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32-9 勇者による上手な魔王の倒し方

 ドーデモ王国が攻められた数時間後、勇者ネロが率いる軍勢が駐留する野営地にも、ドーデモ王国壊滅の報が、物見からの念話で届けられた。


「古強者のドーデモ王国でさえ、成す術無く陥落されたとのことです」


 神妙な表情の伝令の言葉に、しかし勇者の側近達は動揺していない。


「根拠の無い自信に漲った国だったわね。王族は元より、国民の気質もそんな感じ。こうなるのも自明の理でしょ」


 ウスグモが猫を撫でながら、冷たく吐き捨てる。


「へっ、しかもやたら非協力的でしたからねえ。あっしらとの交渉にも乗らず、使者に足してもけんもほろろな対応でしたぜ」


 せせら笑うキンサン。


「空からの攻撃への備え――対抗できる手段が無ければ、どうしてもそうなるっ。魔王城に攻められれば、一方的に蹂躙されるだけだなっ。つまり、その手段を確立している私達こそが、魔王を撃ち滅ぼす唯一の光と成り得るっ」


 ミラジャが芝居がかった力強い声で断じた。


「対抗できる手段て?」


 チャバックが問う。


「勇者様、そんなことも忘れちまったんですかい。おいおい、こりゃ先行き不安だなー」

「こんな時に記憶喪失になるなんてねえ」


 チャバックの質問を受け、キンサンは冗談めかして笑い、ウスグモは本気で案じているようであった。


「ご、ごめんなさあい……」

「ネロ様のせいではないっ。ネロ様は何も悪くないから、胸を張って、背筋を伸ばして、そうそう、そうやってしゃんとしているんだ」


 チャバックの肩に手を置き、ミラジャが爽やかな笑顔で力強く励ます。


「私達には空にある魔王城の中に入る手段があるのよ。少数精鋭になるけど、ある程度の人数を、空に送り込むことが出来る」


 ウスグモが周囲の目を気にして言った。猫達も警戒している。


(どこに魔王の偵察が潜んでいるかわからないってことね)


 ウスグモと彼女が使役する猫の警戒する様を見て、スィーニーは思う。


「そのための準備を、今しているってわけでさあ」


 と、キンサン。


「ある程度、地上の魔王軍の戦力を削ぐ必要があります。そして魔王軍の目を惹き、最終決戦へともっていった所で、魔王軍の本隊も城から誘き出し、ある程度出して手薄にした所で、精鋭を魔王城へ送り込むという手順です」


 ウスグモが今後のプランを語った。


「魔王を倒してそれで終わりとはならないということですよっ、勇者様っ」


 ミラジャが口を開く。


「魔王を倒そうと、魔族の軍団がそのまま残っているのであれば、魔王の跡を継ぐ者が現れても不思議ではないっ。故に、魔族の軍勢も削っておいたうえで、こちらの力も十分に見せつけたうえで、魔王を倒すっ。そして残党狩りと称して、残りの魔族の軍も攻撃する。こういった方針です」

「先に魔王軍を削ったとしても、第二の魔王が出る可能性はあるんじゃない?」


 ミラジャの話を聞いて、スィーニーが疑問をぶつけた。


「うむ、そうだなっ。その可能性もある。だからこそ尚更、ある程度事前に削る意義もあると言えるよう。こちらの強さも示す必要があろう。今後魔族が容易に人類に手出しをさせぬためにも、このやり方が最も良いと、ネロ様はそう考えなさった」


 そこまでまくしたてると、ミラジャはチャバックを見た。


「勇者ネロが……いや、オイラが考えついたんだね、それ」

「はっはっはっ、方策を考えなさったネロ様がお忘れになられているたあ、愉快なこった」

「愉快じゃないでしょ」


 馬鹿笑いするキンサンに、呆れるウスグモ。


(チャバック――僕の声、聞こえる?)


 その時突然、チャバックの頭の中で声が響いた。


(聞こえる。えっと……勇者ネロ?)

(紹介する前に言い当てられちゃったね。そう、僕は君が成り代わっているネロだよ)


 ネロを名乗る者が親しみに満ちたで語りかける。


(僕に成り代わっている君が、悪意ある者でなくてよかったよ。最初はどうしたものかと思ったけどね)

(あううう……ごめんよう)

(君の意思でそうなったわけじゃないってこともわかったし、君を責めはしないよ)


 謝るチャバックに、優しい声で告げるネロ。


(大変かもしれないけど、僕に成り代わっているのなら、勇者ネロとして魔王と戦ってほしい。それを言いたかった)

(うーん……)

(こんなこと言われても困るよね。わかるよ。僕もミラジャに勇者として見出された時は混乱した。でも魔王の所業が許せず、勇者になることにしたんだ)

