32-10 唐突な対面
ユーリとノアは、ドーデモ王国王都コーデモの惨状を見て回っていた。
魔族達は人間を手当たり次第に痛めつけている。嬲り殺しにしている。そしてその様を多くの人間に見せつけている。
「あの行為は、デーモンやデビルは人間の負の感情を糧としているから――ってのはわかる。でもアルレンティスは普通に御飯食べていた」
魔族による拷問風景を平然と見ながら、ノアが言った。
「物質的な糧と精神的な糧の両方が必要らしいよ。魔族は本来精神的な生物らしいけど、受肉した場合は肉体を維持しないといけないからさ」
「そっか。面倒だね」
「そしてアルレンティスさんは特殊な魔族だから、通常の魔族の常識はあてはめられないかも」
喋りながらユーリは思い出す。アルレンティスは純粋な魔族ではなく、竜族と聖樹が混ざった存在という話を。
一人の女性が魔族に引きずられていき、魔族達の集団に投げ込まれる。
「助けたくても助けられない。見ているしかない。あの魔族の群れの中に出ていっても、自殺行為だし」
これから嬲り殺されるであろう女性を見て、ユーリが暗い面持ちで呟く。
「俺は先輩が我慢できなくなって飛び出ていかないかと、ずっとヒヤヒヤしてる。その時はすぐに押さえようと身構えている」
「気付いてたよ。ノアが僕にずっと意識向けて、警戒してるんだもの。そういうことなんだろうなと。僕もそこまで馬鹿じゃないよ」
ノアの発言を聞き、ユーリが苦笑したその時だった。
「お母さーんっ。やめてーっ。お母さんを殺さないでーっ」
魔族達の集団の前に引きずり出された女性の子供が、わんわん泣いている。
それを見た魔族達が、にたにた笑いながら子供の方へと寄っていく。
「駄目だ……。ノア、こればかりは我慢できない。止めないで」
「いや、止めるよ……って」
飛び出そうとするユーリを、ノアが魔法で拘束しようとしたが、ユーリの体は空気が抜けた風船のように縮んで消えた。
見ると、ユーリは魔族達の上空に飛び出している。
「変わり身の魔法使うとか、冷静にキレてる先輩であった。完」
ノアが笑って肩をすくめている間に、ユーリは魔族達を魔法で片っ端から殺害していた。
「おー、先輩滅茶苦茶怒ってジェノサイドモードだ。格好いい」
暴風の如く勢いで、魔族を片っ端に殺してまわるユーリを見て、ノアおかしそうに笑う。
「仕方ない。俺も手伝う」
ノアが言い、子供と母親を魔法で引き寄せる。いきなり移動させられて、母子は目をぱちくりさせている。
「ああ、やっぱり冷静じゃないよね。わざわざ戦わないで、こうすればいいだけなのに、先輩ってばわざわざ殺しにいってるし」
先程から魔族による人間嬲り殺しのシーンを何度も見せられ、ユーリは腹に据えかねていたのだろうと、ノアは見る。そして実際その通りだった。母子の危機を見て、爆発した。
「先輩。二人は助けたよ。早く逃げよう。というか、この場所そのものが先輩にとって目の毒だから、さっさと出るべき」
目に見える範囲の魔族を掃討したユーリに、ノアが声をかけた。このままここにいれば、異変に気付いた魔族達が、さらに押し寄せてくるのは目に見えている。
「そうだね」
ユーリが頷き、ノアの元へと戻る。
その後ユーリとノアは母子を連れて、王都コーデモの外に逃走する。
「追ってきてる。振り切れない。探知魔法で追跡されているっぽい」
母の方を抱えて魔法で飛翔しながら、後方を見るユーリ。大量の有翼魔族が、飛んできている。
「あれだけ派手に立ち回れば、見過ごすことは出来ないだろうね」
子供を抱えて飛んでいるノアが言う。
「ノア、一度転移しよう」
「了解」
ユーリが言い、転移魔法を用いた。ノアはユーリの転移先を魔法で追跡し、後を追う。
転移してさらに逃げる二人であったが、魔族の大群はなおも追跡している。
「向こうにも空間操作できる奴がいるか。こっちの転移先の座標特定までしてきていかな?」
ユーリが後方を見やる。
「これはすごく厄介なぜんまいが巻かれたね」
「悪かったと思ってるよ」
ノアの言葉を受け、ユーリが申し訳なさそうに言う。
「いいよ。誰にだって我慢できないことはある。そして先輩が暴走しようとしたら止めるのが俺の役割だし、止められず暴走しても、何とか制御して抑えるのが俺の役割。支えるのも俺の役割」
「ありがとう……そしてごめんノア」
「でも先輩に大きな貸し一つだからね。それと、すまんこって言おう」
「それは嫌だよ」
ノアの要求を苦笑して拒むユーリ。
