32-28 保険として二人目も考えよう
魔王城会議室。三将軍はヴ・ゼヴウ、セインの二人だけだ。クロードはいない。魔王もいない。下位将軍含む幕僚達は若干動揺気味である。
「あーうー……やれやれ……どこかの誰かさんの敗退で、士気ダダ下がりな所に、泣きっ面に蜂で、勇者達がとうとうここまで攻めてきた。そして魔族の誇りはどこへやらってな具合。ほら、あいつとか絶対ビビってる」
「やめぬかセイン」
下位将軍の一人を指すセインを、ヴ・ゼヴウが諫める。
「いやあ、この原因作ったあんたが諫め役するのもどうかなあと。まあいか。これじゃ俺がぐちぐちと嫌味言う嫌な奴みたいだし」
「何を今更。貴公は昔からずっとそうだろうに」
セインの台詞を聞いて、ヴ・ゼヴウが呆れる。
その時、会議室にクロードが現れた。
「人間共が迫っているようだな」
クロードが何食わぬ顔で席に着く。
「クロード、貴公は一体何処に雲隠れしておった?」
ヴ・ゼヴウが呆れと怒りが混ざった声で問う。
「雲隠れとは心外だな。こちらはこちらでやるべきことをしていたのだぞ。サーレ様は何処か」
クロードが尋ねた直後、サーレとミヤも会議室に姿を見せた。
「嗚呼、クロード。やっと戻ってきたんだね。どこへ行ってたの?」
「坩堝の様子を見てきた」
サーレが問うと、クロードは正直に答えた。
「皆に提案する。もしもサーレ様が討たれた時は、二人目の魔王をすぐさま創り出すことも念頭に入れて頂きたい。勇者といえど、サーレ様と戦った後に、連戦でもう一人の魔王と戦うとあれば、ひとたまりもあるまい」
「新たなる魔王だと?」
「そんなことが出来るのか」
「クロード様、貴方は一体……」
「可能であれば――魔王の二段構えともなれば――クロード様の仰る通りだ。流石の勇者も敗れるであろう」
クロードの提案を聞き、会議室の魔族達が一斉にざわついた。
(そういえば此奴が坩堝でサーレを魔王にしたんだったね。一体どこで坩堝の存在を知ったか知らないが、それにしてもサーレが魔王になってまたすぐにもう一人の魔王とか、早すぎやしないかい?)
坩堝がそんなに急速に力を貯蓄するわけがない――と考えてかけたミヤだが、その考えをすぐに打ち消した。
(いや……早くないか。おそらくクロードの言う坩堝とやらは、今の坩堝だ。儂やシクラメが封印を緩めた後の坩堝だ。ここはリメイクされた世界であるが故に、時がズレておる)
ミヤの知る現在の坩堝は、かなりの貯蓄がされている。今現在、新たな魔王を生み出せる状態にある程に、負の念が溜まっていたとしても、不思議ではない。
「サーレ様、改めて申し上げます。もしもの時は坩堝の力を解放し、新たなる魔王を作るという選択肢も考慮して頂きたく存じます」
夢の世界での図書館亀との会話を思い出しながら、クロードは進言する。
「つまり、僕が勇者に討たれた際、もう一人魔王になる資格を持つ者――イヴォンヌを魔王にするということだね」
「然様」
サーレが穏やかな表情で確認すると、クロードはサーレを真っすぐ見たまま肯定し、他の魔族達は一斉にミヤに視線を向け、再びざわついた。
「ん~? 何故イヴォンヌ様なんだろう?」
セインがどうでもよさそうな口振りで問う。
「魔王は魔族の中からは生み出せない。人間――もしくは人に近いメンタリティを持つ種の中から生まれる。彼等は心に光と闇を抱くが故に、光の反作用により、その闇は魔族のそれより深く沈み、より黒く煌めく。そういう話だったっけ。だからこそ、元人間であるイヴォンヌが候補なんだね」
サーレがかつてクロードより聞いた、坩堝なる存在の魔王を創るシステムを再確認する。
「然様。当初、二人目の魔王は我が愚息アルレンティスにする予定でした。あれは聖樹も混ぜた事で、心に光を有します。ですがアルレンティスは相応しませぬ。本人も望まず、私から見ても不安要素の方が大きい。イヴォンヌ様の方がよほど適しています」
クロードがイヴォンヌを推す理由をさらに述べる。
(やれやれ、今のイヴォンヌは儂だ。この流れに従うと、儂は今一度坩堝の負の念を全て取り込み、魔王の力を二度もこの身に得るという話になるね。しかしそれは無理だろう。坩堝の一部の力ならともかく、全ての力は取り込めない。今の儂にはもう、その資格は無い)
(資格って?)
ミヤのその言葉が、イヴォンヌは引っかかった。
(坩堝の管理人の言葉を借りれば、深く煌めく闇を心に秘め、世の理不尽を憎み、悲しみと痛みを知る者だ。それこそが魔王になりうる者よ。儂にはそのような強い憎しみや悲しみは、もう無いのさ)
そう語るミヤから、深い悲哀が感じられたイヴォンヌであった。
(ただね。ユーリ……あの子はまさに、坩堝に条件に近いね)
嬲り神との会話を思い出しつつ、ミヤは言った。
(ミヤ、お弟子さんの心配している所悪いけど、ちょっと聞いて。クロードが言う通り、私にはその資格、あるかもしれない。いや、もしもサーレが死ねば、その条件が整うかもしれないよ? そうなったら、私と一つになっているミヤが、坩堝の力をもう一度取り込むことも出来るかもしれない。ミヤって、もしかしてそのためにここに呼ばれて、私と一つにされたんじゃないの?)
