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27-15 八恐大暴れ?

 月のエニャルギーを注ぎこまれ、対魔王軍用決戦兵器バブル・アウトを搭載したゴーレム、『ダイナモ』相手に、ブラッシーとディーグルは手をこまねていた。

 バブル・アウトの壺からとめどなく溢れて広がる、白濁したクリーム状のものは、触れた生物の肉体を一瞬にして泡状にしてあげく、蒸発させてしまう。かつてディーグルとブラッシーは、この魔道具兵器によって、魔王軍の師団が複数壊滅する様を、その目で見ている。


 二人はダイナモの右腕にある壺を破壊しようとするが、接近しようとすると猛然と白濁クリームを噴射して近づけず、遠距離攻撃をしても魔力障壁が張られて尽く防いでしまう。


「ちょっとぉ~……これ、手のつけようがないじゃなーい。内在している魔力量どんだけあるって話よ」


 ブラッシーがだるそうに言った。幾度も攻撃しているにも関わらず、全て防がれてしまっている。


「確かに底が見えませんが、無限に力が湧いてくるなど有り得ません。力は有限です。さらに言うなら、攻め方次第でしょう」


 ブラッシーの隣にやってきたディーグルが言う。


「どんな方法があるの~?」

「あれは見た目通り鈍重ですし、細かい動きも出来そうにありません。穴を掘って落としてしまいましょう」

「あらシンプル。でもナイスな提案ねー。そうしましょ」


 ディーグルの提案を聞いて、ブラッシーはぽんと手を叩く。


「悪因悪果大怨礼」


 黒色閃光がディーグルより放たれ、ダイナモの足元に直撃し、地面に大きなへこみを作った。


 ダイナモがへこみ部分に足を取られ、大きく体勢を崩す。


 その瞬間を見逃すことなく、ブラッシーがダイナモの足元で爆発を起こす。

 クレーター状の大きな穴ができて、ダイナモがその中へと倒れ込む。


 しかしダイナモはすぐ起き上がり、クレーター状のなだらかな斜面を、普通に歩いて上っていき、穴の外へと出ていった。


「全然駄目でしたね」

「穴の深さがまるで足りないのよ~」


 ディーグルが苦笑し、ブラッシーが肩を落とす。


「私は術師なので応用力に長けていませんが、ブラッシーは魔法を扱うので、穴掘り特化の魔法を使えばよいと思いますよ」

「も~、自分は出来ずに私に任せるくせに、その言い方はちょっとどうかと思うし、あの巨体を穴に落とすって、いくら私でもかなり消耗しそうだし、出来るかどうかわからないわーん」


