27-9 怖いなら後ろから撃ってもいい
ノアの方から無言で仕掛ける。六つの重力弾をそれぞれ異なる軌道と速度で、マミに向けて放つ。
飛来する重力弾を消し去ろうと魔力を放つマミ。しかし重力弾は魔力そのものを引き寄せてしまい、マミのしたことを無効化ししまう。
(力も技も格段に上がっている。これは油断できないわね)
そう判断したマミは、自身も六つの重力弾を生み出し、ノアの放った重力弾にぶつけた。相殺するような形で、全ての重力弾が落下して、道に大きな半球状のへこみを作る。
「ここでマミを抑えているのだから、ブラッシーとディーグルにも働かせた方がいいね。サユリも働かせるとするか」
ミヤが言い、口に出した者達に念話を送る。
(あいつは……まだあちらについていてもらった方がいいね)
ミカゼカを見てミヤは思う。
マミが己の目に魔力を集中して、ノアを睨みつける。視線と魔力を連動させ、視線の先にある対象を爆発させる魔法を用いたマミであったが、ノアは完全にガードしきった。
(僕、前にあれで頭をふっ飛ばされたな。でもノアは防いだ)
以前、マミと戦った際のことを思い出すユーリ。
ノアが白いビームのようなものを放つ。過冷却水だ。
横に大きく跳んで避けたマミだが、ノアは過冷却水のビームの方向をずらして、マミを追撃する。
仕方なくマミは魔力で防護壁を作ったが、過冷却水が防護壁に直撃すると、直撃箇所から氷塊が発生し、たちまちにして防護壁全体が氷塊に包まれ、さらにはマミの全身をも覆う。
仕方なくマミは転移して、氷塊の中から逃れる。転移は魔力の消耗が多いため、回避でも容易に使用したくはない。
マミの転移先はノアの後方だった。転移するなり、長大な魔力の槍を生み出して、ノアに向けて飛ばす。
鈍い音が響く。魔力の槍はノアに届くことなく防がれた。ノアは振り返ることもなく、魔力の盾を作って、マミの槍をピンポイントで防いでいた。
続けて攻撃するマミ。白いカーテンのようなものを発生させ、ノアを包もうとする。
カーテン状のものに包まれる刹那、ノアは転移を行った。
空間の揺らぎを間近で感じて、マミはぎょっとした。後方か上空に転移してきて不意打ちをしてくるのではと予測したが、もっと近く――マミがいる場所そのものに転移してくような気配だった。
マミは大急ぎでその場を飛びのいたつもりであったが、間に合わなかった。マミがいた場所に転移してきたノアが、抱き着くような仕草でマミに上から覆いかぶさる。
直後、ノアの体から電流が放たれた。ノア自身も多少は感電しているが、ノアは予め魔力によって電流を制御し、自身の体にはあまり流れないようにしている。一方マミは防ぎようがない。いきなり抱き着かれるような格好になった事も、虚をつく格好となって、マミに防御する暇を与えなかった。
電撃を食らい、マミの動きが止まる。その隙を見逃すことなく、ノアは至近距離から全力で魔力を解き放った。
マミの体がばらばらになって吹き飛ぶ。手足はちぎれ、腹部は大きく裂け、顔の半分の顔がめくれ、目が片方飛び出た状態で壁に叩きつけられた。骨もあちこち折れている。
(全く別次元の強さ。私といた時と比べ物にならないわ。師匠を変えただけで、こんなに変わるものなの……)
大急ぎで再生させながら、ノアの強さに舌を巻くマミ。
倒れたまま再生を行うマミに、ノアはさらに追撃を行う。
無数の光弾を放たれ、再生中のマミに着弾し、次々と爆発を起こす。
ノアが攻撃を終える。周囲に煙と埃が立ち込めたが、すぐに晴れる。地面には、マミの体はよりばらばらになって散乱している。ばらばらではあるが、多少は原型を留めていた。
攻め疲れをして、ノアは肩で息をしていた。合間を置かずに飛ばし過ぎた。しかし満足そうに笑っている。
「ああ……俺、強くなってるんだ。あの時は先輩と二人がかりでも苦戦しまくったのに、今の母さんとの戦いは、凄く楽と感じるよ」
うそぶくノアの顔が、突然凍り付いた。冷たく静かな殺気を間近で感じたからだ。
爆撃が連鎖的に何度も発生する。ただの爆発ではなく、爆炎を伴った熱爆発だ。
ノアは瞬時に魔力の防護膜を張ったが、防ぎきれなかった。
爆風と熱で壮絶なダメージを受け、ノアはうつ伏せに倒れる。もし防護膜を張るのが遅れたら、蒸発レベルで全身を破壊されて、再生することが出来たかどうかも怪しかっただろう。
