29-1 頭を下げれば全て解決
・【命で償いませう】
むかーしむかし、ある所に、ャザイン族という一族がいました。
ャザイン族は、外部の人達にひたすら謝り、ひたすらへつらうことを美徳としています。一族の間に生まれた子供達には、他者に対して幼い頃から謝罪と追従と御機嫌取りをするようにと、教えこまれます。
常に腰を低く、誰かが怒っていたら、自分がまず謝ることで怒りを鎮めていただき、輪を保とう――というのが、ャザイン族が誇るべき平身低頭スピリッツなのです。
「ねーねー、僕、昨日隣村のゴブリンに土下座していたら、頭踏みつけられて唾吐きかけられたよー」
「えー、やったじゃん。おめでとさまままー」
「私なんて旅人に泥棒呼ばわりされたけど、何も盗んでいないけど、謝罪してお金も払っておいたわよ」
「そりゃよかった。君はまた徳を積んで心が浄化されて綺麗になったねえ」
このようにして、まず謝っておけ精神を信条とする彼等ャザイン族は、自分達こそがこの世で最も心の清い善人であると思い込んで、悦に入っていました。
しかしある日、ャザイン族は窮地に立たされます。
隣の大陸から、世界征服を掲げる帝国が侵略しにきて、ャザイン族がいる地方も瞬く間に占領していったのです。
ャザイン族は非暴力と無抵抗と無条件絶対服従の精神を貫き、この帝国の侵略を迎えようと臨みます。
ですが帝国は思ったより良心的で、逆らわない非戦闘民への略奪や暴行を禁じていたのです。
ャザイン族はとてもがっかりしましたが、問題はこの後で発生しました。
帝国が撃退され、大陸を追い出されたのです。そしてャザイン族の領土を収めていた王国の遣いの騎士モーニンは、ャザイン族に激怒し、詰め寄ります。
「お前達は帝国をあっさりと迎え入れたそうじゃないか! この蝙蝠野郎共が! 奴等に寝場所を与え、食料を分け与え、しかも我が国の情報まで漏らすとは! 絶対に許さーん!」
激怒する王国の遣いの騎士モーニンの前で、ャザイン族は震えあがりながら一斉に土下座します。しかし土下座しながら恐怖に震えていたわけではありません。
(嗚呼……これよ、これ。この感覚が欲しかったのよぉぉ~ん)
(圧倒的強者の前でひれ伏し、沙汰を待つこの感覚たまんねえぇ)
(これこそ私達が絶対弱者にして、絶対被害者にして、絶対的善良の証明している瞬間ですっ)
ャザイン族の者達は皆、激怒する支配者の前でひたすら頭を下げて許しを請うことで、喜びに打ち震えていたのです。
「お前達の一族の半分、命の輪となって償え」
ですが、騎士モーニンが発した台詞を聞き、流石のャザイン族も本気で恐怖に震えあがりました。
命の輪とは、人の命を還元して作った、力の発生装置です。命の輪から強い力が供給されます。
「私達が生きるためには、ああするしかなかったのです。どうか……私一人の命で賄えませんか?」
ャザイン族の族長ヒラアーが、悲壮感に溢れた必死の形相で申し出ました。
「嫌だよう。父さん一人が死ぬなんて嫌だあ。死ぬなら私も一緒に謝りながら死ぬう」
それを聞いた族長ヒラアーの娘ペコペが、泣きながら申し出ます。
そんな二人を見て、騎士モーニンは悪意に満ちた笑みを広げ、こう告げました。
「それならば、族長が一族の皆の前で、実の娘を殺して命の輪に加工するのならば、許してやろう。よし、それでいこう。命の輪を加工する道具をこの場に持ってこさせるから、それまでせいぜい親子水いらずで別れを惜しむがよいぞ。輸送まであと三日といたところかな。ふっ、私は実に寛大な男だ」
騎士モーニンの沙汰を聞き、族長ヒラアーとその娘ペコペは――
***
ランドとアウリューは絵本を見終わった後で、絵本の中と同じ風景の中にいた。一面に平野が広がり、家畜が放牧され、簡素なテント式住居が立ち並んでいる。ャザイン族の村だ。
二人の服装は変化していた。ランドは族長ヒラアー、アウリューは族長の娘ペコペになっている。
「ここ……本当に人喰い絵本の中なんだ……」
呆然とした顔で周囲を見回すアウリュー。
「ああ、久しぶりに入るぜ……。しかし、俺とアウリューが選ばれて吸い込まれたわけか……これは」
ランドが頭を掻きながら嘆息する。
「父上、族長ヒラアーになってるじゃん。で、私はペコペ。すげーヤバい配役だよ。どうすんのよ、これ」
頭の中に流れた絵本の、族長ヒラアーに娘のペコペを殺させるという話を思い出し、アウリューは青ざめた。
「どーすんだろうなあ……。本来の物語がどういう流れなのかも、さっぱり見当つかねーしよー」
村の中を見やるランド。今は村人達の姿はほとんどない。多くは自宅へと引っ込んだようだ。
「救出隊が来るのを待つしかない?」
アウリューが伺う。
「その前に死ぬ可能性だって高いんだよ。物語が進行して、間に合わない場合も多々ある。物語が進行して間に合わない場合、物語はまた時間が逆戻りするケースも多々あるのが、人喰い絵本の面白えところだが」
