32-13 傷つけられる痛みを知る者同士
「おやおや? 臆しているのかい? 随分顔つきも幼いし。どうも勇者と名乗っているわりには、その名とは反するイメージだね。でも――芯は強そうだ」
チャバックの様子を観察して、清々しい笑顔で語るサーレ。
チャバックが不安がっている理由は、魔王であるサーレの登場よりも、ミヤがサーレ側にいることであったが、サーレにわかるはずもない。
「あ、自己紹介をしておかないと。僕はサーレ。君と相対している魔族の長である、魔王を名乗らせてもらっているよ。以前は人間で、一応貴族の端くれだったんだけどね。よろしくね」
明るい笑顔で爽やかに自己紹介するサーレ
「チャバ……いや、ネロ」
一応挨拶し返すチャバックだった。
「そんなに怖がらなくていいよ、ネロ。いや、怖いのなら今すぐ勇者なんてやめてもいいんだよ? その方がいいよ?」
露骨に怖がっているチャバックを見て、サーレは優しい声をかける。
(この人、魔王ってイメージ全然無いんよ)
気さくで明朗で柔らかな物腰のサーレを、スィーニーは意外そうに見る。
「イヴォンヌ、この子は勇者というイメージから程渡遠いが、さっきの攻撃は確かにこの子のものだったよね」
「ああ、そうだね」
サーレが声をかけると、ミヤが頷いた。
この時点で、チャバックとスィーニーは、ミヤが魔王の妃イヴォンヌになっていることを知る。
「猫の匂いがするわね」
ウスグモがミヤを見て言った。
(まあ、たまに絵本世界の中で見抜ける奴もいるし、不思議ではない。そもそもこの女、猫を使役するのに長けているようだしね)
猫を一匹抱き、周囲も猫だらけのウスグモを見て、ミヤは思う。
(あの手つき、只者じゃないね。相当高い猫撫でスキルだ)
ミヤは一目で、ウスグモの猫撫でスキルの高さを見抜く。
「まあ、勇者をやめても、結末は変わらないんだけどね。僕はもう決めたんだ。人間は全て滅ぼすって。だから君も、今死ぬか、あとで死ぬかくらいの違いだよ。それでも、少しでも長い間生きていたいのなら、今逃げることをおすすめするよ。今逃げるのなら、今だけは見逃してあげてもいい」
「いや、人間を全て滅ぼされても困りますが。そうなれば、私達の糧が乏しくなってしまいます。人間社会の根絶で、人間は家畜化が理想的です」
サーレの言葉に対し、クロードが異を唱える。
(この絵本から元の世界に戻る方法って何なん? この物語はどうすればいいんよ)
魔王の話を聞きつつ、スィーニーは別のことを考えていた。魔王を倒せば終わりではないような気がする。そもそも入った際に見た絵本では、サーレが主人公のような扱いだった。
「あ、あの……元々人間だったのに、人間をそこまで憎むのは、悪いことしてないのに、悪いことしたってことにされたからだよね?」
チャバックが指摘すると、サーレの顔から笑みが消えた。チャバックは入る前に魔王にまつわる絵本を見ているので、サーレが魔王と化した経緯を知っている。
「ふうん? 僕のことを知ってるんだ。どうやって知ったのか、興味はあるけど、まずそちらの話は聞こうか」
サーレが興味深そうにチャバックを見る。
「あ、あなたが大勢の人に恨みを持つのもわかるけど……オイラだって昔いじめられていたし……。大勢にいじめられる辛さもわかるけど……その……だからといって、頭にきて、全然知らない人まで一緒に憎むのは駄目だよう。自分が辛い目にあったからって、他の人まで辛い目に合わせるのは、駄目なことだよう。気持ちはわかるけど、でも、やめてほしい。自分が不幸な目にあったからって、自分の手で不幸を増やすのは……やめてほしい」