「先の先、裏の裏を読めって、いつも言ってたでしょ。オツムは大して成長していないようでがっかりだわ。以前貴女達の使った手も参考にさせて貰ったけど」
頭部と右肩と右腕だけの状態になったマミが、少し離れた場所で、倒れたノアを見てにんまりと笑う。
マミはばらばらになった直後、再生するよりも攻撃に転ずることを選んだ。頭部だけ自分の体のダミーを作って、本体は逃げていた。ノアの攻撃が、爆発によって周囲に煙がたちこめ、視界が一時的に遮られる事も見越していた。
(そうだ。俺が母さんに対して唯一尊敬していた部分がある。凄く狡猾な所だ。計算高い所だ)
肉体の回復を急ぎながら、ノアは思う。
(俺にその思慮深さが無いことが、母さんをさらに苛立たせていた)
ノアが倒れたまま、首だけをマミの方に向ける。マミは追撃してくることなく、ノア同様に回復に力を注いでいる。ばらばらに散乱した体を繋げ合わせている。
「母さん、すまんこ。それだけに関しては謝っておく」
いきなり謝罪したノアに、マミは目を丸くした。
「へえ……どうして謝るの?」
上半身を再生させて服も復元させながら、マミが尋ねる。
「俺も悪いと思っているから。いつもちゃんと頭を働かせなかった。それで母さんを怒らせた。今は少しまともになったと思うんだけどね」
「まともになってないわよ。あまり成長してないわ。成長したというなら、口ではなく行動で示しなさいよ」
下半身も再生させつつ、マミはゆっくりと立ち上がり、憎々しげに言い放った。
(嘘だけどね。この子はとんでもなく成長してる)
我が子の成長が、片がが、マミは嬉しくて仕方が無い。そして自分が激しい喜びを感じている事を、認めざるをえない。
(母さん……。憎まれ口叩いているけど、さっきから何て顔で俺を見てるんだ。まるでその顔――)
自分を見るマミの穏やかな表情と温かい眼差しに、ノアは戸惑っていた。
(この気持ちは何なの? ノアと向かい合っているこの時間が、とても楽しくて、とても尊いもののように感じられている。私の残りの時間が少ないことを意識すると、余計に……)
一方でマミも、自身の感情に困惑していた。
「え……?」
その時、マミは体の変化に気付いた。
魔法での再生が上手くいっていない。いや、再生したはずの場所が、少しずつ崩れ始めている。
(はあ……こんなタイミングで出なくても。もう少し、もってくれないものかしら……)
両手を見つめて、深く嘆息するマミ。掌に無数のヒビが入り、皮がめくれていく。
「様子がおかしいですね」
「うむ。何か起こっているようだ」
マミが止まってしまい、戦意を失くしている様子を見て、ユーリとミヤが言った。
ノアはいちはやく視認した。マミの体のあちこちが、微妙に変色している。そしてヒビが入り、皮が剥がれている。それを見てノアはフリーズしてしまう。
「母さん……」
何を意味するのか、ノアは直感的に理解した。
「ウッキーッ! 元に戻れーっ!」
マミは気合いの咆哮をあげると、魔力をふりしぼり、自分の体の崩れた箇所を修復していった。再生はしないので、魔力で肉体の欠損部分を創り出して張り付けた。
「マミ、どうしたノ?」
ミカゼカが戸惑い気味に声をかける。
「元々長持ちはしなかったみたいね」
マミがミカゼカの方を見て、自嘲の笑みを零して言った。
自分の体がおかしい兆候はあった。感覚が急に吹っ飛んでいたあれだ。そして力の制御が出来なかった。
ミカゼカもフェイスオンも、マミの体の再構築が失敗だったことを知らない。
マミは嘆くこともなく、怒ることもなかった。
「ノア……まだまだよ。こんもんじゃ……済まさない。済ましたくない……」
ノアを見つめ、マミは譫言のように呟く。
「母さん……」
「あー! もうっ! 私をそんな目で見るんじゃないわよっ! 私を誰だと思ってるの! ちょっと待ってなさい。体……治してくる。それと、もっと力を得てくる」
哀れみの視線を向けるノアに苛立ち、マミはそう言い捨てると、堂々と背を向けた。
「私が怖いなら、後ろから撃って止めてもいいのよ? あ、ミカゼカ。貴方はついてこないで。一人で行きたい。いや、済ませたいことがあるから」
ノアに挑発気味に言い捨てると、同行しようとするミカゼカを止め、マミは魔法を使って飛翔し、その場を去った。
憂い顔で見送るノア。