「何も面白くないし、間に合わなかった時のことなんて話してどうするのよ……」
「落ち着け。ああ、俺が落ち着くべきだな。うん。お前の言う通りだ」
苛立ちと焦燥が混じった声をあげるアウリューに対し、ランドが静かな口調で言う。
「取り敢えず逃げるか隠れるかしない?」
「それで済めばな……。吸い込まれた奴は真っ先にそれを考えるだろうし、実行もするだろ。でも殺されている奴が多いんだ」
「だからさ……じゃあどうするのかって聞いてるのっ」
「今考えてるから落ち着け……」
不安を滲ませるアウリューの顔を見て、ランドも自身の気持ちが乱れないように、必死に制御していた。自分一人ならまだいい。しかし守らなくてはならない対象がいて、その命だけではなく、精神的なケアも必要となると、ランドにとっては中々骨が折れる。
(ただでさえ娘とはぎくしゃくしてるってのによ。一体全体何の試練だってんだ、畜生め)
口の中で毒づくランドだが、はっとした。
(いや、そもそもこういう考え方がよくねえよ。こんな気持ちを抱いちまうと、悪い方向に進むもんだ。今やらなくちゃならねーことを――何が一番大事かを考えろ)
自身に必死に言い聞かすランド。
(もうあんなことにはさせねえよ)
かつて自分の責任で部下四名を失った記憶を思い出しながら、ランドは決意し、強い眼差しで娘を見る。
「俺じゃあ頼りにならねえかもしれねえが、俺は絶対にお前を生きてこっから出すつもりだ」
「父上……うん、わかった」
ランドの顔を見て、アウリューは息を飲んだ。ここまで真剣な父を見ることは、初めてだった。
***
スィーニーが山頂平野の上流階級住宅街を歩いていると、場にそぐわぬ服装の市民達が大量に集まっている光景が飛び込んできた。旧鉱山区下層部住人達だ。
(また一揆? デモ? 嫌だなあ)
そう思いかけて眉をひそめたスィーニーであったが、彼等の表情を見て、少し様子が違っているように感じられた。怒りというより、焦りや悲しみや切実さが見受けられる。暴動の雰囲気とはかなり違う。
「何この人だかり? また事件?」
スィーニーが人だかりに近付き、声をかけてみる。どうやら旧鉱山区下層部の住人達は、一軒の邸宅に押しかけているようであることが、近付いてみてわかった。
「また人喰い絵本だ」
後方にいた男が振り返り、答えた。
「ふーん。それにしちゃ人多くない? しかもこの辺じゃ見かけない人が多いっていうか。旧鉱山区下層部の人達が結構いない?」
「俺もそうだよ。俺達旧鉱山区下層部の奴等が世話になっている人が、吸い込まれちまったんだ。奥さんは無事だったようだがな。娘さんと一緒に吸い込まれちまった」
「そんな人がいるん? あ……まさかランドさん?」
はっとするスィーニー。
「おお、お前さんもランドさんのこと知ってるのか」
「知り合いなんよ」
男が表情を綻ばせる一方で、スィーニーの顔が曇る。
「通してくれよー」
「俺が中に入ってランドさんを助けてくるって言ってんだろっ」
「俺達でだ。ここにいる全員で飛び込めば、何とかなるべー」
ランド邸に押し掛けた旧鉱山区下層部住人達が喚く。
「駄目だって。もうすぐ黒騎士団と魔術師がやってくるからさ」
ランド邸前で見張り役をしている黒騎士が、困り顔で制する。人喰い絵本が現れた際は、必ず騎士が見張りにつく決まりだ。
「どっちもやってこないわよ~ん。来たのはわ、た、し」
独特なイントネーションの声がかかる。スィーニーは声の主を知っていた。
「あら、スィーニーちゃんもいたの~ん」
「ブラッシーさん一人なん?」
ブラッシーが人喰い絵本の救出役として派遣されたと見なし、尋ねるスィーニー。
「ええ。私は一人の方がいいわーん。黒騎士と一緒の時もあったけどねーん。救出部隊よりも第一部隊の方がいいし~」
「そっか。ブラッシーさん、一人がいいと言ってる所を何だけど、私も同行させて欲しいんよ。ランドさんを助けたい」
「わかったわーん。気持ちは一緒よーん」
スィーニーの申し出を、ブラッシーはにっこりと笑って快諾した。
「え? そのエロエロねーちゃんはよくて、俺達は駄目なのかよ」
「頼むぜー、ブラッシーさんよー。俺達も入れてくれー」
「ランドさんを助けてーんだ」
「誰がエロエロねーちゃんだっ」
旧鉱山区下層部住人達がブラッシーに懇願する。スィーニーは憮然とする。
「死ぬ覚悟はあるのかしらん? ここから先は危険だってことわかってるの?」
ブラッシーが伺う。
「今まさにランドさん達もその危険に晒されているんだろ? それなのに我が身可愛さにぶるって待ってろってか?」
「人喰い絵本、皆で入れば怖くないだ。なあ? 皆」
『応!』
奮い立つ旧鉱山区下層部住人達。
「じゃあ皆で入ろうかしら。どうなっても知らないからね~ん」
ブラッシーが言い、見張りの騎士に目配せする。騎士は戸惑いつつも、横にどく。
「皆さん、どうかお願いします。亭主と娘を……」
ランドの妻メルルが現れ、ぺこぺこと頭を下げた。




