32-7 根拠無い自信満々無能のテンプレ、一つ入りまーす
人喰い絵本の中に入ったアルレンティスは、見覚えのあるデザインの部屋にいた。
「僕の……部屋だ……」
呆然とした顔で呻くアルレンティス。石造りの広い部屋は、彼が幼少時代から青年時代に過ごした、実家の部屋だった。
(絵本の中にも子供の僕がいた。父上がいた。僕が僕の役を演じるのか? 僕やディーグルは、元ともこっちの世界の住人だから、絵本の役になることは無いと思っていたのに、今、こうして自分自身の役についている。まさかこんなことになるなんて)
アルレンティスが驚いていると、部屋の扉がノックされる音が響く。
(父上?)
心臓が高鳴る。思わず生唾を飲みこむ。
「どうぞ……」
アルレンティスが掠れ声を漏らすと、扉が開き、エルフの美青年が姿を現した。
「早い再開でしたね。アルレンティス」
「ディーグルも来たんだ」
微笑むディーグルの姿を見て、アルレンティスは安堵し、大きく息を吐いた。ここでディーグルが共にいるのは、非常に心強い。
「ここ、僕が生まれ育った家。ここは僕の部屋だよ……」
心なしか自虐的な口調でアルレンティスが言った直後、ディーグルが亜空間トンネルを開いて、その中に姿を消した。
ノック無しで扉が明けられ、クロードが部屋の中に入ってくる。
何百年振りかに直に父の顔を見て、反射的に緊張するアルレンティス。
「とんだ失態だ。私の直属の師団が壊滅した。勇者を名乗る者が指揮する三ヶ国連合部隊によってな」
クロードは開口一番、自身の失態を口にした。
「メメメメントモリモリモーリ将軍も討ち死にだ。あの男には目をかけていたのにな。それだけ勇者の軍が手強いという話だろうが……」
「父上、随分と気が立っているね……。父上らしくもない……」
以前のアルレンティスであったら、口にできない台詞を、アルレンティスは恐怖を押し殺してあえて口に出してみた。
幼少時のアルレンティスは、クロードのことを心底恐れていたが、今のアルレンティスは、恐怖していた自分を恥じている。今なおその恐怖が蘇っている事にも恥じている。故に、その恐怖を打ち破り焚かった。
「それは私を諫めてくれているのか? ふふふ……お前に諫められるとはな」
アルレンティスから思ってもみなかった言葉をかけられ、クロードは機嫌を損ねることなく、逆に笑って落ち着きを取り戻す。
「人間を甘く見過ぎたようだ。危機感を覚えてひとまとめになるとはね。奴等がまとまらないように、事前に様々な調略を行っていたが、勇者ネロはそれらの策を打ち破ってきた。内応していた者達が、尽く掌を返し、こちらに嘘の情報を流していたのだ。全くもって忌々しい」
クロードが語っている最中、部屋に振動が起こった。
「城が動き出した。ドーデモ王国に攻撃を仕掛けに行くようだ」
クロードが告げる。
「お前を作るのには苦労した。潜在能力は明らかに私を上回っている。しかし……聖樹を混ぜたが故か、メンタル面に難がある。現時点で未だにそれを克服できていない。しかし克服していようといまいと、今回は戦場に出て貰う。一人でもいいから敵を倒してこい。虫も殺せぬ魔族など、お笑い種だ」
(ああ、この時の僕はそこまで弱かったんだっけ……。今は、本人格のアルレンティスでさえ、もっと強い)
懐かしむと同時に、昔の自分を情けなく思い、恥じるアルレンティスであった。
クロードが去ると、空間の扉が開き、室内にディーグルが戻ってくる。
「空飛ぶ城ですか」
感心するディーグル。
「うん。それが魔王軍が最も恐れられる要因だったよ……」
魔王軍本隊は、軍団が城と城下町ごと空を飛び、戦地に赴く。そして道中の砦も野営地も、城下町も城塞も堀も城壁も一切無視して、空から直接敵城を叩ける。それが最大の強みだ。
