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32-26 いっぱい死んじゃったけど

 連合国軍は新たに四つの国と合流し、大軍に膨れ上がった。

 魔王軍陸軍を退けたということで、士気も非常に高くなっている。


「魔王軍主力陸軍に大打撃を与えることが出来た。目的の一つはこれで達成したと言っていい。予定より早かったがな」


 ユーリ、ノア、チャバック、スィーニー、キンサン、ウスグモの前で、機嫌のいい様子のミラジャが告げる。


「あとは――魔王城そのものに乗り込めばいいん?」


 スィーニーが尋ねる。


「そうだな。奴等は我々を見過ごしはしないだろうし、主力である空飛ぶ城と城下町を投入しないわけがない。攻めてこないならこちらから向かうまでだ」


 と、ミラジャ。


「魔王城のある場所に行っても、魔王が逃げ回るって手を使ったら、難しそうな気もする」

「魔族の性質上、魔王がそのような真似をするとも思えん。もしそのような醜態を晒したら、プライドだけは法外に高い魔族の支持を失うだろう」


 ノアが言うも、ミラジャは否定した。


(でも魔王サーレは元人間なんだよね。そんなプライドは無いだろうし、支持を失ってでも、逃げるという手を取ることはあり得る。魔王は勇者から逃げながら戦うということも)


 ユーリはそう考える。


「部下の支持を失ってでも、人類サイドを疲弊させるために――あるいは勇者軍の手に乗らないために、魔王自身は勇者から逃げ続けながら、人類世界を攻撃し続けるという手もあるんじゃないんかな」


 ノアもユーリと同じようなことを考えていた。


「有効ではあるが、魔族がそのような手を取るとは、どうしても考えにくいな」


 ミラジャはあくまで否定的だった。


(ミラジャが元魔族だからわかるわけか)


 ユーリは思う。


「疲れたん? チャバック」


 気落ちしているチャバックに、スィーニーが声をかける。


「ひどいよ、これ……」


 戦場を見やり、チャバックが暗い顔のまま呟いた。平野一面に、人間と魔族の死体が転がっている。


「こんな世界いたくない……」

「気持ちはわかるよ。私も昔酷い光景見まくったからさ……」


 今にも泣き出しそうな顔のチャバックを、スィーニーが抱きしめた。


(ごめんね、チャバック。関係無い君を平和じゃない世界に呼び寄せて、辛い思いをさせてしまって)


 ネロもチャバックを気遣う。


(ネロが悪いんじゃないよう。ネロがオイラを呼び寄せたわけじゃないし、むしろオイラがネロに迷惑かけてる)

(僕は迷惑だなんて思っていない。それどころかね、僕がやるべき役割をチャバックに担わせてしまって、僕は楽をしている。もちろん、自分で出られなくてやきもきしている感もあるけどさ。でも僕の力は温存されている状態にあるから、僕がいてもいなくても、今の所あまり変わりはないとも言えるかな)


