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32-39 王が王たる条件

 サーレとミヤ。対峙する両者を、ギャラリーは固唾をのんで見守る。


「イヴォンヌ――いや、ミヤ。君が僕の前に立ちはだかろうというの?」


 サーレは余裕の笑みを張り付かせたまま、確認する。


(イヴォンヌ、悪いようにはしないから、儂に協力しておくれ)


 ミヤがイヴォンヌに呼び掛ける。


(うん、わかってる。私はミヤを信じるよ)


 イヴォンヌの強い意思と温かい気持ちがミヤにダイレクトに伝わった。その直後、ミヤの身に変化が起きる。

 ミヤの輪郭がぼやける。形が崩れる。色が変わる。頭頂が高く伸びていく。猫の姿から人の姿へと変貌する。


 あっという間に、ミヤの姿が完全にイヴォンヌへと変わった。絵本の住人の多くは、ミヤがイヴォンヌの姿に見えているが、ミヤを直接知る者から見ても、今はイヴォンヌの姿になっている。


「サーレ。そろそろ貴方の本当の望みが叶う時ね。でもその望みは叶えさせない。叶えさせたくない」


 イヴォンヌは柔らかな微笑をたたえ、しかし瞳には悲しみに満ちた光を宿し、告げた。


「僕の本当の望み?」

「そう。貴方は走れる所まで走りたいだけ。何も考えずに、行きつく所まで行きたいのよ。私以外の全てに裏切られて、魔族に迎えられて、魔王という役割を与えられた貴方は、与えられたもの全てを使って、ただ走って走って、風を切って、心地好い疲れを覚えて、いつもの笑顔のまま前のめりに倒れたい。そうなんでしょ?」


 イヴォンヌから指摘され、サーレは無表情になって沈黙した。


(魔王が与えられた役割か。何だかなあ……)


 自分の憧れである魔王が、与えられた役割と断じられ、ノアは嫌な気分になっていた。


(サーレに魔王という役割を与えたのは、クロード? 図書館亀? いや、この絵本を描いたダァグ・アァアアだ)


 ユーリが思う。


「面白い妄想だ。イヴォンヌ。君は僕の一番の理解者だけど、僕と君とではやはり別人だ。君の僕に対する推察、正確ではない」


 しばらくしてから、サーレが無表情のまま口を開く。


「イヴォンヌ、それで揺さぶりをかけたつもり? 君も敵に回るという認識でいいのかな? でも哀しくはない。面白いよ」


 面白いよと言いつつ、サーレの雰囲気は明らかにいつもと違う。笑顔が無い。冷めた目でイヴォンヌを見ている。


 イヴォンヌからミヤの姿に戻る。


(強がっているけど、彼は相当動揺しているはずよ。そんなにメンタル強い人でもないし)

(よくやってくれた、イヴォンヌ。後は任せな)


 イヴォンヌがミヤに言い、ミヤは心の中で礼を述べる。


「いくよ、サーレ」


 言うなりミヤが仕掛けた。何十発もの光弾が怒涛の勢いで連射される。


 サーレは光弾を避け続ける。避けられそうにないものは、魔力の盾で弾く。


「おいおい、何で魔王と魔王のカミさんで喧嘩になってんだ」


 キンサンが呆然とした顔で呻く。ミラジャにも、クロードにも、勇者軍の兵士達にも、そうとしか見えなかった。ミヤの姿がイヴォンヌとして映っている。しかしクロードはこの時気付いた。王妃に見えるそれが、王妃とは異なる者であると。


(魔王vs魔王か。でも婆に全盛期の魔王の力は無さそうだし、ヤバいんじゃないかな?)


 危ぶむノア。


(サーレはチャバックとの戦いで相当消耗している。師匠はそれも計算に入れていたんだろうな)