もちろん毎回空から攻撃をしているだけではない。そもそも空から攻撃できるのは飛翔できるタイプの魔族がメインであるし、空を移動できるのは魔王城と城下町だけである。多くの師団や軍団は普通に地上で戦闘を行う。
(最近人喰い絵本は大きく変わってきた。そのルールも捻じ曲げてきた? そもそもこの服装……僕はよく覚えている。この服は、まだ僕がこっちの世界に、僕が着ていた服だ。つまり僕がこの絵本で演じる役は、僕自身ってことじゃないか)
その事実を意識し、アルレンティスは途方も無く面倒臭いと感じた。
「ドーデモ王国に攻めるってことは……入る際に見た絵本の場面から、時間が巻き戻っているかな。あの絵本では、戦争の終盤まで見せられた。勇者ネロによって魔王サーレが劣勢になるのは、もっと先だよ」
「つまり絵本で見た終盤より、大分時間が巻き戻っているということですね。そして、絵本の先にどのような展開になるかも、アルレンティスは知っていますよね?」
「ここは僕が生まれた世界だからね。物語の結末もその後も知っている。でも……リメイクだっていうし、どうなるかわからない。今の所、僕の周辺には差異は見受けられない」
同じであるはずがないとアルレンティスは見ている。そして例え同じだったとしても、吸い込まれた自分達が干渉することで、自分が知る未来とは異なるものになるだろうとも見ている。
「私は人喰い絵本の世界で生まれたとはいえ、人喰い絵本のシステムをよく知りません。描かれた世界に、その後もダァグ・アァアアは関与していますか?」
「関与していないと僕は見る……かな。ミヤ様も同じこと言ってた」
「ダァグ・アァアアが干渉しなくても、世界は続いていくと?」
「うん。作った世界のその後は、作った神様が放り出しても、勝手に時間が流れ、世界は続いていくさ……」
ディーグルの疑問に、アルレンティスは推測を述べた。創造主とやらの行動原理はいまいちわからないアルレンティスだが、これは確かなことだと思う。
***
ユーリとノアは街道で馬車に乗せてもらい、ドーデモ王国の王都コーデモへと入った。
町の門前には野営が敷かれ、兵士と騎士が訓練を行っている。門をくぐっても兵士だらけだ。
「キナ臭いね」
馬車の幌の中から外の様子を見て、ノアが呟く。
「さっきも言ったろー。魔王軍の次の狙いは、ドーデモ王国って噂が立ってるってさ。実際魔王の軍団と師団の多くが、国境沿いに迫っているって話だ」
御者が軽い口調で喋る
「ドーデモ王国の騎士団は精強だ。歴史のある国だし、いわゆる古強者って所だな。ただ、その歴史に縋ってるせいか、保守的っつーか、頭が固いっていうか、特に王家は無駄にプライドが高くて面倒だって話だぜ」
「なるほど」
自分の嫌いなタイプだと、御者の話を聞いて、ノアは思う。
(古強者の矜持とか伝統とかにこだわって、自滅したら笑えるな)
そんなことを考え、すでに微笑んでいるノアであった。
***
ドーデモ王国の現国王のアーデモ七世は、極めて愚鈍であると悪評が戦った。
魔王軍の脅威に晒されている現在においても、その暗君ぶりはいかんなく発揮された。国王に隣国と手を組み魔王軍と戦うべきだと、幾度となく大臣や将軍から進言しても、根拠もなく自国の軍の自信を主張し、進言した者を無能扱いして一蹴し続けている。
「物見から伝令がありました。魔王城とその城下町が、空より接近中ということです」
「は?」
報告を受け、アーデモ七世はぽかんと口を開いて固まった。
「空より接近中だと……?」
「噂は本当だったのか」