 心なしか自嘲を込めて、ネロは言った。


「明日から、魔王城に向かって進軍する。勇者様、皆の前に立ち、鼓舞してほしい」


 ミラジャがチャバックに要求する。


「ミラジャ、この前は勇者様が人前で喋ることできないから、ミラジャが代わりに喋るって言ってたのに、それはもうやめたん?」

「普段はそれでいいさ。しかしどうしても勇者様に前に出てもらわなくてはならない時もある。今が正にそうだ」


 スィーニーが少し険のある声で尋ねると、ミラジャは微苦笑を浮かべて理由を述べた。


「あうあう……どうすればいいの? 何を言えばいいの?」


 チャバックが不安げに尋ねる。


「私が考えてある。ここに書いてある通りに――」

「チャバックが思うことを好きに言えばいいんよ」


 ミラジャが何か言いかけたが、スィーニーがそれを遮る形で告げた。


「言えるのであれば、それでもよい――が」


 小さく息を吐くミラジャ。


「俺もスィーニーに賛成だぜ。ネロ。いや、勇者様。自分の思いの丈を吐き出してこいよ」


 キンサンも後押しする。


 チャバックが壇上に立つ。近くにいる兵士達がチャバックに注目した。

 勇者軍の魔術師が、全ての兵士に声が届くようにする。


『今の戦いでも……いっぱい死んじゃったけど……』


 震える声を発するチャッバク。それは連合国軍全ての者が聞いている。


『どうかもう死なないようにして……』


 それだけ言うと、チャバックは壇上から降りた。


「何だ、あのひどい演説は。あれが勇者様だというのか?」

「勇者とは名ばかりの腰抜けではないか……」

「兵によっては心に響いた者もいるかもしれん。しかし不安になる者もいそうだな」


 指揮官達はチャバックの演説を聞いて、渋い顔になっていた。


「やっぱりオイラ……」

(いや、あれでいいよ。僕も同じ気持ちだった)


 自分自身、今の呼びかけが魔縋ったと思ったチャバックであるが、ネロは力強い声で肯定した。


「あれでいい。心に響いた者はきっといる。そして勇者様の言葉によって、救われる者もいるはずだと私は信じる」

「おう、俺もそう思うぜ。ネロらしくていいじゃねえか。おっと、勇者様か」


 ミラジャとキンサンも明るい表情で、チャバックを認めたので、チャバックは気が楽になった。


***


 敗退したヴ・ゼヴウは、魔王城に帰還し、サーレ、セイン、そして下位将軍や大臣達の前で、敗戦の経緯を包み隠さず報告した。


「あーあ……被害甚大かぁ。人間が国の垣根を越えて結託して、数を揃えてきた結果がこれだ」


 セインが倦怠感溢れる声と表情で言う。


「一個体の戦闘力では魔族が勝るけど、数は連語国軍が数倍だったからね。おまけに前後で挟み撃ちにされて混乱していた。あれはキツいよ」


 冷静に述べるサーレ。


「ああ……もうさ……ヴ・ゼヴウの旦那は恥ずかしすぎる。意気揚々と出陣しておきながら、ボッロクソにやられてきて、意気消沈して帰ってきてさ。もうね、見ているこっちが恥ずかしいわけですよ。ええ」

「ぐぬぬぬ……返す言葉も無い」


 嫌味を言い続けるセインに、ヴ・ゼヴウが悔しげに唸る。


「まあまあ、敵が一枚上手だったし、不可解な力が働いたせいもある。何しろまだ合流が先だった連合国軍の残り四国が、大きな空間の門を通って、背後を突いてきたわけだからね」


 あれは人間達に出来る芸当ではないとサーレは見ているが、ここではあえて口にしないでおくことにした。余計に混乱させ、不安にさせてしまうと判断したからだ。


「我々に対する敵意、あるいは悪意を抱く、強い力を持った何者かの導きと捉えられるな」


 ところがセインが、サーレと同じことを考え、躊躇も思慮も無くそれを口にしたので、サーレは苦笑いを浮かべる。


(嬲り神か宝石百足の仕業だろうね)


 ミヤが思う。


「次が最後の戦いになるだろうね。彼等は真っ直ぐこの城を目指している」


 涼やかな声で告げるサーレ。一同、息を飲む。


「魔族にあるまじき醜態となるが、飛んで逃げ回るという手もあるぞ」

「馬鹿な……。そのような恥さらしな行為など出来るかっ」


 セインが提案すると、ヴ・ゼヴウが顔色を変えて拒んだ。他の幕僚達も驚愕か不快の面持ちでセインを見ている。


「ははは、それは僕も真っ先に考えたよ。むしろそうした方が有効だとさえ思う。こちらは逃げ回りながら、ちまちま仕掛けつつ、疲弊させる作戦だ。でもね、それは多くの魔族が望まないことだろう? そして元人間な僕でさえ、望まない」


