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6-2 身内を守るためならば、何をしても正当性があるの?

 ジャン・アンリは眼鏡をかけた、シャープな顔立ちの男だ。目つきが鋭く、口元はいつも引き締まっている。


 ジャン・アンリは絵を描くのが趣味だった。魔術師達の間でもそれは知られている。人物の肖像画をよく描く。怒り、悲しみ、喜びなど、表情がよく現れた人の顔ばかり描く。本人はいつも無表情だというのに。


 魔術師と魔法使いは接触する人数に制限を受けている。かつて王家よりだった魔術師達が、魔術師ギルドを解体された。再び組織化しないようにと、貴族が警戒して作った法律だ。

 ジャン・アンリにとってその法律は都合よく働くこともあったが、その法律こそ、ジャン・アンリが忌む代物でもあった。


 感情が無いと疑われるほど、無表情なジャン・アンリだが。自分の気持ちはちゃんと言葉で表現する。


「君の今の表情はとても良かった。絵のモデルにしてもよいかな?」


 何人かの魔術師は、そんな台詞をジャン・アンリの口から聞いたことがある。


「俺がどんな表情をしたか、覚えてないよ。しかも表情をずっとキープしろってのか? そりゃキツいぜ」

「その必要は無い。今、私の頭の中で記憶してある。絵に描かせて欲しい。描けたら君に贈ろう」


 そして了承した魔術師の元には、本当に絵が贈られた。贈られた絵を飾る者はいなかったが、捨てる者もいなかった。


 魔術師達の彼に対する認識には、間違いもあった。人喰い絵本の対策の仕事に駆り出される時以外、常に単身でいる彼は、誰とも繋がりの無い一匹狼であるように、魔術師界隈で見られていた。それは思い込みであり、間違いだ。


 ジャン・アンリには多くの仲間がいた。ジャン・アンリには大志があった。その大志を共にする者達がいた。


***


・【お鼠様】


 俺の家族は皆捕まりました。

 これからどうなるかはわかっています。皆殺されます。そうなると知っているんです。


 まず長男が殺されました。体中に赤い湿疹が出て、散々苦しんで、泣いて、助けて助けてと掠れ声で訴えながら死にました。


 次に末妹が死にました。長男と同じような湿疹が出たかと思いましたが、その湿疹のようなものがどんどん大きくふくれあがり、体中が赤い醜いコブだらけになって、涎とおしっこと涙を流し続けて、声もよく出せなくなって、ただうーうー唸りながら苦しみを訴え続け、やがて死にました。


 次は母の番です。母は湿疹こそ出ませんでしたが、体中の毛が全て抜け落ちました。赤い目は黒く濁っていました。そしてそれだけで、他に何も起こる兆しは無く、命を失うことはありませんでした。母は一回目で命を失うことがなかったので、二回目があります。二回目の薬品を塗られた母は、黒く濁った眼が飛び出ました。頭が破裂しました。二回目で死にました。


