28-1 長年使っていた家具が実は呪われていた
最初に異変に気が付いたのはノアだった。
いつものように、広間にある、不気味な笑顔の老人の彫像がついた古い柱時計を掃除していた際、その異変を見て、ノアはぞっとした。
「朝からホラー展開とはね……。ちょっと先輩、こっちに来て。これ見てよ」
「どうし……」
ノアに呼ばれて、ノアが指す柱時計を見て絶句するユーリ。
老人が笑顔ではなく、憤怒の形相になっている。
さらに、時計についていた彫像のポーズまで変わっている。以前は両ひざに手をついてかがんでいるポーズであったのに、拳を握りしめた片手を振り上げ、まるで誰かを殴ろうかとしている格好だ。
「何なのこれ? 何かヤバいぜんまいが勝手に巻かれた?」
「怖いね……。時計のお爺さんが、何が理由か知らないけど、キレたって感じで」
「爺ってやたらキレやすい生物だし、時計の彫像の爺もそうなんだね」
「いやいや、十年以上いて初めてだよ。キレやすいことは無いと思う」
真面目な口調で言うノアに、ユーリは微苦笑を零す。
ユーリが柱時計に解析魔法をかけてみたが、魔法は即座に打ち消された。明らかに柱時計によって抵抗された。
「これって魔力は感じないけど、何かしらの力は作用しているみたいだ。解析かけても解析が不自然な力で拒絶された」
神妙な面持ちになるユーリ。
「そもそも、この家には幾つか秘密があるよね。この爺の時計とか、婆がいつも祈っている祭壇とか、家の脇にある墓石みたいなのとか」
「あれは猫のお墓だよ。ノアが来る少し前に、シロっていう猫がいたんだ」
「婆の友達? それとも旦那さん?」
ノアが口にした旦那さんという言葉に、ユーリは思わず笑ってしまった。かつてミヤの前で高年齢出産どうこう言って、叱られたことを思い出す。
「違うよ。老い先短い野良猫だった。師匠はそれで放っておけなくて、うちに連れてきて、短い間だったけど、家族だったよ」
「それで猫が猫を拾ったの。俺がいる時にも猫を拾ってきて欲しい」
ミヤと他の猫がじゃれあっている姿を想像して、ほっこりした表情になるノアであった。
「で、先輩はこの時計のこと、何か知ってる?」
「あまりよく知らない。師匠が大事にしている時計だよ。僕は小さい頃からずっと掃除してきた。師匠にとって、何か思い入れのある品のようだけど、師匠は教えたがらない」
喋っていると、広間と隣接しているミヤの部屋の扉が開き、ミヤが現れた。
「ああ、時計にかけられた封が緩んでいるね」
ミヤが柱と時計の彫像を見る。
「その時計はね、古い友人から貰った呪物みたいなもんだよ」
時計の彫像の現象を不思議がっているユーリとノアに、ミヤが話した。
「呪物って……」
「何でそんなの家の中に飾っておくの?」
「古い友人から管理を頼まれてね。まあ、これは儂が何とかしておく。お前達は気にしないでいいよ」
「そう言われると余計に気になるのが俺」
「僕もだよ」
「ふん、そのうち話すさ」
興味津々になるノアとユーリであったが、ミヤははぐらかして魔法をかける。
二人の見ている前で、老人の彫像が元のポーズと表情に戻った。
「放っておけばどうなったんだろう? 爺の彫像が抜け出して、邪悪な意思を持って動き出して、人を襲うのかな?」
「かもねえ」
楽しそうに想像を語るノアに、ミヤは適当に相槌を打った
***
その日、スィーニーは旧鉱山区下層部の黒騎士団詰め所に訪れ、騎士達相手に売買を行い、雑談を交わしていた。
「知ってる? ランドさん。シモン陛下も人前でよく鼻毛抜くんだって」
「もうそのネタやめろよ。変な仇名つけられて、しんどいんだわ」
スィーニーが振った話を聞いて、旧鉱山区下層部区部長ランドは渋面になって、アイパッチを小指で掻く。ランドが不快になった時に行う癖だ。
「家族の耳にも入ったんだぞ。娘が滅茶苦茶嫌がってたわ」
「娘さん、いたんだ……」