その数秒後、ユーリとノアの体が何かに引っかかって、空中でもんどりうった。
二人の体が引っかかったものは、空中に停止している母子だった。それぞれユーリとノアが抱いていたが、今は二人の手から離れている。
後方を見ると、魔族の大群も空中で停まっている。
「時間停止?」
ノアが呆然として呻き、子供の体を引っ張るが、停止したまま動かせない。
「こんなことが出来るのは……」
空から降り注ぐ陽光すらも停止している様を見て、ユーリが呟いたその時、二人の前の空間が裂けた
「空気の流れは止めてないよ。喋れなくなるし、呼吸も出来なくなるからね」
おかっぱ頭の和装の少年が現れ、告げる。
「ダァグ・アァアア……」
少年の名を口にして、険しい表情になるユーリ。
「助けてくれたの?」
「一応。話がしたくて来たら、たまたま君達がピンチだったし、これじゃ話も出来ないから」
ノアに問われ、ダァグ・アァアアは追っ手の魔族達を見て答えた。
「また僕をそんな目で見る」
ユーリの視線に気付いて、気後れした顔つきになるダァグ。
「ラスボス神様にしては気弱そう」
ダァグを見てノアが言った。
「気弱そうじゃなくて、僕は気が弱いよ……。それ以前にノア・ムサシノダ。ラスボスって何? やっぱり君達は僕のことを敵視しているの?」
「当然だろう」
ノアではなく、ユーリの方が答えた。
「前にも言ったけど、全てが僕の思い通りになっているわけじゃないし、人喰い絵本の中で起こる悪いこと全てを僕の責任にされても辛いよ」
本当に辛そうな顔で語るダァグを見て、ユーリは少しだけ気を落ち着かせた。
「今回は場合によっては、長い滞在になるかも。君達の世界とこちらの世界では、時間の流れ方が違う。一ヶ月くらいなら、君達がこっちにいても影響はほぼ無い。でも、ある程度の期間を過ぎると、物凄い勢いでズレていくから注意してね」
「注意してもどーにもならない気がする」
ダァグの忠告を受け、ノアが苦笑気味に言った。ユーリも同感だった。
「あの魔王というのは、僕達の世界の魔王とは無関係なの?」
ユーリが尋ねる。
「完全に無関係ではないよ。この絵本の魔王は、君達の世界に魔王が現れるより前の時代の魔王だ。僕はこんな物語にする予定は無かったんだ。タイトルも魔王なんかじゃなかったし、そんな話にする気も無かった。しかし僕の作った世界が夢の世界と繋がり、物語は暴走して、サーレは坩堝に手を出した。僕の描く絵本は、必ずしも僕の思い通りにはいかないってことは、もう知ってるよね。だからこそ君達の世界に救いを求めていることも」
「つまりは絵本通り、夢の世界や坩堝は共通。同じ魔王になるシステムを利用したという点で、関連性はあるってことか」
ダァグの話を聞いて、ノアが結論づける。
「そういうこと」
「精霊さんの時も実験だと言っていたけど、今回もまた実験?」
「うん、実験。ここに入る前に、君達全員に告げたはずだ。色々試しているって」
ユーリに尋ねられ、ダァグが頷く。
「悲劇的な絵本ばかり描く僕が、もう悲劇を描かないようにするための実験でもある。そして僕は、悲しみから救われる物語が描きたい。今回は、救えなかった悲劇に、さらにもう一度機会を与える実験。この魔王の話は、過去に一度、君達の世界と繋げたことがある。しかしリメイクしたうえで、もう一度チャンスを与えてみる。そして悲劇から救ってもらう」
「何でそんなこと決め連れられて、俺達が君の思い通りに動かなくちゃならないの?」
ダァグの話を聞いて、ノアは呆れと苛立ちを覚える。
「ダァグ、僕は君が悲劇を描きたくなくて、絵本を悲劇から救ってほしくて、こっちの世界の人を呼んでいる事は、もう何度も聞いて知っている。いや、これで聞くのは三回目かな?」
ユーリが静かな口調で話す。
「僕の目的を教えるよ。ダァグ、君に悲劇の絵本を描かせない。そして人喰い絵本の犠牲者を出させない。それは君の絵本の中での犠牲者も出させないし、僕の世界での犠牲者も出さないという意味だ」
ユーリが凛然たる面持ちで宣言すると、ダァグは目を丸くした。
『絵本世界の謎を解いて、消し去りたい。僕の母さんを奪って、今なお多くの人の命を奪っているから』
ノアは思い出す。かつてユーリが自分の前で口にした目的を。
「皮肉だね……。僕とユーリの目的は同じなわけだ。僕とユーリの求める目的が同じなら、争わずにその目的に向かうことも出来ると思う」
寂しげに微笑みながら、ダァグは言った。
(折り合いがつけられると、ダァグも同じことを考えていたのか)
