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29-2 滅びた方がいい奴等はいる

 ランドとアウリューは族長のテントで一泊した。どうするかずっと思案していたランドであったが、良い方策が思い浮かぶこともなく、一晩明けた。


「ベッドが固いよー。体あちこち痛い~」


 アウリューが不満を口にする。


 お前はまた文句ばかり――と言いかけたランドだが、その言葉が出る寸前で飲み込んだ。この状況で娘と言い争いになるのは、なるべく避けるべきと考えて自制した。


「確かになあ……。これじゃ床に寝てもあまり変わんねーぜ」


 苦笑しながら、娘に同意するランド。


 ランドとアウリューがテントを出ると、二人の元にャジイン族の皆が一斉に詰め寄った。


「族長、皆で謝りましょう」

「は?」


 村の一人が発した台詞に、ランドは顔をしかめる。


「謝ってお願いしましょう。族長に娘さんを殺させるようなことをしないでくれと」

「あのさあ……気持ちはわかるけど、あんたらどんだけおめでたい頭してんだよ。それで済ませてくれるような奴じゃねーだろ」

「しかし我々には頭を下げ、謝り、媚びへつらい、迎合することしか出来ません。それだけを心の支えとしてきた、誇り低き一族であるが故」

「頭痛くなってくるね、この人達……」


 村人の主張を聞いて、げんなりするアウリュー。


「つーか、あのモーニンとかいう、騎士の風上にも置けない奴が、約束守るとも限らねーだろ。平然と約束破って皆殺しか、一族の奴等を奴隷にしちまうって展開も十分に考えられるぜ」

「そ、そんな……」


 ランドの言葉を聞き、村人達は愕然とした。


「もしそうなったらどうしよう?」

「それはもちろん、謝るしかない。土下座して懇願するしかない」

「謝罪が足りない。もっと誠意を込めた謝罪をしなくてはっ」

「そうだ。地面を貫くほどの渾身の土下座をしよう!」


 落ち込みかけた村人達だが、おかしな方向に意気を揚げだす。


「父上、この一族、滅びた方がいいと思う」

「うん、俺もそう思えてきたけど、今はこんな奴等と一蓮托生になっちまってること、忘れんなよ」


 半眼で告げるアウリューに心底同意しつつも、釘を刺しておくランドであった。


 村人達に付き合っていても仕方ないとして、ランドとアウリューは、交戦になった際に役立つものを探し、村の中を彷徨う。


「武器になりそうなものが鉈くらいしかねー。おまけに切れ味も悪い」

「私は手斧見つけた。いざとなったらこれ使うね」


 二人がそれぞれ得物を見せ合う。


「こいつらが全員武器持って戦ってくれればねー」


 村人を見渡し、小さく息を吐くアウリュー。


「戦って、あの糞騎士モーニンを追い返すか斃した所で、今度は本格的に一軍が投入されちまうんだぞ。それより建設的な手がある」


 ランドはようやく方針を決めた。


「どうするの?」

「逃げるんだよ。俺達だけで逃亡すると、物語そのものが逃亡や放棄を許さず、本気で殺しにかかってくるから、一族全員でな」

「父上さあ……こいつらが言うこと聞いてくれると思う?」


 一晩かけてようやく出した結論を聞いて、アウリューは再び半眼になって指摘した。


「うん、それが問題だ」

「本当駄目親父」


 腕組みした頷くランドを見て、額に手をやるアウリュー。


「アウリュー、お前が思っている以上に、俺は駄目親父だからな」

「は? 何よ突然」


 ニヒルな口調で言うランドに、アウリューは戸惑う。


「俺が出世コースから外れて、あんな場所に左遷された理由、お前は誰かから聞いてないのか?」

「友達の中には知っている子もいたみたい。でも凄く気まずそうにして、教えてくれなかった」

「興味あって調べたりしなかったのかい?」

「何か相当ヤバいことなのかなって思って、私も父上のこと調べる気になれなかったし」


 父親の放つ虚無的な雰囲気に畏縮しつつ、正直に話すアウリュー。


「教えてやるよ。暴動が起こった際、戦闘命令を出すのが遅れて、暴徒達が先に一斉に手出ししてきてよ。その時俺はこの片目と、部下を四人も失っちまった。優しさだの情けだのってのも、考えもんだよ。平民達を助けたいと思っていたら、その助けたかった平民らに、あんなことされちまうんだからよう」

