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32-36 魔王になりますか?

 ユーリ、ノア、ムルルン、クロードの四名は、夢の世界にいた。そして目の前に巨大な黒渦がある。ペンギンロボは引っ込んだ。


「坩堝……大きくなってる」


 ノアが黒渦を見上げて唸る。


「確かに大きい。しかしまだ小さい」


 クロードが渋い顔で言う。つい最近も坩堝を見たばかりだ。


「図書館亀は?」


 ユーリが周囲を見回す。いつの間にか図書館亀がいなくなっている。


「ここに来てすぐ消えたのー。あ……」


 真っ先にムルルンが、間が歪む気配を感じた。

 歪みの中から、ミヤが出てくる。


「おや、久しぶりだね。弟子達よ」


 ユーリ、ノア、ムルルンを見て、にやりと笑うミヤ。

 ミヤの姿を見て、ユーリとノアの表情も綻ぶ。


「師匠……やっと会えましたね」


 今までこんなに長い期間ミヤと離れた事が無かったユーリは、ミヤの姿を見て心底ほっとしていたし、喜びで胸が満たされていた。


「イヴォンヌ様?」


 一方、クロードは訝っている。ミヤの姿がイヴォンヌにえているし、何故イヴォンヌだけがここに来たかもわからないし、ユーリ達と親しくしている事も意味がわらない。


「そうだ。大変だよ。師匠は魔王の妃イヴォンヌになっていたんだった」


 ノアが真顔でミヤを見る。


「何が大変なんだい?」

「師匠、アッハンウッフンとかしたの? あ、猫だからにゃんにゃんしたのって尋ねた方がヨガッ!?」

「マイナス10。この無礼者が」


 ノアが喋っている途中に、ミヤは念動力猫パンチでノアを小突いた。


「師匠、大変じゃないですか。もしそれで妊娠したらどうするんです。高年齢出産で体にますます負担がはぁッ!」

「マイナス10。お前はたまにデリカシー無いことを真面目に言うね。ていうか、それ前にも聞いた覚えがあるよ」


 ユーリもミヤの念動力猫パンチを食らう。


「生まれる子は猫なのかな?」

「それともワーキャッドォバ!」

「ぐはっ!」

「二人ともマイナス11っ! ユーリもノアもしつこいのー」


 懲りないノアとユーリに、ミヤは同時に念動力猫パンチを繰り出した。


「誰か来るのー」


 ムルルンが告げる。全員、ムルルンの視線の先に注目する。


 空間が歪み、小柄な少女が現れた。ひらひらとした黒い衣装に身を包んでおり、フードを目深に被っているので、髪も目も見えない。


「誰なのー?」

「坩堝の管理人だよ」


 誰とはなしに尋ねるムルルンに、ミヤが答える。


『その坩堝はまだ微妙に早い状態です』


 少女――坩堝の管理人の口が開き、異質な響きの声が発せられた。


「微妙に早いってどういうこと?」


 ノアが尋ねる。


「まだ完璧ではない。貯蓄が完全ではない。しかし魔王を作ることは出来るという、微妙な状態だ。だから早いと言っているのだろう」


 答えたのは坩堝の管理人ではなく、腕組みしたクロードだった。


『ここは夢の世界。全ての世界と繋がっています。そしてすべての世界から、負の想念が流れ込みし坩堝がそれです。あと少しで臨界へと達します』


 坩堝の管理人が語り出す。


『臨界までまだ時間を要します。臨界前とはいえ、坩堝の力を継ぐには、十分ではありますけどね。しかしそうすると、想定より少し弱い継承者となってしまいます。それでも、資質を持つ貴方と貴女と貴方がここに来たということは、坩堝の力を継ぐ、絶好の機でしょう』


 管理人が貴方と貴女と貴女と口にした際、ユーリ、ノア、ムルルンの方をそれぞれ指差していた。


「僕に魔王の資質があるって?」

(俺にあるの? そして先輩とアルレンティスにも)


