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34-1 噛み合わない歯車を少しずつ噛み合わせる

 魔術学院の教室。チャバックは担任のエルフ少年教師と、マンツーマンで魔術の授業を受けている。すでに放課後の時間であるが、チャバックは担任に頼み込んで、特別授業を受けていたのだ。


 特別授業を終えたチャバックが、帰宅しようとした所で、廊下でオットーと出会う。毎日というわけではないが、オットーは放課後、エニャルギー結晶の精製作業を刑務作業とされている。そのために帰宅が遅い事が多かった。


「今日も遅いじゃねーか。人喰い絵本から戻ってきてから、随分入れ込んでるな」

「うん、オイラもっと強くなりたいからねー」


 笑顔で力強く声をかけるオットーに、チャバックがはにかんだ。


(オットーさん、昔に比べて変わった)


 チャバックは思う。会った頃のオットーは顔つきが暗かった。人相も悪かった。しかし今は表情の作り方が常に明るい。人相も良くなっている。


「勇者ネロって、凄く優しかったんだ。情けないオイラのこと、いつも励ましてくれたし、オイラのこといつも気遣ってくれた。オイラ、何となくわかっちゃった。ネロは強いから優しくて、優しいから強いんだって」

「ふむふむ」


 優しさイコール強さも短絡的な考え方のように感じられたオットーだが、チャバックがそう思い込んでいるのを否定する事も無いとして、黙っていた。


「オイラもネロみたいになりたいから。もっと頑張ろうと思って」

「そっか。あんまり気の利いた言葉かけてやれねーが、頑張れよ」

「うんっ、ありがとさまままっ」


 立ち去るチャバックの背を見送るオットー。


(あいつのあのひたむきさ、純粋さ、眩しく見えちまう。俺はあいつが羨ましいのか?)


 チャバックを見届けながら、オットーはそんなことを考える。


「オットーさん、刑務作業終わったー?」


 オットーが校門までやってきた所で、笑顔のウルスラが待ち受けていた。


「お、応……」


 ウルスラの眩しい笑顔を見て、戸惑い気味に頷くオットー。


(こいつまた迎えに来たのかよ。いいって言ってるのに)


 気恥ずかしさを覚え、周囲に視線を走らせる。他の生徒達はもういない。とっくに下校している。


「じゃあ一緒に寮に帰ろ――と言いたい所だけど、その前に、今日はショッピングに付き合って」

「今日も、だろ」


 ウルスラに言われ、オットーは微笑を零して訂正した。


(周囲の目が気になってしゃーないぜ。俺みてーなブ男がよ。かつて神童と呼ばれた踊り子で役者のこいつと、いつも一緒にいるなんてよ……)


 そう思う一方で、悪い気はしない。ウルスラと一緒にいると落ち着く。何とも言えない和やかで温かい気分になる。


***


 ミヤ、ユーリ、ノアの三名が、繁華街のオープンカフェで午後のティータイムをたしなんでいると――


「にゃー」


 猫の鳴き声が近くでした。ミヤとユーリが視線を向ける。ノアは食い入るように新聞を読んでいる。


「え……?」


 ユーリがそこにいた猫を見て呆気に取られた。ミヤと同じく黒白はちわれの長い毛の猫だ。そしてミヤと同じく中折れとんがり帽を被り、同じマントを羽織っている。顔つきもミヤと酷似――いや、そのものだ。


「またこいつは……」


 自分と同じ姿の猫を見て、ミヤは憮然とした顔になった。しかし驚いてはいない。正体を一目で見抜いたからだ。


(ああ、そういうことか)