 次は俺の番です。俺の白いふさふさの毛をかきわけて、皮膚に薬品が塗られます。一体どんな事になるのか……わから……


 気が付くと俺は、俺を捕まえていた人間達を見下ろしていました。力が漲っていた俺は、恐怖に脅える人間達を踏み潰して回ります。


***


 人喰い絵本の中に飛び込んだユーリ、ミヤ、ゴート、他一名の騎士は、真っ白な台地へと降り立った。


「また中途半端な所で物語が途切れたのー」

「話の内容がほとんどわかりませんな」


 ミヤとゴートが言い、周囲を見渡す。


 一面真っ白な土地だが、雪原というわけではない。


「一瞬雪国かと思っちゃったけど、これは白い岩の地面です?」

「ふむ。石灰岩のようだね」


 ユーリが疑問を口にすると、地面に解析魔法をかけたミヤが答える。


「ふーむ。石灰岩の台地ですか。あのような奇岩も、全て石灰岩か」


 ゴートが立ち並ぶ柱のような巨大な岩を見る。岩の麓には村が確認できた。


「物語があまりにも見えなさすぎる。鼠の復讐話か? ま、人のいる場所に行けば、話も進むだろうよ」


 と、ミヤ。


「行ってみましょう」


 ゴートが促し、取り敢えず五人は村へと向かう。


 村は非常に高い柵で囲まれている


「何かから村を守っているのでしょうか?」

「ふん、儂等には関係無いわ」


 ユーリが疑問を口にすると、五人のいる空間が一瞬歪み、周囲の風景が一変した。魔法で転移して中に入ったのだ。


 村の中を見ると、妙に子供の姿が目立った。大人もいるが、比率的に明らかに子供の方が多い。


「随分子供が多い村だねえ……」

「大人と比べて多いですなあ。しかし、子供達の顔が皆暗い」


 脅えたような、絶望したような顔つきな子供達を見て、ゴートが眉根を寄せる。


「師匠、あっちに人が集まっていますよ」

「うむ。何か騒いでいるな」


 ユーリが指した方向に、確かに人が集まっている。村の出入り口だ。


「この人でなし共ーっ! 子供達を返せーっ!」

「その子はこの村の子ではないでしょう! 私達の村と同様に、どこからかさらってきたんでしょ!」

「どんな事情があろうと、子供をさらっていい理由などあるものか!」

「人さらいの村め! お前達は悪魔だ!」


 村の外に集まった人々から、激しい怒号が飛ばされている。村の中にいる者達は、強張った顔つきで、手にこん棒や鍬や銛などを持って構え、村の外にいる者達が入ってこられないように威嚇している。


「他所モンか? どうやって村の中へ入った?」


 一人の老人が険しい顔つきで、ミヤ達に声をかけた。


「儂等がお前達の質問に答える必要は無い。お前達が答えよ」


 ミヤが居丈高に告げると、老人はぼんやりとした表情になる。催眠魔法をかけたのだ。


「村の外の人達、貴方達に子供をさらわれたと言ってますよ」

「仕方ないんじゃ。明日はお化粧の日じゃ。その子達がいないと村の子が殺されてしまう……」


 ユーリが伺うと、老人が虚ろな顔のまま答える。


「どういうことだい? お化粧の日とやらが何だか教えな」

「事情はわかりませんけど、だからといって、この子達が殺されていい理由にはなりませんよ。この子達の親御さんも心配してします」

「ユーリ、あんたはいちいち口出しせずに黙ってな。儂が尋ねているのに口出すなって何度言わせるんだい。ポンイト1引く」

「すみません」


 ミヤに叱られ、頭を下げるユーリ。


「そんなこと……知るか。私達の村の子さえ守られればいいんじゃ」

「その通りっ! 我々こそが正義!」


 村長が言った直後、すぐ近くを通りかかった村人が叫んだ。


「何でここに他所モンが入ってるんじゃ!」

「他所モンめが。懲らしめてやるとしようか」

「そうだそうだっ、やっちまえ!」

「うおおおーっ!」

「他所モンを追い出せーっ!」


 村人達が集まってきて、五人を取り囲んで喚きだす。


「勝手な人達だ」


 不快感を露わにして、村人たちを迎え討たんとするユーリであったが、その前にミヤが進み出た。


「ユーリ、お前は手を出すんじゃないよっ」

「はい」


 ミヤに厳しい口調で釘を刺され、ユーリは引き下がる。


 念動力猫パンチが何発も繰り出され、村人達はぼこぼこにされて倒される。


「どうもすみませんでした……」

「ひぃぃぃ、お助けくだされ~」

「うぇぇーん、我等も気が立っていましたので、どうかご容赦くだされ~。この通りですじゃ~」


 地に伏して平謝りする村人達。


「ふん。全く」

「どうしょうもない連中だ」


 土下座して謝罪しだす村人達を見て、ミヤは鼻を鳴らし、ゴートは嘆息していた。


「この人達、自分勝手すぎて凄く頭に来ますね。僕も一発殴ってやってやりたかったなあ。何で師匠はいつも僕が怒りそうになると、止めるんです?」

「お前はキレると加減を忘れるからね。お前は時折、感情任せに突っ走る悪い癖がある。またそれが出かけていたよ。だからさらにポイント1引いとく」

「すみません……」


 ミヤに諭され、ユーリはしゅんとなる。


「事情を話してみるがよい。何故子供をさらう。お化粧の日とは何であるか」


 ゴートが静かな口調で促す。


「この村を統治する、お鼠様が決めた日ですじゃ。月に一度、三人の子供から血を全て搾り取り、その血でもって、村の女達は血化粧をせねばなりませぬ。血化粧をされた女は、『お鼠様、綺麗にお化粧してくださってありがとさままま』と言って感謝して、お鼠様とツーショットで写真を撮らねばならんのですじゃ……。しかも幸せそうな笑顔でダブルピースしてな……」