「今丁度反抗期真っ盛りっていうか、何かもう俺のことすげー嫌な目で見てるよ。面倒なお年頃さ。スィーニーと同じくらいか、ちょっと若いくらいだぜ。しかし独り立ちしているスィーニーと比べちまうと、中身は随分と幼いな」
しみじみと語るランド。
「明日は休日だからよ。家族の御機嫌取りに飯屋連れて行く予定なんだが、正直気が重いわ」
「ちょっとちょっとランドさん、そんな気持ちで家族に接しているから、その気持ちが知らず知らずのうちに表面に出ちゃって、余計に溝だの壁だの出来ちゃうんだよ」
「たはー……自分の娘と同じくらいの子から、説教されちまった。しかも言い返せない。あー、もう俺ってとことん駄目大人。は~……」
肩を落とし、大きく息を吐くランド。
その後、スィーニーが詰め所を出た所で、彼女に接触する者がいた。
「Aの騎士追跡に関してはお手柄でしたね。管理局でも評判になっていますよ」
スィーニーの肩程の背しかないスダレ頭の中年小男が、妙に高い声で称賛する。
「知り合いが近くにいるんよ。ちょっと離れて」
しかめっ面になるスィーニー。相手は西方大陸の連絡員だ。
「おおっと、こりゃ失礼。マグヌス殿とミーナ・カモナ殿の損失は中々痛手でした。しかし多大な功績をあげたスィーニー殿の、その後の活躍で二人分の損失を補ってくれると期待しておりますよ」
「教会の足掛かりを失った事の方が痛手なんじゃない?」
「いえいえ、完全に失ったわけではありませんよ。マグヌス殿が耕した畑は、まだ活きております故」
(この卑屈な態度、凄く癇に障るわ。何なんこいつ)
慇懃無礼とも取れるこの連絡員の言葉遣いは、スィーニーは苛立ちを覚える。
「で? 用件さっさと告げてよ。メープルCからは何も聞いてないんよ」
「管理者メープルCは以前にも増して多忙になったとのことで、各地に放っている草とは、直接連絡しづらくなっておりますよ。私も含めてね」
「情報どうも。用件は何かの答えにはなってないけど」
「今も見ておりましたが、スィーニー殿は黒騎士とのツテもあるようですな。そして魔術師とも魔法使いとも仲がいい」
連絡員のその台詞話聞いただけで、スィーニーは用件を大体察してしまう。
「教会だけではなく、騎士団や魔術師にも草を植える所存です。そのための協力を要請致します」
「わかったわ。出来るだけのことをする」
「ありがとうございます。今後は私カーク・マロニーが、この地での責任者となります故。よろしくお願いします」
男は最後に名乗り、スィーニーから離れた。
(つまりは私の新たな上司になるってことじゃんよ、それでいてあの態度か。偉ぶっている奴も嫌だけど、へりくだって接してくる上司ってのもキモくて嫌だわ。それ以前の問題もあるけど)
カークと名乗った西のエージェントに対し、スィーニーは生理的嫌悪感を抱いていた。
そしてカークが完全に去ったことを確認してから、スィーニーは裏路地に入り、呪文を唱える。
(……というわけなんよ)
念話の術を使い、今自分と接したカークとの会話内容を、包み隠さず相手に伝えるスィーニー。
(ふん。騎士団と魔術師達の間にも、西の工作員を紛れ込ませる方針か。よく教えてくれたよスィーニー。ありがとうね。ゴートやロドリゲスやアザミ達にも伝えておくよ)
(どういたしまして)
礼を述べるミヤに、スィーニーは自然と微笑を零した。
***
魔術学院の昼休み。チャバックはいつものように、ガリリネ、ウルスラ、オットーと共に時間を過ごしていたが――
「チャバック、お呼ばれしているよ。ちょっと来て」
担任のエルフ少年教師が教室の入口で声をかけ、手招きする。
一体誰の呼び出しだろうと、不思議に思いながらチャバックは担任教師の後をついていく。
担任教師が扉を開ける。中の部屋を見てチャバックは驚いた。部屋中様々な種類の花で埋まっていたからだ。
