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27-10 別れは綺麗に、素直に、純粋に

 その日、アザミが魔術学院のいつもの部屋に行くと、仲間達が倒れていた。


 毎日顔を合わせていた魔術師三名が、動かぬ骸となっている。全員、首を一突き刺されて絶命していた。手練れの暗殺者の仕業だ。

 室内の黒板には、血で貴族のマークが記されていた。


「モミジ、カキツバ、スノフレ……」


 震える声で、倒れた仲間達の名を呼ぶアザミ。


「どうしたんだよ……何で皆倒れてるんだよ……。おい……おい……」


 アザミが一人ずつ仲間を揺すって起こそうとしたが、仲間達は動かない。


 何故仲間が殺されたか、その時のアザミにはわからなかった。判明したのは後になってからだ。


 貴族達が王制を退け、自分達で実権を握るために蜂起した。魔術師ギルド及び魔術学院は、王家と懇意であり、障害と見なされた。

 王家に与せずこの争いを静観しろと、貴族達は魔術師ギルドに通達した。だが当時のギルドマスターであるパブ・ロドリゲスは、中々返答しようとはしない。


 そこで貴族達は強硬手段に出た。何人かの魔術師を見せしめとして手にかけたのである。

 くだらない革命騒ぎの巻き添えで、仲間が殺されたと知ったアザミは激怒した。


「あたしと一緒に立ち上がって、貴族共を皆殺しにしてくれよっ。ミヤっ。貴族はあたし達を恐れてあんなことしたんだ。あたし達が本気で歯向かえば、貴族共なんてどうにでも出来るだろっ」

「そしてさらなる血を流せというのか? 桁二つ、いや、桁三つ多い死人を出すかもしれんぞ?」


 懇願するアザミに、ミヤは哀れみの眼差しを向けて辛そうに言う。


「ミヤ! 何で力を貸してくれねーんだよ! ア・ハイで一番の大魔法使いだろ! 破壊神の足を退けた英雄だろ! あんたが力を貸しくれれば……!」


 ミヤに向かって必死に訴えかけるアザミだが、ミヤは応じようとしなかった。


 殺されたのはアザミの仲間達だけではなかった。他にも何名かいたので、その周囲の人間に、アザミは貴族と戦う呼びかけを行った。


「このまま黙って言いなりになるのか? 何人も殺されてよ!」


 アザミは何度も同じ台詞を叫んだ。応じる者もいたが、大した数は集まらなかった。


 そうこうしているうちに王家は追放され、貴族がア・ハイの実権を握った。魔術師ギルドと魔術学院も解体の決定がなされてしまう。


 ア・ハイには多くの魔法使いがいた。しかしこの革命を機に、多くの魔法使いがア・ハイから去っていった。アザミとシクラメの師も去っていった。師匠はアザミ達にも一緒に来ないかと誘ったが、アザミは応じなかった。


「革命はなされた。少数の犠牲で済んだ。これは偉大なる勝利だ」


 当時の貴族連盟議長のこの勝利宣言に、アザミは激昂した。


「貴族共を皆殺しにしてやる! 魔術師と魔法使いが治める国にしてやる!」

「そして王制も戻そうねえ」


 アザミが叫んでいると、シクラメがやってきて声をかける。


「でもそれは今やることじゃないからねえ。今ここでアザミと少ない賛同者が暴れても仕方ないよう。入念に時間をかけて準備しよう。そして機を待とう。貴族達が治めるようになったこの国は、いずれ不安定になると僕は見てるんだあ。いずれ破綻する。民衆の不満も溜まっていく。時間はかかるだろうけど、準備を進めよう」


 シクラメが優しく諭し、今後の計画を口にする。アザミはシクラメの言うことを受け入れた。


 それから長い年月をかけて、アザミ達は少しずつ力を蓄える一方で、裏で密かに工作を行い続けた。貴族への不満を煽り、何度も一揆に駆り立てた。もちろん全てがアザミ達の仕業ではない。自然発生した暴動も多い。

 計画の多くはシクラメの発案による。シクラメはアザミに全面協力してくれた。そんな兄を心強く思う一方、心苦しくもある。


(あたしが……お兄ちゃんをあたしの復讐に付き合わせて、お兄ちゃんの人生を台無しにしちゃった……)


