32-19 彼の中の羽化の基準
連合国軍と勇者軍が宿営地を畳み、進軍しようとしたその時だった。
「空から少数の魔族の部隊が、接近しています!」
テントの中にいたユーリ、ノア、チャバック、スィーニー、ミラジャ、キンサン、ウスグモは、伝令からの報告を受けて緊張する。
「少数というのは妙じゃねえかい?」
「確かにな」
腕組みして首を傾げるキンサンに、ミラジャも同感だった。
「何かの罠?」
「囮か特攻部隊っていう可能性もあるね」
ノアとユーリが囁き合う。
「魔族の仕様数部隊が、連合国軍の上空を通過して勇者軍本営に迫っている模様! その中には三将軍の一人クロードがいます!」
さらに別の伝令が、泡を食った様子で報告してきた。
「敵の強いのが、こっちの大将首を狙って強襲してきたん?」
「まだ断定はできんが、勇者様は何としてでも護らねばならん」
スィーニーの疑問にミラジャが答え、テントの外へと出る。
すでに肉眼で確認できるほど、魔族の部隊が迫る様が見える。確かに少数だ。百もいないと思われる。いや、五十人ほどだ。
ウスグモとキンサンもテントの外に出てきた。
「確かにあれは三将軍のクロードだ」
飛んでくる魔族の一人を確認し、ミラジャが言った。
「召喚! 桜吹雪!」
キンサンが飛んでくる魔族めがけて暴風を巻き起こす。暴風の中には、大量の桜の木が飛び交っている。
「派手だネ。そして広範囲に高威力――だけど、僕とは相性いいかナ。いや、あっちから見れば相性悪いかナ」
竜形態になってクロードの傍らを飛んでいるアルレンティスが呟き、魔法をかける。
桜の木が片っ端からくるくると回転しだして、魔族の部隊の進路上から、あらぬ場所へと吹っ飛んでいった。
「べらぼうめっ、やってくれがったなっ」
必殺の桜吹雪をあっさりと破られ、悔しがるキンサン。
そうこうしているうちに、クロードとアルレンティス、そしてクロードの家族と精鋭達が、チャバック達のいるテント前まで到着する。
クロードの娘と息子達が、空中から、テントめがけて攻撃魔術を放つが、全て弾かれる。テントは魔力の防護膜で覆われていた。
「アルレンティスのドラゴン形態だ」
ノアが竜を見て言う。魔族達と共に来たその竜は、体のあちこちから木の枝や葉や花が生え、胴にはミカゼカが埋まっている。ノアとユーリは以前、その姿を見たことがある。
クロードが地上に降り立ち、ミラジャ達と向かい合う。
「勇者はその中に隠れているのか。自分は隠れて配下に戦わせるとは、大した勇者だな」
他の者に目をくれず、テントに視線を向けたクロードが、よく通る声で挑発した。
当然だがチャバックは挑発に乗らない。スィーニーと共にテントの中で待機している。
ミカゼカが、その兄や姉達が、クロードの横に降りる。他の魔族達は空中を旋回している。
ウスグモが巨大猫を次々と呼び出す。
「桜サイクロン!」
「しつこいヨ」
キンサンが両者の間に竜巻を発生させたが、ミカゼカが前脚を一回転させると、竜巻は逆方向に回転しだしたかと思うと、あっという間に消滅した。
「何て奴だ……」
流石のキンサンも臆した顔つきになる。自分の力が、続け様にあっさりと打ち破られてしまったのだ。
「これがアルレンティスの力……」
長女がミカゼカを見て慄く。長男と次男も、ミカゼカを見て戦慄していた。キンサンがかなりの使い手だということは、彼等も理解している。そのキンサンをいとも簡単にあしらうミカゼカの力たるや、尋常ではない。
巨大猫達がクロード一家を襲う。
「せいっ!」
クロードが気合い一閃と共に、複数の黒槍を放ち、向かってくる巨大猫の大群を貫いた。
黒槍は巨大猫を貫くだけでは終わらない。黒霧となって辺りを漂う。他の巨大猫に霧が触れると、巨大猫達は全身を黒く変色させていくと、黒い煙をあげて、文字通り崩れ落ちていく。
(やはりあの黒霧は要注意か)
以前、クロードの黒霧を神泥で防いだミラジャであったが、黒霧の効果を見て、より警戒を強める。殺傷力満点の攻撃であるし、勇者ネロとて、この攻撃を食らったら危険であると判断した。
「アルレンティス、解放しろ」
「わかったヨ」
クロードに促され、ミカゼカの姿がさらに変貌していく。
サイズが二回り以上に膨らみ、全身から生えている植物の数がさらに増加する。顔つきも禍々しいものになった。
「え? 変身の第二段階っ?」
竜樹となったミカゼカの変態を見て、ノアが声をあげる。
「ただ変身しただけじゃないよ。足元を見て」
ユーリがミカゼカを指す。
ミカセガの足より大量の根が出て、地面と一体化しているように見えた。
「木になった? あれじゃ飛べない――どころか動けないような」
ノアが呟いている間に、見えない所で変化は起こっていた。
突然無数の轟音が響く。さらに悲鳴も複数あがる。
あちこちから樹木が生えて、足元から兵士達に襲いかかった。
「ぐぼう!?」
「はぎっ!」
「痛えええ! 何だぁ!?」
「吸われ……る……」
連合国軍の兵士達が、足元から生えた気によって体を貫かれ、次々と死んでいく。
ただ木が生えただけではない。木は貫いた人間の生気を吸い取り、干からびたミイラへと変えた。体を貫かれて致命傷を避けた者も、この生気吸収によりすぐに果てた。
樹木の発生場所は広範囲に及んでいる。森と呼べる規模の密度と範囲だ。
