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27-16 お兄ちゃんは強くならないと

「シクラメはお兄ちゃんなんだから、アザミの面倒を見ないと駄目よ。ちゃんと守ってあげないとね」


 年の離れた妹が生まれた時、母はシクラメに向かって優しく言い聞かせた。その言葉は呪縛となり、シクラメの心に刺さり、縛り付けている。

 高齢の魔術師夫婦の間に生まれた、魔法使いの才を持つ少年。容姿も整っており、人懐っこい愛くるしい性格もあって、しかも魔法使いの中でも優れた才があると太鼓判を押されたシクラメは、それまで両親に溺愛されて育てられてきた。

 そしてシクラメは自分がとても愛されているという意識があったが故に、自分もその愛情を、自分より小さく弱い妹に存分に注がなくてはならないと、強く意識するようになる。


 シクラメは妹を溺愛して可愛がる一方、妹が悪さをした時や言うことを聞かなかった時は、ちゃんと叱った。暴力を振るうようなことは滅多にない。こんこんと諭した。それでも言うことを聞かない時もあったが、そうなった時、シクラメはアザミの首を絞めながら、こう言った。


「お兄ちゃんの言うことが聞けないの?」


 首を絞めながら、口調をがらりと変え、瞳にも怒りを滲ませてこの台詞を口にすると、アザミは怯えて必ず言うことを聞くようになった。その怒りの先にと途轍もなく恐ろしいものがあるような気がして、逆らえなくなった。


 三十年前、魔術学院を襲った悲劇。貴族の蜂起の際に、見せしめとして魔術師の何人かが殺された事件。アザミとシクラメの仲間が巻き込まれたその時、アザミは復讐を誓い、すぐにでも行動に移そうとした。


「駄目だよ、アザミ。今は駄目だからね」


 いつもの甘ったるい口調ではなく、強い語気でシクラメは告げる。


「何でだよ! 糞兄貴もミヤと同じか!? 貴族共に屈するのか!? あたし一人でもあいつらを――」

「お兄ちゃんの言うことが聞けないの?」


 激昂しているアザミにも、この台詞は効果があった。アザミは凍り付いて言葉を中断した。


「今アザミと僕とで暴れても、貴族を何人か殺した後に、僕達も殺されるよ。ミヤや他の魔法使い達にね。それで終わりでいいの?」


 諭すシクラメの表情が、いつもの柔和なものではなく、少し怖いものになっていた。それを見てアザミは凍り付いた。


 まだ二人が十歳にもならない頃に一度、シクラメはアザミ殴ったことがある。たった一度だけではあるが、一発殴った程度ではない。アザミが泣きながら何度謝っても、シクラメはアザミの体に馬乗りになって何度も殴り続け、そして首も絞めた。

 そしてその暴力の予兆を感じる度に、アザミは幼児化し、恐怖ですくみあがるようになってしまった。優しい兄が好きだったアザミには、シクラメのあの行為に強烈な衝撃を受け、それが恐怖のトラウマとなって残り続けている。


「時間はかかるけど、確実な手を使おう。王制を取り戻し、魔術師と魔法使いの権限も取り戻し、貴族達をやっつける。それが本当の勝利だよ」

「どうやって……」

「貴族達の支配は、いずれ破綻すると僕は見ている。ア・ハイに不満が溜まりに溜まるその時まで、僕達は準備をしておこう。信用できる同志を募ろう。彼等のやったことを引っ繰り返して台無しにして、元に戻す。それが本当の復讐になるよ」


 シクラメのプランは非常に遠大であったが、現実味を帯びた代物とアザミには感じられた。感情任せで暴走する復讐ではなく、確固たる信念の元に行われる復讐と感じた。


「お兄ちゃんの言うことが信じられない? 従えない?」

「ううん……お兄ちゃんを信じる……」


 シクラメの確認に、アザミは涙をぬぐい、掠れ声で言った。


 以後、アザミはずっとシクラメに対して引け目を感じている。疑っている。シクラメは復讐したいと思っていないのに、自分の復讐心に、シクラメも付き合わせてしまっているのではないかと。


 シクラメは人前で幼さを過分に残す振る舞いを見せる。多くの人間は、それをシクラメの性癖の一つのように見ていたが、アザミはそうは見ていない。兄の幼い振る舞いさえも、愚かな妹である自分のためではないかと疑っている。


 事実としては、シクラメには復讐心が無い。アザミに付き合っているだけだ。しかし幼い振る舞いは別にアザミのためではない。ただの性癖だ。


***


 ディーグルは戦闘に臨む際、青白い炎のような闘気を纏う。氷が熱を帯びているかのような雰囲気に映る。今も正にそうであったが、その熱と冷気の割合が随分と強いように、アルレンティスには感じられた。