「そんな……」


 ランドに真実を伝えられて、アウリューは愕然とする。


「しかしこんな俺に同情してくれて、口利きして、人喰い絵本の討伐班に入れてやろうかとか、そんなことを言ってくれる奴等もいたさ。でも俺は尽く断った。心が折れちまったっていうか、部下を四人も死なせて、生き残った俺がまた出世コースに戻るとかさ、有り得ねーだろ」


 ニヒルな表情に一瞬自虐の笑みを零し、ランドは自分が落ちぶれた経緯と心境を包み隠さず伝えた。


「そして旧鉱山区下層部の住人の中にも、俺のそんな経緯を知っている奴等がわりといてよ。その同情もあって、俺とは仲良くしてくれている」

「そっか……」


 ランドの話を聞き終え、うつむくアウリュー。最近やたらと父親のことが煩わしくなって反発していたが、そのような辛い過去があったランドに反抗していた自分が、アウリューは恥ずかしくなった。

 罪という概念は人の心が作る曖昧な基準だ。法に触れずとも、人は人の心が作る罪に左右される。法に触れずとも、人は知らぬうちに、人の心が作った罪を犯している。ランドは未だ自身で責を負っている。自分が定めた罪に、罰を受け足りない状態だ。


(だからさ、今度はしくじらねえ。こいつだけは、俺の命にかえても、この絵本の中から出してやらねーとな)


 娘を見て、ランドは改めて決意する。


「おーい、お前等集まれー」


 ランドがャザイン族の皆に声をかけ、集めた。


「一緒に逃げようぜ。それしか手は無えよ。謝ったところで無駄な相手だ」


 多分言うことは聞いてくれそうにないと思いつつも、ランドは訴えてみた。もし駄目なら、自分達だけでも逃げるつもりでいた。人喰い絵本の仕様上、それで事態が好転するとも思えないが、そうするしかない。


「他の国の領土に行くというのは、選択肢としてあり得ます」

「そうですね。そこで土下座して頼み込めば、住む所を与えてくれるかも」

「ええ、一族全員で頭を下げて泣きつけば、きっと領土を与えてくれますわ」


 ところが意外にも、村人達はランドの訴えをすんなりと聞き入れてくれた。


「どんだけ頭下げるの好きなの……。ていうか、皆で移動って大変だよ」


 アウリューが呆れて言う。


「大変ではありますけど、私達は元々は移牧民でしたから、集団での移動のノウハウはありますよ。お忘れですか?」


 村人の一人が言う。


「都合のいいこって」


 皮肉げに吐き捨てるランド。


「ねえ、父上気付いた?」

「何を」

「私と父上で、一族と噛み合わない会話を結構しているのに、誰もそれを不思議に思わないの。変じゃない」


 アウリューの言葉を聞いて、ランドは微笑を零した。


(意外とこいつ、観察力があるんだな。しかし洞察力はいまいち……いや、人喰い絵本のことを知らないんだから、そりゃしゃーないか。ここは一つ、褒めておくか)


 ランドはそう思い、アウリューに向かってにんまりと微笑んでみせた。


「いい所に目をつけた。偉いぞ」

「何? 馬鹿にしてるの?」


 父親が普段見せない、気色悪い作り笑いを浮かべて褒めてきたので、何か嫌味か皮肉っているのかと思うアウリューであった。


「いやいや、皮肉とかじゃねーよ。本当に褒めたんだよ。ちゃんと見てるんだなーって。どうやら人喰い絵本の外から訪れた者は、この世界の住人からは、見た目や言葉が、そのまま映ったり聞こえたりするわけじゃない。色々と脳内変換されるし、余計な台詞は耳に入らないこともある。個人差もあるけどな。第一、俺等の見た目からしてアレだ。こいつらの目には、族長とその娘に見えているんだよ」

「なるほどー、何となく納得した」


 アウリューがまた捻くれた受け取り方をしていると感じ、ランドは真摯に説得する。アウリューも納得した。


「馬鹿にしてるとか、何でそんな捻くれた受け取り方するんだ。俺はお前のこと馬鹿にしたことなんて一度も無えぞ」

「嘘ばっかり」

「はあ? 何で嘘呼ばわりなんだよ、どのあたりが嘘なんだよ。言ってみろよ」


 娘にすげなく言われ、ムキになって語気を強めるランド。


(ヤベー。今のは大人げなかったな。うわ、アウリューの奴、すげー冷めた目で俺の事見ていやがる……)