そして生えた木の枝が、伸び、鞭のように振り回されて、近くにいる兵士達に襲いかかる。
命の輪を装着した勇者軍兵士は奮闘していたが、連合国軍の兵士達は被害甚大であった。
「これはアルの聖樹だ」
殺人樹木を見て、ミラジャが言った。
「アルの聖樹?」
「太古の女神アルの祝福を受けた聖樹。楽園と呼ばれる土地の守護者で、邪悪な者を退ける。だがこれは……禍々しい力と神聖なる力が同居している」
訝るウスグモに、ミラジャが解説する。
「勢いが凄すぎる。止めようがないわ」
「べらぼうめっ、容易く諦めるんじゃねえよっ。こちとら木の扱いには慣れてるんでいっ」
ウスグモは早々に諦めムードであったが、キンサンは諦めていなかった。
「桜祭り!」
アルの聖樹の下からさらに桜の木を生やしまくる。今度はアルの聖樹が貫かれる番だった。
キンサンの攻撃はアルの聖樹にも有効であったが、いかんせん数が違い過ぎる。
「おのれ!」
ミラジャがテントの方を向いて叫ぶ。どさくさに紛れて、魔族数人がテントの中へと侵入する場面を、ミラジャは目撃したのだ。
テントの中に入った魔族達が、チャバックの姿を確認した瞬間、二人の魔族の首が切断された。
「私のサファイアの瞳の前で、チャバックに手出しさせないんよ」
チャバックの前に立ったスィーニーが、冷たい殺気を迸らせる。両手には鎌剣を携え、その刀身から青い光を剣と同じ形状に伸ばしている。
魔族達が躊躇い、一瞬動きを止めた直後。後方から神泥が襲いかかり、魔族達を泥に包み込んだ。ミラジャの攻撃だ。
「素晴らしいぞ、アルレンティス。お前は立派に羽化した。私の期待に応えた」
アルの聖樹で連合国軍に大きな被害をもたらしたミカゼカを見て、クロードは喜悦満面になって称賛した。
「私も負けていられないな」
呟くなリ、飛翔するクロード。飛ぶ先は、入口にミラジャが立っているテントだ。中には勇者がいるとわかっている。
ミラジャは後方に殺気を感じた。
黒槍を携え、猛スピードで迫るクロードの姿が映る。
(しまった。この間合いとタイミングでは――やられてしまう)
ミラジャの背筋に冷たい感触が入る。黒槍を受け止めようとかわそうと、そこから発生する黒霧によって、テントの中に避けられない被害が及ぶと予期したのである。
だがクロードは途中で動きを止めた。ミラジャと自分の間に、割って入った者がいたからだ。
「また貴様か」
漆黒の刀身の刀を手にした黒衣のエルフを見て、クロードは忌々しげに言う。
「ではこちらも言い返しましょう。また貴方ですか」
ディーグルが悠然と微笑み、片手をかざして呪文を唱える。
「虹蚯蚓」
かざした掌の先から、もやもやした光の歪みのようなものが伸びていく。そして光の歪みから、七色の光線が放たれ、それぞれ大きく弧を描いて異なる軌道で、クロードに襲いかかった。
クロードは回避しようとしたが、七つの光線が軌道もタイミングもずらして高速で放たれたため、全ての回避はできなかった。それどころか、さけることが出来たのは二つだけで、残りの五つによって体を貫かれ、横向きに倒れる。
倒れたクロードに向かって、ディーグルが一気に間合いを詰める。
だがディーグルは途中で急停止したかと思うと、大きく後方に飛びのいた。
クロードが黒霧を発生させ、突っ込んでくるディーグルにカウンターを食らわせようとしていたのだ。
「ぐっ……!」
胸を押さえて呻くクロード。押さえた指の間から血が流れる。ディーグルは飛びのくと同時に刀を振るい、飛ぶ斬撃をクロードに放っていた。クロードは胸に袈裟懸けに斬撃を浴びていた。
「こうなるとアルレンティスは、魔王側についたって認識でいいよね」
ノアがミカゼカを見て言う。
「絵本の中でもアルレンティスさんは魔王側にいたし、そういう運びになるのも自然だけど、ディーグルさんはチャバックを守ってくれているみたいだし、何が何だかわからないね」
と、ユーリ。
「一応僕達は勇者サイドで世話になっているし、目の前で人が死にまくっているのを見ていられない。アルレンティスさんを止めよう」
「合点だ」
ユーリが方針を決定し、ノアもそれに従う。二人が巨大な竜樹と化したミカゼカの前へと進み出る。
「おや、君達が来たんだネ」
目の前に現れたユーリとノアを見下ろし、ミカゼカが面白そうに笑う。
「何でこんなことをするんですか?」
一応尋ねてみるユーリ。どうしてはっきりと魔王軍に与して、勇者サイドに大打撃を与えるのか、その理由を知りたかった。
「君達も知っているだろうけど、ここは僕の過去の世界なんだヨ。そして僕はこの時代で、色々と失い、色々と傷ついた。やり直せるチャンスを与えて貰ったと僕は受け取り、やり直そうと試みていル。まあ、こんな説明で、君達が納得するはずがないよネ」
「いいや、納得したよ」
ミカゼカの言葉に対し、ノアが笑顔で言い放つ。
「納得したし、遠慮もいらないね。今のアルレンティスはミカゼカだし、余計に遠慮しなくていい」
闘志を燃やすノア。
「今の僕は、いつぞやとは比較にならないほどの力だヨ。そして、手加減も難しいヨ。僕と遊びたいなラ、半端な気持ちでかからないようにネ」
「わかってる。全力全開で遊べばいいんだろ?」
笑顔で忠告するミカゼカに、ノアも笑顔のままうそぶいた。