 ユーリが声に出して驚き、ノアは息を飲んでいた。


『ええ、貴方達には資質があります。素養が有り、資格もあります。深く煌めく闇を心に秘め、世界の理不尽を憎み、それでいて悲しみと痛みがわかる者こそが、坩堝の負の念を抱き、理性を維持したまま力を取り込めるのです』


 管理人が穏やかな口調で説明する。


(確かに……僕にぴったり)

(ああ、俺に相応しいじゃないか。そして先輩にも)

(ユーリにもノアにもぴったりと符合しているね)


 ユーリ、ノア、ミヤが同時に思う。


 ユーリは強く意識する。母からもミヤからも、神に祈る事を習った自分が、ずっと抱き続けていた、神への疑問と反感と怒りを。


『ユーリや、心に黒い炎を灯すんじゃないよ』


 だがユーリの中で蘇る。いつであったか、ミヤがユーリを注意した際の台詞。

 ユーリがミヤを見て微笑む。


(ん?)


 いきなり自分の方を向いて微笑を浮かべたユーリに、ミヤは怪訝そうに小首を傾げる。


『坩堝の力を継ぎますか?』


 管理人がフードの下から目を覗かせ、ノア、ムルルン、ユーリの順に見やり、問うた。


「ムルルンは断じてお断りなのー。アルレンティスもルーグもビリーもミカゼカもお断りなのー」


 真っ先に拒否するムルルン。


「継がないよ」


 ユーリも拒否した。


『そうですか。好奇心でお聞きしますが、理由は?」

「ムルルンは魔王になりたいと思わないのー」

「師匠が悲しむから。師匠がそんなこと望むわけが無いよ」


 管理人のさらなる問いに、ムルルンとユーリが答えた。


「いや……師匠だけじゃない。きっと僕の友人達も、知り合いも、僕が魔王なんかになったら、皆悲しむ。だからそんなものにはならない」


 清々しい声と表情で言い放つユーリに、ミヤとノアが同時に微笑む。


「よく言ったよ。よく魔王にならなかった。プラス2だ」

「え? たったそれだけですか?」


 上機嫌な声で告げるミヤに、不服な声をあげるユーリ。


「ふん、あんな誘惑なんかに捉われないのが当たり前だけどね。それでもプラスしてやるさ」

「じゃあ師匠はマイナス10ですね。自分は誘惑に捉われて魔王になったくせに、そんな言い草はないでしょ」

「この不届き者めっ、マイナス3っ」

「えー、ひどいですよ、師匠」


 ぴしゃりと告げるミヤに、ユーリは頬を膨らませる。


(魔王になっただと?)


 ユーリのその発言を、クロードは聞き逃さなかった。


「そっちの少年――いや、少女か。君はどうだ?」


 クロードがノアの方を向いて問いかける。


「俺もパス。師匠に怒られるどころか、殺されそうだ」


 肩をすくめるノアだが、本心は異なる。


(坩堝。魔王になるための鍵。俺は二度も近付いた)


 ノアは焦っていなかった。しかし諦めたわけでもなかった。


(今は時期尚早。そして先輩は魔王になる道を選ばなかった。俺も中途半端で力の乏しい魔王なんてなりたくない。坩堝は俺を待っているんだ。運命はきっと俺を導いている。俺に万全の状態で、魔王になれと言っている)