 ユーリはそう見なす。


 光弾が途切れたタイミングを見計らって、サーレが反撃に転じた。無数の紫電があらゆる方角からミヤに向けて放たれる。


 ミヤは電気の通り道を魔力で作り、全ての紫電を逸らす。


「ふん、ちょっと痺れたよ」


 ミヤの体毛が電気の影響で逆立ちまくっている。


「婆、ハリセンボンみたいになってる」

「聞こえたよ。マイナス1」


 ノアの呟きを聞き、ミヤはぴしゃりと言い放ちながら、魔力の槍を射出した。


 かなり高密度に凝縮された魔力の槍を見たサーレは、受けるにはこちらも魔力を大幅に消耗すると見て、横に跳んで回避を試みる。


 しかしその瞬間、槍が爆発する。


「こんな手に引っかかるとは、実戦経験が足りないんじゃないかい?」

「そうかもね」


 煽るミヤに、ダメージを即座に再生させたサーレが微笑で応じる。


「いくらミヤでもよぉ、あれに勝てるのか? 魔王の名は伊達じゃねえってくらいの強さに見えるぜ」


 アザミが腕組みして言う。自らも少し交戦し、サーレの強さを実感している。


「魔王の名とか、絵本の中の魔王とか言ってるけど、あれは実際に坩堝から力を手に入れた、正真正銘の魔王なんだなあ」


 と、嬲り神。


「へえ、そうなんだあ。坩堝って、絵本の中の人も使えるものなんだねえ」


 シクラメが意外そうに嬲り神を見る。


「イヴォンヌを殺さないようにと手加減していたけど、少し飛ばすかな。ちょっと怖いけど」


 サーレが両手の掌を胸の前で向かい合わせる。膨大な魔力が掌の間に凝縮されたかと思うと、掌の間からリンゴ程度の大きさの光球が発生し、ミヤめがけて撃ち出された。


 ミヤは迷うことなく転移して、サーレの攻撃を回避した。直撃すれば尋常でないダメージを食う代物だと、一目で見抜いていた。


 光球は途中で動きを止め、Uターンしてサーレの方へと戻る。


 ミヤがサーレの後方に転移する。

 サーレはそのタイミングを見計らって転移する。


 転移直後に後ろから攻撃しようとしたミヤは、サーレが消え、代わりに光球が自分の前から飛んでくる光景を目にして、大きく目を見開いた。


(やるじゃないか)


 ミヤが心の中で称賛した刹那、光球が爆発した。凄まじい高熱の放射を全身に受け、ミヤの体が半分以上、瞬時に蒸発した。


 後ろ足だけかろうじて残っているミヤを見て、ギャラリーは固まってしまう。


(師匠、それでも肉体を完全に失ったわけじゃないから、再生は出来る)

(完全に消滅していたら、再生も出来ず、肉体喪失によって魂が冥界に飛んでいただろうが、ミヤ様、防御は間に合ったようだな。それでもなお半身を失うとは、大した威力だ)


 ユーリとルーグだけは冷静だった。状況を見極めていた。


 ミヤの失われた上体が高速再生する。常より速い再生であるが故に、魔力もその分消耗するが、早い所脳を再生させないと、動けぬ所を攻撃されて、肉体が完全に消え去ってしまう。身体が残ってさえいれば再生もできるが、完全に失ってしまえばもう再生は出来ない。


 ミヤが再生して振り返ったその瞬間、何本もの氷柱がミヤの体を貫いた。そして氷柱から生じる超低温の冷気が、ミヤの体を凍結させる。


 ミヤはさらに魔力を振り絞り、凍結を解き、氷柱を粉砕する。


 旋風が巻き起こり、風の刃がミヤを切り刻む。途中から魔力の膜でガードしたが、また大ダメージを受けた。


「流れを掴まれたな」


 ルーグが眉をひそめる。


「一気に形勢逆転しちゃったんよ……」


 反撃の糸口が掴めず、防戦一方となったミヤと、怒涛の勢いで攻め立てるサーレを見て、冷や冷やするスィーニー。


 電撃の網が、魔力の膜の上からミヤを包んだ。


「ギャッ!」


 ミヤは悲鳴をあげてのけぞり、力無く倒れた。膜を突き抜けて電撃を浴びたのだ。全身が硬直し、脳の働きさえも途絶えた。


「不味いっ」


 完全に無防備になったミヤを見て、ノアが珍しく恐怖に引きつった表情になる。


「師匠!」


 ユーリが叫ぶが、ミヤは反応しない。


(これか流石に手出しを――)


 ルーグが介入しようとしたその時だった。


 サーレの上方の空間に切れ目が走る。切れ目からディーグルが飛び出し、サーレに上から斬りかかった。


「おやおや、たまらず乱入か」


 サーレが苦笑いと共に、ディーグルの斬撃を避ける。


「またあいつか!」


 クロードが忌々しげに叫ぶが、アザミとシクラメに妨害され、助けには行けない。


「無粋とは思いましたが、黙って見ていられませんでした。お叱りは後程に」


 ミヤをかばって剣を構えるディーグルが、涼やかな声で言った。


「人喰い蛍」


 ディーグルが大量の三日月状の光滅を放つ。


 サーレは魔力の防護膜を張ったが、人喰い蛍は防護膜を突き抜けて、サーレの体のあちこちを貫く。


「無粋とは思わんよ。危険とあれば、お前が必ず助けにくると信じていたからこそ、儂は安心して戦えた」


 ミヤが喋りながら、ゆっくりと身を起こす。


(いや、ディーグルだけじゃない。他にも、いざとなったら助けてくれそうな奴は、後ろにいっぱいいる。何人かはぼろぼろだけどね)


