27-8 遊びましょ?
それは三十年以上前の話。まだア・ハイに王制が敷かれ、魔術師ギルドも魔術学院もあった頃の話。
魔法使いは魔術師の上位にあたる存在だが、魔術師ギルドに所属し、魔術学院で学ぶ。与えられる役割もそう変わりはない。
兄妹揃って魔法使いとしての才があったアザミとシクラメも、子供の頃から魔術学院に通っていた。出生地はア・ハイの田舎なので、学院の寮で寝泊まりしている。
アザミとシクラメは、特別教室へと入れられた。ここは魔法使いと、魔術師の中でも特に才がある者だけが入れる、エリートのための教室だ。少数の生徒に、徹底的な英才教育が行われる。兄妹の他には、三人の魔術師の少年少女がいた。
「どーよカキツバー、あたしのニュー使い魔は」
アザミが巨大な黒い蜘蛛を召喚して見せ、得意満面になる。
「使い魔蜘蛛とかキメぇ……」
カキツバと呼ばれた男子生徒がドン引きする。
「人の好みにケチつけたらよくないよ」
「モミジの言う通りだよう。アザミはこういう趣味なんだからさあ」
女子生徒モミジが注意し、シクラメが同意する。
「こういう趣味って言い方がちょっとアレだな。棘感じるわ」
アザミがシクラメを見て、仏頂面になる。
「あ、ミヤがきたー」
もう一人の女子生徒、スノフレが声をあげた。
「にゃんこ大魔法使い現るっ。今日もモフりまくってやるぜィー」
教室に入ったミヤめがけて、アザミが大喜びで抱き上げる。
「こら、やめんかアザミ。お前は猫撫でるのが下手すぎなんだよ。撫で方が自分勝手すぎる」
アザミの腕の中でじたばたと藻掻き、脱出するミヤ。
「ケッ、自分勝手な撫で方って何だよ。猫の撫で方の良し悪しなんてあってたまるかっての。ただ撫でるだけじゃねーか」
「マイナス3。儂の言葉に耳を貸さず、あくまで自分のやり方を通そうなどと、不届き千万」
頬を膨らませるアザミに、ミヤがぴしゃりと告げる。
「さて、お前達の師匠がお出かけだから、今日は代わりに教えに来たよ」
アザミとシクラメを見て、ミヤは言った。
「ところで、一つ興味本位で聞いておくが、お前達は将来どんな魔法使いになりたいね?」
ミヤが尋ねる。
「僕はミヤに認められるような凄い魔法使いになりたいなあ」
「ケッ、あたしはミヤを越える大魔法使いになってやるぜ」
「お前達もシモンと似ている所があるね。まあ、あれほどひどくはないが」
シクラメとアザミの答えを聞いて、溜息をつくミヤであった。
***
K&Mアゲインの構成員達は分散して、ソッスカーの上流階級の住宅街へと赴く。
ケープが数名の魔術師を率いて、選民派の貴族が住む邸宅を襲撃しようとしたその時、彼等の前に立ちはだかる者がいた。黒騎士団だ。
騎士達の中の一人を見て、ケープは一瞬憂いの表情を浮かべる。アベル・ベルカだ。ケープは彼の家によく通い、父のカイン・ベルカの診察をしていた。しかし実際には診察とは名ばかりで、狂気へ誘う薬と、暗示作用のある薬を投与し続け、カインを洗脳していたのだ。そしてアベルもケープの所業を知る所となった。
「ケープ先生、まだ悪事に手を染めるつもりですか?」
アベルが悲しげな面持ちで問いかける。
「私は悪事と思っていません。しかし……貴方の父上にした行為は、まぎれもなく悪であると受け止めています。矛盾していますが、両方の気持ちがあります」
「そうですか。私も同じですよ。父にあのようなことをしたケープ先生を、許せないという気持ちと、許したいという気持ち、両方あるんです。中々苦しいですね」
アベルを真っすぐ見据えて本心を述べるケープ。アベルは微笑を浮かべて、こちらも本心を口にする。
直後、アベルの後方から年配の貴族の男が現れた。アベルの父、カインだ。
「お元気そうで。もう回復したようですね」
「お陰様でね」
ケープが硬質な声で社交辞令を口にすると、カインはにやりと笑った。