「ディーグル、この可愛いのに近付かないで。魔力も体力も吸い取られる」


 分裂を解いて一人に戻ったアルレンティスが、倒れたまま顔だけ上げ、注意を促す。


 しかしディーグルはアルレンティスの忠告など聞こえなかったかのように、悠然と、メルヘン顔のついた花畑の中へと足を踏み入れた。


抵抗レジストできなければそうでしょうね。そしてこれらは、アルレンティスとブラッシーの抵抗力をも上回る。力がさらに強まれば、私も危ないでしょう」


 シクラメを見据えたまま、アルレンティスの注意を意識した言葉を発するディーグル。


「名前だけ伝わっている八恐のウィンド・デッド・ルヴァディーグル。どんな人なのか楽しみだなあ」


 シクラメが言うと、ファンシー魚達が次々とディーグルの方へ泳ぎ出す。


 ディーグルが刀の鞘に手をかける。


 ディーグルの周辺の地面に無数の切れ目が走る。同時に、魚達が三枚におろされて、次々と落下していく。


「わあ、すごーい」


 ディーグルの周囲が斬られた魚だらけになる様を見て、笑顔のまま感心の声をあげるシクラメ。


 さらにはディーグルの周囲の花も、片っ端に切断される。元々吸収も及んでいなかったが、その場にあるだけで、ディーグルは吸収に対し抵抗し続けなくてはならないので、無い方がいい。


「アルレンティスとブラッシーは消耗していました。そこに不意打ちの格好となったので、抵抗レジストも出来なかったのでしょう。私は二人ほど消耗していませんし、攻撃方法も事前に知ることが出来ました」


 喋りながらディーグルは、懐から呪符の束を取り出す。


「何より、私はこの二人よりずっと強いのですよ」


 ディーグルがシクラメを見てうそぶくと、次々と呪符を射出する。射出された呪符はシクラメのいる方へと飛んでいく。


 シクラメが手をかざす。メルヘンチックな顔がついた樹木が地面より何本も列をなして生え、呪符を阻む。

 呪符が張り付いた樹々が氷漬けにされ、砕け散る。呪符は全て防ぎきったが、樹木も全て消えた。


「あは、吸い取る前に凍らされちゃった」


 シクラメがおかしそうに笑い、新たなイメージ体のクリーチャーを呼び出す。子供のいたずら描きのよう顔が付いた、豚程の大きさの大鼠の群れが現れる。その数はかなりのもので、花畑の範囲を越えて、周囲一帯、大鼠が覆い尽くされている。


「数の暴力でのりこめー」


 シクラメの号令に応じ、大鼠達が四方八方からディーグルに殺到する。


「数の暴力、いいですねえ。私も好きですよ」


 ディーグルが静かに言った直後、まだ消えていなかった黒いスケルトン軍団が大鼠軍団を取り囲むような格好で現れ、襲いかかる。ディーグル自身も刀を振るい、大鼠達を片っ端から撃退していく。


 シクラメは黒骸骨と大鼠の凄まじい大乱闘を、面白そうに見物していた。


 大鼠に触れた骸骨は、魔力を吸い取られて、無力化して粉微塵になって消滅する。しかし一度に一体しか吸えない。吸った後は、若干のインターバルを置かねば、次の個体から力は吸えない。

 二体の骸骨に襲われたり、連続で骸骨に襲われたりした大鼠は、力を吸う前に、骨で滅多突きにされ、噛みつかれ、掻き毟られと、滅茶苦茶にされ、やがて実体化不能のダメージ量に至り、消滅してしまう。


「骸骨を動かしている魔力、吸いきれないなあ」


 黒スケルトン軍団の方が、目に見えて数も勢いも勝る。大鼠だけでは太刀打ちできないと見たシクラメは、追加を呼び出すことにした。


「力を吸い取るクリーチャーしか芸が無いのですか?」


 冷たい眼差しで、挑発的に問うディーグル。


「魔術師じゃなくて、魔法使いだから、それしか芸が無いなんてことはないよねえ。でも僕はそれだけで遊ぼうかなあ」


 シクラメが笑顔のまま言うと、不気味なデザインの顔をした鳥が、大量に現れる。その顔はこれまでのような愛らしさは無い。眼鏡をかけていて、目が不自然に大きい。長い嘴は二回転していて、舌が大きく飛び出て垂れさがり、涎がだらだらと零れ落ちている。頭からは人間の頭髪のような毛が生えていた。


