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34-3 着ぐるみはおふざけではない

 ディーグルと妖獣の戦いを、四人の男女が離れた場所から見ている者達がいた。


「始まった。八恐で最も危険な男の実力、果たしてどれほどのものかな」

「三百年前の話が本当なら、ワダチでも危ないぜ」

「あれは尾鰭ついた話だと思う」

「シリン様とほぼ互角にやりあった人なんでしょ? それなら誇張されてもいないんじゃないかしら」


 遠望の魔術で戦闘の様子を伺う彼等は、ワダチ・ナカガワと共に送り込まれてきたエージェントであり、西方大陸ア・ドウモに古くから蔓延る、暗黒神崇拝の信者達であった。宗教名は無い。御神体の名前すら無い。彼等は己等の神を暗黒神と呼び、己等はその信徒であるとだけ名乗る。


「ワダチは一人で遊ぶと言ってたけど、あいつが危なくなったら無視して助けに行くぞ」

「わーってるよ。ハナからそのつもりだ」

「ディーグルだけじゃなく、魔王そのものもア・ハイにはいるしね。ディーグルが助けを呼ぶかもしれない」

「ターゲットMよ。迂闊にその名を口にしないで」 


 彼等は立場上こそワダチの部下という事になっているが、上下関係は無い。対等な仲間であると認識しあっている。


 ディーグルは四匹の妖獣のうち、一匹も斃せぬまま、何度も攻撃を食らっていたが、特に慌てることはなかった。すでに攻略の糸口が見えている。


(当然ですが、射手は同じ場所で撃ち続けているわけではありませんね。場所を特定されないように、撃つ度に場所を変えています)


 考えている間に、また大量の光の矢が飛来した。


 光の矢を避けつつ、ディーグルは矢を撃った場所を確認する。


(気付いていないようですね。私は撃たれた場所全てを記憶しています。そして私のいるこの場所で、狙撃できる場所は限られていますよ。教会の建物の裏からは撃てないようですし、遮蔽物も限られています。姿を隠す術か魔法を使っている形跡も無い。そうなると……)


 考えている間に、またもワダチの妖獣の攻撃を食らう。鋭い爪で胸元を袈裟懸けに切り裂かれる。しかしこれは、わざと食らった一撃だ。


 ここぞとばかりに、藍色の獣二匹が左右から飛びかかる。

 獣二匹の攻撃の後には、すぐに光の矢が飛んでくることも予測できた。つまりは、射手が次の狙撃ポイントにもう移動済みという事だ。


 敵のいる場所を特定したディーグルは、呪文を唱えて飛翔し、一気に高速移動する。


 あの場を離れて、妖獣から逃れることは何時でも出来た。しかしそれではただ逃げるだけ、勝負を放棄するだけだ。それよりも肝心なのは、妖獣をけしかけている者と矢を放っている者の場所の特定だ。あるいは両者は同一かもしれない。


「いましたね」


 木陰に隠れ、大きな光の弓をつがえている者の姿を見て、ディーグルはほくそ笑んだ。わざわざ光の弓など作っている時点で、それも目立つ要因になっている。その時点で狙撃手としては大失態だ。


 狙撃手が、空中を飛んできたディーグルを見上げる。

 木陰にいた狙撃手は、リスの着ぐるみに身を包んでいる。ただし顔は見える。頭髪の一部も見える。十代前半と思われる、愛らしい容姿の東洋人の美少年だ。


 着ぐるみの狙撃手めがけて流星のように突っ込みながら、斬撃を放つディーグル。


「おっと」


 狙撃手の少年が素早く横に跳んで、飛ぶ斬撃を避ける。地面に三本の斬撃跡が刻まれる。


「よくぞ僕に届いたと褒めておく。僕自身まで先頭に引きずり出したのは流石と言っておく」


 着地したディーグルに向かって、少年が言った。


「ふざけているのか、趣味なのか、実用性がある姿なのか、どれなんでしょうね、それは」


 ディーグルが口にしたそれとは、少年の着ぐるみ姿のことだ。


(確か『妖獣使い』以外にも、『暴虐と瞋恚の化身』『着ぐるみの覇王』なんて二つ名もありましたね。あと『ルナティックバイト』も)


