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27-3 芸術だから爆発させて

 ミヤ、ユーリ、ノアの三名は旧鉱山区下層部に足を運んだ。ブラッシーとチャバックに用事があった。


 歩いていると前方に人だかりが出来ていて、三人は足を止める。


「あれは何でしょう。人が集まっていますよ」

「見てみよう」


 ユーリとノアが人垣を掻き分けて、確認しようとする。


 人だかりの原因は一枚の絵だった。苦しそうに喘ぎ、血を吐き、泣きながら張り紙を貼る、やつれた少年の絵。絵の中の張り紙は、K&Mアゲインに蜂起を促す文が書かれている。


「これは……」

「前に暴動のきっかけになった事件を描いた絵だね」


 ユーリが眉をひそめ、ミヤが目を細める。


 数ヶ月前、K&Mアゲインが仕掛けたとされる暴動の起点は、過労によって命を落とした一人の少年の訴えであると言われている。K&Mアゲインに蜂起を訴えた張り紙を首都ソッスカー中に張った少年がいた。貧民の彼は、身を粉にして家族を養っていたが、十四歳の若さで他界した。その事実がア・ハイ中に知れ渡り、特に貧民達の心に火をつけた。

 その様子が、大きな絵に描かれて飾られている。


「見なよ、御丁寧に作者名が書いてあるよ。ふん」


 忌々しげに鼻を鳴らし、絵を前肢で指すミヤ。ジャン・アンリの名が記され、その横には文章が添えられていた。


『過労と病で果てたこの少年のことを覚えているか? 彼の魂の光は未だ消えていないと私は信じる。全ての魂には光がある。彼の魂の光は世を照らす。この少年がどれほど辛い思いをしたか、誰にもわからない。しかし少年の記憶――痛みも、苦しみも、悲しみも、怒りも、無かったことにはならない。それらが少年の光となって世界を照らしたのだ。君達の心に光を射したのだ』


 ジャン・アンリが書いた文章を見て、ユーリは悲しげな顔になり、ノアは憮然とした顔になり、ミヤは軽く吐息をついた。


「オイコラーっ、そんな所に集まって通行の妨げをしているんじゃなーいっ。解散解散ーっ」

「そのいかがわしい絵は撤去する! 邪魔だからどけーっ」


 そこに黒騎士団がやってきて、高飛車な態度で喚き散らすと、絵を取り除こうとする。


「ふざけんなよっ、貴族共に都合にいいものだからって、片付けようってか?」

「またデカい暴動起こされるのが怖いのかよ? だったらまずまともな政治しやがれってんだ!」

「ぶーぶーぶーっ」

「かーえれっ! かーえれーっ!」


 絵の周囲にいた者達が次々と怒号を放ち、反感を露わにした。黒騎士達は戸惑い、作業を中断。


「まあまあ、お前等ちょっと待て……」


 そこに遅れてやってきたランドが声をかけた。


「あ、隻眼の鼻毛天帝だ」


 ノアがランドを見て声をあげる。


「何だい、それは。鼻毛は出ていないだろ」

「でもこないだ鼻毛抜いてたからさ」


 不思議そうなノアに、ノアが言った。


「そこで頑張られても困るし、その絵をそのままにもできねーんだよ。頼むから退いてくれ。な、この通り」


 ランドが本当に困り顔で、両手を合わせて懇願する。


「ランドさんはこっち側だろーっ」

「ランドさんも結局そっちにつくのかよー」

「いくらランドさんの言うことでもなあ……」

「おいおい、またそれかよ……。いつもいつもそれだよなあ」


 平民達の抗議を聞き、ランドは頭を掻く。


「ランドさんの正直な気持ちはどうなの?」


 ユーリが尋ねた。


「俺の正直な気持ちか……。これは撤去したら駄目だと、俺の本能は告げている。何か勿体無いっつーか。おそらく、黒騎士団こいつらもそう思っているだろうさ。だけどここで仕事放棄ってのもなあ……」


