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27-4 可愛いから握り潰させて

 ケープは知っていた。つい最近まで、ジャン・アンリが同じ題材の絵を描き続けていたことを。


「この時のために多くの絵を描かれたのですね。しかも一枚一枚異なる絵を描かれて、大変だったでしょう」


 K&Mアゲインのアジトの一室にて、ジャン・アンリを前にしてケープが話しかける。

 ソッスカーの至る場所に、件の少年の絵がかけられている。民衆の心に再び火をつけ、大規模な一揆へといざなうために、ジャン・アンリが仕掛けたものだ。


「ならば正直気が重いとしておく。私は禁じ手を使った。表現を、創作を、凶器として使ってしまったのではないか?」


 しかし当のジャン・アンリは、浮かない気分であった。表情はいつも通り無いが。


「芸術を政治に利用しているかのようで、私は正直気が乗らなかったと言っておく。これはやってはいけないことだと断ずる。常日頃から抱いていた私のポリシーに反すると、受け止めて欲しい。表現活動に思想を絡めるのは下衆な行為だ。魂の光を穢す。例え理想のためとはいえ、しかし私は今回あえてこれを行った。あの少年の魂の光を伝えたかった」

「そうなのですか」


 ジャン・アンリの考えを聞いて、意外に思うケープ。冷たい外面とは裏腹に、義に厚い部分がある男だということは知っていたが、今の話を聞いて、思っていた以上にその傾向が強い人物だと感じられた。


「身も蓋も無く言えば、あの少年は運が無かった。そんな人間は世の中にいっぱいいるし、それらを全て救うことが出来ると思うか?」

「思いません……」

「そうだ。無理だ。しかしだからといって諦めることはないとしておく。歩みを止めることはないと断じてよろしいか? 我々の理想が叶えば、あるいは近づけば、それだけ運の無い者は減っていく。その数を減らすことに繋がるだけでも、意義がある」


 淡々と熱弁を振るっていると、ジャン・アンリの主張を聞きながら、ケープは思う。


「貴族の横暴を正し、全ての人間が魔術を習得する世の中になれば、それが理想郷とまでは言わずとも、今よりはましになりますね」


 ケープが断じた。ケープもジャン・アンリの言葉を信じる。そして当面出来る最良の方針は、今口にしたことだ。


「うむ。私はそう信じているが、君はどうか?」

「ましになると今言ったばかりですよ」


 こういう喋り方しか出来ない男だとわかっていても、おかしさを感じ、微笑むケープであった。


***


 ミヤ、ユーリ、ノアの三名は、ゴート共に馬車で連盟議事堂へと向かっていた。K&Mアゲインがまた怪しい動きをしているとの報を受け、会議に呼びだされた。

 会議には黒騎士団団長のゴートと副団長のイリス、白騎士団団長マリアの他、有力貴族や数名の大臣が参加している。


「御存知の通り、K&Mアゲインがまたア・ハイの民衆を煽っています」


 貴族連盟議長ワグナーが切り出す。


「再び大規模な一揆を起こすつもりです。貴族を標的にしているのは、言うに及ばずでしょうな」

「また多くの犠牲者を出すのか……」


 ワグナーの言葉を聞き、貴族の一人が沈痛な表情で呻いた。その貴族に同情の視線が集まる。彼は前回の暴動で、妹夫婦と甥を失っていた。


「儂から一つ提案がある」


 ミヤが発言する。


「機先を制す形で、こちらから王政を復権させてしまうといい」


 ミヤの提案を聞き、出席者は皆顔色を変え、会議室は騒然となった。


「な……」

「何を言っておられるのですか」

「そのようなこと、貴族達は誰も認めませんよ。例え正道派でも……」

「最後まで聞かんか」


 ミヤがぴしゃりと告げると、全員押し黙った。なおも発言しようとした者もいたが、出来なかった。ミヤの魔法で全員の発言が封じられているということは、全員理解していた。ミヤが喋っている際に室内が騒然となった時、このように魔法で無理矢理発言を封じることは、以前に何度もあったからだ。


「三十年前、王制が廃され、魔術師と魔法使いの組織化を禁じられたあの革命の際、儂は犠牲を抑えるために、あえて戦わないという道を選んだ。一切抗わずに、貴族の方針に降るという選択を取った。今度もまた、犠牲を抑える手を選ぶ。それだけのことよ」


