33-3 女神の魂を腑に収めし者
シモンがレオパと会ったのは数年前の話だ。
「ここ水棲生物園か。たのもーっ!」
水棲生物園の前で大声を張り上げるシモン。知り合いの役人の頼みにより、トラブルばかり起こす評判の悪い園長に、苦情を入れるために訪れた。
園長は無名の魔法使いで、魔法使いではない者は、魔法をかけられて追い返されてしまうとのことだ。
「どちら様?」
青白い顔の十歳くらいの少年が出てきた。受付の仕事をしていた、園長の養子バークである。
「園長を出せぃ! 話し合いがしたい!」
骨張った巨大な拳をボキボキと鳴らしながら、シモンがバークに要求する。
「ゴオォ……」
低く唸り、レオパが姿を現す。
「坊さんが俺に喧嘩売りに来たって聞いたよっ。何だかすっごく面白い展開だねー。喧嘩は嫌いじゃないから買ってあげるよっ」
愛嬌にみちた笑顔で言い放つレオパ。
それから一時間後――
「あははっ、坊さんなのに随分といける口だねっ。ささっ、もう一杯っ」
「おうおうっ、どんどん来ーいっ」
シモンは生物園内の応接間で、園長のレオパとすっかり出来上がっていた。
「東洋の焼酎は無いか? 梅酒でもいいが」
「あれらは高いよー」
「ところで真面目な話だがのー」
大きく息を吐くシモン。
「ま、拙僧も若い頃には色々と羽目を外したものだがの。しかしお主は園長という立場であり、そして血が繋がらぬとはいえ、子を育てる身であろう。故に、その行動にはある程度の責任を持たねばならんよ。そうは思わぬか?」
「うーん、うーん、うーん、そうだねっ。じゃあちょっとだけ自制しておくよっ」
「ふっ、話の分かる奴でよかったわい。カッカッカッ」
レオパの言葉を聞いて、シモンは上機嫌に笑った。
その後、レオパは水中内でのペンギン食いちぎりショーの回数を、毎日から一日置きに減らした。レオパはそれで自制したつもりだった。
***
「ゴオォォォ……」
レオパが低い声で唸り、魔法を発動させる。
レオパの体が宙に浮いたかと思うと、優雅に身をくねらせて、まる水中を泳ぐかのようにして飛ぶ。
「さっきのペンギンと同じか。水中を泳ぐが如く、空中を飛ぶ」
そういう魔法をかけているのだろうと、フェイスオンは見なす。
レオパが突然速度を上げ、大きく渦を巻くような動きで二人に向かって突っ込んできた。
フェイスオンとシモンが左右に飛んで避けようとしたが、フェイスオンは避けきれず、肩を大きく噛みちぎられた。
(速い。それにこれは――)
肩の負傷箇所を再生しながら、フェイスオンはある現象に気が付いた。
「師匠。レオパの攻撃で、ダメージを受けないようにしてください。少量ですが、魔力を奪われました」
「ほう」
フェイスオンの報告を聞き、シモンは片側の口過度を大きく釣り上げて笑う。
「うんうん、美味しいっ。そう。俺は肉だけじゃなくてー、術師や魔法使いの魔力そのものを食べて、自分の力にできるのさー。そしてそれだけじゃない。俺は魂だって食べることが出来るんだよねっ」
レオパはにこにこ笑いながら、嬉しそうに自分の力を明かす。
「ぬぅ……魂も食うだと」
その台詞を聞いて、シモンは笑みを消して表情を強張らせた。僧であるシモンとしては、今のレオパの台詞が、とてつもなく禍々しいものと感じられたのだ。
「魂は不滅だから、消化は出来ないけどねー。でも俺の腹の中にずっと閉じ込めておくことは出来るっ。冥界にも行けないし、転生も出来なくなるよっ」
「むごいことを……。レオパ園長、お主、そのような外法を行って折るのか。仏門に入った身としては、見逃すわけに――」
「シモンさー、勘違いしないでよっ。俺だってそんな残酷なことを誰にでもするわけじゃないよー。あの女神のような物凄い悪党限定だからねっ。あはっ」
「女神?」
また新しい単語が出てきたと思うフェイスオン。
「君達にもそんなことはしないよ。でも邪魔するんだったら、ある程度お仕置きしないとねー」
レオパが魔法を発動させる。
通路に雪崩が発生した。天井まで埋め尽くした雪が、怒涛の勢いでシモンとフェイスオンに迫る。
逃げ場がないので、転移して雪崩を避ける二人。ガラスで遮られたペンギンの居住区の中に飛び込む。雪崩はガラス戸を破ることは無かった。
レオパも転移して、ペンギンエリアに入ってくる。
レオパの転移を引き金にしたように、イメージ体のペンギン達が一斉に宙を泳ぎ出し、シモンとフェイスオンに襲いかかった。
「ここは少し広めだから、使える攻撃の幅が広がるねっ。ゴオオォ!」
ペンギン達に攻撃させるだけではなく、レオパ自身も魔法を用いる。天井近くから、複数の火炎弾が流星のように降り注ぐ。
突っ込んでくるペンギン達と火炎弾流星群の双方の対処に追われるシモンとフェイスオン。
「師匠、私が防御に専念します。師匠は攻撃その他の担当を」
フェイスオンが宣言し、促す。
「おうおう、師である拙僧に指示とは、偉くなったものよ。しかしそれが最適解じゃな。拙僧は攻撃以外の魔法はどうにも苦手があるが故に。カッカッカッ」
