32-2 絵本【魔王】(リメイク) 前編
・【魔王】
真面目な人間ほど損をする。
真面目な人間にいつも皺寄せがくる。
真面目な人間が苦労している最中、不真面目な人間は楽をしている。よろしくやっている。結果、今日もサーレは余分に働く羽目になっている。
その青年――サーレはその真理を知りながらも、出来るだけ考えないようにしていた。
「サーレ、これも頼むよ」
「有能なサーレ君、こちらもお願いするよ。君の方が上手く処理できる」
「相変わらず真面目だなー。なら俺の分もやってくれるよな?」
「悪いなサーレ、この書類もよろしく」
一日のうちに次々とサーレの元に、先輩や同僚が訪れ、サーレの机の上に書類を積みあげていく。ただ自分の仕事を押し付けているだけではなく、自分の失態の尻拭いをさせる者も多い。
「疲れたなー」
王宮にて事務をこなすサーレは、机の上に積まれた書類の山を見て、大きな溜息をつく。
サーレは王宮仕えの役人だった。まだ若いサーレは当然下っ端だが、サーレは下級貴族の末弟故に、それなりに良い役職に就けたと言っていい。
ひたむきに努力せずとも、サーレは歳を経て自動的に出世し、やがては高官になれる。大臣になれる可能性もある。しかしサーレは根が真面目なので、最大限に努力する。
「サーレ。今日も精が出るな」
ある日、そんなサーレに先輩官僚が声をかけてきた。三十代半ばで、水色の髪をオールバックにして、水色の口髭と顎髭を綺麗に整えた、静観な顔つきの男性だ。名をクロードという。
「またあいつらの尻拭いか。有能な君に対する妬みがあって、あいつらはその鬱憤晴らしもしているのだぞ。愚かなことだ。いずれ君の方が出世して、あいつらより上の立場になる。その時、報復されるとは思っていないのか?」
「それは思っていないでしょう。僕もそんなことする気は無いですし、僕のそういう性格も、皆さん織り込み済みですから」
「君って奴は……」
あっけらかんと笑うサーレに、先輩官僚クロードは呆れた。
「私は君のようなお人好しや、真面目な男は嫌いではない。しかし、だ。そういう人物を都合のいい存在として、いいように利用している者達がいる。今の君が正に、都合よく利用されている存在だ。この構図に反吐が出るよ」
「そ、そうですか」
静かに怒りを口にするクロードであったが、サーレはやや引いていた。自分のために怒りを露わにしてくれる者に対して、どう反応すればいかわからなかった。
「くれぐれも気を付けろ。より邪悪な者が、君のその性質を利用し、君を貶める可能性もある」
「わかっていますよ。経験もあります」
クロードが神妙な口振りで注目すると、サーレは自虐的な笑みを零す。
「どんな経験が?」
「子供の頃の話です。二番目の兄が、鳥の雛を殺して楽しみました。兄は僕に罪を被せたのです。僕は兄を救いたいと思い、兄ではなく自分が殺したと庇ってしまったのです」
「それはまた愚かなことを」
サーレの話を聞き、眉をひそめてストレートに呆れるクロード。
「ええ、実に愚かでした。私は散々怒られ、教会や医師の元に連れていかれました。一方で二番目の兄は、その異常性を膨らませていき、残酷な行為を繰り返しました。兄の異常性に気付いていたのは僕だけてした。兄は僕には全て打ち明けていたからです。またバレたら、僕のせいにしろと言っていました」
「酷い兄だ。その結末は?」
「兄はとうとう人を殺めましたよ。しかし僕のせいにすることはなく、兄は自害しました。最後に泣きながら僕に謝って」
そこまで喋って、サーレは小さく息を吐いてうつむく。
「つまり、君が兄の罪を被るような真似をしなければ、兄を救えたかもしれなかったと、君もわかっているのだな?」
「はい。僕が一生背負う十字架です。なので、僕は大丈夫ですよ。自分でちゃんと見極められます。本当にどうしょうもなくヤバいトラブルに巻きこまれたら、肩代わりすることはありません」
「ふー……兄の死という犠牲があったおかげで、君自身で判断がつくようになったということか」
「うわー、意地悪な言い方しますね」
クロードの台詞を聞いて、サーレは顔をあげて微笑んだ。
***
その頃、国の王族や貴族の間で、卓上ゲームが流行っていた。サーレも卓上ゲームが好きだった。特に好きなのは、魔物の軍と人間の軍が戦う『魔界沈没』というゲームだ。非常に人気のあるゲームだが、現在進行形で王国が魔物の軍勢と戦っている中、不謹慎と叩く者もいる。
「あー、魔界沈没一人でやってるー」
サーレが休憩時間に一人で魔界沈没をしていると、一人の少女が目を輝かせて、弾んだ声をかけてきた。
「一人でやるより、二人の方がいいよね? 私とやりましょうっ」
「え? い、いいですけど……」
戸惑いながらも、少女の申し出を受け入れる。王宮にいることや、身なりの良さから、貴族の娘であることは確かだ。
その卓上ゲーム好きな少女の名は、イヴォンヌと言った。大貴族ボッフランド家の末娘だ。
「お兄さん、強いねー。この私が負けるなんて」
「いやいや、お嬢さんも中々に腕が立つ」
「また勝負してね。次に会う時には腕を磨いてくるから」