 不平を口にしまくるブラッシー。


「仕方ありませんね」


 ディーグルは服の袖をめくり、ブラッシーの前に突き出す。


「どうぞ。私の血を吸えば、それなりに力が出るでしょう。一応八恐最強の私ですし」

「えっ!? ええっ!? いいのっ!?」


 ブラッシーが興奮して上擦って声をあげる。


「う、嬉しい申し出だけど、もう一声っ。首からっ、首筋から吸わせてっ。そっちの方がいいのっ。首にかぷっとかぶりついて吸いたいのっ」

「お断りします。何だかとてもよろしくない欲望の気配を感じるので」

「えーん、いけず~」


 不満声をあげるブラッシー。


「ではいただきま~す」


 ディーグルの腕にかぶりつき、血を吸いだすブラッシー。


「どうです? いけますか? あ、私を吸血鬼化する血を流しこむのはやめてくださいよ。抵抗レジストはできますが、生理的に気持ち悪いので」

「あー、美味しかった~ん。いけるわーん。でも気持ち悪いとかひどーい」


 御満悦の顔になったブラッシーが、ダイナモの足元を凝視し、魔力を練り上げにかかる。


 ダイナモの足元から大量の土砂が噴き上がった。土砂に半分以上隠れたダイナモが、大きく体勢を傾ける姿が映り、ダイナモの姿が沈むようにして消える。

 もうもうと立ち込める煙の中、ダイナモの姿は完全に消失した。


「今度は上手くいったと思うわよー」


 煙に包まれて見えないが、ブラッシーは落とし穴作戦に手応えを感じていた。


「そのようですね」


 ダイナモの姿が一切見えなくなったので、ディーグルも同意する。


「おいおいおい、あたしらが苦労してこさえたダイナモを、穴に落としてあっさり討伐とか、あんまりだろーがよ。刺すぞ畜生」


 その様子を見ていたアザミが、渋い表情になる。


「あはっ、大丈夫だよう」


 シクラメが笑い、魔法を使う。


「あ、これは不味いわーん」

「そのようですね」


 ブラッシーとディーグルは、未だ土埃が大量に舞う場所に、大きな空間の歪みの発生を感じ取った。


 次の瞬間、ダイナモが土埃の外に姿を現す。穴の中に落ちたダイナモを、シクラメが転移させたのだ。


「あの質量を転移させるとは、相当な力です」

「その分消耗も激しいと思うんだけど~。もー、これで振り出しよー。どうすりゃいいっていうのぉ~?」


 ディーグルが感心し、ブラッシーが憮然としたその時だった。


「ウホウホホホーッ!」


 ペガサスに乗った白い甲冑で身を包んだゴリラ――最強の白騎士ロック・Dが、咆哮をあげ、空中からダイナモに迫る。

 ロック・Dだけではない。その横には、黒騎士団副団長のイリスも飛翔していた。


「右腕の壺が曲者よーん。でも近づくとクリーム出してきて危ないわーん。クリームに触れると一発昇天よーん」


 ブラッシーがイリスとロック・Dに、魔法で音声を届けて警告する。


 ダイナモが空中からやってきたイリスとロック・Dに気付き、右腕を掲げて、バブル・アウトの白濁クリームを撒き散らす。


 ペガサス大きく迂回して白濁クリームを避ける。しかし一方で、イリスは白濁クリームの合間を器用に縫って飛び、ダイナモの右腕へと迫る。


 ついに右腕の壺まで届いたイリスが、壺に向かって剣を振るうが、壺を砕くことは出来なかった。


「あーん、もー、結構固えしー」


 離脱するイリス。


 上空から一気に急降下して襲いかかる、オウギワシ得意の狩りによる一撃であれば、砕く事も出来るかもしれない。しかしそれをしてしまえば、白濁クリームの中に飛び込んでしまう可能性もある。


「イリスちゃーん、剣に魔力付与エンチャントしてあげるわーん」


 ブラッシーが魔法でイリスに音声を届け、さらにイリスの持つ剣を魔力で強化する。


「さんきゅーでーす。じゃあもういっちょー」


 イリスが再びダイナモめがけて飛ぶ。


「ウホホホホホーッ!」


 ロック・Dがペガサスの上でドラミングして、ダイナモの気を惹きつける。

 ダイナモがロック・Dに向かって白濁クリームを撒き散らす。


 イリスが再びロック・Dの右腕の壺に迫る。


「糞がっ」


 アザミがイリスに向けて中指を立て、魔力の刺突を行ったが、イリスには当たらなかった。イリスは特に回避行動をとっていない。ただ飛んでいるだけで、アザミの攻撃は間に合わなかった格好だ。


「アザミ、こういう時はねえ、面で防がないと駄目だよう」


 シクラメが言い、イリスの前に魔力の壁を作った。


 イリスは気配を察し、壁をあっさりと迂回する。


「得意げに言っておいてその様かよ」

「あはは、お兄ちゃん面目丸潰れだあ」


 呆れるアザモに、あっけらかんと笑うシクラメ。


 イリスがダイナモの右腕の壺を剣で斬りつける。


 壺が割れる。白濁クリームが一気に噴き出たが、そのまま高速で飛び去ったイリスには及ばない。


「ひゃっはーっ! やってやったーいっ! あー……でも怖かったー」


 飛びながら歓声を上げた後、イリスは安堵する。正に命懸けだった。死の合間をくぐり抜けての飛翔だった。


「糞ったれめ、バブル・アウトが壊されちまったぜ」


 毒づくアザミ。


「後はあのゴーレムそのものを破壊ですか。それも骨が折れますが」


 ディーグルが呪文を唱える。


「黒髑髏の舞踏」


 様々な衣装を着た黒いスケルトンの大群が現れ、ダイナモめがけて殺到する。黒骸骨軍団はダイナモの体をよじのぼり、たちまちダイナモの全身を覆い尽くす。そして自分の体の骨を使って、ダイナモの材質不明の体を削り出す。