「むう……酷い話よ」


 話を聞いて呆れるゴート。


「写真て何でしょう?」

「人喰い絵本の中でたまに見かけるのー。どうも人喰い絵本固有の技術らしいわ。実は儂も昔、一枚撮ってもらったことがあるよ」


 ユーリが疑問を口にすると、ミヤが答えた。


「子供達は、この村の子でなくてもいい。だからこの村の子供達を犠牲にしないために、外から子をさらってきて身代わりにしているのです」

「もし、外から子供を調達できねば、村の子供で血化粧をせねばならぬのですじゃ。しかも血化粧をされるのは、血を搾り取られた子供の母親が必ず選ばれる……」

「この村に子供が多いのもそういうわけですじゃ。村の外から子供を調達できん月も多いのです。さらってきた子供達が、多少は逃げ出してもいいように、予備をいっぱいさらっておくという寸法ですじゃ」


 村人達が口々に事情を説明する。


「何たる鬼畜な輩よ。そのお鼠様とやら、我等が討伐してくれん」

「外で騒いでいるのは、子供をさらわれた者達か。お鼠様だけじゃなく、ここの村人共も胸糞悪くてかなわんわ」

「自分達の都合で、他所から子供をさらっておいて、開き直っていますしね」

「私も同感です……。酷いも程がある。許せません」


 ゴート、ミヤ、ユーリ、他一名の騎士がそれぞれ憤慨する。


「私達だって鬼ではありませんよっ。さらってきた子供達を縛って監禁するのは可哀想だから、せめてお化粧の日までは、村の中で自由に行動できるようにしています。そのせいで、結構逃げられちゃうんですけどね」

「そうですじゃ。私達もお化粧の日までは、子供の人権を重んじているんですじゃ」

「ですです。血を搾り取る時だった、子供達が苦しまないように、高価な麻酔薬をうっていますしー。麻酔薬を買うのだって、結構大変なんですよ」

「もう鼠狩りもできなくなってしまったしねえ」

「こら、余計なことを言うでないっ」

「あ、しまった」


 村人達が口々に喋る。


「そうか、わかったぞ。あの柵は子供を逃がさぬため、子供を取り返しに来た他の村の者を入れぬためのものだな……! 何とも呆れたものだ!」

「ひいっ」

「し、しかし私達の村の子を守るためには……」

「我々は我々の村を守らないとなんですう……」


 憤慨するゴートに、村人たちが脅え、言い訳を口にする。


「師匠、こんな人達の気持ちも理解しないといけないんですかね?」


 悪人の心が理解できない云々の話を思い出し、ユーリが問う。


「理屈だけ理解しておけばよいが、こんな屑共に同情や共感はせんでええわい」


 ミヤが苦笑気味に告げた。


「取り敢えず、さらわれた子供達は全て返してやれ。あそこで騒いでいる連中を村の中に入れてな」

「ははーっ」

「へへーっ」

「余所者様の仰せの通りにっ」


 村人たちは平伏すると、ミヤの指示に従う。


「ところで鼠狩りとは?」

「は、はい。村の周辺には巨大な野鼠が多くて、それらを狩るのが、村の主力産業でした。数は多いし、肉は美味しいし、毛皮はとても美しいのです」


 ユーリの問いに、村人の一人が答えた。


「それで鼠が化け物となって復讐しにきたとでもいうのか?」

「しかし鼠狩りは村でン百年も前からしていることですし、今更そんな……」


 ミヤと村人が言う。


「でもできなくなったってことは、お鼠様が現れてからは、鼠狩りも禁じられたってことですよね?」

「その通りですじゃ。おかげで村は貧しくなりつつあります。それまでの鼠狩りの蓄えがまだあるとはいえ」


 ユーリが確認すると、村長と思われる老人が答えた。


「そこまでその鼠狩りは儲かるのか?」

「肉も美味、皮も美しく、そして数も多いので。他にも実験用に……」


 ゴートの質問に、村長が心なしか躊躇いがちに答える。


「この物語は、お鼠様とやらを退治すればそれで終わりでよいのですか?」


 騎士がミヤに尋ねた。


「どうかのー。そう単純に済めばいいが。この村も大概だしのー」

「お鼠様の言い分も聞いてみたい所ですな」


 ミヤとゴートが言った。

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