 ノアは確かな運命の導きがあると、そう信じて疑っていなかった。


 そこに図書館亀が現れる。


「何と、揃いも揃って辞退ですのん? 確かにベストの機会とは言えませんが、今ここで魔王になっておかねば、他の人に先を越されてしまう可能性もありますよん」


 図書館亀が心なしか狼狽気味の声で訴える。


「そうなった方がお前の都合にいいのかい?」


 ミヤが冷めた目で問い返す。


「都合がいいなど。小生はただ、坩堝の使用者がさらに一人増えたことによる、大いなるケミストリーを期待しているだけですねん」

「ようするに同時期に複数の魔王作るため、自分の好奇心を満たしたいがためだけに、面白がってそんなことしているんだね。馬鹿馬鹿しい」


 図書館亀の言葉を聞き、ユーリが不快感を丸出しにして吐き捨てる。


「しかもそれを堂々と口にするってどうかしてるのー」

「自分が頭いいと思い込んでいる割に、言っていいことと悪いことの判別もできない、実は大馬鹿野郎だね。この亀」

「ノア、お前がそれを言うかね」


 ムルルンが言い、ノアが同意し、ミヤが突っ込んだ。


「これはノア様、手厳しいですねん。失礼しましたのん」


 ぺこりと頭を下げる図書館亀。


「知識は溜め込むが、知性は全く磨かれていないお前らしいよ。図書館亀」

「これまた厳しい御言葉ですのん。真摯に受け止めて、精進いたしますわん」


 居づらくなった図書館亀は、そう言い残して姿を消した。


「王妃、貴方もこの世界の外の存在か」


 クロードがミヤに声をかける。


「おや、知っていたのかい」


 ミヤがクロードを見る。


「アルレンティスから色々と聞いた。しかし貴女のことまで直接は聞いていない。今のやり取りで判断した。そして今この少年が気になる言葉を口にしたな。魔王になっただと?」

「あ……」


 クロードの言葉を聞き、思わず口を押えるユーリ。


「ユーリ、お前は本当に時々凄い馬鹿になるね」

「すすすすすみません、師匠」


 ジト目で息を吐くミヤに、ユーリは動揺しまくって謝罪する。


「父上。このミヤ様こそがムルルンの――アルレンティスの主であり、サーレの次の世代の魔王様なのー」

「ふーむ……何とも衝撃的すぎる事実だな……」


 ムルルンに言われ、クロードは顎に手を当てて、ミヤを見つめる。


「外から来た者ではなく、王妃イヴォンヌの意識はあるのか? イヴォンヌ様にも魔王になる資格があると思われるが」

「それはこの前も言ったはずだ。魔王サーレが斃されたその時の話だよ」


 クロードに問われ、ミヤは冷ややかな口調で答える。


「それとね、はっきり言っておくよ。儂はイヴォンヌを魔王になどさせん。そして、サーレを死なせるつもりも無い」


 キツめの口調になて宣言するミヤに、クロードは少し思案する。


「然様か。心強い言葉だ。流石は次世代の魔王と言ったところか」


 クロードとしてはイヴォンヌに保険になってほしかったが、これはあてにならないという結論に至った。イヴォンヌが別の世界の魔王なる存在と一体化し、その魔王が拒んでいるとあれば、イヴォンヌの魔王化は不可能だろうと。


『話は済みましたか? 元の世界に戻りたいのであれば、いつでも申し付けください』

「管理人が待っててくれたのー。ありがとさまままなのー」

「戻しておくれ。もうここには用は無いさ。ああ、ユーリとノアも儂等と同じ場所に戻しておくれ」


 坩堝の管理人が声をかけ、ムルルンが礼を述べ、ミヤが要請した。


***


 全員元の世界に戻り、時間が動き出す。ユーリとノアも合流する。


「え? ユーリっ、ノアっ」


 突然現れたユーリとノアを見て、スィーニーが驚きの声をあげる。


「おや、クロードとアルレンティスが急に現れたね」


 戦闘を中断し、怪訝な面持ちで二人を見るサーレ。


「何か変化があったような気がするね。クロードもアルレンティスもイヴォンヌも、微妙に様子が違う」

「うーむ……どう説明したらいいか。取り敢えずこの戦いの後でゆっくりと説明いたします」


 サーレが柔らかな口調で指摘すると、クロードは困り顔で言った。


「師匠、これからどうするの?」

「たった今坩堝の前で言った通りだよ」


 ノアが問い、ミヤが答える。


「だからそのためにどうするのって聞いたつもりなんだけどな」

「少し様子を見るよ。勇者と魔王の戦いは少し進行させた方がいい」


 チャバックとサーレを交互に見やり、ミヤは言った。

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