32-11 憧れの自分に逃避する
アルレンティスは魔王城内にある自室にいた。同室にディーグルもいる。
「僕はこの部屋に引きこもっていることが多かった。家族ともあまり顔を合わせたくなかったからね」
乾いた笑みを浮かべ、アルレンティスは言った。
「アルレンティス、私が貴方と会った時、貴方は追われていましたね」
「うん、家族殺しの罪でね。それは……この人喰い絵本の後の物語さ。多分、絵本には描かれていない内容。創造主ダァグ・アァアアとやらも、きっと関知しない領域かな」
ディーグルに言われて、まだ語ったことのない過去を初めて明かす。
「父上はね、勇者ネロとの戦いで命を落とす。父上は僕にキツく当たるけど、それでも僕に期待していたし……愛情もあったと思うんだ。でも兄弟達は違った。実験生物のキメラでありながら、父上に特別目をかけられていた僕のことが、相当気に入らなかったようでさ。まず長男が、僕を殺そうとしてきたんだよね。でも……その時の僕はミカゼカをすでに発現させていた。ミカゼカは笑いながら、長男を嬲り殺しにしたよ」
冷めた口振りで、他人事のように喋るアルレンティス。家族を殺したことに、大した感慨は無い。しかもやったのは自分ですらないという認識だから、アルレンティスにとっては他人事に等しい。
「貴方の父上をここで救ったとしたら、どうなりますかね?」
ディーグルが可能性を口にした。
「歴史が変わって僕は消滅? その後の歴史も変わってしまって、ディーグルとは会わなくなるかも。そしてディーグルにもミヤ様にも迷惑をかけてしまう? ま、もうすでに起こってしまったことだし、僕に変化はないけど、余計なことをしなくても……」
過去に戻ったわけでもないし、起こった歴史は一切変わらないだろうと、アルレンティスは見ている。この絵本世界での世界線は、また違った道を辿るだろうが、アルレンティスには興味が湧かなかった。
「しかし貴方がこの世界に呼ばれたことには、きっと意味があるはずです。そして呼び込んだダァグ・アァアアにも、狙いがあるはずです」
「世界をわざわざリメイクして、もう一度繰り返すなんていう、迷惑な実験するからには……ろくでもない狙いがあるんだろうね」
「不安なのですか?」
いつの間にか表情を曇らせていたアルレンティスに、ディーグルがストレートに尋ねる。
「うん。不安でしょうがない。何でよりによって、忘れたい過去に引き戻されなくちゃならないんだよ……。悪趣味もいい所だ……」
「私がそばについていますよ。ちゃんと助けますから。それに貴方自身は、昔の弱い貴方ではありません。魔王軍幹部の筆頭でしょう?」
ディーグルが優しい声で言い、アルレンティスの肩に手を置く。ディーグルの気遣いの所作によって、アルレンティスの気持ちは大分落ちついた。
「この先はね、魔王サーレは勇者ネロに負けて、魔王も父上も殺されて、でも勇者ネロも暗殺されてしまうんだ」
今後の展開をディーグルの前で述べるアルレンティス。
「僕はその後、世界を跨ぐイレギュラーの力を手に入れて、別の世界で行き倒れになっていた所でディーグルに救われ、ディーグルの使い魔になった」
「今となっては懐か――」
喋りかけて、気配を感じたディーグルは身を隠す。
ノックも無しに扉が開き、アルレンティスの兄三人が現れる。全員水色の髪だ。
「おい、忌み子。父上に魔王様の前に連れていかれたそうだな。何だ、その特別扱いはようっ」
アルレンティスを特に嫌っている長男が、声を荒げてアルレンティスめがけてナイフを投げる。
アルレンティスは冷めた目で長男を見ながら、ナイフを人差し指と中指で受け止める。
「な……忌み子の癖に生意気なっ。おい、お前等、こいつを押さえろ」
「う、うん……」
「おい、おい大人しくしろよ」
長男が長女と次男に命じ、二人は両脇からアルレンティスを掴んで動けなくした。
「おらあっ!」
長男が憤怒の形相で蹴りを放つ。
「ぶぴゅっ!」