 再生を終えたミヤが、念動力猫パンチを放つ。


 サーレはミヤの攻撃に反応できず、床に押し潰された。衝撃だけではない。押し潰されながら、魔力を強制放出される。


「うおおおおーっ!」


 気合いの咆哮がサーレの喉から迸る。同時にサーレの全身から魔力が爆発的に放射される。

 全方位に向けて無差別に放射されたかと思われた魔力が、それぞれ彗星のように尾を引いて、弧を描いてディーグルとミヤに襲いかかった。


「水子囃子」


 大量に振り注ぐ魔力彗星群を避けられないと見て、ディーグルは術で防御を図る。ミヤも防護壁を作る。


 だが魔力彗星群はいとも容易く、ミヤとディーグルの防御を貫き、二人の体に大量に降り注いだ。


「あれはキツいな……」


 散々に攻撃を受けて倒れた二人を見て、ルーグが顔をしかめて呟く。


「でも魔王サーレも、底が見えてきたみたいだよう」


 クロードの行く手を防ぎながら、シクラメが言う。

 サーレは膝をついた状態で、大きく肩を上下させている。息が荒い。再生も不十分な状態で、あちこち傷だらけだ。


 十秒近くが経過して、サーレより先に、ミヤが立ち上がった。


「立て、魔王サーレ」


 膝をついたサーレにミヤが呼びかける。


「立てと言うておる。王を名乗る者が、それも魔王たる者が、いつまでも敵の前で膝を折っているんじゃないよ」


 ミヤが厳しい口調で言い放つが、サーレは立ち上がることが出来ない。


「王が王たる絶対条件を知らぬのか? それとも知っていて忘れたか?」


 ミヤの口調が若干和らぐ。


「それは――例えどんな境遇に置かれても、自身が王であるという自覚と自負を忘れぬこと。例え臣民を全て失っても、領土も財も一切合切取り上げられてしまっても、あらゆる権限が奪われても、奴隷に貶められて屈辱の台詞を一億回言わされても、糞とゴミしかない場所に捨てられても、それでも己の心の中にある玉座に座して、この世の全てを王の視点で睥睨し続けられるか。それができてこそ、真の王よ」


 ミヤの持論を聞きながら、サーレの荒かった呼吸が次第に収まっていった。そして、ミヤを見つめるその瞳に、強い光が宿る。


「先代魔王よ。お前の王としての意識と矜持、最早潰えたか? 今や王だった者の残骸と成り果てたか?」

「先代?」

「おそらくだが、坩堝より力を授かった次代の魔王は儂だよ」


 ミヤは周囲の目も気にせず、真実を告げた。


「えええっ!?」

「何だってえっ!? あっちも魔王って、どうなってやがるっ!」

「王妃に宿った者が、異なる魔王だと?」

「マジかあ……? ミヤが魔王ってよー」


 シクラメ、キンサン、クロード、アザミが驚きの声をあげる。


(魔王サーレの妃が……魔王? しかもサーレと敵対して……一体全体)


 何が何だかわからないミラジャであった。


「へひゃはははも、おやおや、とうとう暴露しちまったのかよ」


 嬲り神がけらけらと笑う。


「ていうか、驚いてない奴多いな」


 アザミが周囲を見渡して言う。ユーリ、ノア、ディーグル、ルーグ、嬲り神、スィーニーは表情を変えていない。


「ユーリとノアは知っていたみたいだねえ。でも言われてみると納得だよう。八恐のうちの三人もが、ミヤの言いなりになってたしさあ」


 と、シクラメ。


「猫婆が魔王だったの……?」


 気絶していたチャバックが、目を覚まして呻く。丁度気が付いた所だ。


「あれ? スィーニーも婆の正体知ってたの? 驚いてない」

「あ……う、うん。前に偶然知っちゃった……」


 ノアが指摘すると、スィーニーは目を逸らしながらも正直に答える。


「わかったらとっとと立ちな。魔王としての誇りを見せるんだ」

「ふふふ……そうだね。僕が先輩魔王ってことは、後輩の前で……不格好な姿を見せているわけにもいかない」


 サーレが立ち上がる。


「ポイントプラス21やろう」


 ミヤがサーレを見て笑うと、念動力猫パンチを放ち、立ったサーレを再び押し潰し、地に伏させた。


「さあ、立ちな。もう一度だ。立つんだよ。魔王サーレ」


 再び促すミヤ。しかしサーレは、今度は起き上がる気配が無かった。


「婆、ドSすぎない?」

「うん……」


 ドン引きしながら囁くノアに、ユーリも引きながら頷いた。

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