(母さん、色々と様子が変だ。体が崩れていたのは……不完全な復活だったから? それよりも……母さんの言動や表情の方が気になったけど。俺に対する復讐とか嫌がらせとか、そんな雰囲気も感じない。どういうことなんだろう)
その答えは、わかるような気がしたが、わかりたくもなかった。今更すぎる。今更マミにそのような感情を自分に向けて欲しくないと思っていた。
「僕もお暇するネ」
ミカゼカも立ち去る。
「師匠、ミカゼカさんがK&Mアゲインに加担しているのに、見送ってもいいのですか?」
ユーリが尋ねると、ミヤは小さく微笑んだ。
「この前にも言ったが、ミカゼカは儂を裏切らんよ。K&Mアゲインに加担したということは、獅子身中の虫を放ったようなものさね。ま、迷惑なことや面倒なことは色々とするだろうけどね」
「俺の母親を復活させたんだよ? そしてK&Mアゲインに入れたんだよ?」
ノアがミヤの台詞を聞いて、呆れ気味に言う。
「ふう……それは迷惑の度合いが過ぎるようだね。マイナス5だ。しかしあ奴はマミが殺人鬼だということも知らなかったからね」
「マイナス三桁つけてもいいよ」
ミヤが苦笑して、ノアは憮然として言った。
「師匠、先輩、俺はここで母さんが戻るのを待つよ」
マミが去った後を見やり、ノアが告げる。
「わかった。気を付けてね」
「ヤバそうならすぐにお逃げ。意地張るんじゃないよ」
「そうするよ。我儘言ってすまんこ」
ユーリとミヤの言葉を受け、ノアはにやりと笑い、その場で腰を下ろしてあぐらをかいた。
***
ロゼッタはジャン・アンリと共に行動していた。二人きりだ。他に魔術師は連れていない。
選民派の貴族の家に押し入る。家長とその妻、まだ幼い子供が同じ部屋で震えている。
「平民に与し、王制を蘇らせ、満足か? あとは我々を殺して、それで満足か?」
家長たる貴族が、震えながらも精一杯粋がる。これから待ち受ける運命は、彼とて理解している。
ジャン・アンリが小さく呪文を唱えると、巨大なコオロギが現れ、貴族の後頭部にかじりつき、そのまま首を切断した。
「あなたーっ!」
貴族の妻が叫ぶ。巨大コオロギが反応し、妻の顔を前肢で突き刺した。
残るは、目の前で両親を殺された子供だった。震えながら失禁している。
巨大コオロギが動くが、ロゼッタが震える子供と巨大コオロギの間に割って入る。巨大コオロギの動きが止まる。
「ひどいれすっ。こんな小さな子まで殺しちゃらめえっ」
「ゴキブリの子はゴギブリでしかなく、成長すればゴキブリとなった害を成すのだが?」
抗議するロゼッタに、ジャン・アンリが訝しげに告げる。
「人はゴキブリとは違うのれす。悪いことちた人を罰するのはともかく、その周囲の人まで罪を被せるのはおかちいれすっ」
「わかった。理屈ではわからないし受け入れがたいが、同志を悲しませたくない。ここは私が退いておくことにしよう」
ジャン・アンリがそう言って巨大コオロギを引っ込めようとしたが、その頭部が吹き飛んで、体液が室内に飛び散った。
窓の外を見ると、ミヤとユーリがいた。コオロギの頭を吹き飛ばしたのは、ユーリが放った魔力の矢による攻撃だ。
「ジャン・アンリ、もういいだろう? そこまでにしときな。お前達の望みは大概叶っているんだ」
ミヤが静かな口調で訴える。
ジャン・アンリとロゼッタが窓から屋敷の外へと出て、庭でユーリとミヤと対峙する。
「私個人の貴族への怒りだけではない。アザミに最後まで付き合ってやりたいという気持ちも、あるということだ。私はアザミに助けられたからな」
そう言って、ジャン・アンリは短く呪文を唱えた。
三匹の巨大昆虫が現れた。鮮やかな青い蜂――ルリモンハナバチ。同じく鮮やかな青い翅をもつ蝶――モルフォチョウ。翅が透け、緑の体色を持つスズメガ――オオスカシバ。
「とっておきの三匹であると告げてもよいか? まあ、アデリーナには流石に劣ると言ってしまおう」
さらに呪文を唱え、アデリーナを混ぜたテントウムシを呼び出すジャン・アンリ。
「見た目は綺麗だけど、人が混ぜられているんですよね」
硬質な声を発するユーリ。ジャン・アンリに冷たい視線をぶつけている。
「ユーリ、いちいち――」
「大丈夫ですよ、師匠。僕は冷静ですから」
ミヤの注意を途中で制し、ユーリはうってかわって柔らかな声になって言った。