イヴォンヌは明るい笑顔で告げ、去っていった。
次に会うのが何時になるかと思ったら、その日の夕方だった。
「腕を磨いてきたから、再挑戦っ」
「磨くのが早いですね」
茶目っ気たっぷりに笑うイヴォンヌに、サーレは冗談めかして受け入れる。
それから毎日のように、サーレは空いた時間に、イヴォンヌと魔界沈没をするようになる。
「最近イヴォンヌと楽しそうにしているようだな。何度か見たぞ」
ある日、クロードがイヴォンヌの件に触れてきた。
「ええ、魔界沈没が好きらしくて。それに彼女は聡明で知識も豊富で、話も弾みます。先輩の知り合いですか?」
「知り合いではないが、あれは大貴族ボッフランド家の末娘であるし、おてんば娘ということでそこそこ名が知れているぞ。せっかくだから仲良くなっておくといい」
「ええ……? そんな下心で親しくなるなんて、僕は嫌です。彼女への侮辱です」
「何を青臭いこと言ってるんだか。ひょっとして、本気で惚れたのか?」
「ううう……」
クロードの問いに、サーレが呻きだす。
「私は応援するよ。ボッフランド家にも口利きしてやろう」
「あ、ありがとうございます」
微笑みながら力強く言い切るクロードに、サーレは頭を下げる。
一方で、サーレとイヴォンヌの仲を妬む輩がいた。いつもサーレに仕事を押し付けていた同僚達である。
「上手くやりやがったな、サーレの奴」
「飛ぶ鳥を落とす勢いの大貴族ボッフランド家の末娘に取り入るとは恐れいったねえ」
「サーレの癖に生意気だぞ」
「俺達も御相伴に預かるか? サーレは所詮サーレ、俺達のいい使いっ走りさ」
「いや、もっと面白いことがある。下級貴族の出のサーレにあんな役得は勿体ねーよ。奴の悪名を広げて、ボッフランドの怒りを買うように仕向けてやる」
「おお、それはいいな。やろうやろう」
同僚達はサーレの悪評を広めようとしたが、サーレに限ってそんなことはしないと、クロードが言い切り、逆に悪評を広めようとした彼等が咎められ、減給される結果になる。
「この展開は予測していたが、早速だったな」
サーレの側によってきて、呆れ気味に言うクロード。
「世話をかけてしまいました」
「ま、君のことだし、俺の擁護や告発が無くても、切り抜けただろうさ」
礼を述べるサーレに、クロードが笑いながら告げた。
その後、サーレとイヴォンヌは急速に仲を深めていく。
クロードの口利きが働いたようで、ボッフランド家の者達もイヴォンヌとサーレの仲を認め、何度か屋敷に招待するほどになった。
婚約してはどうかという話も出ていたが、そこまでには至っていない。サーレは自身の役職が低く、イヴォンヌと不釣り合いと意識してしまっていたので、せめてもう少し出世してからがいいと思っている。
「どうしたの? 変な顔してる」
時折、サーレが憂い顔になることが、イヴォンヌは気になった。
「怖いんだ」
「怖い?」
サーレの台詞を聞いて、イヴォンヌはきょとんとする。
「君といるのが幸せで、でもそれが怖い。幸せすぎて怖い。また幸運の絶頂から一気に奈落に落とされるんじゃないかと」
「そんなことがあったの? どんなことがあったか聞いてもいい?」
「最初は役人じゃなくて、騎士になろうとしたんだ。騎士の試験をトップで受かって、当時つきあっていた恋人も大喜びしてた。でも濡れ衣を着せられて……」
「濡れ衣?」
「騎士学校の生徒が不祥事を犯し、酔っ払って器物破損をしたらしい。僕にその罪を押し付けた者がいた。その証拠は出なかったけど、証拠も無く、噂だけで、僕は不合格になってしまったよ。そして恋人は離れていった」
「ひどい話ねっ! ひどいよその女!」
サーレの話を聞いて、イヴォンヌは声を荒げて憤慨する。
「私は貴女が危機に陥った時、絶対に離れないし、絶対に貴方を守るわ! その馬鹿女は貴方のこと本気で好きだったわけじゃなくて、アクセサリー代わりか何かだったのよ!」
「そ、そうかもね」
かつてのクロード以来、自分のことで怒ってくれたイヴォンヌに、やはりサーレは引き気味になっていた。どうにも慣れない感触だ。
「私はそんな女じゃないからっ、そんな不幸を引き合いにしないでっ。意識しないでっ」
「わかったよ。ごめんね。イヴォンヌを怒らせたかったわけじゃないんだ」
なおも怒りが収まらないイヴォンヌを、サーレがなだめる。
(不吉な予感がするな……)
サーレが憂いている理由は、他にもあった。彼は自分の身に降りかかる不運に敏感で、それをすぐに予感してしまう。
(不吉な予感がしたところで、その備えをどうするんだって話だけどね。不吉な予感の意味がわからない。気を付けていても、どうにもならないことの方が多い。僕は子供の頃からずっとツイてない。でも……)
そこまで考えた所で、サーレの口元が緩む。
「イヴォンヌと出会えたことが、人生で一番の幸運かな」
「え? 突然何? 脈絡無く何っ?」
ふと呟いたサーレの台詞を聞いて、戸惑うイヴォンヌ。
「あ、つい……」
思っていたことをおかしなタイミングでつい口にしてしまい、サーレはイヴォンヌから顔を背けた。