 ユーリも、目の前に現れたミヤと同じ猫が何者かわかった。


「ん?」


 ミヤとユーリが何かを見ていることに気付いたノア、新聞を置いて、近くににいる猫を見た。


「師匠が二人!」


 仰天して声をあげるノア。


「ディーグル。儂に化けるとは、何とも不遜かつ不敬にして不忠な輩よ」


 ミヤが声をかけると、偽ミヤの姿が一瞬にした代わり、黒ずくめのエルフの美青年が姿を現した。


「何だ。ディーグルが化けていたってオチか」


 つまらなそうに言い捨て、また新聞を読みだすノア。


「いいえ、ミヤ様。これこそ謙遜と尊敬と忠義があるから成せることです」

「何だい、その理屈は。全然理解できんぞ。ふん」


 にこやかに微笑むディーグルの言い分に、ミヤは鼻を鳴らす。


「さっきまでシモンの奴とここで話していてね。他の世界から来た奴の話を聞いたよ」


 席に着くディーグルに向かって、ミヤが言った。喋るヒョウアザラシのレオパの話をシモンから聞いたのだ。


「わざわざ他の世界と言うからには、人喰い絵本とはまた別の世界ということですか」

「そうなるね。修験場ログスギー経由でやってきたらしい。わりとそういう奴はいるんだよ。で、そいつも魔王と関わりがあるような話でね。しかし詳しくは聞いていないってさ。全く使えない弟子だよ」

「聞いていないということは、聞けない事情があったのでは?」


 悪態をつくミヤに、ディーグルがやんわりと言う。


「そうかもね。ああ、そうそう、お前に聞きたかったことがある」

「何でしょう?」

西方大陸ア・ドウモの事さ。今はどうなっているんだい?」

「ア・ドウモは今も昔と変わらず腐っています」


 ミヤに尋ねられ、ディーグルは笑みを消して即答した。


「管理局も変わらずかい」

「はい。しかしあの地では、管理局に逆らって生きる事は難しいことです。三百年経ってもなお、その支配力を落とさないのは流石ですよ。私は反管理局勢力を率いて、ずっと抵抗してきましたけどね。シリンが率いる暗黒神の信者達も、管理局とは微妙な間柄ですが」


 ア・ドウモは今でこそ大陸全土統一されて一つの国家となっているが、元からそうだったわけではない。大中小の多くの国々が乱立していた。しかしそれらを統合したうえで、管理局と呼ばれるア・ドウモの政府が統治している。


「魔王との戦いの後、瞬く間に統一したと聞いたよ」

「そう。たった五年で統一しました。正に瞬く間ですよ」

「五年……」


 ディーグルの話を聞き、ミヤは絶句してしまう。大陸に乱立する国々を一つにまとめるにしては、早過ぎる年月だ。


「管理局っていうのが、師匠の敵なんだよね?」


 ノアが新聞を置いて尋ねる。


「まあ……そうなるかね。まあ、今はこの話をする気は無いよ」


 微妙な顔つきになって言うミヤ。


「俺達の前で堂々とディーグルと話しておきながらまだ秘密なの?」

「おいおい話すさ。一度には話しきれん。そして……儂も話しづらい内容なのさ」


 不満げな顔になるノアに、ミヤが告げる。


 しばらく会話した後で、ディーグルも立ち去った。


「どことなくぎこちない雰囲気ある。師匠とディーグル。歯車が噛み合いそうで噛み合っていない。ディーグルもすぐ行っちゃったし」

「意外とお前はよく見ているんだね」


 ノアの台詞を聞き、ミヤ苦笑した。


「実はあいつとは昔、喧嘩別れしたんだよ」


 言いづらそうに話すミヤ。


「何度も言ってるけど、儂は西の大陸が大嫌いなんだよ。昔色々と忌々しいことがあってね。ディーグルとはその時喧嘩別れしちまったのさ。ま、その後ずっと会ってなかったわけでもないし、手紙のやり取りもわりとしていたんだけどね」

「どうして喧嘩別れしたんです?」


 今度はユーリが尋ねる。


「儂は西から離れたが、ディーグルは儂の命に反し、西の地に残り続ける選択をしたからだよ。儂はそれが気に食わなかったし、まさかディーグルが儂に逆らうなんて思わなくってさ。それでついカッとなっちまったよ。そしてディーグルも珍しくムキになってね。修復には時間もかかったし、仲直りした後もぎくしゃくしていて、距離が開いちまったのさ」

「そして今もまだ修復中って所ですか」

「まあ……そうなるのかねえ」


 ユーリの言葉に、気恥ずかしそうに微笑むミヤ。


「今は色々と動き出している時期だし、ディーグルもそれをわかってくれたうえで儂の力になってくれようとしている」

「んがふふ!」


 ミヤが話している途中、近くで大きな声があがった。


「あ、ンガフフだ。おーい」


 ノアが近くを歩いていたンガフフに向かって、手を振る。


 ンガフフが三人のいるテーブルの方へやってきた。


「んがふふ!」


 一声叫んで、ミヤに向かって手を差し出すンガフフ。掌の上には毒々しいデザインのお菓子が並んでいる


「何で儂なんだい」


 不思議そうな顔になるミヤ。以前もミヤは、ンガフフにお菓子を目の前に突き出されたことがある。その時はすぐに拒んだが。


「師匠が寂しそうな顔してるからだよ」

「んがふふ!」

「ぐ……」


 ノアがからかい気味に言うと、ンガフフが威勢よく頷き、ミヤは何とも言えない表情になって呻いた。


(そういや以前、ノアがこいつの不気味お菓子をやたら推していたね)