シモンが笑い、両手を合わせて魔力を集中する。
フェイスオンが防護膜を展開して火炎弾流星群を防ぐ。
「あはっ、結構固いねー」
全ての火炎弾が防がれている様を見て、レオパが意外そうに言った。
防護膜を張った直後、フェイスオンは高次元領域から、高次元生命体を複数呼び出し、ペンギンの対処に当たらせた。
「あははっ、フェイスオンの呼び出す不気味クリーチャー、久しぶりに見るねっ」
何故か嬉しそうな声をあげるレオパ。
「ペンギンはあらかた片付けたようだ。師匠、そろそろこっちも攻撃を」
「わかっておるわい」
フェイスオンが言うと、全身から凄まじい量のオーラを噴出させたシモンが、不敵に笑う。
「あはは、すごーい」
シモンの体に漲る魔力を見て、感心するレオパ
「仏罰砲!」
シモンが合掌した両手を突き出す。それと同時に凄まじい勢いで魔力の奔流がレオパに向かって放たれる。
「ゴオオオォオォォッ!」
咆哮をあげ、レオパが魔法障壁を張る。
シモンから放たれた奔流が四方八方へと弾かれる。
(師匠のあの必殺魔法を防ぐとは……。しかもまだまだ余力が十分あるように見える)
レオパを見て、フォイスオンは絶句してしまった。
「むうう……園長のこの途方も無い力は何なんじゃ……」
荒い息をつきながら唸るシモン。今の攻撃でかなりの魔力を消耗した。
「あはっ、俺は女神を食って、その力をそっくりそのまま吸収したっぽいからね。ま、その前から強かったんだけどさっ」
「その女神とは何じゃ?」
「こっちの世界での話じゃないよっ。あっちの世界での話さっ。魔王を造って、その魔王を討つ計画を立て、勇者なるものを作って踊らせたあげく、最後は全てを放逐した、タチの悪い奴さ。って、言ってもわからないか。あまの意味のない話だねっ」
シモンの問いに、レオパは律儀に答えていたが、途中で止めた。
「魔王に勇者に女神か……」
フェイスオンが呟く。つい先日まで、アルレンティスやミヤ達が長期間人喰い絵本の中にいて、そこで絵本世界における別の魔王や勇者と会ってきたという話は、フェイスオンもシモンもすでに聞いている。故にこのレオパの話が虚言とは思えなかった。
「さて困ったのー。打つ手なしになったぞ」
レオパを見たまま、腕組みするシモン。レオパもすぐに次の攻撃に移る気配は無く、様子を伺っている。
「師匠は相変わらず仏罰砲が切り札で、仏罰砲が防がれたらそれでおしまいなんですか?」
「それが男の浪漫という奴じゃ。それとフェイスオン、師に向かって隋分と生意気な口をたたくが、お主にはこの状況を打破する方法があるのか?」
怒っているわけではなく、笑いながら尋ねるシモン。
「二人がかりでもレオパは倒せそうにありません。しかし、逃げるだけなら何とかできそうです」
「えっ? 逃げちゃうの? つまらないなー。せっかくだし、もう少し遊んでほしいよ」
フェイスオンが言うと、レオパはくりくりした丸い目をさらに大きく見開いた。
「本当にあ奴は遊んでいるだけのつもりなんじゃろうなー」
シモンが苦笑して息を吐く。
「転移して外へ逃げましょう」
「いや、無理だわ。この生物園の中でなら転移はできるが、外には転移できんぞ」
「では夢の世界の住人を呼びます」
フェイスオンがそう言って、高次元生命を消し、別の生物を召喚する。
現れたのは色とりどりの光の線が絡み合い、人型を成している存在だった。頭部のような物はあるが、顔は無い。頭髪も無い。
「高次元生物とどう違うんじゃ?」
現れた光の線の人型を見て、シモンが問う。
「こっちは精神生命体です。精神攻撃が得意ですので、攪乱しているうちに逃げましょう」
「果たして効くのかのー」
「私の見立てだと、レオパには効きそうな気はするのです」
懐疑的なシモンに対し、フェイスオンは多少の自信があった。
「相談は終わった? また変なの呼び出したけど……」
レオパの台詞が途中で止まり、その視線が虚空へと向けられる。
「おおおっ、美味しそうなオキアミの群れがーっ」
何も無い空間を見て歓声をあげるレオパ。そして何も無い空間へと突っ込んでいく。
「ほら効いてる」
「幻覚系かい。あっさり効いてるの。よし、今のうちにとんずらじゃっ」
一目散に逃げていくフェイスオンとシモン。
「うおっ、俺、幻覚魔法で騙されちゃったっ?」
数秒後、レオパは幻覚から解放された。夢の世界の住人も消えている。
「もー、ひどいなー。オキアミに釣られるとか、間抜けだなー。ちょっとむかっときた。待て待てーっ」
正気に戻ったレオパが追いかけていく。
走って逃げるシモンとフェイスオンの前に、一人の少年が現れた。
「む、バーク」
思わず足を止めるシモンとフェイスオン。
「シモンさん。フェイスオンさん。ちょっと話がしたい。園長とも」
バークに言われ、二人は逃走をやめて留まる。
「待て待てーって、待ってるし。バーク?」
空中を泳いできたレオパも急停止し、三人を見て戸惑う。
「園長もやめて。話がしたいんだ」
レオパを見据えて、バークが訴えた。