 アザミはそう意識している。実は自分の方こそ、シクラメに強く依存している事もわかっている。そしてそんな自分の性質を見抜いたうえで、シクラメが自分を守護し続けていると、アザミもわかっている。


***


 マミはフェイスオンのいる診療所を訪れた。


「マミ……その体は……」


 フェイスオンはマミの体を見て驚いた。


「ああ……フェイスオン」


 フェイスオンの端正な顔を見て、マミの口元が綻ぶ。フェイスオンの顔を見るのも、これがきっと見納めになると意識してしまった。


「失敗だったのか? 待ってて。すぐに――」

「いい……。そんなに……長時間もたなくていい。一回の戦いだけもてばいいから」


 フェイオンの言葉を遮り、マミが告げる。


「だから、フルに力が出せるようにして。ありったけの力を出せるようにして。お願い……フェイスオン……。あの子を待たせているの」

「マミ」


 痛切な表情で訴えるマミを見て、フェイスオンは理解した。


「ノアと戦っているんだね」

「わかるのね」

「今の君にはそれしかないだろう? いや、君はいつもノアのことを邪険に扱っていたけど、それでも君の一番側にいて、君が最も心を寄せていた相手は、ノアだったじゃないか」


 フェイスオンの言葉を聞いて、マミは目を細めた。


「私は……貴方だと思っていたけど、その貴方にそんなこと言われるのね」


 あまりにも意外な台詞であったが、今は悪い気はしない。

 マミは施術室に連れられ、フェイスオンによって魔法と魔術の双方でもって、体の維持補強と、そして強化の処置を受ける。


「私がフェイスオンに惹かれていた理由、今……話しておくわ」


 フェイスオンの施術を受けながら、マミは打ち明ける。


「私の魔法使いとしての師匠が、医者だったことに関係していると思うの。私は師匠に対して、何も悪感情を抱いていなかったし、尊敬もしていた。何の疑問もなく医師の仕事の手伝いをしていた」


 マミの異常性が覚醒する以前の話だった。マミが初めて人を殺した時、マミの中で何かが大きく入れ替わり、師匠の手伝いを――医療を行うことが馬鹿馬鹿しくなって、マミは無言で師匠の元を去った。


「ああ……わかったわ……」


 喋りながら、マミははっとした。


「何が?」

「今の私って、あの爺を死なせる前の私なんだわ」

「え?」


 自分だけにわかる台詞を口にするマミに、フェイスオンは怪訝な声をあげる。


「私は昔からこんなんだったわけじゃない。師匠の元で、医療の手伝いをしていて、医療ミスで、ムカつく患者の爺を死なせた時、すごく気持ちよくて、その時を境に、自分の心が入れ替わったみたいなの。その時からよ。私が殺人に取り憑かれたのは。そして……やたら短気で癇癪持ちになったのもね。あの時から人が変わってしまった」


 喋りつつ、マミは自分の両の掌を見る。先程までひび割れていた肌が、元に戻っている。


「今の私……体が違う影響なのか、それともミクトラの中の地獄が長かったせいか、心が入れ替わる前の私が、少し戻っているみたいね。私の心、明らかに前の私の影響を受けている。感性も、思考も――少しだけどね」

「そっか。マミも昔は素直ないい子だったってわけだ」


 フェイスオンが微笑み、告げる。


「だから……私の中に閉じ込められていた昔の自分が外に出たくて、閉じ込めている扉を開けたくて――だからそま影響で、昔の自分と関連ある――師匠と同じ、医者で魔法使いのフェイスオンに惹かれていたんじゃないかしら。あと、イケメンだったから」

「それはどうも。そうか。つまり君もずっと迷子だったのか」

「君も?」

「私も罪を犯した。より医術を極めるために、人を殺して、新鮮な死体を使って実験を行った」

「そうだったのね……」


 フェイスオンの告白は、マミにはとても信じられない代物だった。フェイスオンがそんな行為に及ぶなど、どうしてもイメージが結び付かない。しかしこの場で彼がそんな嘘をつくはずもない。