 少年を見て、ディーグルは思う。この少年こそが暗黒神崇拝を行う集団の刺客、ワダチ・ナカガワだと確信する。妖獣使いも光の矢の射手も、同一人物だった。


「この格好にはいつも突っ込まれる。着ぐるみは僕の生きがいだ。僕のアイデンティティだ」

「その格好で街中を歩いているのですか?」

「そうだ。でも目立つことはない。注目を浴びることはない。直接面と向かって話や戦闘をしない限り、認識されないように出来ている。気付かれないようになっている」


 ディーグルの問いに、真顔で答え続けるワダチ。


「自分が最も理想としているスタイル。自分が最も幸せになれるスタイル。それを作るのは大事だろう? それを求めるのは大事だろう?」

「そうかもしれませんね。で、シリンは直接出ずに、本気で部下に私を殺させるのですか。それとも威力偵察のつもりですか?」

「殺せるなら殺す。様子見でもある。僕に経験を積ませる目的もある。挨拶でもあるかもね」

「やはり本気では無いのですね。本気なら自分で出てくるはずです」


 挑発的な言葉とは裏腹に、このワダチは捨て石にされているわけではないと、ディーグルは判断する。これほどの強者がそのような扱いを受けるとは考えにくい。シリンは本気の刺客を放ってきたと、改めて確信する。


「邪魔が入った」


 わずかに眉をひそめて呟くワダチ。


 隙を見せることを承知で、ディーグルは教会の建物近くの方を向いた。自分が妖獣達と戦闘した場所だ。

 ブラッシーが外に出てきて、妖獣達と交戦していた。ゼラチンの血の塊のようなものを四匹の獣に体にくっつけて、獣の血を吸い出している。攻撃無効化する黒い獣も、この吸血攻撃は防げないようだ。 


「余計なお世話だったかしらーん。でも、いつまで経ってもティータイムに来てくれないし、手伝った方がいいわよね~ん?」


 ディーグルの視線を感じ取り、ブラッシーはディーグルの方を向いて伺う。声は魔法でディーグルにだけ届いていた。


「許さない。僕の邪魔した。僕の妨害をした」


 怒りに燃えたワダチが、突然駆け出した。


 ディーグルが刀を振るう。


 ワダチは避けようとして避けきれなかった。左腕が上腕部から切断され、体のバランスを大きく崩して転倒しかけるが、持ちこたえた。そしてそのままディーグルの横を素通りして、猛ダッシュで駆けていく。


 ディーグルは一瞬戸惑って、横を素通りしていていったワダチの方に振り返る。予想外の行動で、反応が遅れてしまったが、ワダチの背中に向けて飛ぶ斬撃を放つ。


 斬撃はワダチに届かなかった。ワダチは意図して避けたわけではなく、途中に木があったのでそれを避けた際に、斬撃の軌道からも外れた。


「許さない。許せない。許しておかない。許す理由が無い。見逃さない。暗黒神が許しても、僕は許さないぞ。暗黒神が見逃しても、僕は見逃さないぞ」


 疾走しながらぶつぶつと呟くワダチ。走っている間に、切断された腕を魔法で引き寄せて接着する。


「え? 私?」


 自分めがけて一直線に走ってくる、リスの着ぐるみ姿の少年を見て、ブラッシーは自分を指して戸惑いの顔になる。


 憤怒の形相のワダチが、ブラッシーに飛びかかる。


 ブラッシーの足元から数本の血の触手が飛び出し、空中にいるワダチに絡みついたが、それでもなお、ワダチの動きは停まらなかった。

 大きく口を開いたワダチの顔が、ブラッシーの目の前に迫る。常軌を逸したワダチの様子に、ブラッシーは一瞬動揺してしまった。


 気が付いたら、ブラッシーの喉にワダチが噛みついていた。


「ちょっとちょっと~、吸血鬼である私に噛みつくなんて、随分と歪んだ愛情表現ねーん」


 おどけてみせるブラッシーの口から、血が噴き出る。喉からも噴水のように血が迸っている。


 ブラッシーの喉を食い破ったワダチが、今度は首筋に噛みつく。


 教会の前に戻ってきたディーグルは、そこで展開される光景を見て呆気に取られてしまった。血塗れのブラッシーにへばりついて、執拗な噛みつき攻撃を見舞うワダチ。

 ブラッシーは吸血鬼の怪力でもって、そして血の触手でもって、必死にワダチをひっぺがそうとする。いや、引き裂こうとする。しかし瞋恚に燃えるワダチは全身に魔力を漲らせ、ブラッシーの力に抗っている。