 他全員が沈黙した会議室で、ミヤが静かに語る。


「この戦いはね、ある意味もう勝敗は決している。勝っても負けても奴等の思い通りに進む。前回はK&Mアゲインを退けたが、魔術学院は復活させ、奴等の思惑通りになっちまったろう。その下地が出来ていたから、そうなった。条件が整っていたから、奴等は火をつけるだけで十分だった。しかしその事態を招いたのは、他ならぬお前達貴族の怠慢と無能だよ」


 静かに言い放つと、ミヤは沈黙の魔法を解いた。


「反論があるならお言い」


 沈黙の魔法が説かれたにも関わらず、ミヤに反論する者はいなかった。選民派の貴族もこの場にいたが、一切否定しない。心の中では彼等もわかっていたからだ。


「確かに……前回の背景は、魔術師不足からくるエニャルギー不足がありました。そこに、とどめと言わんばかりに、K&Mアゲインの反乱と暴動だ。魔術学院を復活させて、魔術師の育成に励む流れは、止めようがなく、誰もが納得せざるをえませんでしたな」


 ワグナーが厳かな口調で述べる。


「しかし今回もそうなりますか? 民衆の心に火がついてしまっているのはわかりますが、王制を復活させなければならないことに、貴族が納得を――」

「ふんっ、奴等の目的は王制の復活だけじゃないよ。今いる特権階級――貴族の皆殺しも含まれているんだ」


 ワグナーの言葉を遮り、ミヤが言い切る。


「言っておくがね、K&Mアゲインの思惑にある程度乗る形にはなるが、彼奴等に屈服するわけではないぞ。先にこっちが王制を復活させちまえば、奴等は民衆を再び扇動して暴動を起こすのは、難しくなるんじゃないか? ま、新しい王の立ち回り次第だけどね」

「なるほど」


 ミヤの話を聞いて、ワグナーは納得する。

 納得したのはワグナーだけではない。こうなるとミヤの言う通りにする事が、確かに一番被害が少なく済むだろうと、その場にいる者達全員に思えた。


「それとも貴族が大量に殺されてから、儂の方針を実行するかね? 奴等が何を仕掛けてくるかはわからんが、先に実行して犠牲を抑えるか、散々犠牲が出てから重い腰をあげるか、どちらがいいんだい?」


 会議室の面々を見渡し、問いかけるミヤ。


「K&Mアゲインの貴族虐殺は、一切止められないのですか?」


 白騎士団団長のマリアが尋ねる。


「前回上手く止められたのは、運に助けられた部分もある。おそらく奴等は学習して、もっと防ぎにくい手を使ってくると儂は予測する。今、再び暴動を起こそうとしているのも、正にそれだろうよ。だからこそ機先を制して王を擁立し、平民達の一揆だけでも食い止められれば、それは大きいと儂は判断したよ」


 ミヤが答えた。


(理に適っている。流石師匠。でも何かおかしい……)


 ユーリは感心しつつ、疑問も覚えていた。


(予定調和じみているというか……誘導しているというか。師匠はK&Mアゲインの手段は否定しても、目的は否定していない――どころか、同じ方向を見ているような? 貴族の虐殺は流石に否定しているみたいだけど)


 ミヤがこの場を操作しているのは明白だが、そのコントロールしている先を見た限り、ミヤは以前からこのようにするつもりでいたのではないかと、そう勘繰ってしまうユーリであった。


「K&Mアゲインの思惑を全て防ぐことは、もうできん。お前達貴族が好き勝手しくさったおかげで、ア・ハイの民衆の不満はピークに達している。そいつを鎮めるためにも、王制を戻すのは悪い手ではないよ。それでもなお不満を言う貴族がいたら、好きにすればいいさ。儂はもう知らん」


