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30-4 見た目がおかしければ中身もおかしい

 暗闇の中で、その者は救いを求め続ける。助けを呼び続ける。己の存在を訴え続ける。悲しみと孤独と絶望を叫び続ける。


「ボクハココニイル……。タスケテ。キヅイテ。カミサマ……ボクヲココカラダシテ……」


 普通ならとっくに精神が潰され、諦めて絶望し、思考も閉ざす。あるいは狂気に侵される。だが彼は諦めず、何十年も暗闇の中で、必死に開かぬ扉を叩き続けていた。声を上げ続けていた。


 そしてとうとう、彼は感じた。


「ダレカ……ソコニイルノ?」


 微かな気配を感じた気がした。無明の闇の中だからこそ、彼は鋭敏になっていた。


「ダレカノココロガチカクニアルヨウナ……ソンナキガスル……コレハカンチガイ?」


 気のせいだったのか、夢でも見たのか、とうとう頭がおかしくなって妄想と現実の境が無くなったのか。

 しかし彼は諦めない。もしそれが気のせいではないとしたら、やっと自分が救われる可能性が訪れたということだ。


 彼がいる場所は一体どこなのか? 深い深い、狭い狭い、穴の底か? それとも誰も気づかない箱の中か?

 閉じ込められた暗黒の中で、延々と叫び続ける。誰かに気付いてもらおうと。それは悲惨極まりない地獄。しかし彼の精神は潰れることは無い。諦められない。救いはあると信じて、呼び続ける。


***


 メッサラーとベ・ンハとエスタンの三名は、糸くず人間と修験場ログスギーの術師達の交戦模様を、少し離れた場所からこっそりと見物していた。


「あれが大魔法使いミヤですかー。そしてそのお弟子さん達も中々いい線いってましたね」

「弟弟子のサユリもいるな。何もせず見物していただけのようだが」


 エスタンが感心する一方で、メッサラーはサユリを見てしかめっ面になる。弟弟子の力がどれほど進歩したかも見たかったが、全く戦うそぶりを見せなかったので、肩透かしを食らったような気分だった。


(御主人様を封印してくれちゃった奴等がもうここを嗅ぎつけてくるなんて。困ったものですねー。せっかく御主人様が解放され、研究が再開できると思ったのにー)


 エスタンは感心する一方で、速攻でこの場所に辿り着いたミヤの存在に対し、忌々しい気分だった。


「奴等を我々の領域へ誘き寄せる生餌は、役に立ってくれた」


 しかしメッサラーは、ミヤが来ることは最初から想定済みであったし、誘いと挑発のつもりで、糸人間を修験場ログスギーに放って暴れさせたのだ。


「こちらの思い通り、深遠にまで来るか?」


 ベ・ンハが問う。


「来る可能性は高い。来ないなら来ないでいい。我々はその間に平和に研究を進められる」


 淡々とした口振りで答えるメッサラー。


 メープルTと会話していたミヤ達が歩きだす。


「移動を開始しましたよ。あれってもしかして、もう深淵に向かっていませんか?」


 ミヤ達を見てエスタンが言った。


「だとすると、私達が奴等の後から深淵に入る格好になる、か」


 メッサラーが思案する。予定と順番が逆になってしまった。メッサラー達が待ち構える格好が望ましかったが、準備は整えているので、大きな問題とはならないと見る。


(あれはいいな。凄くいい)


 一方、ベ・ンハの視線は、ノア一人に注がれていた。


(男の格好をしているが、女だ。幼いが中々の美形。そそられる)


 ノアを一目見て、強い興味を抱く。生かしたままノアを捕まえて、彫刻のモデルにしたいという欲求が、あっという間にマックスになっていた。


***


 ミヤ、ユーリ、ノア、サユリの四人は、深淵と呼ばれる場所に向かう。


「変だね。周囲の風景は暗くなっているのに、俺達の姿ははっきりと見えている」


 周囲の風景と自分以外の三名を見やりながら、ノアが言った。


「光は届いているよ。でも儂等以外、地面や樹木は光を反射せず吸収してしまうから、何も見えん。何故そうなっているかはわからんがね」


 ミヤが解説する。


「ここは元々次元の狭間で、不安定な世界だ。数多くの世界と繋がっている。その中には高次元領域もある。その領域から、高次元生物がやってくる。奴等は不思議と、この深淵の外には出ようとしないけどね」

「前にフェイスオンさんが呼んだ変なのですよね?」


 ユーリが確認する。


「うむ。以前フェイスオンが、高次元世界と繋げて、そこの生物達を呼び出し、儂等と戦ったね。いや、戦ったのは儂だけか」

「師匠がマイナス256食らった時だね」

「お前はどういう覚え方しているんだい……」


 ノアの発言に呆れるミヤ。


「以前見たあれらは、とても生物には見えない見た目でしたが、そもそも高次元生物って一体何なんですか?」

「うむ……その思考も、精神性、生物としての法則や常識も、儂等とは何もかもが違いすぎる存在さね。1+1が10になれば、マイナスになることもある。悪意無く挨拶代わりに殺意を振りまく者も多い。儂等の見えないものが見え、儂等に無い感情があるようだ。儂にもその全容は杳として知れんし、上手く説明しきれん。見たこともない色を、どのような色だと、口で説明することはできんだろ? 儂等には理解そのものが困難、あるいは不可能な存在なんだ」