ユーリは以前ダァグに会った後、ダァグが好んで悲劇の世界を生み出しているわけではなのなら、互いに協力しあって人喰い絵本の悲劇を止められるのではないかと、そう計算した。そして今、ダァグの口からも歩み寄りを匂わせる言葉が発せられた。
脈はある。ダァグと手を取り合って、人喰い絵本の悲劇を消し去る展開もあり得る。しかし、一つの致命的な問題を解決しないと、その段階には進めない。ユーリがただダァグに協力する形では駄目だ。
「同じ? 結果は同じかもしれないけど、そこに至る過程は、ダァグが想定しているものとはきっと違うよ。君は人喰い絵本を悲劇から救うという名目で、実験を繰り返して悲劇を何度も繰り返す。そして僕達の世界からそっちの都合で、勝手に何人も絵本世界に呼び込んで、犠牲者を増やす」
ユーリはあえて否定的な論調を取る。実際ダァグのやり方は認められない。そしてダァグはあくまで自分のやり方を通そうとするだろう。今はとても歩み寄れない。
「ダァグが目的達成のために何でもするように、僕も目的達成のためなら何でもする。君を殺すことも有りだと思っているからさ。その方法があるなら、僕は躊躇わない。ダァグ、君のような存在を、僕は最も呪わしく思う。最も怒りを感じる。世界を創り出し、大勢の人間の運命を左右するほどの力を持ちながら、その力を悪い方に作用させて、数多くの不幸と悲劇を生んでいる君を殺すことに、微塵の躊躇も感じない」
(まただ……)
自分に強い怒りの念を向けるユーリを見て、ダァグは胸に手を当てて瞑目した。
(このときめきは何だろう……)
ユーリに憎まれて、敵視されて、悲しいと感じると同時に、ときめきのようなものを感じるダァグだった。
「それは嘘だよ。先輩」
ノアが溜息混じりに指摘した。
「嘘って……」
思いもよらぬ言葉をかけられて、ユーリは戸惑い気味にノアを見る。
「いや、それは言い過ぎだと言い変えいいかな? いや、嘘のままでいいか。俺が見た限り、ダァグ・アァアアは好んで運命を弄んでいる存在ではない。本人も言ってるけどね。そして先輩もその事実を無視して、ダァグ・アァアアをただ悪と断じて殺すなんて出来ない」
ノアのさらなる指摘を受け、ユーリは押し黙る。
『僕の中からは自然と悲劇が溢れ出てくる。物語を描いていると悲劇になる。悲劇しか描けない。僕は悲劇を描くけど、悲劇を求めていない。そのために君達を呼んでいる』
かつてユーリが宝石百足となって、次元の壁を越えてダァグの元へと向かった時、彼が口にした台詞を思い出す。悲しそうな顔でダァグは語っていた。
(ダァグも、本意でこんなことをしているわけではない。それはわかっている。僕がその事実を無視できないと、ノアは見なしている……。でも、僕はやる)
ユーリは改めて決意し、ダァグを睨みつける。
「現実的なことを言うと、ユーリ、君には僕を殺せない。とてもその力は無い」
ダァグが淡々とした口調で言い切る。
「今はそうかもね。でもその方法を見つけ出すよ」
「それを聞いた僕が、今ここで君を殺したらどうするのさ」
「でもダァグ、君は僕を殺さないだろ? 僕はその方法があったら殺す。ノアは僕がそんなことしないと言ってけど、僕はやる」
「その時は俺が先輩を止めようかな」
ノアが手を伸ばし、ユーリの手を後ろから握る。
「そんな殺意に捉われた先輩、婆が見たら悲しむんじゃない? 俺も今、先輩のことを見ていて、何か悲しいしさ」
「ノア……」
ノアの言葉を聞き、ノアの手の体温と柔らかさを感じ取り、ユーリの心が急速に安らぐ。
「ユーリ、僕は君に興味がある。まあ、僕と君は元々縁のある間柄だけど」
「縁がある?」
ダァグの台詞に、訝るユーリ。
「また会って話そう。喋りたいことは、もっといっぱいあるんだ。今回は……上手くそれが喋れなかった。僕は人と話すのがあまり得意じゃないし……何だか君が怖くて言葉が上手く出てこない……」
そう言うと、ダァグは時間停止した魔族の群れを一瞥する。
魔族の群れが消滅した。どこかに移動させられたのか、問答無用で消されたのか、それはわからない。
「時間を動かすから、その二人が落ちないようにした方がいいよ。じゃあね」
そう言い残して、ダァグが姿を消すと、時間が動き出した。
「創造主様を怖がらせるなんて、流石先輩」
子供の方を再び抱いたノアが、からかうように言った。
「僕はそんなつもりなかったけどな……」
母親の方を抱いたユーリは、苦笑いを浮かべていた。