 不気味鳥の大群が、黒スケルトン達に空から襲いかかる。長い舌を伸ばし、骸骨の体にくっつけると、魔力を吸い取り、塵状にして無力化していく。空にいる不気味鳥には、反撃が中々難しい。あっという間に形勢逆転する。


「人喰い蛍」


 三日月状に光っては消える、小さな緑色の光滅が、ディーグルの周囲に大量に出現する。


 光滅が様々な軌道で飛び、不気味鳥を攻撃する。不気味鳥に吸収される前に、光滅の方が不気味鳥の全身を穴だらけにして、消滅させていく。


「人喰い蛍」


 さらにもう一度同じ術を用いるディーグル。不気味鳥の数が多すぎて、術が一度では足りなかった。


「人喰い蛍」


 二回でも足りないと見たディーグルは、二回目の人喰い蛍を飛ばしてすぐに、三回目の人喰い蛍を唱えた。


「凄いなあ。何を出してもやっつけちゃう」


 何を出してもやられてしまっている状況でなお、シクラメはにこにこと笑っている。


(凄いのはそちらですよ。相当な量の魔力を秘めていますね。あれだけ大量のイメージ体を出して、なお底が見えません。ブラッシーとアルレンティスから吸い取った分も加算しているようですが)


 ディーグルは真顔でシクラメを見据え、心の中で称賛していた。


***


 シクラメが思いのほか手こずっている様子を、アザミは離れた場所から、若干苛立ち気味に見ていた。


(兄貴、随分と飛ばしているにも関わらず、あのディーグルって奴は尽く対処しちまっていやがる。これは加勢した方がよさそうだぜ)


 そう思い、シクラメとディーグルが戦闘している場所に向かおうとしたアザミであったが――


「おや、どこに行くんだい?」


 アザミの前に現れたミヤが声をかける。ユーリもいる。


「ケッ、またミヤかよ。この前穴だらけに刺しまくってやったの忘れたのか?」

「お前もぼこぼこにしてやったけどね。ま、今度はお前一人が一方的にボコられるだけだ」


 顔をしかめるアザミに、ミヤは煽り口調で言い放った。


「ああ? できるもんならやってみろってんだ。今度こそ三味線にしてやるよ」


 アザミが毒づくと、一振りの杖をアポートして構えた。材質不明の、かなり長い杖だ。


「杖?」


 ユーリが怪訝な声をあげる。


 魔術師は触媒として杖を持つ者も多い。魔法使いも昔は杖を触媒としていた者がいたので、古代の魔法使いの肖像画や彫像は、杖を持った姿で描かれ、彫られる。しかし魔法の研究が進み、魔法使いは触媒無しでも魔法を使えるようになったので、杖を持つ魔法使いは少数となった。

 では未だ杖を持つ魔法使いは、何故持つのか? それは触媒としての機能ではない。魔法の補佐か強化が出来るほどに、強力な魔道具であるということだ。


「あの杖、魔術師で作られていますね」


 ユーリが杖を解析して言った。

 別に珍しいことでもなければ、おぞましいことでもない。魔術師と魔法使いの多くは、自分の遺体を触媒や魔道具にしてもらうことを望む。それが魔道界隈でのお約束となっている。


「人間の体が全てあの杖一本に使われています。しかも三人分です」


 ユーリが解析結果を続ける。


 通常、魔術師魔法使いの亡骸を魔道具にするとしたら、一つの遺体から複数の触媒や魔道具が作られる。それぞれの部位によって、用途の向き不向きがある。一人の体をそのまま凝縮する意味は不明だ。三人分も一つの魔道具に入れる意味も不明だ。それで特別強くなるというわけではない。


(より多くの人体を詰めれば詰めるほど、強い魔道具になる製法でも編み出したのかな? あるいはそういう効果を持つ魔道具に、死体を凝縮して詰め込んだのか)


 そう勘繰るユーリ。


「あの子達を――そんな姿にして、ずっと手元に置いていたのかい」


 アザミが持つ杖を見て、ミヤが悲しげな声を発した。


「ケッ、あたしのダチだ。あたしがどうしようが勝手だろーが」


 アザミが歯を見せて笑い、杖を振り回して顔に寄せる。


「おい見ろよ。モミジ、カキツバ、スノフレ。あたし達を見捨てたミヤがいるぜ。一緒にぶちのめしてぶっ刺してやろうぜっ!」


 杖に向かって語りかけると、アザミは杖を大きく振り、攻撃魔法を放った。

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