表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
230/329

32-13 傷つけられる痛みを知る者同士

「おやおや? 臆しているのかい? 随分顔つきも幼いし。どうも勇者と名乗っているわりには、その名とは反するイメージだね。でも――芯は強そうだ」


 チャバックの様子を観察して、清々しい笑顔で語るサーレ。

 チャバックが不安がっている理由は、魔王であるサーレの登場よりも、ミヤがサーレ側にいることであったが、サーレにわかるはずもない。


「あ、自己紹介をしておかないと。僕はサーレ。君と相対している魔族の長である、魔王を名乗らせてもらっているよ。以前は人間で、一応貴族の端くれだったんだけどね。よろしくね」


 明るい笑顔で爽やかに自己紹介するサーレ


「チャバ……いや、ネロ」


 一応挨拶し返すチャバックだった。


「そんなに怖がらなくていいよ、ネロ。いや、怖いのなら今すぐ勇者なんてやめてもいいんだよ? その方がいいよ?」


 露骨に怖がっているチャバックを見て、サーレは優しい声をかける。


(この人、魔王ってイメージ全然無いんよ)


 気さくで明朗で柔らかな物腰のサーレを、スィーニーは意外そうに見る。


「イヴォンヌ、この子は勇者というイメージから程渡遠いが、さっきの攻撃は確かにこの子のものだったよね」

「ああ、そうだね」


 サーレが声をかけると、ミヤが頷いた。

 この時点で、チャバックとスィーニーは、ミヤが魔王の妃イヴォンヌになっていることを知る。


「猫の匂いがするわね」


 ウスグモがミヤを見て言った。


(まあ、たまに絵本世界の中で見抜ける奴もいるし、不思議ではない。そもそもこの女、猫を使役するのに長けているようだしね)


 猫を一匹抱き、周囲も猫だらけのウスグモを見て、ミヤは思う。


(あの手つき、只者じゃないね。相当高い猫撫でスキルだ)


 ミヤは一目で、ウスグモの猫撫でスキルの高さを見抜く。


「まあ、勇者をやめても、結末は変わらないんだけどね。僕はもう決めたんだ。人間は全て滅ぼすって。だから君も、今死ぬか、あとで死ぬかくらいの違いだよ。それでも、少しでも長い間生きていたいのなら、今逃げることをおすすめするよ。今逃げるのなら、今だけは見逃してあげてもいい」

「いや、人間を全て滅ぼされても困りますが。そうなれば、私達の糧が乏しくなってしまいます。人間社会の根絶で、人間は家畜化が理想的です」


 サーレの言葉に対し、クロードが異を唱える。


(この絵本から元の世界に戻る方法って何なん? この物語はどうすればいいんよ)


 魔王の話を聞きつつ、スィーニーは別のことを考えていた。魔王を倒せば終わりではないような気がする。そもそも入った際に見た絵本では、サーレが主人公のような扱いだった。


「あ、あの……元々人間だったのに、人間をそこまで憎むのは、悪いことしてないのに、悪いことしたってことにされたからだよね?」


 チャバックが指摘すると、サーレの顔から笑みが消えた。チャバックは入る前に魔王にまつわる絵本を見ているので、サーレが魔王と化した経緯を知っている。


「ふうん? 僕のことを知ってるんだ。どうやって知ったのか、興味はあるけど、まずそちらの話は聞こうか」


 サーレが興味深そうにチャバックを見る。


「あ、あなたが大勢の人に恨みを持つのもわかるけど……オイラだって昔いじめられていたし……。大勢にいじめられる辛さもわかるけど……その……だからといって、頭にきて、全然知らない人まで一緒に憎むのは駄目だよう。自分が辛い目にあったからって、他の人まで辛い目に合わせるのは、駄目なことだよう。気持ちはわかるけど、でも、やめてほしい。自分が不幸な目にあったからって、自分の手で不幸を増やすのは……やめてほしい」


 たどたどしい口調で、精一杯訴える


(チャバック……君はそういう子だったんだね)


 チャバックの中のネロが、優しい声で呟く


「不器用に、拙く、ストレートに気持ちを訴える。いいね。そういうやり方の方が、逆に響く。上から目線で説教する手合いや、勇ましく正義をアピールして一方的に悪と断ずる輩だったら、笑い飛ばすだけだが。うん。ネロ、君という子が少しわかった」


