32-15 幼虫のまま死ぬ虫
「何故私の言うことに従わなかった」
クロードはアルレンティスの部屋で、ミカゼカを叱っていた。一応戦闘は行ったが、力の解放は行わなかったことを責めている。
(あの時もそうだったネ)
ミカゼカからすると、現在のこの瞬間を経験するのは二度目だ。かつても戦場へと連れ出され、力の解放を父に促されたが、やらなかった。そして帰った後でこうして責められた。
「何故従わなくちゃならないノ?」
自分を責めるクロードに、ミカゼカはにやにやと笑いながら言い返す。
「嗚呼……弱虫だった時のアルレンティスなら、従ったかもネ。でも今のアルレンティスは違うヨ。強くなったヨ。僕じゃなくてアルレンティスでも、きっと従わなかっただろうネ」
嘲笑しながら語るミカゼカに、クロードは底知れぬ不気味さを覚える。別人格が派生したにしても、いくらなんでも別人すぎる。
「お前は我が一族のため、そして魔王様のために造られた存在だ。その役割を放棄するなど、許されることではない」
「それなら僕の自由意思を奪って、何でも言うことを聞くお人形さんにでも作り変えたらどうかナ?」
ミカゼカのあまりに反抗的な口振りに、クロードは怒りを通り越して呆れてしまう。
「ほら、どうゾ。抵抗しないヨ? 頭の中をいじらせてあげル。さあ、僕をお人形さんにするといいヨ」
クロードは無言でミカゼカの頬を平手で打つ。
「お前は一族のために造られた。偉大なる実験の産物だ。だがそれと同時に……私の息子であることにも変わりはない。そんな私の心もわかったうえで挑発しているのか」
叩かれても、ミカゼカの笑みが変わらない様を見て、クロードは微かに恐れを抱いていた。
「魔族らしくないんじゃなイ? 子供に愛情を抱くなんてサ」
「魔族だからこそだ。魔族が信じられるのは、家族と魔王様くらいしかいない」
「僕の家族は皆、僕をいじめていたし、僕はとても信じられないナ。もちろん、父上もネ。僕を実験台として作ったこと、恨んでないと思ってるノ?」
ミカゼカの問いかけに、クロードはしばらくの間沈黙していた。真面目に答えを考えていた。
「お前が働きを示せば、兄達もお前を見る目が変わる」
「興味ないネ。僕に嫉妬して、余計にややこしいことにはなりそうだと思うけどネ。それはそれで面白イ」
「そうかな? 嫉妬だけで終わる者もいれば、気持ちや接し方を改める者もいると思うぞ。それが魔族と人間との違いだ。魔族は感情に正直であり、純粋だ」
「やっぱり興味湧かないヨ。家族なんてどうでもいいヨ」
「そうか」
ふとクロードは、足元でのたのたと歩く小さな虫に目を落とした。
「幼虫のまま死んだ虫は悲しい」
冷たい口調で言い放つと、クロードは足元の虫を潰す。
「お前は幼虫のままで死にたいか?」
「虫に限らず、多くの野生動物は、生体になる前に死ぬことの方が多いヨ」
クロードに問われ、冷笑を浮かべて肩をすくめるミカゼカ。
「お前は魔族としては出来損ないだ。一族の恥だ。しかしそれでも、私はお前を失いたくない。忌み子であろうと、恥であろうと、生きていてほしい。それが私の本心だ」
「アルレンティスが喜びそうな台詞だネ。僕はそれを聞いても、飴と鞭の使い分け御苦労さんとしか思わないけどサ」
「アルレンティス、お前に何か途轍もない変化が起きているのはわかるが、お前はまだ幼虫だ。羽化して美しい姿となって飛び立て」
静かな口調で告げて、クロードは立ち去った。
「これまたアルレンティスが喜びそうな台詞だネ。流石は父上、ちゃんと息子を見ているんダ。いや、そう仕込んだのかナ?」
クロードが去ってから、ミカゼカはおかしそうに呟く。
「彼の言動に嘘は無いように感じられました」
ディーグルが現れ、声をかける。
「ディーグルには父上の心がわかるノ? あれは全部、僕をその気にさせる演技という可能性もあるヨ?」
「注意深く観察していました。喋る時に嘘をつく者特有の電磁波が出ていないかどうかも、チェックしていましたよ」
「何かそれ、ディーグルまで父上の肩持っているみたいに聞こえル」
「そういうわけではありませんが」
吐息をつくミカゼカに、ディーグルは言った。
***
ユーリとノアは街道沿いに数日かけて移動し、連合国軍の大宿営地に辿り着いた。
「凄い光景だ」
山の合間の街道から、山地の麓に設営された大宿営地を見渡し、ユーリは圧倒される。平野一面にテントが張られ、夥しい数の兵士達が駐留している。
「何万人いるんだろうね。いや、何十万人?」
ノアも山の下に広がる大宿営地を見て、目を丸くしていた。
「わからないけど、これが魔王と戦うために組織された同盟軍だろうね。いや、連合国軍だったかな」
「御者さんは連合国軍って言ってた」
数日前、二人は街道の宿場町で連合国軍の宿営地の話を聞き、この場に向かった次第である。魔王軍と戦う者達の側に行けば、物語の進行の中心に近づけるだろうし、ミヤを見つけられる可能性も高まると判断した。
二人は坂を下り、連合国軍の大宿営地の中に入る。
