ける。


 姿隠しの魔法が解け、空中を泳ぐレオパと、その背中に乗ったカークの姿が露わになった。


「お、おおお……アザラシだ。アザラシが空を泳いでるっ」


 ワダチがレオパを見て目を輝かせる。


「狩人の血が騒ぐ。狩人の魂が疼く。あれの皮を剥ぐ感触は? あれの皮を被った時の感触は? 肉はどんな味がする? 骨はどんな味がする?」

「骨まで食うのかよ」


 ワダチの台詞を聞いて、苦笑するフォボス。


「あいつ――管理局の工作員、カーク・マロニーじゃない」


 レオパの背に乗っているスダレ頭の中年小男を見て、イダが言った。


「管理局が敵か。納得。得心がいく」

「最近いざこざがあって、奴等に被害をもたらしたからな。その報復か」


 ワダチとフォボスが言ったその刹那、カークが跳躍した。


 空中のカークの両足の裏から炎が噴射する。そしてカークは一直線に飛翔して、ワダチ達に向かっていく。


「あいつは――」


 フォボスが解析用の魔道具を用いて、カークを素早く解析し、驚くべき結果がわかった。


「人間じゃない? いや体の大半――八割か九割くらい、魔道具だぞ」


 フォボスが報告したその時、カークが空中で両手をかざし、掌より光弾を何十発と連射してきた。


「あいつは君達に任せる。君達が担当だ」


 ワダチが告げ、横に移動する。ワダチの視線は移動の間も、レオパに釘付けだ。


「あはっ? 俺に興味あるのっ? 見る目あるねー。そして随分と可愛い格好してるねー」


 妙に熱っぽい視線を向けてくるワダチを見て、レオパは何故か嬉しくなってしまった。


 レオパが魔法を発動させる。レオパの前に、横二列に並んだペンギンの群れが修験した。本物のペンギンではない。イメージ体だ。


「ゴォオォォオオォォッ!」


 レオパが低く吠えると、二列のペンギン達が弾かれたように一斉に空中へと射出され、ワダチめがけて飛来した。


 ワダチは紫の髭が伸びた黒の妖獣を呼び出していた。そして妖獣の持つ、物体の運動を減衰する効果を発動させる。これは獣本体だけではなく、ワダチにもかけられる。


 ワダチの間近まで迫ったペンギン達が、次々と爆発していく。しかしそれらの爆風をワダチと黒い獣が浴びることはない。爆風はワダチ達に届く前に爆風のエネルギーを急速に減衰させて、威力をほぼ殺していた。


 しかし完全に防いだわけでなく、爆風はワダチにも多少は届いた。


「ペンギンが可哀想だぞ」


 呆れ気味に言うワダチ。


「あはっ、水中ならペンギンには何をしてもいいっていう法律が、南極にはあるんだよ」

「ここは水中じゃないし。そんな法律も多分無い。そもそも南極ってどこ?」


 レオパの台詞を聞いて、ワダチが呆れながら尋ねる。


「あ……」


 その時ワダチは気付いた。リスの着ぐるみが少し破れていることに。


 ワダチの表情が豹変する。愛らしい面が怒りに歪む。


「よくも……よくもリックンを傷つけたな。許さないっ。許しておけないっ。暗黒神が許したとしても、僕は断じて許せないぞ。暗黒神が勘弁しても、僕は勘弁しないぞ」

「そんなことで怒るなら、着ぐるみ着るのやめるか、もっと丈夫な着ぐるみにすればいいよねっ。あははっ」


 怒りに震えるワダチに、レオパは笑いながらもっともなことを言い放つ。


 レオパが空中を泳ぎ、螺旋を描く動きで、ワダチに向かっていく。遠距離攻撃が防がれたので、近接先頭に切り替える所存だ。


 ワダチも飛び出し、レオパを迎えうつ。


 両者が互いに迫る。両者が互いに頭から突っ込む。両者が互いに口を開く。歯が、牙が、互いに覗く。

 レオパに噛みつこうとしたワダチだが、ワダチの歯が届くより一瞬早く、レオパの牙がワダチの喉に食い込んでいた。

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