 ユーリの疑問に、知る限りを答えるミヤ。中々説明しづらいように、他の三名からは聞こえた。


「しかし奴等は、儂等の理解が追いつかない存在でありながら、接触することで理解の恵みをもたらすことがある。故に術師達の中には禁忌だと知りつつも、奴等に手を伸ばす」

「つまり、高次元生命との接触によって、強い力を得られる可能性もあるわけですか」

「知識もね」


 ユーリの言葉に答えてから、ミヤははっとした。


「お前達、よからぬことを考えるんじゃないよ」

「よからぬことは考えていないのだ。高次元生物の力を借りて、世界中の人間を豚にできないものかと考えただけである」


 ミヤが釘を刺すと、サユリがにやにや笑いながら言う。


「それがよからぬことなんだよ。サユリはマイナス1」

「何でマイナスされるのでして。理不尽なのだ。サユリさんは世界平和を願っているだけなのだ」


 ミヤに険のある声でマイナスされ、サユリが抗議したその時だった。


「おいでなすったよ」


 ミヤが足を止め、前方を注視する。自然、他の三名も足を止めた。


 前方の闇の中から、それらは唐突に出現した。

 ひょうたんのような形をした水色の発光体が複数、ゆっくりと回転しながら、ミヤ達の前方を横切っていく。


「高次元生物であるか」


 サユリも真顔になって警戒する。


「こっちは無視してるみたい」

「漂っているだけだね。気付かれないようにしておこう」

「つくづく変な見た目」

「何度も言うが、見た目より中身のおかしさの方が問題なんだよ。あれらは」


 ノアとミヤが喋っていると、今度は後方から気配を感じた。


 全員でほぼ同じタイミングで振り返る。そこには、メッサラー、エスタン、ベ・ンハの三名が、こちらに向かってくる様子が映った。周囲が闇一色であるから、た外に姿を隠しようがない。


(メッサラー……子供の頃から見てきた柱時計のお爺さんが、人として歩いているなんて)


 近づいてくるメッサラーを見て、ユーリは奇妙な感覚を覚える。


(それに何だろう、この感覚。敵であるはずなのに、親しみを感じてしまっている)


 メッサラーを見たユーリは、奇妙な親近感も覚えていた。いつも見ていた柱時計の彫像の老人だからかと思ったが、そうではないような気がする。何か他に理由がありそうな気がした。


「彫像だった時は笑顔だったのに、封印解けたら凄く人相悪い爺だね」


 ノアがメッサラーを見て言う。


 かなり近づいた所で、メッサラー達は足を止めた。ベ・ンハとエスタンも止まる。


「ぶひー、あたくし達四人の前に堂々と姿を現したうえに、接近するとは、よほど自信満々であるな、兄弟子殿は」

「ここが奴等にとって最も力を出せる場所だろうからね。加えて、奴等の不死の源も、ここにあるんじゃないかい?」


 サユリとミヤが口にした言葉を聞き、メッサラーは微かに眉をひそめた。


(師匠の指摘が当たっている?)


 メッサラーの反応を見て、ユーリは勘繰る。


「エスタン、呼び出せ」

「はーいはいは~い」


 メッサラーが命じると、エスタンが片手をあけでおどけた声で返事をして、短く呪文を唱える。


「下だっ!」


 ミヤが叫び、その場から飛びのいた。ユーリ、ノア、サユリも即座に反応し、大急ぎで飛びのく。

 四人がいた足元から、薄紫の細長い板のようなものが何十本も一斉に突き出した。板のようなものの淵には、緑色の小さな光の粒のようなものが高速で走っている。


 ミヤが念動力猫パンチを放つ。全ての細長い板のようなものが、木っ端みじんに砕け散り、地面に押し潰された。光を完全に吸収してしまう闇の地面であったにも関わらず、ミヤの凝縮された濃い魔力による肉球マークがはっきりとわかる。


 エスタンは呪文を唱え続ける。ミヤ達の四方に、それぞれ異なる異形が次々に現れる。振り子のように揺れる、絡まった青と白の腕のようなもの。上部と下部でそれぞれ逆向きに回転している、八面体の群れ。バウンドし続ける、真っ白な蓮の花に似たもの。深緑色の吐瀉物のようなもの。


「フェイスオン同様、奴等も程度高次元生命体を操作できるみたいだね」

「別にそれだけが芸ではない」


 ミヤが言った直後、ベ・ンハが呪文を唱え、周囲に三体の真っ白な霊体を呼び出した。


 三体の白い死霊が高速で飛来する。三体とも、同じ人物に向かっていた。ノアだ。


死霊レイスか。物理攻撃効かないから面倒だ」


 ノアは魔力を放射して、向かってくるレイスにぶつける。魔力での直接攻撃は、霊体にも通じる。エーテル体にもアストラル体にもダメージが通る。


 そしてレイスを放ってきたベ・ンハも狙う。


 高速で飛来した魔力塊がベ・ンハの体を穿ち抜き、胴体が横に大きく裂けた。

 だがベ・ンハの体は倒れなかった。両断された下半身と上半身が、一瞬にしてくっつく。飛び散った肉辺も瞬時にベ・ンハの体に戻る。


「回復というより復元……」


 ベ・ンハを見て、ユーリが呟く。同じフレーズを、いつか呟いたことを思い出す。


(そうだ。人喰い絵本の中の、ハンチェン将軍だ。この回復力は尋常じゃない。自らの魔力で回復したとは思えない。別の力)


 勘繰りながら、ユーリはエスタンを見据える。呪文を途切れさせることなく唱え続け、高次元生物を増やしているエスタンをまず狙うべきだと考えた。


「あれも人間じゃない。幽霊ゴーストだよ」


 ミヤがエスタンを指して言った。

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