 ぴしゃりと言い切るミヤ。反対意見を出す者はいなかった。


「して、王は誰に?」


 ゴートが伺う。


「儂が知る限り、シモンが適任だろうね」


 かつてはK&Mアゲインが王にしようとしていたシモンを、今度は自分達で王に仕立てるなど、どんな皮肉だと、ミヤは言いながら思っていた。


「では、シモン殿に連絡を取ります。ソッスカーに滞在中ですので」

「うむ」


 ワグナーが言った。


「婆、まるでここの支配者だね。いや、影のボス」

「うん、僕も前からずっとそれ思っていた」


 ノアが囁き、ユーリが微笑みながら頷く。


「でもでもー、K&Mアゲインはそれで鉾を収めることはないんでしょー?」

「無いね。あいつらとは今度こそ決着をつけねばならん。その点に関してだけは、血を見るのは避けられないよ」


 イリスが伺うと、ミヤは神妙な面持ちで告げた。


「その戦いに、此度も白騎士団は黒騎士団と共に、剣を抜きたいと存じます」


 マリアが申し出る。


「ロック・Dを呼び戻します。メンコーイ島で暴れていたフロストジャイアントの群れの討伐を、ようやく終えたという話ですので」

「おお、ロック・D殿が来てくださるとは心強い」

「ふんっ、最強の騎士のお出ましかい」


 マリアの言葉を聞き、ゴート他数名の貴族が顔を綻ばせ、ミヤも笑みを零して鼻を鳴らす。


「ロック・Dって誰? 騎士なんて役に立たないでしょ。あのヨウムの副団長だって、いつも減らず口ばっかりで、大して役に立って無いし」

「ちょっとノア……言葉を慎んで……」


 ノアが騎士達も聞こえる声で言い、ユーリが注意した。


「ロック・Dは話が別だよ。正直人喰い絵本攻略のため、黒騎士団にいてほしいくらいの逸材さね。下手な魔法使いにも勝る戦闘力の持ち主さ」

古龍ドレイク上級魔族デビルですら、単身で屠っているほどですぞ」


 ミヤとゴートが言う。


「ふーん。何か強い魔道具でも持ってるの?」

「そういうわけでもありません」


 ノアが尋ねると、マリアがかぶりを振った。


***


 K&Mアゲインのアジトの一室。


「マミ、確認したいことがあるヨ」


 ミカゼカがマミの元を訪れ、声をかける。


「何よ」

「マミ、君があの連続殺人鬼XXXXだったなんて、驚きだヨ」


 ミカゼカがストレートに指摘するが、マミは動揺することもなく、平然としている。


「どこからその情報を?」

「否定しないんだネ」

「もしかしてノアから直接聞いた?」

「どうかナ? 秘密だヨ」

「それで? それを知ったからどうするの?」


 冷めた目で問うマミに、ミカゼカは肩をすくめた。


「どうしようか迷うけど、皆には内緒しておいた方がいいと僕は思うネ」

「貴方が言わなければ、誰にもバレないわ。あるいは私の正体を知るノアやミヤがバラさない限りね」

「そうだネ。で、話を変えるけど、ジャン・アンリが描いた絵のことは聞いているよネ?」

「ええ」


 ジャン・アンリが過労死した少年の絵を描きまくり、ソッスカーのあちこちに飾り、平民の蜂起を促していることは、マミも当然知っている。


「それにまつわる、気になる事件が起きたヨ」


 ミカセガが魔法を使い、マミの前で映像を映す。

 映像の中で、ノアがジャン・アンリの絵の一つを壊し、焼き払い、その炭でXXXXの字を作って切り裂く光景が展開される。ノアが親指で首を掻っ切り、まるで映像の外にいるマミを意識したかのように視線を向け、不敵な笑みを広げる。


 マミは固まって、映像の中のノアを凝視していた。映像はノアの笑顔のまま停止している。


「マミ、ノアのこのパフォーマンスってサ――」

「あははははははははははははははははっ!」


 ミカゼカが何か言いかけたが、マミの哄笑によって言葉が止まる。


「あははははっ、ノアっ! ノアノアノアノアノアノアノア! 何て可愛いの! 初めてよ! 貴女のこと初めて可愛いと感じてるぅ! 可愛いわノア! とっても可愛いッ! あはははははははははっ! 可愛すぎて握り潰したい! 引き裂きたい! 押し潰したい! 噛みちぎりたい! あはははははははっ!」

「キュートアグレッションかナ?」


 大笑いしながら、沸き起こる欲求を口にするマミを見て、流石のミカゼカも引き気味になっていた。


「人の感性にケチをつけるわけじゃないけど、それって可愛いノ?」

「超可愛いわっ! 可愛いは理屈じゃないわっ。私からすると今のノアは超可愛いっ!」


 ミカゼカが苦笑気味に尋ねると、マミは力いっぱい言い切った。


「ああ……だめっ。堪えきれないっ。ちょっとマミに挨拶してくるわっ。ミカゼカも来てっ」

「えっ? 今そんなことしたらまずくないかナ……」


 沸き起こった感情のままに暴走しようとするマミに、流石のミカゼカも引いていた。


「会いたいのっ。私はあの子のことこんなに愛おしく思えたの、初めてなのよっ。今会わないと気が済まなーいっ!」


 興奮して高らかに叫ぶと、マミはK&Mアゲインのアジトを飛び出ていった。

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