アルレンティスは長男の蹴りを食らいながらも、眉一つ変えなかった。同時にアルレンティスも蹴りを繰り出し、長男の顔面を正面から蹴り抜いていた。長男はおかしな悲鳴をあげ、鼻から大量の血を、口から折れた歯と血を吐き出しながら崩れ落ちる。
「このタイミングで僕に入れ替わるとは、相変わらずだネ」
アルレンティスの声と口調が変わった。体型と顔つきも変化して別物になっている。アルレンティスの別人格、ミカゼカだ。
ディーグルの目には、アルレンティスの姿が変わったことがはっきりと見えたが、絵本世界の住人にはそれがわからない。アルレンティスのままの姿に見える。
「あぎゃあ! ひぃぃぃっ! 腕っ、腕がっ!」
ミカゼカが次男の腕をねじり上げて、躊躇なくへし折る。次男は折れた腕を押さえて泣き喚く。
「あああ……」
アルレンティスが暴力を振るうという行動に出た事に、長女はすくみあがっていた。いつもアルレンティスは兄弟からいじめられていたし、反撃などしたことはなかったというのに。
震える長女に向かって、ミカゼカが歯を見せてにかっと笑う。そして長女の顔に手をかざす。
「ぎゃあああっ!」
顔の皮を手で剥ぎ取られ、長女は悲鳴をあげてのたうち回る。
「鬱陶しいからさっさと出ていってネ」
ミカゼカが言い、念動力で三人を部屋の外へと放り出し、扉を閉めた。
「出来ればアルレンティスのまま、対処してみてほしかった所ですが、結局逃げましたか」
亜空間トンネルの中から出てきたディーグルが声をかける。
「逃げたネ。いつまで経ってもいくじなしのままだヨ、アルレンティスは。でも僕が生まれたのは、アルレンティスが弱虫毛虫いいくじなしだったからこそなんだけどネ」
肩をすくめて言うミカゼカ。
「今、アルレンティスに代わる事はできませんか?」
「せっかく出て来れたんだから、しばらくは僕のままでいるヨ。アルレンティスもしばらく引きこもっていたいみたいだしサ」
「また誰か来たようです」
ディーグルが再び隠れる。
来訪者はクロードだった。
「誰かいたようだが?」
部屋の中に入ってきたクロードが室内を見渡す。
「兄さん達にいじめられたヨ」
「そうではない。今、この室内に何者かがいる。いや、以前もそんな気配を感じていた。お前のすぐ横に、何者かが潜んでいたような」
「いじめられたことはどうでもいいんだネ。忌み子忌み子って言われてサ。父上に、意図的に忌み子に作られたのに、それを兄上達になじられるなんて、おかしいと思わないのかナ?」
父に向かって、挑発的な口振りのミカゼカ。
クロードは目を大きく見開いて、ミカゼカを見た。
「お前も雰囲気が少しおかしいな。いつものあのおどおどしたアルレンティスではない。しかし――別人のようで別人でもない。どういうことだ?」
絵本の住人はアルレンティスの多重人格が見えない。しかしクロードは微妙に違うと感じたようだ。
「補正変換の壁を乗り越えて、よく気が付いたネ。僕はアルレンティスが生み出した別人格なのサ。名前はミカゼカ」
「別人格だと?」
にかっと歯を見せて笑うミカゼカを見て、クロードは眉根を寄せた。
「僕はアルレンティスに造られた、最初の別人格。アルレンティスが理想とする魔族の姿なんだヨ。父上。アルレンティスは魔族らしくないと父上に散々いじめられていたよネ? それで思い悩んで、魔族らしい人格を作ったんだヨ。それが僕サ。父上はしきりにアルレンティスに叱っていたよネ? 魔族らしくないト。魔族らしくなれト。自分で聖樹や竜と混ぜて、魔族から遠ざかるように造っておきながら、そんなこと言い続けるなんて、どれだけ馬鹿親父なんだイ?」
解説したうえで嘲るミカゼカであったが、クロードは怒ることもなく、それどころか喜んでいるかのように、笑みを浮かべていた。
「想像以上のいい出来だ。蛹が羽化し、飛び立とうとしているのだな、アルレンティス。お前を作ってよかった。お前はきっと魔族の英雄となれる。魔王様のために大いに役立てる。素晴らしい」
(アルレンティスには見込みないけど、人格を変えることで穴を埋められるなら期待できると、判断したようだネ。ヤレヤレダ)
