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32-17 愉快な一家心中

 ミカゼカは魔王城の一室にて、クロードと母親との三名で会話を交わしていた。

 母親と兄達にはミカゼカが見えない。アルレンティスに見える。口調もアルレンティスのものとして変換補正されている。


「アルレンティスに聖樹を混ぜた理由は主に二つある」


 クロードが話す。


「貴方の代わりに、アルレンティスを魔王にするためではなかったの?」

「もちろんそれもある。まずそれについて詳しく語ろう。アルレンティスにはまだ話していなかったからな」


 母親が尋ねると、クロードは説明しだした。


「純粋な魔族は、魔王になることは出来ないのではないかという説が、世界を隔てた研究者の間では言われている。夢の世界にあり、魔王を生み出す装置――『坩堝』は対象を選ぶ。元々悪の種族である魔族は、坩堝の力を得る資格が無いのではないかとな。確定情報というわけではなく、あくまで一説だ」


 喋りながら、クロードは次第に表情を曇らせていく。


「備わった善性を放棄しきれぬまま、葛藤を抱いたまま、耐えがたき悲痛と抑えがたい憤怒に塗れることで、坩堝の中に溜まった夥しい数の負の念と同調し、魔王になれる。サーレ様を見ていればわかるが、実際彼は魔王となっても、全ての善性を失ったわけでもない。魔族の多くは元より善性に乏しい。せいぜい家族愛や戦友との想い程度だな。故に、魔族はその種族の特性的な、魔王になるための導線が引かれていないと考えられている」


 だからこそ自分は魔王になれなかった。その歯痒さがあることが、クロードの今の表情が、雄弁に物語っていた。


「繰り返し言うが、この話は確定できない。しかし確証が無いとはいえ、絶対不可能とは言わなくても、魔族では、坩堝に触れる資格を得ることが難しいということは、理解できる」

「だから聖樹を混ぜタ? 僕を魔王にするためニ?」


 嘲りを込めた口調で尋ねるミカゼカ。


「可能性を――確率を上げられるのではないかと、そう考えてな。聖樹は純粋な心を有する樹木であるが故に」

「でも父上は、僕ではなくサーレを魔王にしたヨ。一族の者を魔王にしたくて、僕を造ったんじゃないノ?」


 当然の疑問をぶつけるミカゼカ。


「坩堝はすでに負の念が蓄積されていた。時期が来ていた。私が導かずとも、放っておけば資格ある者が、世界の隔たりを越え、夢の中で導かれていただろう。故に私は、預言者に資格がありそうな者を特定してもらい、接触した。それがサーレ様だ」

「ようするに僕は時間が間に合わなかったから、仕方なくサーレを魔王にしたんだネ」


 歯を見せて笑うミカゼカ。


「仕方なくという言い方はサーレ様に失礼だな。これも運命の導きだと私は受け取っている。運命はアルレンティスを選ばず、サーレ様を選んだ」

「物は言いようだネ」


 真面目な口調で語るクロードを、ミカゼカは一笑に付す。ようするに自分は、本来の役目にも至らず、出来の悪い保険で終わったのだろうと、そう捉えた。しかしミカゼカに、悔しさも悲しみも無い。


「サーレ様が斃されたら、アルレンティス、いずれはお前を魔王にすると、そこまで考えていたが、その考え自体がサーレ様に対する不忠であり不敬だな。今ここで全てを出し切って、サーレ様を御守りせねばならない」


 クロードがミカゼカを見据える。


「アルレンティス、お前の真の力を出して貰う」

「嫌だと言ったはずだヨ?」

「これから私は軍を率いて、勇者軍に切り込む。空から勇者の首を狙う。奴等にどのような切り札があるか知らないが、勇者ネロさえ倒してしまえば、あとは烏合の衆だ」

「そう上手くいくかナ?」

「アルレンティス、お前の真の力が解放されれば、成功率は高まるだろう」

「また嫌だと言ったラ?」

「私と私の一家、そして私の軍だけで、勇者ネロの首を狙う。お前に強制は出来ん。好きにしろ。しかしお前と家族の縁は切る」


 淡々と告げるクロードに、ミカゼカは肩をすくめた。


「縁を切ったうえで一家心中カ。愉快だネ」

「考える猶予はある。お前の好きにしていい」


 アルレンティが嘲笑するも、クロードはあくまで真顔のまま告げる。


「それにしても不可解ダ。父上、何でそんな先走ったことをするのかナ?」

「先走るわけではない。少数精鋭で勇者の暗殺を――」

「僕達の一族が率先して行わなくてもいいんじゃなイ?」

「我々が最も成功率が高いと、私は見ている。それが私の考えだ」


 疑問をぶつけるアルレンティスに、クロードは硬質な声で答え、立ち上がった。そしてそれ以上は何も言わず、部屋を出る。


「母上、僕には父上の考えがわからないヨ。何かに追われて、焦っているかのようダ。急いては事を仕損じるってのにサ」

「あの人の行動原理は、くじかれた野心よ」


 ミカゼカが話しかけると、母親は哀れむかのような口振りで言った。


「あの人は若い頃、強い野心に捉われていた。魔界の貴族の末っ子として生まれ、家からは何の期待もされず、邪険に扱われていたのよ」

「サーレと同じだネ」


 期待はされているが、兄弟から虐げられていたのであれば、自分とも似ていると、ミカゼカは思う。


「そうね。だからサーレ様に対しても、共感する部分があるみたい。そしてあの人はがむしゃらになって力をつけ、魔族の中でも高い位置につき、自分が伝承にある魔王という存在になろうとしたけど、魔王の研究を進めている間で、魔族には魔王にはなれないという説が強いことを知ったのよ」

(つまり魔王はさらに昔にも何人もいたのかナ?)


