29-3 いとも簡単に我を殺せる特性
騎士モーニンは生粋のサディストとして、王国内でも忌み嫌われていた。
また、彼は上級貴族の出であり、上級騎士である。その地位を傘にして、やりたい放題であることも、嫌われている原因である。
例えば彼は、町のゴロツキや凶悪犯の囚人を自分の小隊の中に入れ、騎士見習いとして部下にしている。その中には、騎士に取り立てて、貴族の称号まで与えてしまっている者もいる。モーニンが国王に気に入られているせいで、モーニンが推薦する者をほいほいと騎士にしてしまうのだ。
そんなわけでモーニンが率いる部隊は、ゴロツキや元犯罪者ばかりになってしまっている。そうした者達と共にいる方が、粗暴で残忍な性格のモーニンは落ち着いた。
モーニンからすると、ャザイン族のような反骨心皆無の一族は、楽しめそうな玩具であったが、自国領土内の住人ということで、流石に好き放題に蹂躙することも出来ない。そのため裏切り者という名目で、少しずつじわじわと嬲っていこうと心に決めた。まずは族長親子にあれやこれやと難癖をつけて、定期的に嬲ってやろうと心に決めていた。
モーニンは二十人ほどの部下を連れてきた。最初に来た時は十人程度であったが、命の輪を作る装置を運ぶには、人数が必要だった。
「はあ?」
一族の居住区を訪れたモーニンは、その光景を見て愕然とした。村が綺麗さっぱり消えていたのだ。人っ子一人いない。建物も全て消えていた。家畜もいない。まだ収穫前の畑だけが残っている。
「一族全員……逃げたということか? 馬鹿が。族長とその娘を差し出して済ませればよいものを……」
普通少数を切り捨てるだろうと、不思議に思うモーニン。その少数をも切り捨てず、一族まるごと逃げ出すとは、思ってもいなかった。
「隊長、多数の足跡が確認できました。国外に向かっているのでは……」
部下の一人が報告する。ここは国境線が近い地域なので、国外脱出を目論んだ可能性は十分に考えられる。
「不味いな……。この展開は」
隣国に亡命されたうえで、ャザイン族への扱いを報告されたとあれば、自国の風評被害にも繋がる。上級貴族の出で、王家とのコネクションが強いモーニンでも、引き起こした責任追及を免れない。いや、それどころか敵の多いモーニンは、ここぞとばかりに叩かれるであろう。
「ただちに追うぞっ! 皆殺しにして埋めてやる!」
モーニンが叫び、騎士達は一斉に駆け出した。
(二十人で足りるか? こちらは馬に乗っている分、逃げても追いつける。いや、ばらばらに逃げられたら面倒だな)
ャザイン族を効率よく始末できる方法を思案しながら、馬を駆るモーニンであった。
***
ランドとアウリューは、ャザイン族と共に平野を移動していた。
「ねえ父上、今更こんなこと言ってもしゃーないってわかってるけどさあ。この手段で本当に上手くいくかなあ?」
アウリューが不安顔で尋ねる。
「わかんねーよ。でもやってみるしかねえ」
「そこは大丈夫って、励ましてほしかったなあ」
父の答えを聞いて、苦笑するアウリュー。
「ここで根拠もなく大丈夫って言ったら、何を根拠に言い切るんだって、突っ込んでたろ、お前」
「あ……うん。そうだね……」
ランドの指摘を受け、アウリューは気まずそうに顔に手を当てる。
「私、天邪鬼っていうか、父上の言動全てに対して、反抗的になってるんだ……」
しかもそれを父親に見抜かれたうえで、気を遣わせてしまっていると意識して、アウリューは申し訳なく思う。
「思春期の餓鬼ってのはそういうもんだからな。まあ面倒臭いことしきりだよ。特にお前は一人っ子だし」
「その言い方もムカついてしゃーない」
申し訳なく思ったのは一瞬で終わり、すぐに父親の物言いに苛立ちを覚えるアウリューだった。
「お前達、ずっと歩き続けてるけど、大丈夫か?」
ランドがャザイン族に声をかける。
「大丈夫じゃなくても大丈夫です」
「族長が皆のことを考えて決定した、最良の手です。頑張るしかありませんっ」
「足が千切れても歩きますから、見捨てないでくださあい。這ってでもついていきますから、謝りながらついていきますから~」
「いちいち大袈裟すぎなんだよ……」
ャザイン族の気合いの入った返答を聞き、ランドは溜息をつく。
「ャザイン族って、馬鹿ばかりかと思ったけど、いや、実際馬鹿だけど、それでも素直で融通利く所もあるよね。皆で逃げようなんて案を、抵抗無く受け入れてくれるなんてさ」
アウリューはある意味彼等に感心していたし、見直している部分もあった。
「確かにな。いくら族長の決定とはいっても――そして元々移牧民だといってもよ、普通は受け入れなさそうだが、わりとあっさりと受けいれた。こいつらはさ、いとも簡単に我を殺せるんだよ」
「簡単に我を殺せるって、それ、悪いことなの? いいことなの?」
「正解にも不正解にもなると見るね。いい方に作用することもあれば、悪い面に傾くこともあるさ。ただ、こんなに簡単に我を殺せる特性ってのは、すげーもんがある。とにかく謝って、媚びへつらって、下手に出まくって、へりくだって、卑下する民族性だからこそ、そうなってるのはわかるがね」
当然、それが良い作用に働いた時は、自分達は正しかったと満足できるのだろう。しかしそのせいで事態が悪化した際に、自分達の性質のせいだと気付いて改めることはできないだろうと、ランドは見る。