(わ……わかったよう。オイラできるだけ頑張ってみる)


 不安でたっぷりだが、与えられた役をこなすことが、人喰い絵本の脱出に繋がるのだろうとチャバックは思い、ネロの要望に応じた。


(忘れているままだと皆が不安になるから、俺が知識を授けるから、少しずつ思い出したってことにして、皆の前で口にして。そうすれば、皆安心する)

(うん、わかった)


 チャバックがミラジャを見る。


「オイラ少し思い出した。ミラジャがオイラを勇者だって、初めに言った……だよね? それでオイラを導いた」

「然様っ。ふふふ、記憶喪失のままかと思ったが、今の台詞を聞いて安心したぞ」


 チャバックの台詞を聞いて、微笑むミラジャ。


「魔族の軍隊が攻めてきたぞーっ!」


 伝令が報告し、野営地が慌ただしくなる。

 敵軍を迎えうつための準備が行われる。


 そして一時間余りが経過したところで、地平線の果てに、魔族の軍勢が出現した。


「魔族の陸軍、一個師団といったところか」


 ミラジャが言った。


 戦闘が開始される。勇者の軍が、魔族の軍が、共に駆けていく。

 チャバック達は動かない。大将として後方で構えている。


「召喚っ、桜吹雪っ!」


 キンサンが叫ぶと、キンサンから大分離れた位置――魔族達のいる上空に、根から引き抜かれた状態の桜の木が、何十本も出現した。

 落下した桜の木に、次々と魔族達が押し潰されていく。しかしそれだけでは終わらない。何十本もの桜の木が高速で飛び回り、魔族達を次から次へと薙ぎ倒していく。


「キンサンの桜、散らせるもんなら散らせてみろいっ! 散ってるのはお前さん達の方だがなあっ。はっはっはっ!」


 その光景を見て高笑いするキンサン。


「何者なんよ、あんた……」

「何者かなんてとんでもねえ。あっしはただの遊び人でさあ」


 呆然とするスィーニーに、キンサンはにやりと笑ってみせた。


「これにて一件落着!」

「まだ終わってないわ」


 勝手に終らせるキンサンに、ウスグモが言った。


「おうっ、俺はもう疲れちまったい」


 キンサンが桜の木を消す。かなりの数の魔族がキンサン一人の力によって戦闘不能となったが、敵はまだ大量にいる。


「じゃあ次は私ね」


 ウスグモが言うや否や、彼女の両脇から大量の巨大猫が出現し、魔族の師団めがけて駆けていく。そのサイズはライオンや虎よりも大きく、象に近い。そしてその数は百に近い。


 巨大猫達に襲われ、魔族の兵士達がどんどん果てていく。


 そこに命の輪をつけた勇者の軍団が到達し、魔族の兵士達に襲いかかり、一方的に魔族を蹴散らしていく。


「兵士達、凄く強い……」

「強い理由は、あれのせいよ。命の輪……」


 唸るチャバックに、スィーニーが言った。


「さて、私も行くとしようかっ」


 ミラジャが宣言すると、馬に乗って駆けていく。


 神泥を操って身を守り、強烈な聖炎を用いて魔族を次々と滅ぼすミラジャ。


(チャバックもどうぞ)

「え……? オイラ?」


 ネロが声をかけた瞬間、戸惑うチャバックの全身に、命の輪が浮かび上がる。複数装着している。


(今回の戦いはその命の輪を通して……俺が君の体を操って行うよ。君は楽にしていい。どうやら、君が僕に委ねるのであれば、僕が君を操作することができるみたいだからね)

「嫌だ……オイラ人殺しなんてしたくない……」


 肉声に出して拒絶するチャバック。


(問題無い。殺すのは君じゃない。僕だ。殺されているのは人じゃない。魔族だ。問題無い。そして僕だけ黙って何もせず、他の皆に殺させていることは問題だ)


 ネロにそこまで言われては拒みきれず、チャバックはネロに体の主導権を渡した。


 ネロが操るチャバックも戦場に赴き、超人的な力で魔族達を屠っていく。

 その間、チャバックは目を見開き、自分の体が魔族達を殺していく光景をずっと見ていなければならなかった。


 戦闘はやがて終結した。当然、勇者軍の勝利である。


***


「ふむ。見事なものだね」


 魔王城内にある美術館に赴いたミヤは、美術品を見て感心した。


「魔族は芸術や学問に秀でているからな……。しかし、それらも元はと言えば、人の真似事だ」


 三将軍の一人セインが冷めた口調で言った。今館内にいるのは、ミヤとセインの二人だけだ。


「例えば絵画の手法一つとっても、新しい描き方は編み出せない。新しい手法で絵を描くのは人間だ。魔族はその模倣をしているだけだ。そのくせ魔族はプライドだけは高く、人間を見下している。俺も人間を見下す感情がデフォルトで備わっている。愚かで哀しいことだ」