たどたどしい口調で、精一杯訴える
(チャバック……君はそういう子だったんだね)
チャバックの中のネロが、優しい声で呟く
「不器用に、拙く、ストレートに気持ちを訴える。いいね。そういうやり方の方が、逆に響く。上から目線で説教する手合いや、勇ましく正義をアピールして一方的に悪と断ずる輩だったら、笑い飛ばすだけだが。うん。ネロ、君という子が少しわかった」
チャバックの精一杯の訴えを聞いて、サーレは優しい笑みを広げて告げる。
「そうか。魔王と勇者、相対する間柄にも関わらず、傷つけられる痛み知る者同士だったんだ。それは何とも皮肉な話だ。でもね――」
サーレの顔から笑みが消える。
「歪んだ善意が世界を滅ぼす。そうは思わないかな?」
超然たる表情となって告げるサーレに、チャバックとスィーニーは息を飲む。
「綺麗事を好み、綺麗事のために弾圧を行う。正義と平等を掲げ、正義と平等のために、それにそぐわないと判断した者を排除する。それが人間という、醜い生物の正体だ。そしてその醜さを自覚すらしていない。僕はその醜さに殺されかけたと言ってもいい」
サーレの瞳に怒りの炎と悲しみの光が同時に宿っているように、チャバックには見えた。
「かつての僕もそうだった気がする。この世の悪を、理不尽を、不道徳を憎み、誠実に生きているつもりで、それに酔っていた気がする。そんな僕が義を掲げる必要も無い。気に入らないから滅ぼす。それでいいじゃないか。ネロ、君は優しいし、君は誠実だし、君は純粋だ。君のことは気に入ったよ。君だけは殺さず生かしておきたい気持ちさえ湧いた。でも駄目なんだ。」
再びサーレの口元に笑みが浮かんだ。殺意と共に。
ミラジャが反応し、真っ先にサーレめがけて突っ込む。
クロードがサーレの前に出て、ミラジャを迎えうつ格好になる。
ミラジャがクロードめがけて聖炎を巻き起こす。この二人の戦いを合図として、クロードがつれてきた精鋭と勇者軍との戦闘が開始された。
キンサンとウスグモは魔族の兵士達を、根っこごと引き抜かれた桜と、巨大猫でもって、それぞれ攻撃する。
空中を飛び交う桜が、これまでのように魔族の兵を薙ぎ払うかと思いきや、魔族達に届く前に突風によって押し戻され、あらぬ方向へと弾き飛ばされた。
「な、何だとぉっ」
驚愕の声をあげるキンサン。
さらには立て続けに雷が落ち、巨大猫を片っ端から感電死させる。直雷撃を避けた巨大猫も、雷によって生じた爆風を身に受けて吹き飛んで死亡した。
「これ――魔王サーレの力のようね」
サーレを見やり、ウスグモが言う。巨大な魔力がサーレから発生された様が、確かに見えた。
(坩堝から魔王の力を引き出しただけのことはあるね。膨大な魔力を秘めておる。魔法を扱うセンスも悪くない)
ミヤがサーレを見て感心する。
サーレの視線はずっとチャバックに向けられていた。チャバックもそれに気付いて、荒い息をついたまま、サーレを見返していた。
チャバックは先程切り札たる攻撃を放ち、疲労困憊になっていた。とても戦える状態ではない。命の輪も引っ込んでしまっている。
(にゃんこ師匠、いざという時は助けてくれる……よね?)