 ミヤはンガフフの手からお菓子を取り、貰って食べてみる。


「ふむ。中々美味いじゃないか」

「んがふふ!」


 ミヤが称賛すると、ンガフフはにっこりと笑って一声発し、立ち去った。


「変わった人だ……」


 ンガフフの後ろ姿を見て、ユーリが呟く。


 ノアは再び新聞を読み出し、顔をしかめた。


「これは嫌な話だ……。飛び降り自殺で巻き添えで下にいた人が死亡って……」


 しかめっ面なって、不機嫌そうな声で新聞の内容を口にするノア。


(それは嫌なんだ。ノアの喜びそうな話に思えるんだけど)


 ユーリが意外に思うと、ノアが顔を上げてユーリを見た。


「先輩、俺が喜びそうな話なのに、俺が嫌だって言ったこと、変に思ったよね?」

「ま、まあね……」


 ノアに問われ、ユーリは苦笑しながら頬を掻く。


「先輩忘れたの? 俺が飛び降り自殺しようとしたこと。それを先輩が止めたじゃない。だからこの事件は、他人事と思えない」

「ああ……」


 ノアに言われ、ユーリははっとする。


「自殺する時って、辛い気持ちが極限にいっちゃった状態なんだよ。限界超えちゃってるんだよ。俺の場合は衝動的なものでもあったし、人によって微妙に違うんだろうけどさ。心の苦痛が自殺へ踏み切るぜんまいなんだ。限界突破は、巻かれたぜんまいが動かす時さ」


 うつむき加減になり、陰鬱な表情で語るノア。


「俺は人を殺すの大好きだけど、誰でも殺したいわけでもない。あの時、衝動的に飛び降りたけど、自分が殺したくないタイプの人間を巻き添えで死なせてしまったらと、今、そう意識しちゃった。先輩とか、チャバックとか、師匠とか、俺の大事な人達をさ。そうしたら凄く嫌な気分になった」

「ふん、その気持ちは肝に銘じておきな。飛び降り自殺でなくても、お前がおかしな行動を取って、その結果大事な人の命を脅かすよう至る事だって、ありうるんだからね。ノアだけじゃない。ユーリもだよ」


 ミヤが柔らかい口調で釘を刺す。


「はい、肝に銘じておきます」

「いきなり変な角度から説教が飛んできた」


 ユーリは真顔で頷き、ノアは笑っていた。


「そうだ。今言っておこう。先輩、あの時助けてくれてありがとうね。おかげで俺はこうして生きている。ドン底の人生からも救われた」

「う、うん……」


 清々しい笑みを浮かべて礼を述べるノアに、戸惑い気味になるユーリ。ノアがこのようにかしこまって礼を言うことは新鮮であるし、リアクションに困ってしまった。


(今日のノアは色々と、ノアらしくないような)


 ノアを見て、ユーリは思う。


「俺は先輩のおかげで救われたから、俺も絶対に先輩を助けるし支えるよ。師匠にもそうしろって言われているしね」

「え? 師匠? そうだったんですか?」

「このバカタレが。内緒の約束だったのをあっさりとバラしおって」


 ユーリが困惑して尋ねると、ミヤは苦虫を噛み潰したような顔になってノアを見る。


「あれれ? そうだっけ?」

「とぼけおって。マイナス0.4」

「えっ? 小数点マイナスだ。マイナスだけどレアでちょっと嬉しい」


 ミヤが鼻を鳴らし、ノアはおちゃらけている。


(ふん。何がドン底の人生よ。まるで私がノアにドン底の人生を与えていたみたいな言い方じゃない)


 ミクトラの中で会話を聞いていたマミが、念話で悪態をつく。


(母さん以外に原因無いんだけど)


 ノアがマミに念話で言い返した。

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