 ランドが言うと、黒騎士達も微妙な表情になる。


「まあいいや。俺は帰る。何かすげーダルくなったし。絵を取り除こうとしたら暴動になりそうだから、やめておいたと報告するわ。それでいいよなあ」


 部下の黒騎士達を見渡して伺うランド。黒騎士達は言葉を発さず、小さく頷くか、完全にノーリアクションだった。


「流石ランドさん、話がわかるねえ」

「板挟みにしちまってすまねえなあ」

「今度一杯奢ってやるよ」


 平民達が表情を綻ばせたその時だった。


 飾られていた絵が爆発した。


「え?」

「はあ?」

「何だあっ!?」


 その場にいる者達全員が驚く。


 一人だけ驚いていない者がいた。破壊した本人であるノアだ。


「勿体無い? そう思ったら負け。芸術は爆発させてなんぼだよ」


 にやにや笑いながら告げると、ばらばらになった絵の破片に火が付いた。


「そこの魔法使いの仕業か?」


 一人笑っているノアを見て、民衆の一人が疑問を口にする。


「何てことしやがるんだっ!」

「人の心とか無いんか?」

「ひでえっ、あんまりだ!」

「ぶ~っ、ぶ~っ」


 民衆からノアに向けて一斉にブーイングが放たれる。


「うるさいな。君達も同じ目に合わせようか」


 掌の上から炎柱を立ち昇らせ、民衆達を睨みつけるノア。


「ひえぇぇっ!」

「お助けーっ」

「とんずらーっ!」


 民衆達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。


「ノア、おやめ」

「冗談だよ」


 ミヤが溜息混じりに制すると、ノアは小気味よさそうに笑いながら、掌の上の炎を消した


「冗談でもそういうことすんなよ……」

「何でそんなことするの?」


 ランドとユーリが呆れながら言う。


「今のいい話的な流れに嘔吐を催したからだよ。それとね、もう一つ目的がある」


 答えつつノアは、また魔法を発動させる。


 絵を焼いて出来た消し炭が地面の上で動き、文字を創る。Xの字が四つ並ぶ。

 そうして出来たXXXXの字を、今度は横一文字に切り裂くと、ノアは振り返って、親指で首を掻っ切るポーズを取ってみせた。


「これが俺の、母さんへの宣戦布告だ」


 不敵な笑みを広げて言い放つノア。


「ジャン・アンリが描いた絵なのに、マミへの挑戦状にしちまうのかい」

「何だかジャン・アンリに少し同情する気持ちが湧いちゃった……」


 ミヤが突っ込み、ユーリが苦笑して呟いた。


***


「あ、ユーリ、ノア、猫婆、いらっしゃーい」


 自宅に訪れたミヤ、ユーリ、ノアの三名を見て、チャバックが表情を輝かせる。

 チャバックの家にはすでにもう一人の客人がいた。ブラッシーだ。ミヤ達が来るより早く到着していた。


「肌身離さず持っておくんだよ」


 ミヤがチャバックとブラッシーに、それぞれ護符を持たせる。

 さらにミヤは二人に魔法をかけ、護符と護符、人と人で繋ぎ合わせる。


「これなあに?」

「召喚魔法の力が込められた護符ね~ん」


 訝るチャバックに、ブラッシーが解析したうえで答えた。


「俺のせいで、チャバックに危険が及ぶ可能性があるんだ。社員の一人がピンチになったら、もう一人の社員が召喚されて護る」


 ノアが告げた。


 ノア繋がりで、マミがチャバックを狙ってくるかもしれないことを危惧し、チャバックがピンチになったら、ブラッシーがすぐに召喚される護符をミヤがこしらえたのだ。チャバックには呼び出す護符、ブラッシーには呼び出される護符をそれぞれ渡して、魔法をかけて関連付けたのだ。


「結構作るの苦労した代物だよ」


 ミヤが言った。


「召喚御指名されちゃうの~ん。たっぷりサービスしてあげるーん」


 おどけるブラッシー。


「ショーカンゴシメーって何?」

「何でしょうか?」

「御指名? サービスって?」


 意味が分からないチャバック、ユーリ、ノアが一斉に尋ねる。


「お前達は知らなくていいことだよ。ブラッシー、ややこしいこと言ってんじゃないよ。マイナス1。お前がこの子達に説明するのかい?」

「あははは、ごめんあそばせー」


 ミヤが咎めるも、ブラッシーはふざけたままだ。


 ミヤに念話が入る。ゴートからだ。


(御自宅に伺っている所です。貴族連盟からの緊急招集です。馬車を泊めてあります)

(ああ、何となく用件はわかるよ。またぞろK&Mアゲインが動きだしたんだろう?)


 ゴートの報告を聞き、ミヤはそう判断した。


(まだこっちの用事があるんだ。先にそっちを周ってから行くさ)

(承知しました)


 ミヤに言われ、ゴートは恭しく応じた。


「貴族様達から呼び出しだ。ま、先にスィーニー達の所に行って、それからだけどね」


 ユーリとノアを見て、ミヤが告げた。


***


 ソッスカー中腹にある繁華街の一つ。

 スィーニーは群衆に混じって、壁に立てかけられた大きな絵を見ていた。例の張り紙の少年の絵だ。


「ここだけじゃないぞ。ソッスカーのあちこちに貼られてるってよ」

「K&Mアゲイン、また動き出すつもりか」

「こいつは檄文みてーなもんだな」

「魔術師の復権は叶っているじゃねーかよ。貴族を皆殺しにして、王族も復活させないと気がすまねーのか」


 絵の前にいる者達が口々に言う言葉を聞き、スィーニーは暗い面持ちになる。


「あいつら……また動きだすんか……」


 ぽつりと呟き、人だかりから離れるスィーニー。


(またろくでもないことするわけ? 糞みたいな暴動引き起こして……。ユーリ達がそれに対処しなくちゃならないん?)