 チャバックの精一杯の訴えを聞いて、サーレは優しい笑みを広げて告げる。


「そうか。魔王と勇者、相対する間柄にも関わらず、傷つけられる痛み知る者同士だったんだ。それは何とも皮肉な話だ。でもね――」


 サーレの顔から笑みが消える。


「歪んだ善意が世界を滅ぼす。そうは思わないかな?」


 超然たる表情となって告げるサーレに、チャバックとスィーニーは息を飲む。


「綺麗事を好み、綺麗事のために弾圧を行う。正義と平等を掲げ、正義と平等のために、それにそぐわないと判断した者を排除する。それが人間という、醜い生物の正体だ。そしてその醜さを自覚すらしていない。僕はその醜さに殺されかけたと言ってもいい」


 サーレの瞳に怒りの炎と悲しみの光が同時に宿っているように、チャバックには見えた。


「かつての僕もそうだった気がする。この世の悪を、理不尽を、不道徳を憎み、誠実に生きているつもりで、それに酔っていた気がする。そんな僕が義を掲げる必要も無い。気に入らないから滅ぼす。それでいいじゃないか。ネロ、君は優しいし、君は誠実だし、君は純粋だ。君のことは気に入ったよ。君だけは殺さず生かしておきたい気持ちさえ湧いた。でも駄目なんだ。」


 再びサーレの口元に笑みが浮かんだ。殺意と共に。


 ミラジャが反応し、真っ先にサーレめがけて突っ込む。


 クロードがサーレの前に出て、ミラジャを迎えうつ格好になる。

 ミラジャがクロードめがけて聖炎を巻き起こす。この二人の戦いを合図として、クロードがつれてきた精鋭と勇者軍との戦闘が開始された。


 キンサンとウスグモは魔族の兵士達を、根っこごと引き抜かれた桜と、巨大猫でもって、それぞれ攻撃する。

 空中を飛び交う桜が、これまでのように魔族の兵を薙ぎ払うかと思いきや、魔族達に届く前に突風によって押し戻され、あらぬ方向へと弾き飛ばされた。


「な、何だとぉっ」


 驚愕の声をあげるキンサン。 


 さらには立て続けに雷が落ち、巨大猫を片っ端から感電死させる。直雷撃を避けた巨大猫も、雷によって生じた爆風を身に受けて吹き飛んで死亡した。


「これ――魔王サーレの力のようね」


 サーレを見やり、ウスグモが言う。巨大な魔力がサーレから発生された様が、確かに見えた。


(坩堝から魔王の力を引き出しただけのことはあるね。膨大な魔力を秘めておる。魔法を扱うセンスも悪くない)


 ミヤがサーレを見て感心する。


 サーレの視線はずっとチャバックに向けられていた。チャバックもそれに気付いて、荒い息をついたまま、サーレを見返していた。

 チャバックは先程切り札たる攻撃を放ち、疲労困憊になっていた。とても戦える状態ではない。命の輪も引っ込んでしまっている。


(にゃんこ師匠、いざという時は助けてくれる……よね?)


 チャバックをかばう格好のスィーニーが、ミヤに視線を向けるが、ミヤはそれに気付いているのか気付いていないのか、戦いの方を眺めている。


「憎悪の蛹から孵りし者か」


 クロードはミラジャと戦いながら、そんな台詞を口にした。


「貴公は元魔族だろう? 魂の残滓でわかる。何故そちらにいるのか。魔族に対する底知れぬ恨みか。何があった?」

「貴様の知る所ではないっ!」

「幼虫の方が強い虫もいるが、貴公もその類か」


 激昂するミラジャを見て、クロードは憫笑を浮かべ、漆黒の魔力の槍を数本生み出し、至近距離からミラジヤに繰り出した。


 ミラジャは神泥を前方に展開し、槍を全て防ぐ。槍は泥を穿ち抜くことは出来なかった。


 だが神泥は真っ黒に染まっていく。ミラジャは危険を察知して、神泥から離れる。

 黒ずんだ神泥から黒い霧が生じる。少し遅れれば、ミラジャも霧に触れていた。触れてどうなるのかわからないが、ろくなことにならないであろうと察せられる。


 ミラジャが新たな神泥をクロードの足元から巻き上げる。


「むぅ……」


 泥を避けられず、全身に泥を付着させたクロードが唸る。


「貰った」


 ミラジャがほくそ笑んだその時だった。クロードの体が激しくスピンするように横に回転しまくると、クロードに付着していた泥が全て弾き飛ばされた。ミラジャの笑みが消える。