 母親の話を聞いて、ミカゼカはそう考える。


「あの人の夢は、野心は、そこで途切れてしまった。それでも夢の続きを見たくて、サーレ様を魔王へと導き、貴方にも魔王の座を託そうとしたのよ」

「そうカ。余計な贈り物だヨ」


 憫笑を浮かべ、ミカゼカも立ち上がり、部屋から出た。


「聞いてタ?」


 部屋を出た所でミカセガは、何もない空間を見て問いかける


「はい。全て聞いていました。リメイク前の物語では、この先どうなったのですか?」


 姿を現すことなく、ディーグルの声だけが響く。


「ディーグルも知っての通りサ。僕は化け物になって暴走し、勇者の軍ではなく、家族を皆殺しにした。その後は正気を失ったまま、彷徨い続けたヨ」

「なるほど、このタイミングで貴方はああなったのですか」

「そういうことだヨ。その後、ディーグルにやっつけられて、正気を取り戻し、ディーグルの使い魔になったのサ。ちなみに勇者ネロは、魔王討伐後に暗殺されたヨ。詳しい話は知らないけどネ」

「狡兎死して走狗烹らる、ですか」


 ミカゼカの話を聞いたディーグルは、東方の諺を口にした。


***


 仮設会議室として建てられた大きなテントの中に、各国の指揮官や副指揮官が顔を並べている。その表情と雰囲気は様々だ。魔王との戦いに臨むことで闘気を漲らせている者もいれば、気乗りせず嫌々来たことが丸わかりの渋い顔の者もいる。完全に目が死んでいる者もいれば、青い炎を瞳に宿した者もいた。

 歴戦の武将揃いのテントの中で、チャバックは居心地悪そうに身をすくめていた。そんなチャバックを、指揮官達は観察している。露骨に胡散臭そうに見ている者もいた。とても勇者を名乗る者には見えないと、鼻で笑う者もいる。


「勇者様はあまり人前で喋ることに慣れていないので、話は私が行う」


 ミラジャがよく通る声で告げる。


「聖女ミラジャ殿、勇者軍はここに来る前に、空から襲ってきた魔王軍本隊を退けたと聞きました。空を飛ぶ魔王の城をどうやって退けたのか、非常に興味があります。それを詳しくお教え願えませぬか?」


 指揮官の一人が問う。


「勇者とその同胞の力で退けたとしか言えないな。他に言いようがない。我々の攻撃は空にも届く。特に勇者ネロ様の猛攻は魔王城そのものに甚大な被害をもたらし、空飛ぶ島の数々は逃げ去った。地上から空に届く攻撃が放たれるとは、魔王も予期していなかったのかもしれない」


 ミラジャの答えを聞き、テントの中がどよめきに包まれた。


「しかし我等の力はそこまでだった。魔王を追う術も余力も無かった。奴等に打撃を与え、脅威を植え付けはしたものの、我等の攻撃が奴等にも届くという情報も与えたまま、取り逃がしたとも言える」


 どよめきが収まるタイミングを見計らって、ミラジャは淡々と述べる。


「それで、空に手が届かぬ我々はどう戦えばよいのですか? 我々に出来ることは何がありますかね?」

「出来ることがあるから、こうして連合国軍を組織するよう要請し、集まって頂いた次第だ」


 指揮官の一人の問いに、ミラジャが答えた。


「連合国軍には、地上の魔王軍を出来るだけ掃討して頂きたい。少しでも敵の数を減らし、そして魔王軍の注目を引いて頂きたい。魔王軍の本隊である空飛ぶ島を呼び寄せ、島にいる兵士達も外に誘き出して、魔王城を出来るだけ手薄な状態にしてほしい。そうなった状態から、勇者軍の精鋭を空にある魔王城に送り込み、魔王を討つ」


 ミラジャのプランを聞き、テントの中が再びどよめく。


「そのような作戦のために、各国に同盟を結ばせ、軍隊をこの地に集結させたのか……? ようするに我々に囮になれと?」

「そういうことだ」


 別の老指揮官が呆然とした面持ちで確認すると、ミラジャは能面のような顔であっさりと認める。


「他に方法は無いのかね? この囮戦法が成功すればいいが、失敗すれば大量の兵士が――」

「無い。そして如何なる犠牲を払ってでも、この戦いに勝利せねば、世界は魔族の手に落ちる。人類は滅びるだろう」


 老指揮官の言葉を否定して、ミラジャは有無を言わせぬ口調で断言する。それまで抑揚に欠ける言葉で喋っていたミラジャの声に、突然力と熱がこもったので、会議室に緊張感が漲る。


「絶対に魔族は滅ぼさなくてはならない。一匹残さず滅ぼさなくてはならない」


 たっぷり怒りと憎しみのこもった声が、ミラジャより発せられる。テント内の何人かは息を飲む。隣にいたチャバックは、特に怯えていた。いつものミラジャではない。


(ミラジャさん、魔族に恨みがあるみたい……)


 隣に座っていたチャバックが怖そうに自分を見ている事に気付き、ミラジャははっとした。小さく深呼吸をして、感情を抑える。


「忘れないで頂きたい。これは人類の命運を賭けた戦いであることを。そのために、手段を選んではいられない」


 ミラジャがぴしゃりと告げると、指揮官達は沈黙した。不満がある者もいたが、ミラジャの言葉に虚偽があるとは思えず、他に酔い作戦も思い浮かばず、不満や異論を口にすることは出来なかった。

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