 にこやかに笑いながらも、サーレハ朗々たる声ではっきりと言い切った。


「そうかぁ。クロードも同じ意見かな? って、クロードはどうしたんだ? アシュ、クロードを見なかったか?」


 セインが振り返る。


「ああ……クロードもいないが、アシュはクロードと会う前からいなかったっけ……。どうして忘れるかなあ……」


 誰もいない空間を見てから、セインはがっくりとうなだれた。


***


 その時、クロードは眠りについていた。しかし意識が無かったわけではない。

 星の溢れる空間。そこに覚えはある。


(ここは――夢の世界か)


 周囲を見回すクロード。


(あの管理人はいないようだな)

「管理人は今は不在ですのん」


 クロードが管理人を探していると見て、声をかけた者がいた。


 星々が煌めく闇の中を、直立したゾウガメが滑ってくる。亀の靴の底には小さな車輪つけられていて、それで滑っている。亀は燕尾服に身を包み、モノクルをつけていた。


「図書館亀。久しいな」


 クロードがそのゾウガメの名を口にする。


(かつてこいつから魔王を創るシステム――坩堝の知識を授かったが、またこの場所に呼び出されるとは、どういうことだ?)


 不審がるクロード。


「これが坩堝の今の状態ですわん」


 図書館亀が言った直後、クロードと図書館亀の前に、巨大な黒渦が出現した。

 その巨大さと禍々しいオーラを見て、クロードはますます不審がる。


「蓄積している? サーレが坩堝より力を得てから、さほど時は経っていないであろうに」


 サーレが魔王になった直後、坩堝は最小限のサイズになった。中に溜まった負の念が全て力となって、サーレに注がれたのだ。しかし今のこのサイズは、サーレが力を得た時には及ばないが、限りなくそれに近い大きさになっている。


「時の流れが違うというか、ここはリメイクされた世界ですのん。なので、時は相当経ちましたねん。かなり無理をすれば、魔王を誕生させることも、できなくもないですよん。ただし、授かる力は限られていますねん」

「リメイクされた世界?」


 訝るクロードであるが、すでにアルレンティスからその話は聞いている。アルレンティスの話が真実であったと確認しつつ、さらに情報を引き出せないかと、知らない振りを知ってみた。


「ここは二回目の世界――新たに作り直された世界ですのん。元の世界とは微妙に違う世界を、歴史を、もう一度やっていますのん」


 図書館亀が解説する。


「もしよろしければ、貴方が候補者の呼び水になっては如何と、また思いましたのん。ただ、再度言いますが、今は管理人も不在ですし、坩堝の負の念は蓄積しきった状態ではありませんのん」

「むう……」


 図書館亀の提案を聞き、クロードは考えこむ。


(保険の代役魔王として、アルレンティスを候補に考えてはいた。これはその機会が巡ってきたということか? しかし今のアルレンティスが応じるとも思えない。それに……)


 正直今のクロードの心情としては、アルレンティスを次の魔王にはしたくないという気持ちが芽生えている。


(いや、もう一人、保険の魔王候補はいる。むしろもう一人の方が、アルレンティスよりも、魔王として相応しいだろう)


 そう思い至り、クロードは図書館亀を見た。


「サーレ様が敗れた時には、選択の一つとしてありうるな。ただし――上手くいく保障は無い」


 本人が望むかどうかは別問題であり、不確定要素が高いと、クロードは思う。


「加えて言えば、坩堝は蓄積しきっていない。魔王は作れるが、弱めの魔王になってしまうな」

「坩堝に溜まった負の念は少なくても、受け継ぐ者の素養も、誕生する魔王の強さに左右されますよん。故に、授かる力が乏しくても、必ずしもサーレ殿より弱い魔王が出来るとも限りませんよん」


 図書館亀が言うが、クロードは懐疑的だった。気も乗らなかった。しかしそれでも、もし必要とされる時が来たとしたら、次の魔王の候補者ら、可能性を示唆してみることはしてみようと、考えていた。

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