「これは……アルレンティス、お前の仕業か……」


 酷い回転を食らい、目を回しながら呻くクロード。


「助けてもらったんだから、礼くらい言ってネ、父上」


 ミカゼカがくすくす笑う。


「この者は任せる」


 クロードが言い、移動する。


「承知してないヨ。まあいいカ。ちょっと遊んでみるネ」


 アルレンティスがミラジャを見る。


「逃すか!」


 ミラジャがクロードに向かって聖炎を噴出させたが、炎がミラジャの制御から書離れ、まるで絡めとられるかのようにして、輪の形になって回転し続ける。


「あれあれあれあレ~? どうしたのかナ? 君の操る火じゃなかったのかナ」

「愚弄していろ、魔族の小僧。その余裕に満ちた笑み、すぐに消してくれる」


 嘲るミカゼカに、ミラジャがドスの利いた声で凄み、さらに聖炎を放った。今度はコントロールを奪われないように気を付けている。


「小僧に見えるけど、僕は魔王よりも父上よりも、貴女よりも、ずっと長生きしているヨ」


 ミカゼカがくるくると人差し指を回す。その指の動きに合わせて、炎は再び絡めとられるようにして、渦を巻く動きに変わる。


(私の炎への支配が奪われているわけではない。強引に力の流れを変えられているわけか)


 凄まじい芸当をやってのけると、ミカゼカの魔法を見て、ミラジャは戦慄する。


 一方、サーレはウスグモとキンサンの双方を相手に、戦っていた。


「てやんでいっ、こいつはしんどいぜっ」


 キンサンが顔をしかめる。桜を出して攻撃しても、片っ端から破壊されてしまっている。

 ウスグモも同様だった。巨大猫が呼び出すなり、すぐに殺されてしまい、打つ手が無い。


「あれ? もう心が折れたのかな? 勇者の従者なら、もっと頑張って勇者を護らないと」


 サーレが両手を軽く広げ、朗らかな笑みを浮かべる。


 直後――サーレの体が弾かれたように動いた。

 突然のサーレの加速に、キンサンもウスグモもついていけなかった。


 サーレの狙いはチャバックだった。


「させないんよっ」


 スィーニーがチャバックの前に立ち、高速で迫るサーレを迎えんとする。敵わない相手だと、理性ではわかっている。しかしそんな理性は無視して、全力でチャバックを護る構えだった。


 サーレは停止した。スィーニーのさらに前に、ディーグルが割って入ったからだ。


「悪因悪果大怨礼」


 ディーグルが手をかざして呪文を唱え、人一人飲み込むほどの極太の黒いビームを放つ。

 サーレはディーグルがしたように片手をかざす。極太黒ビームはサーレがかざす掌の数センチ先で、弾かれ続ける。


「人喰い蛍」


 さらにディーグルが呪文を唱えると、ディーグルの周囲に、夥しい数の三日月状の光滅が出現した。

 ディーグルがサーレに向かって光滅を放とうするその直前に、黒い槍が数本、放物線を描いてディーグルめがけて飛来した。ディーグルはその槍の回避を優先させた。


「ナイス、クロード」


 ディーグルを攻撃したクロードに、にっこりと笑うサーレ。


「今のうちです。サーレ様」


 クロードがディーグルに視線をぶつけたまま、サーレを促す。


 サーレの視線が、殺気が、チャバックに向けられる。


(おっと、そうはさせないよ)


 ミヤも流石に黙ってはいられなかった。サーレに手を出し、チャバックの殺害を止めようとした正にその時だった。

 突然サーレの背後に現れ、サーレを後ろから裸絞めにする者の姿を見て、ミヤはその行為を止めた。


 空間が敗れる気配を感じ、サーレが動きを止めたその瞬間、サーレに密着する形で、それが出現した。


「早えーんだよ。とんだ早漏魔王だな~」


 サーレを後ろから裸絞めにした状態で、嬲り神がへらへらと笑う。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