イヴォンヌの推察を聞いて、ミヤははっとした。その可能性は十分に有りうる。
(そのためにこのリメイクを創り、儂を呼び込んだ……? アルレンティスを呼んだのも、魔王とする候補の一人であったが故に――)
そう考えるとしっくりきてしまう。そして勇者になっているチャバックを意識する。
(チャバックも魔王になる可能性があるということかね。いやそれは飛びすぎか……)
チャバックに限って、憎み、怒り、その対象を滅ぼそうとするとは、どうしても考えられない。そんなことのために力を求めるとは考えにくい。
「僕としては、そうならないでほしいけど、それはイヴォンヌ次第だよ。本人の気持ち次第だ。周囲が強制できるものではない。そして当人だって、その時が来なければ、どうなるかはわからないだろう?」
サーレが穏やかな口振りで言い、ミヤの方を見てにっこりと微笑む。
(やれやれ、のんびりしていたけど、ここにきて一気にヤバくなった感があるね。儂が吸い込まれた当事者だってことを、ようやく実感できたわ)
忌々しげに吐き捨てるミヤ。
(もしサーレが殺されたら、私が次の魔王になりたい)
イヴォンヌが力強い口調で訴える。
(駄目? ミヤ。反対?)
(反対だね。マイナス38だ)
伺うイヴォンヌに、ミヤは憮然として反対した。
(私にもマイナスつけるのね。しかもマイナス大きいっ)
(反対だけど、ここはお前の顔を立ててやるよ。いや、お前の意思だけは伝えておいてやる)
ミヤは大きく息を吐いた。
「魔王サーレの妃イヴォンヌとしては、クロードの提案に賛成だと言っておくよ。魔王の妃は、魔王サーレが討たれたその時は、自らが次の魔王となって、夫の仇を討つ。そして次の魔王として魔族を導くことになるだろう」
『おおおおおー』
ミヤの宣言に、会議室に感嘆の声が一斉に響いた。
「お妃様がお覚悟を示された」
「保険と申しては不敬であるが、最早これで我等の勝ちは揺るがないのではないか?」
「うむ。サーレ様が討たれるようなことがあってはならない」
「イヴォンヌ殿の御覚悟、嬉しく存じます」
さらにざわつく魔族達。
「そうだね。僕は正直、イヴォンヌを魔王にしたくはないから、僕は死なないよう頑張る。だから皆も僕を頑張って護ってね」
「当然でありますっ!」
朗らかな笑顔のまま穏やかな口調でサーレが告げると、ヴ・ゼヴウが真っ先に叫んだ。
「もちろんですよ! 全力で御守りします!」
「サーレ様を死なせてよい道理などない! 私はサーレ様を尊敬している! 失いたくはない!」
「次の魔王様が控えているから、今の魔王様は死んでもいいやなんて、そんな薄汚く薄情な考えを、我々魔族が持つはずがない。それではまるで人間ではないかっ」
魔族の幕僚達が意気を揚げる。
(ミヤ……ありがとさままま)
イヴォンヌが礼を述べる。
(お前の意思を伝えただけだ。儂はそんなことする気は無いよ)
(え~……それってどうなの~)
しれっと言ってのけるミヤに、啞然とするイヴォンヌであった。
***
連合国軍は、とうとう魔王城と城下町がある、空に浮かぶ島々が見える場所まで進軍した。
「ついに見えてきたわね」
「へっ、ようやくこれで決着がつきやがるぜ」
ウスグモが空に浮かぶ複数の島を見上げて言う。隣ではキンサンが笑いながら武者震いをしている。
「兵士達の間にも緊張が見える。でもきっと……すぐに高揚に変わる」
ユーリが近くにいる勇者軍の兵士を見渡して言った。
「戦っている時間より歩いている時間の方が長いから、戦場に辿り着いた時、これまで溜め込んだものを一気に放出するような、そんな感覚かな」
ノアの言葉を聞き、ユーリは少年兵士コズロフの役になった絵本の事を思い出す。ユーリとコズロフは最初こそ噛み合わなかったが、そのうち打ち解けて、色々な会話を交わした。正にノアが口にしたことも言っていた。
(元気にしているかな、コズロフ)
コズロフもソウヤも、兵士としてか生きられない者だった。兵士としての生き方に誇りを抱いていた。あの絵本の世界で、今もきっと戦場を渡り歩いているだろうと意識する。
「何かこっちまで緊張してきたんよ」
「オイラもだよう」
スィーニーとチャバックが言う。
「大丈夫だ。ここまで来たのだし、きっと行ける。――と、言いたい所だが、色々とシビアな綱渡りをせねばならないな」
二人の後方にいるミラジャが、苦笑しながら言った。
「どの辺が難しいと考えています?」
ユーリが尋ねる。
「連合国軍がどれだけ魔族達を引き付けていられるかだな。どのタイミングで、勇者様を含めた、勇者軍が動くか――そこが肝となる」
ミラジャが神妙な面持ちで答えた。
「その判断はミラジャがするの?」
「一応そのつもりでいる」
ノアに問われ、頷くミラジャ。
(魔族の軍勢を少しでも地上に引き付け、手薄になった所で、命の輪を装着した勇者軍の精鋭が、空にある魔王城に突入か。でもどうやって一部隊を空へ?)
その疑問は、ユーリだけではなく、誰もが抱いていた事だった。巨大な転移門を開くのか、あるいは単純に空を飛ぶ方法があるのか、いずれにせよ、一度にこの人数を素早く魔王城に突入させるのは、容易ではない。
しかしミラジャだけが、その方法を心得ているようだ。そしてその方法は誰の前でも口にしない。勇者と崇めるチャバックに対しても。