「遅れてごめんネ」


 ディーグルとブラッシーの隣に、ミカゼカが現れる。


「おっと、ここで八恐残党が揃い踏みとなりましたか」

「しかも八恐の上位三名だもんねー」


 ディーグルとブラッシーが微笑む。


「八恐が二人揃っていたのに、苦戦していたようだネ。とっておきを出すヨ」


 ミカゼカが不敵に笑う。


「ミカゼカの奴、案の定裏切りやがったか」

「マミという人も裏切るんじゃないかなあ?」


 ブラッシーとディーグルの横にいるミカゼカを見て、アザミとシクラメが言う。


 次の瞬間、ミカゼカが五人に分裂した。

 アルレンティス、ルーグ、ムルルン、ビリー、ミカゼカと、アルレンティスの五人の人格が同時にその場に現れている。


「五人になったの久しぶりなのー」

「こないだこれをやったのは、人喰い絵本の中だったな」

「これ、疲れるんだがなー、ま、こういうお祭り騒ぎの時じゃねーと出さねえけど」


 ムルルン、ルーグ、ビリーがそれぞれ言う。


「あら~ん、久しぶりにそれ見るわー。じゃあ私もアルレンティスに便乗して、切り札だしちゃおーっと」


 アルレンティス五人を見てブラッシーが言う。

 ブラッシーの体から禍々しい妖気を立ち昇り、服が弾け飛ぶ。口の端が大きく裂け、巨大な黒い蝙蝠の翼を生やし、肌が真っ黒に変色し、全身の筋骨が膨張していく。


「へっ、一気に魔物っぽくなりやがったなあ。元人間のくせによ」


 ビリーが変身後のブラッシーを見て笑う。


(ミカゼカ、今回もやりたい放題やってくれやがったな)


 ルーグがミカゼカを睨みつける。


(今回はまあ大目に見るか。K&Mアゲインに所属したジャン・アンリや、ノアに封じられたマミの件で、立ち回りが面倒だった。ミヤ様に不都合が及ばないようにもしないといけなかったしよ。この一番面倒な役をミカゼカがやってくれた)


 忌々しく思うルーグだが、ミカゼカの功績は認めざるをえない。


「同時に行くよ」


 アルレンティスが、黒髑髏にたかられたダイナモを右手で指差す。するとルーグ、ムルルン、ビリー、ミカゼカの四人も、アルレンティス同様に右手を上げて、人差し指でダイナモを指した。


 五人同時に、指先をくるりと回す。しかし回す方向は統一されていない。アルレンティスとムルルンは右回り、ルーグとビリーとミカゼカは左に回転させた。

 その指の動きに合わせて、ダイナモの両手足と首が激しく回転しだす。手足は左右でそれぞれ回転する方向が逆だった。


「あっはーん、とどめは頂くわーん」


 両手足と首を回転させ続けるダイナモの上空に、筋骨が肥大化した黒魔人姿のブラッシーの姿があった。ダイナモを見下ろし、歪んだ笑みを広げる。


 高濃度の妖気を纏ったブラッシーが、ダイナモめがけて急降下する。

 ブラッシーの体がダイナモの胴を突き抜けた。その瞬間、ダイナモの胴に空いた穴の中で、凝縮された妖気が爆発を起こし、ダイナモの胴部分を粉々に吹き飛ばした。


「ブラッシー、派手に決めたなのー」

「ったく、目立ちたがり屋がよ」


 ムルルンとビリーがその光景を見て笑う。


「ブラッシー! 戻れ!」


 大声で叫んだのはディーグルだった。ディーグルの声は、離れた場所にいるブラッシーの耳

にも届いた。


 距離が開いているにも関わらず、ディーグルだけが気付いた。攻撃して、とどめをさした瞬間のブラッシーを狙って、致命的な攻撃が繰り出されようとしていた事に。


「え……?」


 ブラッシーは周囲の光景を見て呆気に取られた。ばらばらになったゴーレムの破片から、様々な種類の花が咲いている。大量に咲き乱れている。それはただの花ではない。幼児が描いたような顔が、花弁に描かれている。顔は全て無邪気に笑っている。

 ゴーレムの破片から咲いていた顔の花は、やがて地面からも大量に生えだした。ブラッシーの体からも生えだした。


 急激に力が抜ける感触を覚え、ブラッシーは膝をつく。黒い肌が、膨張した筋肉と骨が、元に戻る。口の端も閉じ、蝙蝠の翼も消える。


(吸われてる……? よりによって吸血鬼の私が……魔力も生命力も、急速に吸い取られちゃってる?)