「城が空を飛び、魔族は空から直接城に襲ってくるというあの話か。にわかに信じがたい」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
謁見の間がたちまちざわつく。
「陛下、何名もの物見が魔族に見つかって命を落とし、最後の一人が命懸けで送ってくれた貴重な情報ですぞっ」
騎士団長が険しい顔で迫る。
「城と町が空を飛ぶ? 空から襲ってくる? 馬鹿馬鹿しい。そんなものは魔族の流した噂だろう。あるいは幻術の類だ。常識的に考えて有り得ないだろう。よしんばそれが本当だとしても、我が歴史あるドーデモ王国の無敵の軍隊が敗れるはずがない。騎士団長、そのような根も葉もない噂に臆するとは情けないにも程がある」
この騎士団長と日頃から対立しているアーデモ七世は、侮蔑たっぷりの口調で言い放った。
「陛下の言う通りでごじゃいまーしゅっ。騎士団長は不甲斐なーいっ」
「伝統ある騎士団を預かる騎士団長が、そのような及び腰では、そりゃ寛容な陛下とてお怒りになるでしょうっ」
「そーだーそーだー。うへへへ」
アーデモ七世の胡麻すりに腐心する大臣達が、へつらいの笑みを張り付かせて、国王の言葉に追従する。
「四の五の言わず、魔王軍を撃退し、我がドーデモ王国の騎士団の威信を、全世界に示してくるがよい。それが出来ぬようなら、騎士団長を解任するっ」
国王の理不尽な命を受け、騎士団長は歯噛みしていた。返答をする気にもなれなかった。いっそここで反逆を起こしてしまおうかとすら思った。
アーデモ七世に追従する大臣達以外の重臣も、このままでは国が滅亡するのではないかと、そんな不安を抱いている。
「伝令! 空から魔王軍が襲いかかってきました!」
「は……?」
再びの信じられぬ伝令に、王は再び固まった。
「翼を持つタイプの魔族が次々と、この王城めがけて降下してま――」
台詞途中に、轟音が響き渡ったかと思うと、伝令の兵士は潰された。城の屋根を突き抜けて、岩が落ちてきて、兵士を潰したのだ。
岩は一つだけでは無かった。無数の岩が次々と屋根を突き破り、謁見の間に降り注ぎ、大臣や兵士を潰していく。
「な、何をしている! 魔道士共に防壁を張らせよーっ!」
国王が椅子に座ったまま、半狂乱になって叫ぶ。
「ひええーっ!」
「たちゅけてくだちゃーいっ!」
「へるぷみーっ!」
「もうおしまいだ~。うわ~ん」
逃げ惑う大臣と役人達。
「逃げるな馬鹿者! 我等が陛下はこの状況でなお、玉座に座したままであられるぞ!」
アーデモ七世にへつらう大臣Aが、それを見て怒号を放つ。
「いや、陛下も早く逃してさしあげろっ」
「そ、そうか。陛下、逃げてくださいっ」
アーデモ七世にへつらう大臣Bが言い、大臣Aが促す。
しかしアーデモ七世は、ショックで腰が抜けて動けない。
空から有翼魔族の兵士達が、急降下して王城に襲いかかる。
弓兵が魔族を射るが、矢は風の魔法で吹き散らされた。
バリスタ、投石器なども用いられているが、防御魔法で大部分が防がれている。
魔王の城下町からも岩の雨が降らされ、王都コーデモの家屋を破壊しまくる。
「先代? 魔王も大したものですね。まあ、在りし日の我等には及びませんが」
魔王城の中から、一方的な戦いの様相を見たディーグルが、感心する一方でうそぶいていた。
「お、当たりだ」
謁見の間の破壊された屋根の穴から、一人の魔族が降りてきて、腰を抜かしているアーデモ七世を見てにっこりと微笑んだ。
「お初に御目にかかります。アーデモ七世。僕が魔族を統べる魔王サーレです」
サーレが軽く会釈して挨拶した直後、ミヤ、クロード、ヴ・ゼヴウ、セインの四名も、屋根の穴から謁見の間へ降りてきた。