それからまたしばらく歩いた所で、後方から四頭の馬が駆けてきた。
「お出ましか」
馬の上に武装した騎士の姿を確認し、呟くランド。
モーニンが三人の騎士を引き連れて現れる。
「うわああっ、モーニン様達が追いついてきたあっ」
「見つかってしまったあ!」
「皆の者、土下座の準備を! 誠心誠意を込めて、平身低頭の構えを!」
「今こそ我が人生最高の謝罪を見せつける時よォーっ」
ャザイン族が口々に喚き、膝をつき、頭を地面にこすりつける。
「何か嬉しそうじゃない? この人達……」
「謝ったって許して貰えることはねーんだよ。謝ることばかり考えてんじゃねーよ」
アウリューとランドがそれを見て呆れる。
「つか、こいつら本当に騎士か? 武装はともかく、チンピラにしか見えねーぞ」
近くにまでやってきて、馬を止めた四人を見て、ランドが笑う。
「ま、俺も一応騎士の端くれだから言ってやるが、領土内の一民族を嬲って楽しむなんて、騎士の風上にもおけねえふてえ野郎だ。懲らしめてやるぜ」
「懲らしめてやるって。向こうは四人いるし、馬に乗ってるし、族長はろくな武器持ってないでしょ」
ャザイン族の一人が、ランドの台詞を聞いて言った。
「大丈夫。ああ見えて父上は強いんだよ」
得意げに言うアウリュー。
「おい、族長。逃げきれると思ったのか?」
モーニンが小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、声をかける。
「逆に訊き返してやる。たった四人で足りると思ったの――か?」
ランドが台詞途中に、モーニンが乗る馬の顔に向かって何かを投げ付けた。
「ヒヒヒーンッ!」
「うおっ! こら落ち着けっ」
馬が悲鳴をあげてパニックを起こす。モーニンは落馬しないように、必死に馬をなだめる。
さらにランドは同じように、他二頭の馬にも、何かを投げつけた。投げ付けられた馬は同様に混乱しだす。
ランドはャザイン族から、獣除けの香料を貰っていた。主に肉食動物を寄せ付けないようにするものだが、そのひどい刺激臭を嗅いで、これは馬にも利くと判断して、騎士が乗っている馬を刺激するために用いた次第だ。
騎士の一人が落馬する。
その瞬間を狙い、アウリューが手斧で落馬した騎士の足を斬りつける。
「痛ええっ!」
手斧でざっくりと脚を斬られた騎士が悲鳴をあげる。
「ほら、父上」
アウリューは隙を見て、男の腰に差してあった剣を抜くと、ランドに向かって放り投げた。
「よくやった」
ランドがにやりと笑って褒め、剣を受け取る。娘の抜け目無さと迅速な動きが、誇らしくさえ感じた。
「この野郎っ!」
馬が無事な唯一の騎士が、怒声と共に剣を抜き、ランドに襲いかかる。
「俺以外に、『この野郎』なんて下品なかけ声をする騎士がいたとはね、驚きだぜ」
にやにや笑いながらランドが剣を振るう。
騎士がランドの脇を抜けた直後、血を噴き出しながら落馬する。腹を甲冑ごと切断され、臓物が飛び出た状態でうつ伏せになって倒れている。
アウリューが落馬した男に素早く駆け寄ると、また男の手から剣を奪う。
ランドが突進する。走りながら、馬上の騎士の一人に鉈を投げ付けた。
顔に向かって飛んできた鉈に対し、騎士は反射的に剣を上げて守り、刀身で鉈を弾く。
その隙を突いて、男の横にまで接近していたランドが、馬上の男の腹部に向かって剣を突き出す。ランドの常人離れした膂力によって繰り出された突きが、甲冑の腹部を安々と貫き、男はもんどりうって落馬する。
ランドは動きを止めることなく、さらにもう一人に切りかかった。騎士の足と馬の腹部を同時に切り裂く。
「ぎゃあああっ!」
「ひひーんっ!」
騎士と馬が同時に悲鳴をあげる。馬が暴れ、片足を切断された騎士が落馬する。ランドが落馬して隙だらけの騎士の首に、剣を突き刺す。
「父上、流石だねー。副団長候補だっただけはある」
「候補で終わっちまったがな。さて、残るはこいつだけだ」
アウリューが称賛すると、ランドは面白くもなさそうに、モーニンを見た。モーニンは青ざめた顔になっていた。
「て、撤退ーっ!」
モーニンが叫び、あっさりと馬を反転させて逃げ出す。
「逃がすかよっ」
「撤退ーっとか声かけてるけど、一人しかいないし」
騎士達が乗っていた馬に乗るランドとアウリュー。そのまま馬を走らせ、逃げるモーニンを追いかける。
「あ、やべー……」
ランドが顔をしかめる。モーニンが逃げていく方向から、十頭以上の馬が駆けてきたのだ。
遅れてきた部隊と合流したモーニンが、馬を反転させる。ランドとアウリューは馬を止める。
「うへえ……多いな……」
「ていうか、たった四人てのも少ないなって思ったよ」
ランドの隣でアウリューが言った。
「馬鹿、お前何でついてきたんだよっ」
アウリューを叱るランド。
「馬鹿なのは父上でしょ。私はこうなるパターン考えてたし」
「だったら尚更来るなよっ」
「わかってて行かなくてどうするのっ!? 父上を見殺しにしろとでも!?」
「わかったわかった。ここで言い合いはやめよう」
「言い合いになるようなこと先に言ったのは父上じゃないっ」
「何だとこの……」
「ははははははは! 形勢逆転だっ! お前達、かかれっ!」
親子喧嘩を止めたのは、モーニンの哄笑と号令だった。