 アウリューの視線を受け、ランドは冷めかけた怒りが再燃する。


「お前ね、親をそんな目で見るんじゃないよ」

「私だって父上をこんな目で見たくない」

「ああもう……ああ言えばこう言うだ……」


 その後しばらく不毛な言い争いが続いたが、二人共争い疲れ、やがて移動の準備に取り掛かる。


 テントを畳み、荷物をまとめ、半日かけて準備をして、一族全体で移動を開始した。


「で、騎士モーニン達が空っぽの居住地見つけたら、激怒して追いかけてくると思うけど、その時はどうするの?」


 移動しながら、アウリューがランドに尋ねる。


「その時は覚悟を決めて戦うしかねーよ。少なくとも要求に沿って、お前のこと殺して命の輪に加工することはねーから」

「ようするに無策なんだ」

「お前には考えがあるのか?」

「うん、ある」


 むっとした顔で問うランドに、アウリューが不敵に笑う。


「そうか。お前の作戦を言ってみろ」

「ここの人達に頼んで、落とし穴を沢山掘って貰うの」

「すげえ原始的ではあるが、効果はありそうだな。でもなあ、その落とし穴、掘っておいて放っておいたら、追っ手じゃない関係無い旅人も引っかかる可能性もあるなんだぜ?」

「ああ……そっか……。でも一番大事なのは私達の命じゃない?」


 アウリューの台詞を聞いて、ランドは険しい顔になった。


「そのためなら何でもやってもいいってか? 俺もこう見えても騎士の端くれなんだぜ?」

「そっか……そうだったね。ごめん……」


 静かな怒りを込めて言うランドの迫力に圧され、アウリューは謝罪する。


「わかりゃいい」


 ランドが相好を崩す。


(珍しく素直に謝ったな)


 アウリューの頭を撫でるランド。


「鼻毛抜いてる汚い手で触らないでっ。あと子供扱いしないでっ」


 アウリューがしおらしくなったのは一瞬だけだった。


「お前ね、照れ隠しするにしても台詞を選べよ。最近はひでー仇名つけられたせいで、鼻毛抜きは人前でしてないし、手で抜いてもいねーよ」

「でも抜いているんだ?」

「男に限らず、鼻毛出てたら駄目だし、手入れはして当然だろ。いずれお前もぶがっ!?」


 台詞の全てを言う前に、アウリューがランドの後頭部を殴っていた。


***


 ユーリ、ミヤ、ノア、の三人は、空間の歪みに次々と人が入って行く光景を見る。


「ちょっとあれ……どういうことでしょ。人喰い絵本の入口に、次々と人が飛び込んでいますよ」

「うむ。どうも旧鉱山区下層部の住人のようだ」

「しかも皆ウキウキ顔でノリノリ顔で突進してるよ。どういうこと?」


 ユーリ、ミヤ、ノアがそれぞれ不思議そうに言う。


「お前達、待ちな。自分達が何をしているのかわかっているのかい?」


 列を作って飛び込み待ちしていた者に、ミヤが声をかける。


「あ、大魔法使いミヤだ」

「本当だ。大魔法使いミヤ様だ」

「美少年二人連れとか、趣味がよくわかる」

「丁度いいや。ミヤのばっちゃんも一緒に行こうぜ」


 旧鉱山区下層部の住人の一人がミヤを手招きした。


「は? 何言ってるんだい。儂は人喰い絵本攻略の依頼も受けていないよ。そこに入口があるからって飛び込んだりしないし。しかも初対面で馴れ馴れしいんだよ。マイナス1」

「師匠って、赤の他人にもポイントマイナスするんだね」


 ノアがおかしそうに言う。


「ミヤ様、我々も必死に止めていたのですが、火がついてしまって……。しかもブラッシー様までもが許可を出したうえで先に飛び込んで行ってしまいました」


 黒騎士がミヤの姿を見て、報告した。


「あの馬鹿は何やってるんだろうねえ……。いや、それよりどうしてこんなことになっているんだい。事情を説明しな」

「実は旧鉱山区下層部区部長のランド様とその御息女が、人喰い絵本に吸い込まれまして」


 ミヤに促されて、さらに報告する黒騎士。


「えっ、ランドさんが!?」

「鼻毛邪神の末路……南無南無」


 ユーリが驚き、ノアが掌を合わせて瞑目する。


「ランド殿は旧鉱山区下層部の住人達からの信望が厚く、ランド殿が人喰い絵本に吸い込まれた話も、瞬く間に広まって、先程まで大勢が集まっていました。そして今こうして、救助のためにと次々に飛び込んでいる次第です」


 黒騎士がこうなった理由をさらに詳細に説明する。


「師匠、一般人が入りまくるのも危険ですし、ランドさんも助けたいです」

「仕方ないね。仕事の依頼ではないが、儂等も行くとするよ」


 ユーリが訴えると、ミヤはキャットフェイスに笑みをたたえて告げた。

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