「安直に考えれば、婆は魔王になってる可能性高いよね」
「うーん……どうだろう? 元魔王の役って、師匠とどうもミスマッチというか」
ノアの考えに、ユーリは賛同できなかった。
「魂の横軸では無さそうだけど、キャラの性格的にどうこうってことは無いんじゃないかと、俺は思う」
「そっか」
ノアの言葉が、ユーリにとっては目から鱗だった。性格面のイメージで考えすぎていたことに気付かされた。
「先輩、この辺でぜんまい巻こう。信号送ってみよう」
「うん、わかった」
ノアが立ち止まって促す。ユーリとノアの二人がかりで、魔力の信号を発する。ミヤに向けて放たれている信号だ。他の者も探知できないことはないが、ミヤ指定という条件の魔法信号であるがために、よほど注意深く魔法探知を行わない限りは、わかりづらい。
「反応無い。この中にはいなさそうだけど」
宿営地の中を見渡すノア。
「それでも連合国軍と一緒にいれば、勇者か魔王と遭遇できる可能性高くなる。勿論、師匠ともね」
ユーリが言った。
「婆はどこにいるんだろ。引きずり込まれた時点で、絵本の登場キャラの役に選ばれていると思うし、やっぱり魔王サーレになっているんじゃないかな」
「取り敢えず情報を集めてみよう。そして勇者軍が来るか、魔王軍との戦いになるか、どっちが先かわからないけど、話の進展を期待しよう」
「らじゃー」
方針を決定するユーリに、ノアが笑顔で敬礼などしてみせた。
***
連合国軍の大宿営地に勇者軍が合流した。
大宿営地の一角で、チャバックはスィーニーと会話を交わしている。
「絵本の中に入るの、これで三回目だけど、どこも一緒。オイラの世界と変わらない。空は青くて、雲が流れて、お日様がある」
空を見上げ、チャバックが言う。
「何でオイラ、三回も絵本の中に吸い込まれているのかなあ。夢の中で嬲り神が会いに来たこともあった。オイラが落ち込んでいる時、ジヘを連れてきて励ましてくれたんだよ」
「あいつ、そんなことするんだ」
チャバックの話を聞いて、意外に思うスィーニー。嬲り神のキャラには全くあわない行為と感じた。
「シクラメとブラッシーさんとも、ついこないだそのことで話した。オイラが嬲り神に気に入られているみたいってことも。で、シクラメはオイラがまた人喰い絵本に吸い込まれたら、自分も入ってきて、オイラと人喰い絵本の繋がりを調べるみたいなこと言ってた」
「ふーん、それなら、遅れてシクラメもここに入ってきている可能性あるんよね」
シクラメが以前からチャバックにまとわりついていたことは、スィーニーも知っている。スィーニーとチャバックがいる前に現れたこともある。
「あいつはK&Mアゲインだったし、平然と人殺すし、私に向かってエロい子だのと言ってきたし、ろくでもない奴って印象しかないんよ」
シクラメのことを思い出し、スィーニーは顔をしかめる。
(君達が別の世界からやってきたのはわかったけど、チャバックは三回もその絵本の世界とやらに入ったのか……。確かに何かありそうだよね)
話を聞いていたネロが、チャバックに声をかける。
(それに僕達がいるこの世界が、絵本の世界だっていうのも驚きだよ。僕達は作り物だとでもいうのかい?)
(絵本の中でもちゃんとした世界だし、そこに生きている人達には命があって、魂があるんだよう)
これで伝わるかどうか疑問に思いながら、チャバックは答える。
(そうか。絵本というのは、比喩か何かなのかな?)
(ヒユって言葉の意味がわからない)
ネロの質問に、困り顔になるチャバック。少なくとも自分の言いたかったことは伝わっていなかったと理解した。
(うん……まあ、物の例えっていうか……。とにかく、チャバック達以外にも、チャバックが元いた世界から、こっちの世界に来ている人達はいると?)
(多分来ていると思う。絵本の中にいるままだと危ないから、魔法使いや魔術師や騎士の人が、助けに来るんだ)
(そうか。しかし君は僕になって、勇者としての力も持っている。戦うことは出来る。魔王と戦う時点で危険は避けられないけど、頑張ってとしか言えない。僕が元に戻れればそれが一番なんだけど……)
もどかしさを滲ませるネロ。
「ネロ様、如何なされた? 不安でもおありか?」
浮かない顔のチャバックを案じて、ミラジャが少し離れた場所から声をかける。
「こっちに来てからだけど、たまに突然黙りこくって考えてしまう時あるよね」
スィーニーがチャバックを見て言った。
「こっちに来て?」
「ああ……軍隊の中に来てってこと」
訝るミラジャに、スィーニーは適当に誤魔化す。
(スィーニーおねーちゃんには、心の中でネロの声が聞こえること、伝えてすいかなあ?)
(チャバックの好きにしていいよ)
伺うチャバックに、ネロが答えたその時だった。
「社ぁぁぁぁぁいぃぃぃぃん! 俺の社員見っけーっ!」
聞き覚えのある叫び声があがった。
「あ、あんた達来たんだっ」
スィーニーが歓声をあげる。
声のした方にチャバックが振り返ると、そこにはユーリとノアの姿があった。