「やあやあチャバック。元気ぃ? 僕、この学院に務めることになったんだあ」
部屋の中心には、純白の服に身を包んだ魔法使いの少年が座っている。
「シクラメ、魔法使いじゃなかったの?」
「僕は魔術も出来るんだよう。よろしくねえ」
尋ねるチャバックに、シクラメは立ち上がって優雅な仕草で一礼する。
「それでねえ、僕は気付いたんだぁ。君の魂の強さというか、古さにねえ」
「魂の強さと古さ?」
「ミヤは気付いていないのかなあ? それとも気付いていて、気付かない振りして触れないでいるのかなあ。いずれにしても君はトクベツなんだよう。そしてトクベツな人って、いいこともあるけど、どっちかというと悪いことが多いかなあ。運命に振り回される可能性が高いんだよねえ」
「な、何が言いたいの? シクラメは……オイラに何か悪いことするつもり?」
シクラメの話に、言いようのない不安感を覚えるチャバック。シクラメがK&Mアゲインの一員として悪事を働き、その結果魔術学院に軟禁状態であることは、チャバックも知っている。
「あは、まさかあ。その逆だよう。気を付けてって注意したかったのと、何かあったら僕が守ってあげるよってこと」
チャバックが怖がっている様を見て、安心させてやるかのように、優しい笑みを広げるシクラメだった。
「何かって何?」
「人喰い絵本に二度も選ばれたって聞いたよう? そんな人、チャバック以外に聞いたことがないねえ」
シクラメの指摘を受け、チャバックははっとした。
「僕もこっそりと人喰い絵本を調査していたんだよねえ。だから人喰い絵本に選ばれている君に興味もあるのも、本音だよう」
ここまで聞いた時点で、チャバックはシクラメが自分を特別視している理由がわかった。
***
魔術学院の一室に軟禁状態のアザミの元に、一人の来客があった。
「おおーっと、ここで囚人アザミの登場ですっ。何度も暴動を扇動し、多数の使者を出した過激派組織の首領にしては、随分と優雅な牢獄生活だーっ」
扉を開くなリ、サユリがハイテンションな実況口調でまくしたてる。
「こんな特別扱いを売れていると知られれば、選民派貴族達はいい顔をしないでしょうね。しかし一方で彼女は、庶民達からの支持は厚いという現実を無視できません」
いきなり口調を落ち着いたものに変える。
「お前かよ。何の用だよ。つーか相変わらずうってせーな」
入ってくるなり実況解説を始めたサユリを見て、アザミは溜息をつく。
「ぶひー、実は聞きたいことがあるのだ。アザミは西方大陸に一年ほど行っていまして?」
「ああ、色々と面白かったぜ。その話を聞きてーのか?」
「そうなのである。特にサユリさんは、西方大陸で頻繁に発生するという、魔物化現象に興味津々なのだ」
「何でそんなもんに興味あるんだよ」
「世界平和のためでして」
「はあ?」
サユリの台詞を聞き、思いっきり顔をしかめるアザミ。
「魔物化現象の理を解明できれば、世界中の人間を豚にできるかもしれないと、あたくしは期待しているのだ。世界中の人間を豚にすれば、世界は平和になるのだ」
「あほくさ……」
しかしいかにもサユリらしいと、納得してしまうアザミであった。
「話は結構聞いたけどなあ。実際に人が魔物にする瞬間なんか見たことねーよ。そういう事件が起こったって、人だかりになっていた場面は、何度か遭遇したけどな」
「ぶひ……そうであるか。残念なのだ。これは自分で西に行って確かめてみるしかないのであるか?」
サユリが腕組みして唸る。
「魔王の残した災厄として三百年、発生し続けている現象だぜ? そして三百年の間で、まるで解明されていねーのを、てめーが解明できるってのかよ」
「むむむむむ……。やってみなければわからないのだ。しかしそう言われると不安にもなってきまして」
「他に訊きたいことなければとっとと出てけよ」
その場で思案を始めるサユリに、アザミは素っ気ない口調で告げた。