「あ、これ……まずいわん」


 ただ噛みつくだけではなく、ワダチがさらなる攻撃を繰り出そうとしている事に気付き、ブラッシーは苦笑いを浮かべた。


 次の瞬間、ワダチは噛みついた口から破壊の魔力を送り込み、ブラッシーの体が弾け飛んだ。


 ばらばらの肉辺となったブラッシーだが、空中に飛散した肉辺が高速で接着し、大量の蝙蝠へと姿を変えて、その場から飛び去っていく。


 ディーグルがワダチの後ろから斬撃を見舞う。ワダチの体が縦に三枚におろされて、大量の血と内臓を地面に撒き散らし、崩れ落ちる。


 すぐに再生し、ディーグルの方に振り返るワダチ。


(再生速度が速いです。しかし……)


 無理をして魔力を多量に消耗していることを見抜くディーグル。


 ワダチが攻撃に移る前に、ワダチの足元が変化した。地面が血の渦へと変わり、ワダチの体を飲み込んでいく。ブラッシーの攻撃だ。


 血の渦の中に首まで引きずり込まれた所で、ワダチの体が引っ張られるようにして上に舞い上がった。事実、念動力で引きずりあげられたのだ。


 気が付くと四人の男女が、ディーグルの後方に現れていた。


「あらあらあら、お友達が沢山ねー」


 蝙蝠から元の姿に戻ったブラッシーが、四人を見て笑う。彼等がワダチの仲間であることは明白だ。


「ムーン、フォボス、イダ、エウロパ」


 地面に降りたワダチが、仲間の名をそれぞれ呼ぶ。


「引き際だ、ワダチ」


 がっちりとした体つきの青年が静かに告げる。


「腹立たしいし、ムカつくが、仕方ないか。しょうがないか」


 大きく息を吐くと、ワダチは駆け出した。彼等の仲間もその後を追う。


「追わなくていいの?」

「追いかけ回したところで、徒労に終わるでしょう。あの手の輩は、逃走経路をしっかりと確立しているものですから」


 ブラッシーが伺うと、ディーグルが肩をすくめて答えた。


 一方、ワダチとその仲間四人は、繁華街を並んで疾走していた。


「もう一人八恐が出てくるとは、不運だったな」


 体格のいい青年フォボスが走りながら言う。


「近くにそんな奴が潜んでいたなんてね」


 その横を駆ける女性イダが微苦笑を零す。肩には猛禽類の鳥を乗せている。


「事前にターゲットのことをよく調査すれば、こんな失態にはならなかったろう。ワダチは何事にも慎重さに欠ける」

「悪かった。すまなかった。助けてくれてありがとう」


 仲間の一人である青年ムーンが指摘すると、ワダチは謝意の欠片も無い口調で謝った。


***


 カーク達は張り込ませていた使い魔を通じて、ワダチとディーグルの交戦を知った。

 すぐにメープルCに報告するカーク。するとメープルCは――


『実に良い機会です。ディーグルやターゲットMを利用してもいいので、ワダチとその仲間達を始末してください。ただし無理はなさらず。あくまで出来ればでよいので』


 メープルCの口から、驚きの指令が与えられる。


「私は戦闘そんなに長けているわけでもないんよ」

「んがふふ!」


 戸惑うスィーニーとンガフフ。


「あはは、一方俺は強いっ。きっとメープルCは俺をあてにしているんだねっ」


 レオパは乗り気だった。事実メープルCは、レオパがいるからこそ可能だろうと判断していた。


「あ、あのその、メープルC、お伺いしてもよろしいですかな? 何故急に、暗黒神の信者幹部に手出しをする方針に? これはわりと大事になるのではないですか?」

『報復です』


 カークが尋ねると、メープルCは短く答える。


「報復? 何かしでかしたと?」

『わりと以前からこういうことはあります。闇司教シリン・ウィンクレス、そして暗黒神の信者達は、決して管理局と懇意というわけではありません。それどころか、三百年間ずっと際どい関係ですよ。つい先日も、地方の管理局の局長が、暗黒神信者の手にかかって殺害されましたから』

「ふむふむ。それで報復に、大物幹部であるワダチ・ナカガワを暗殺するということですか」


 メープルCの話を聞いて、カークは納得する。


(局長クラスとでは釣り合い取れない気がするんよ)


 スィーニーは思う。


『それではよろしくお願いします』


 メープルCとの交信が切れる。


「やるなら今すぐがいいですね」

「何でー?」


 カークの言葉に、小首を傾げるレオパ。


「ワダチ達が、ディーグルと交戦したからですよ。それなりに消耗していると見ていいでしょう。あ、スィーニーさんとンガフフさんは牽制して、敵の数を割いてくださいね。主な戦闘は私とレオパさんで行いましょう」


 理由を述べてから、カークは役割分担を決めた。

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