 そう思った矢先、そのユーリがスィーニーの前に現れる。


「やあ、スィーニー」

「あれ? 一人?」


 予め来るとは言われていたが、ノアとミヤと一緒という話だった。しかし現れたのはユーリ一人だ。


「僕一人だけでは不都合かな? 師匠は少し遅れて来るよ」

「別に不都合じゃないけどさ」


 ユーリの台詞を聞いて、スィーニーは若干の違和感を覚える。


「にゃんこ師匠、最近は元気なん?」

「うん。最近はとても調子がいいみたいだよ。気遣ってくれてありがとうね」


 世間話程度に尋ねたスィーニーに、にこやかな笑顔で答えるユーリ。


「お前……ユーリじゃない」


 そんなユーリの対応を見て、スィーニーは警戒モードになって、ハルパーの柄に手をかける。


「喋り方とか、表情の作り方とか、ユーリのそれとは微妙に違うんだよね。下手な化け方だけど、何者なん?」

「こういう者です」


 スィーニーが冷たい口調で指摘し、問い詰めると、ユーリとは異なる声が発せられ、その姿が瞬時にして別の者へと変わる。

 黒衣のエルフの美青年が現れ、スィーニーはフリーズする。


「何でそんな悪趣味なことするん? 私をからかって、驚かせて、怖がらせて楽しいわけ?」


 恐怖を押し殺しつつ、ユーリに化けていたディーグルに向かって、キツい声で問う。


「ちょっとした悪戯心はありました。あとは、探りです。別人の姿で接すれば、人の違った一面を見られるでしょう? なるほど、貴女はそれなりに観察眼がおありのようで。そして――ユーリ君のことを慕っているのでしょうか?」


 ディーグルが爽やかな笑顔で指摘すると、スィーニーは自分の顔が熱くなるのを感じた。


「今度は何の用?」

「怖がらせて申し訳ありません。しかし警戒しないでください。もう貴女に手出しをするつもりはありませんよ」

「それでも怖いんよ。目の前で私の仲間を二人も殺してくれたじゃん……。まあ、特に仲いい人じゃなかったけどさ。で、何か用?」」

「ミヤ様に、貴女を護るように仰せつかりました」

「私を護る? 何からよ……」


 スィーニーが尋ねたその時、ミヤ、ユーリ、ノアが現れる。


「にゃんこ師匠、どういうことなん? ディーグルが私を護るとか言ってるんだけど」

「スィーニー、すまんこ。俺のせいでスィーニーも危ないかもしれないんだ」


 スィーニーの問いに対し、ミヤではなくノアが答えた。


「どういうことなん?」

「俺を狙っているストーカーみたいな悪質な魔法使いがいるんだ。そいつが嫌がらせで、俺に近しい人にも手出しをするかもしれない。スィーニーは多分大丈夫だと思うけど、念のため。チャバックにはもう護衛つけた」

「何なのよそいつ……。そんな奴にノアは狙われてるの?」

「うん。俺の母親。俺が殺したと思ったら、ゾンビになって生き返った可能性高い」


 ノアの答えを聞いて、スィーニーは絶句する。


「ゾンビなの?」

「ゾンビと決まってはいないだろうに」

「そうだった。ワイトかもしれない。あるいはレイスになるかも」


 ユーリ、ミヤ、ノアがそれぞれ言う。


「母親殺したって……」


 ノアの突拍子も無い話を聞いて、スィーニーはいくらノアでも滅茶苦茶すぎると思っていた。


「詳しい話は面倒だからパスね。いや、今度先輩とデートする時にでも聞いて」

「いやいやいや……」


 ノアが言い、ユーリは狼狽する。


「こいつを受け取りな。今から魔法をかけるよ」


 ミヤが護符をスィーニーとディーグルに渡す。そしてもしもの時はディーグルが召喚してスィーニーを護る旨も伝えた。


(よりによって私を護るのがディーグルとか……。勘弁してほしいんよ。前は殺されかけたし、今も悪趣味なことしてくれやがったしさ)


 にこにこ笑っているディーグルを一瞥し、げんなりするスィーニー。


「ウルスラやガリリネやオットーは?」


 スィーニーが尋ねる。


「そっちまで狙われるとは思えない。そういう意味では、スィーニーも多分大丈夫な気もするけど。ガリリネは狙われて殺された方がいい」

「そういうこと言っちゃ駄目だよ、ノア」


 ノアの台詞を聞いて、ユーリが柔らかい声で注意する。


「そっちも狙われるようなら、ケリがつくまでひとまとめにしておくしかないね。ま、大丈夫だろうよ」


 と、ミヤ。


「K&Mアゲインがまた悪さしようとしているみたいじゃんよ。ユーリ達、また戦うん?」

「多分そうなるね」


 気遣い気味に問うスィーニーに、ユーリは微苦笑を零して頷いた。

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