「君の中にいた迷子の君が、やっと見つかったのかな。それはきっと悪いことじゃない」


 そう言って笑うフェイスオンに、何故かマミは救われた気分になった。


「人喰い絵本の中で、星座を見上げて語ったこと、覚えている?」

「ああ」

「貴方はまだ目的に向かって途中なのよね。素晴らしいことだわ。今なら……心から応援できる」

「ありがとう」


 夢見るような眼差しで告げるマミに、フェイスオンは伏し目がちになって礼を述べた。いつものマミではない。ひどく儚く映った。自分の運命を悟った、受け入れているからこそなのだろうと、フェイスオンは思う。


「私は自分の夢をもう叶えられそうにない。でも、託せる相手はいるのよね」


 それが誰であるかは、フェイスオンにはわかっていた。


「ごめんなさい。最後だから……」


 マミが断りを入れ、フェイスオンに顔を寄せて、唇を重ねる。

 フェイスオンは拒まずに、静かに受け入れる。


「今まで……ありがとさままま。これで多分、本当にお別れよ」


 そう言ってマミは立ち去ろうとする。


「そうか。ごめんよ。私の力不足で、君を助けてあげられなくて」

「すまんこって言って」


 謝罪するフェイスオンに向かい、マミはそう告げたものの、フェイスオンは従わなかった。マミも気にせず、部屋を出ていった。


***


 ロック・Dとの戦いに集中していたケープは、うっかり他の敵の存在を失念していた。いや、全て倒していたと誤認していた。一人の子っていたというのに。


「ひゃっはーっ!」


 後頭部に斬撃を受けると同時に、歓声が響く。イリスが急降下して、丁度再生を終えたケープを剣で斬りつけたのだ。


 首を切断されたケープが膝をつく。頭部は地面を転がっている。


「ウッホホホーッ!」


 ロック・Dがドラミングしながら吠える。K&Mアゲインの魔術師達は一掃されていた。


 ケープは急ぎ再生するが、もう間に合わないだろうと悟っていた。再生する前に、イリスとロック・Dが追撃してくると。


 ケープはふと思い出す。ジャン・アンリに頂いた絵を自宅に飾った時のことを。

 それは喜びの絵。自分の笑顔の絵だった。自分の肖像を自宅内に飾るのは、最初は抵抗があったが、せっかく描いてもらったのにしまっておくのは勿体無いとして、目立つところに飾り、毎日目にしていた。


(もう見ることはできない?)


 ケープがそう思ったその時、一人の少年が姿を現した。


「おやおや、首チョンパだネ」


 現れたのはミカゼカだ。ジャン・アンリの知己であり、魔王の大幹部である八恐の一人でもあるアルレンティスの一人格だという。

 この局面でミカゼカが現れて加勢してくれるのは、心強かった。心底助かったとケープは安堵した。危機一髪に駆けつけた英雄のようにさえ感じられた。


 ケープの頭部が胴体にくっつく。ミカゼカの仕業だ。


 ケープの体が魔力の紐で雁字搦めにされる。それもミカゼカの仕業だ。


「大人しくお縄につこうネ」


 ケープを拘束したミカゼカが笑う。


 愕然とするケープ。危機一髪で助けにきたと思った者に、逆に攻撃されたのだ。安堵の後にこの仕打ちだ。そのショックは計り知れない。


「裏切ったのですね……」

「元々僕はミヤ様の味方だヨ。これは予定通りサ」


 力無く言うケープに、ミカゼカが言い放つ。


「ケープ先生、そのまま降伏してください」


 アベルが立ち上がり、訴える。


「これ以上罪を重ねないでくれ」


 アベルも立ち上がり、訴える。


「これだけでは足りない……。このままじゃ届かない……。でも、ここまでみたいですね……」


 自虐的に笑い、ケープは拘束されたまま魔力を集中させる。自身の体内に。


「没落貴族の娘の……これが最期ですよ」


 母の形見である懐中時計を握り、ケープは魔力を暴走させて自爆しようとした。


 近くにいたミカゼカは避けようとしなかった。魔力の紐から、ケープの魔力を吸い上げた。

 魔力を失い、魔力暴走による自爆も封じられたケープは、絶望してがっくりとうなだれる。


「ケリがついたヨ」


 ミカゼカが肩をすくめる。ロック・Dとイリスもやってくる。


「そうみたいねー。はんっ、いいザマー」


 イリスがロック・Dの肩の上に降りて、ケープを見下ろして小気味よさそうに吐き捨てた。

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