「私は許しますよ。ケープ先生。貴女はきっと改心してくれると信じます。しかしそれは生きていたらの話です。これ以上の無益な争いは止めなさい」
カインが笑みを消し、毅然とした口調で言い放った。
「これだけでは足りないんです。このままでは、まだ届かないんです」
遠くを見る目になって、うわごとのように呟くケープ。
「説得は聞き入れないみたいねー」
イリスが羽ばたき、アベルとカインの上を旋回する。足には剣が握られている。
「ベルカ議員っ、お下がりをっ」
ゴートが言いつつ、カインの手を引っ張って無理矢理下がらせた。
ケープが魔法を発動させる。不可視の力が荒れ狂い、黒騎士達を一斉に薙ぎ倒す。
一応手加減はしているようで、死人は出ていない。しかし初撃で黒騎士の大半が大ダメージを負った。軽傷の者もいるが、骨折したり気絶したりと、戦闘継続が難しい者の方が多い。
残った黒騎士が剣を構え、黒騎士達の後方にいた少数の魔術師が杖を取って呪文を唱えだす。
ケープの後方にいた魔術師達も呪文を唱え始めたが、先に黒騎士の後方にいた魔術師達の魔術が発動した。
様々な攻撃魔術が一斉に降り注ぐが、半球状の光る防護膜がケープとK&Mアゲインの魔術師達を覆い、黒騎士団の後方にいた魔術師達の攻撃魔術を尽く防ぎきる。
K&Mアゲインの魔術師達が魔術を完成させる。攻撃魔術が黒騎士達とその後方にいる魔術師に放たれ、こちらは誰も守る術を持たずに食らってしまった。一応K&Mアゲインの術師達も加減はしている。特に魔術師は殺したくない。
「えー……私以外全滅しちゃったよー、これ。どーすんのよー」
イリスが黒騎士達の惨状を見て愕然とした。
「呆気ないですね。カインさんは……選民派でしたね。申し訳ありませんが、ここで制裁を受けて頂きます」
倒れているカインを見て、冷たい声で宣言するケープ。
「父はもう……違う……」
アベルが倒れたまま呻くが、ケープの耳には届かない。
空を舞っていたイリスは、ケープが攻撃する気配を見せたら速攻で飛翔して突っ込むつもりでいたが――
「ウッホーッ!」
ケープが攻撃しようとする前に、イリスが飛んでいる位置よりさらに上空から、野太い声が響いた。
「この声……」
イリスは声の主を知っていた。上空を見上げる。
一頭のペガサスが羽ばたき、空中停止している。ペガサスの上には、真っ白な軽装鎧で身を包んだ、一人の騎士がいた。白騎士団の白騎士だ。
しかしその騎士は人間ではなかった。全身黒い剛毛で覆われ、顔はゴリラだった。ようするに人ではなくゴリラの騎士だった。
「ゴリラ――最強の白騎士ロック・Dですか」
ケープもその名は知っていた。ア・ハイではわりと有名人だ。
「ひゃっはーっ、ロック・Dさん、おかえりなさーいっ」
イリスが歓声をあげる。
「ウホホホーッ!」
ドラミングで鎧の胸当ての部分を叩いて鳴くと、ロック・Dはペガサスの上から飛び降り、かなりの高度からケープめがけて落下する。
ケープは回避する。常人なら即死の高さからの落下であったが、ロック・Dは手足で着地し、即座に立ち上がり、二足で駆け出した。
猛然と突進してくるロック・Dに、カウンターでの魔法攻撃を繰り出すケープ。両手を前方にかざすと、少し黄ばんだ白い綿の塊のようなものが大量に発生し、ケープの前方を覆い尽くす。
ロック・Dは白い綿の中に突っ込むような真似はしなかった。一見、ゴリラががむしゃらに突っ込んでいるかのように見えたが、そうではない。敵が繰り出した魔法に突っ込むような愚は冒さない。彼はゴリラだが、ミヤやイリスと同様、人間並みの知能を有し、会話も出来る。そうでなければ白騎士団にもなれない。
白い綿を周り込み、ケープの側面に現れるロック・D。
ケープは即座に次の魔法を構築することが出来なかった。ケープは魔法使いになってそう長く経っていない。修行不足で、魔法という形での魔力の扱いにはまだあまり慣れていない。ついでに言うと、戦闘経験も乏しい。