「自覚があるならマシではないかね」


 自虐たっぷりに語るセインに、ミヤは言った。


「まあ、そうかもな。ここにいるアシュは魔族のくせして謙虚だし、人間を嫌いでもないんだが……」

「いないぞ。誰も」

「はあ……そうだよな。いないよな。アシュはもういない。何で俺はそいつを受け入れられないんだか……」


 ミヤが指摘すると、セインは悲しげな顔になる。


「理屈と感情のせめぎ合いは苦しい。魔王サーレとその妃イヴォンヌ。いくら魔族に生まれ変わったとはいえ、貴女達のメンタルは人間からそう大きく変化していない」

「ふんっ、またそれか。どこかで飲み込んで、お前の中で折り合いをつけるしかあるまいよ。さもなくば、儂等と顔を突き合わせる度に不快になるではないか」

「不快なだけではなく、親しみも感じるからややこしいと言ったろう……。まあ、俺が面倒な性格をしていることはわかっている」


 そう言うと、セインはとぼとぼとした足取りで、美術館を去っていった。


(セインさんは最初からあんな調子だったわ。暗いけど、悪い感じはしないのよね。魔族なのに、中身は純粋な気がして)


 イヴォンヌがミヤに話しかける。


(知ってるよ。魔族は人間よりピュアな連中が多い。感情的な生き物とでも言うかね。人間より情感が発達しておる。故にセインのようなややこしい奴もいる)

(そうなんだ。ミヤは魔族に詳しいのね)

(そりゃあね……)


 魔王時代、数多くの魔族を従えていたミヤであるし、その性質はよく心得ている。


「イヴォンヌ、セインが浮かない顔で歩いてたけど、何かあったのかな? 僕が声をかけてもろくに反応してくれないし」


 サーレが美術館の中に入ってきて尋ねる。


「実はセインがね――」


 セインとの会話を、サーレに話すミヤ。


「そんなことを言ってたんだ。セインらしいね」


 サーレが小さく笑った。


「僕はセインのそういう人間臭いところが大好きさ。魔族って人間を敵視していたり、見下していたりしているわりに、妙に人間臭い者が多くてね。セインは特にそんな感じだよ。セインがよく口にする、アシュっていう人の影響かもね。セインの大事な存在だったみたい」

「そのようだね。そしていなくなったという現実を受け入れられんのか」


 その時ミヤは、サーレが喋りながら、一つの彫像をずっと見つめている事に気付いた。

 仲睦まじい兄弟の彫像を、サーレは感慨深そうに見ている。


「その彫像が好きなのかい?」

「僕には兄が何人かいた。そのうちの一人のことを思い出してしまってね。イヴォンヌ、この話はまだしたことなかったね。僕はね、昔、まだ人だった頃にね。一人の人生を狂わせたことがある」


 そこまで話すと、サーレは間を空けた。


「僕の兄だ。僕がおかしな庇い方をして――」


 サーレの兄の話はミヤも知っていた。入った際に絵本で話を聞いている。サーレがクロードに話していた。

 異常性を持っていた兄。動物を殺していたことがバレそうになり、それをサーレのせいにした。サーレは兄をかばって自分のせいという事にした。兄はエスカレートしていって、最後に人を殺し、サーレに謝りながら自殺した。


「謝るのは僕の方なんだ。あの時、兄のためと思って庇ったことが過ちだった。そんなことしなければ、兄の異常性を早い段階で治療できて、あんな悲劇にはならなかったんじゃないかって、僕のせいだったんじゃないかって、そう思って、ずっと苦しんでいる。今も思い出すだけで、胸がズタズタになる気分だ」


 胸を押さえて、苦しそうな顔で述懐するサーレ。


「でもおかしいよね。魔王になった今は、もっともっと途方も無い数の人の人生を狂わせているのに、奪っているのに、悲しみと絶望と怒りと憎しみと恨みと呪いを撒き散らしているっていうのに、未だに兄のことだけ、胸が痛い。他の人間はいくら殺しても、全然平気なのに。それどころかすっとするのに」

「その痛みは忘れずにとっておくといい」


 縋りつくかのような物言いのサーレに、ミヤが優しい声で尋ねた。


「その想いは、痛みは、お前の大事な楔となろう」

「楔……?」


 サーレがその意味を問うかのように、言葉を口にしたが、ミヤは何も言わなかった。


(儂がそうであったようにな。魔王になる条件の一つが、悲痛な思い出の楔が心に打ち込まれていることなのさ)


 サーレから視線を逸らし、ミヤは思った。

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