クロードが喜んでいる様を見て、ミカゼカは落胆した。
「クロード様っ、勇者ネロの軍によって、陸軍第十三師団が壊滅ましたっ。他にも複数の国の同盟軍が、各地で魔族の師団お呼び旅団を撃破していますっ」
部屋の外から発せられた伝令の報告を聞き、クロードの笑みが消える。
「その件に関して、魔王様が緊急会議を開くとのことで、お呼びです」
「わかった。今行く。アルレンティス、お前も来い」
クロードが神妙な面持ちで頷き、ミカゼカの方を見て一瞥すると、部屋を出ていった。
「本当にヤレヤレダ」
微苦笑と共に嘆息し、ミカゼカは父の後を追った。
***
魔王城会議室。魔王サーレとミヤ、三将軍のクロード、セイン、ヴ・ゼヴウ。そして何人もの下位将軍が集まっている。その中にはミカゼカもいた。
入った情報によると、勇者ネロの進撃は想像以上に苛烈な代物だった。
人間達の王国複数が勇者の呼びかけにより、同盟を結び、連合国軍を作っている。
勇者とその仲間の力が尋常ではない。
勇者直属の軍団――勇者軍は、命の輪を装着しており、一人一人の兵士が、常人を遥かに超える力を有しているとのこと。
すでに勇者の軍団に二つ、連合国軍には領土三つ奪還されているという。
「動きが早いな。そして確かな力がある。こちらに報告がなされるまでに五つも奪還とは。これまでの、己を勇者などと僭称する恥知らずとは、わけが違うようだな」
報告を聞き終えた所で、セインが重々しい口調で言った。
「しかも勇者の軍団に、領地を二つも奪い返されるまで、我々が気付かないとはな……。情報が遮断されていたかもしれん」
と、クロード。
「ふっ、これくらいやってくれた方が面白い。人間の結束力、思う存分堪能してやろう」
腕組みしてうそぶくヴ・ゼヴウ。
(命の輪かい……。それはリメイク前もあったのかい?)
ミヤは報告を聞き、ミカゼカの方を一瞥し、念話を送る。
(無かったヨ。多分あれは、絵本のパワーパランス操作に利用されているネ)
ミカゼカがミヤに向かって小さく微笑みながら答えた。
「うんうん。向こうの動きは中々良いと言えるよ。いいじゃないか。ヴ・ゼヴウの言う通りだ。魔王を倒す勇者を名乗るんだったら、これくらいしてくれなくちゃ面白くないね」
テーブルの上で手を組んだサーレが、爽やかな笑みをたたえて言う。包み隠さぬ正直な気持ちだ。
「勇者はどんな人なのかな。戦う前に対面して、どんな人か知ったうえで勝ちたいな。その方が気持ちよく勝てそうな気がするよ。ま、それはともかく、今後の方針だ。魔界沈没のイロハは、現実の戦争にも適応できる。僕には勇者軍の動きは読めた。なので、今やるべきことは決まっている」
サーレがそこまで言って、立ち上がり、会議室にいる将軍達を見渡した。
「出し惜しみ無しでいくよ。魔王城を、勇者軍本陣に急行させる」
サーレの決定を受け、会議室がどよめく。
「流石は魔王様。そうこうなくてはっ」
ヴ・ゼヴウが嬉しそうに声をあげる。
「果たして勇者を名乗る者達の軍勢に、私を上回る強者がいるかどうか、見物ですな。私は強き者と戦いたいが故に」
「はん……世の中上には上がいるというのに……」
息巻くヴ・ゼヴウを見て、セインは呆れていた。
(本当にそれでいいのかい? 向こうには空飛ぶ魔王城への対抗策もあったうえで、おびき出そうとしているのかもしれないよ)
ミヤはサーレのシンプルな戦略に疑問を抱いたが、口にして異を唱えることはしなかった。
(まあ、双方のお手並み拝見といくかね)
(ミヤ様、面白いことになってきたネ)
ミヤが心の中で呟いた直後、ミカゼカが念話で声をかける。
(そのようだね。しかし……これは儂の勘だが、勇者陣営にも、儂等と同じく、吸い込まれて役を与えられた者がいそうだよ)
(だろうネ。ミヤ様と僕だけが、魔王陣営にいるとは考えにくいヨ。ダァグ・アァアアの考えはわからないけど、嬲り神なら、両方に配置することを考えそウ)
ミヤの考えに、ミカゼカも同意した。