代わりに、K&Mアゲインの魔術師達がロック・Dに攻撃魔術を放ったが、ロック・Dは巧みに回避し、ケープに襲いかかる。
「ウホーッ!」
ケープの横っ面に容赦無いパンチを見舞うロック・D。ケープが吹き飛んで倒れる。
「ウホホーッ!」
ロック・Dの動きは止まらなかった。大きく跳躍し、倒れたケープの体に両脚で強烈なフットスタンプをかます。
「がはあっ!」
大量の血を口から吐き出すケープ。内臓が複数破裂した。魔法使いである彼女は、致命傷にはなりえないが、それでも大ダメージを負って動きが完全に止まってしまった。
「ウホホホホホホーッ!」
ケープの上に馬乗りになったロック・Dが、勝ち誇ったようにドラミングをしたかと思うと――
「ウッホー!」
右腕を大きく振り上げ、容赦なく拳をケープの頭部に叩きつけた。頭蓋骨が盛大に割れる音が響く、血が、脳が、頭蓋骨の破片が、脳漿が、あちこちに飛び散る。
ロック・Dに魔術師達が再度攻撃する。ロック・Dはケープの上から飛びのき、それらの攻撃を軽々とかわしていく。
「うっく……」
頭部を再生させながら呻き、ケープがゆっくりと身を起こす。
ロック・Dが魔術師に向かって駆け出す。
まだ再生の終わっていないケープが攻撃魔法を用いる。複数の光弾が放物線を描いてロック・Dに向かって飛来する。
ロック・Dはケープの攻撃を見やりつつ、足を止めなかった。走りながら光弾をかわして、あっという間に魔術師達の近くに迫った。
「ひいっ!」
「うわあああ!」
「お助けーっ!」
恐怖の叫びをあげる魔術師達に、ロック・Dの拳が炸裂していく。
魔術師達の体が次々と倒れていく。一応、殺さないように手加減しているロック・Dであった。加減しなければ、一発で致命傷を与えている。
(強い……。魔術師でも魔法使いでもないのに、体術だけで……信じられない強さ……)
次々と魔術師達を戦闘不能にしていくロック・Dを見て、ケープは戦慄したが、戦意は失っていなかった。
***
上流階級の済む住宅街に向かうミヤ、ノア、ユーリ。
途中の坂道で、貴族を護って戦う騎士六名と魔術師三名と、K&Mアゲインの魔術師二人が戦っている場面か飛び込んでくる。
月のエニャルギーを得た魔術師二名は、数字的な不利をものともせずに、騎士六名と魔術師三名を相手にして圧倒していた。すでに騎士二人と魔術師一人が負傷している。
「あれはただの魔術師じゃないね。何やら怪しい力を付与されている」
ミヤがK&Mアゲインの魔術師二人の魔術を解析する。
と、そこにミカゼカが現れた。
「あの有名な月のエニャルギーだヨ。ミヤ様も知ってるよネ」
ミヤ達と少し離れた場所で、ミカゼカか声をかける。
「シクラメが人喰い絵本の中で手に入れてきたイレギュラーだヨ」
「またシクラメかい……。どこまで厄介なんだか」
舌打ちするミヤ。
「お前達、あの二人を片付けておいで」
「わかりました」
「うん、絶対にぶっ殺してくるね」
「いや、出来れば殺すんじゃないよ」
ミヤに言われ、ユーリが表情を引き締めて応じ、ノアはにっこりと嬉しそうに笑って物騒なことを言い放つ。ミヤが呆れ気味にノアに釘を刺す。
「片付けろって、ぶっ殺してこいってことじゃないの? 変な師匠」
ぼやきながら魔法を使うノア。
「ぎゃんっ!」
「げひっ!」
ユーリの魔力弾と、ノアの電撃によってK&Mアゲインの魔術師二人はあっさりと片付けられた。
「ウォーミングアップにもならない感じだネ」
ミカゼカが呟いたその時、彼の隣にある路地からマミが現れた。
マミの視線はすぐにノアに向けられ、ノアから離れない。他は見ていない。文字通り、眼中にない。
ノアもマミを真っすぐに見つめ返す。不思議と恐怖の感情は無かった。理由はわからないが、覚悟が決まってしまった。
「さ、お母さんと遊びましょ? ノア?」
マミが喜悦の笑みを浮かべて言い放つと、ノアもつられるようにして不敵な笑みを浮かべた。