チャバックをかばう格好のスィーニーが、ミヤに視線を向けるが、ミヤはそれに気付いているのか気付いていないのか、戦いの方を眺めている。
「憎悪の蛹から孵りし者か」
クロードはミラジャと戦いながら、そんな台詞を口にした。
「貴公は元魔族だろう? 魂の残滓でわかる。何故そちらにいるのか。魔族に対する底知れぬ恨みか。何があった?」
「貴様の知る所ではないっ!」
「幼虫の方が強い虫もいるが、貴公もその類か」
激昂するミラジャを見て、クロードは憫笑を浮かべ、漆黒の魔力の槍を数本生み出し、至近距離からミラジヤに繰り出した。
ミラジャは神泥を前方に展開し、槍を全て防ぐ。槍は泥を穿ち抜くことは出来なかった。
だが神泥は真っ黒に染まっていく。ミラジャは危険を察知して、神泥から離れる。
黒ずんだ神泥から黒い霧が生じる。少し遅れれば、ミラジャも霧に触れていた。触れてどうなるのかわからないが、ろくなことにならないであろうと察せられる。
ミラジャが新たな神泥をクロードの足元から巻き上げる。
「むぅ……」
泥を避けられず、全身に泥を付着させたクロードが唸る。
「貰った」
ミラジャがほくそ笑んだその時だった。クロードの体が激しくスピンするように横に回転しまくると、クロードに付着していた泥が全て弾き飛ばされた。ミラジャの笑みが消える。
「これは……アルレンティス、お前の仕業か……」
酷い回転を食らい、目を回しながら呻くクロード。
「助けてもらったんだから、礼くらい言ってネ、父上」
ミカゼカがくすくす笑う。
「この者は任せる」
クロードが言い、移動する。
「承知してないヨ。まあいいカ。ちょっと遊んでみるネ」
アルレンティスがミラジャを見る。
「逃すか!」
ミラジャがクロードに向かって聖炎を噴出させたが、炎がミラジャの制御から書離れ、まるで絡めとられるかのようにして、輪の形になって回転し続ける。
「あれあれあれあレ~? どうしたのかナ? 君の操る火じゃなかったのかナ」
「愚弄していろ、魔族の小僧。その余裕に満ちた笑み、すぐに消してくれる」
嘲るミカゼカに、ミラジャがドスの利いた声で凄み、さらに聖炎を放った。今度はコントロールを奪われないように気を付けている。
「小僧に見えるけど、僕は魔王よりも父上よりも、貴女よりも、ずっと長生きしているヨ」
ミカゼカがくるくると人差し指を回す。その指の動きに合わせて、炎は再び絡めとられるようにして、渦を巻く動きに変わる。
(私の炎への支配が奪われているわけではない。強引に力の流れを変えられているわけか)
凄まじい芸当をやってのけると、ミカゼカの魔法を見て、ミラジャは戦慄する。
一方、サーレはウスグモとキンサンの双方を相手に、戦っていた。
「てやんでいっ、こいつはしんどいぜっ」
キンサンが顔をしかめる。桜を出して攻撃しても、片っ端から破壊されてしまっている。
ウスグモも同様だった。巨大猫が呼び出すなり、すぐに殺されてしまい、打つ手が無い。
「あれ? もう心が折れたのかな? 勇者の従者なら、もっと頑張って勇者を護らないと」
サーレが両手を軽く広げ、朗らかな笑みを浮かべる。
直後――サーレの体が弾かれたように動いた。
突然のサーレの加速に、キンサンもウスグモもついていけなかった。
サーレの狙いはチャバックだった。
「させないんよっ」
スィーニーがチャバックの前に立ち、高速で迫るサーレを迎えんとする。敵わない相手だと、理性ではわかっている。しかしそんな理性は無視して、全力でチャバックを護る構えだった。
サーレは停止した。スィーニーのさらに前に、ディーグルが割って入ったからだ。
「悪因悪果大怨礼」
ディーグルが手をかざして呪文を唱え、人一人飲み込むほどの極太の黒いビームを放つ。
サーレはディーグルがしたように片手をかざす。極太黒ビームはサーレがかざす掌の数センチ先で、弾かれ続ける。
「人喰い蛍」
さらにディーグルが呪文を唱えると、ディーグルの周囲に、夥しい数の三日月状の光滅が出現した。
ディーグルがサーレに向かって光滅を放とうするその直前に、黒い槍が数本、放物線を描いてディーグルめがけて飛来した。ディーグルはその槍の回避を優先させた。
「ナイス、クロード」
ディーグルを攻撃したクロードに、にっこりと笑うサーレ。
「今のうちです。サーレ様」
クロードがディーグルに視線をぶつけたまま、サーレを促す。
サーレの視線が、殺気が、チャバックに向けられる。
(おっと、そうはさせないよ)
ミヤも流石に黙ってはいられなかった。サーレに手を出し、チャバックの殺害を止めようとした正にその時だった。
突然サーレの背後に現れ、サーレを後ろから裸絞めにする者の姿を見て、ミヤはその行為を止めた。
空間が敗れる気配を感じ、サーレが動きを止めたその瞬間、サーレに密着する形で、それが出現した。
「早えーんだよ。とんだ早漏魔王だな~」
サーレを後ろから裸絞めにした状態で、嬲り神がへらへらと笑う。