 全裸のブラッシーがとうとう地面を両手までつきながら、周囲の顔のついた花に、自分の力が吸収されている事に気付く。


「ブラッシー!」


 少女の叫び声が響く。空間が歪み、ムルルンが現れる。次いでルーグとアルレンティスも現れる。


「駄目よ……ここに来ちゃ……」


 力無い声で訴えるブラッシー。アルレンティス達の耳には届いていない。


 ミカゼカとビリーも空間の門から現れた所で、さらなる異変が発生した。花に描かれた口が一斉に大きく開かれ、口からどんどん魚が飛び出してきたのだ。

 飛び出した魚は空中を泳ぐようにしてゆっくりと飛ぶ。花同様に、ファンシーな顔がついている。


 それらはアルレンティス五人の周囲を、ただ飛んでいたが、やがて餌をとるかのような仕草で、アルレンティス達とブラッシーの体をつっつき始めた。


「何だぁ、こいつはっ」

「よせルーグ!」


 ルーグが魔力を放ってファンシー魚を攻撃した。ビリーが制止したが遅かった。


 攻撃魔法を食らったファンシー魚が、元気よく飛び回る。


「今……こいつ、俺の魔力吸った。魔法を吸収しちまうのか……」

「魔力を吸うだけじゃないみたいなのー……」


 驚くルーグの横で、ムルルンが掠れ声を漏らす。


 ムルルンの体に、何匹もの魚がたかっている。ムルルンは真っ青な顔になって、横向きに倒れている。


「体力も……吸い取られちゃうなの……生命力そのものも……吸われちゃうなの」

「ムルルンっ」


 ルーグが腕を振り回して、ムルルンにたかる魚を追い払い、ムルルンを抱き起す。


「魚からだけじゃないヨ。周囲の花からも少しずつ吸われてるし、早くこの場から逃れようネ」

「ミカゼカの言う通りだ。この場所は不味い。離脱するよ」


 ミカゼカとアルレンティスが促し、未だ開きっぱなし空間の門へと駆ける。


 しかしその二人の前に、ファンシー魚が綺麗に列を作って、行く手を阻む。

 さらにはアルレンティスとミカゼカの体のあちこちからも、花が咲きだす。


「おいおい……この力……ただごとじゃねーぞ。俺達の抵抗力を突き抜けて、問答無用で体を浸蝕してきやがった」


 すでに全身から花を咲かせたビリーが、うつ伏せに倒れた状態で言った。その横ではルーグも、全身花だらけになって仰向けに倒れている。


「うーん、凄いなあ。自分の力だけど、凄いって思っちゃう。八恐の二人を簡単に倒せちゃうんだからさあ」


 ゴーレムの残骸の一つに腰掛けた白ずくめの魔法使いの少年が、ブラッシーとアルレンティス達を見下ろしていた。


「月のエニャルギーと坩堝から授かった力のおかげで、僕もかつてない力が出せて、自分が怖いくらいだよう。あはっ」


 白い魔法使いの少年――シクラメが笑い、ゴーレムの残骸から飛び降りて、顔のついた花畑の中へと降り立った。


(思い出した。この子は前、坩堝から力を得たミヤ様の魔力を吸っていた)


 膝をついたアルレンティスが、シクラメを見て思う。


「う、嘘でしょ~……八恐のブラッシー様とアルレンティス様が続け様に倒されちゃってる~……」


 上空から様子を伺いに来たイリスが、グロッキー状態のブラッシーとアルレンティス達を見て慄く。


 次いで、イリスは見た。徒歩でゆっくりとその場に近付く、黒ずくめの服装の人物を。


「あ、まだ一人、エルフの格好いいお兄さんがいたんだねえ」


 悠然とした足取りで接近してくるディーグルを見て、シクラメはにっこりと笑った。

 一方ディーグルは、無表情にシクラメを見据えたまま、歩いている。

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