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24-28 憎まれていることに喜びを感じる

「あは……あははは……だはははははっ! 宝石百足に化けることで、人喰い絵本の法則性を無視し、次元の壁を越えてきたってのかよ! あははは! ユーリ、お前は本当に愉快な奴だなァ!」


 呆気に取られていた嬲り神が、まるで自分の役目を思い出したかのように、哄笑をあげる。


「ジヘの父さんは精霊に憑かれたまま、竜のままで、助けられなかったよ。ダァグ・アァアア、お前が余計な物語を書き足したせいで」


 ダァグの喉を握り潰しかねない勢いで力を込め、静かに言い放つユーリ。


 苦しげな表情になるダァグだが、すぐに抵抗はしなかった。

 間近にいるユーリから、目が離せない。純粋な怒りをぶつけられることに、ダァグは新鮮な心地好さのような感覚を覚えていた。


「アリシアもお前が作った悲劇の設定のせいで、両親を失った。ファユミさんもインガさんも、お前が描いた不幸のせいで苦しんでいた。どれだけ多くの悲劇を作って、どれだけ多くの人間を悲しませ、苦しめた? 何時までそんなこと続ける気だ?」


 冷然たる口調で問いかけるユーリの手に、さらに力がこもる。ダァグの顔がさらに苦悶に歪む。


 ゴミ袋が次々と飛来し、宝石百足の体に当たる。ユーリはダァグから手を離して、距離を置くと、ゴミ袋を投げてきた嬲り神を見た。


 嬲り神がダァグ・アァアアを護ったことに、ユーリは不審な面持ちになる。


「嬲り神……」

「げほっげほっ、ユーリ・トビタ……」


 ユーリは嬲り神に視線を向けたが、ダァグは咳き込みながらユーリから目を離さない。


「どうしてそいつを護るの?」

「どうして絵本の出来事にそんなに怒るの?」


 ユーリは嬲り神に問いかけ、ダァグはユーリに問いかけた。


「一応俺はこいつの子分Aだからなァ~♪ お勤めーお役目ー♪ 御苦労ちゃーんなのでーす♪」

「お役目に縛られているのかな」


 ユーリはダァグの質問を無視して、おどけて歌う嬲り神に対して指摘する。


 しかし嬲り神は答えない。一瞬、曖昧な笑みを零しただけだ。


「精霊さんを僕達にけしかけたのも君の仕業?」


 ユーリが今度はダァグに問う。突然精霊さんがユーリ達呼び込まれ組に敵意を向けてきた事は、ひどく不自然に感じた。創造主に強制的に操作されたのではないかと、勘繰る。


「違う。僕は確かにこの世界を創造したけど、人の心を含めて、何でもかんでも僕の思い通りじゃないし、僕が全て知ることができるわけでもない」

「そいつはフレイム・ムアの仕業だ。あいつが敵意を刷り込んで、精霊さん達の力を計るため、お前達を利用したのさ。実験だな」


 ダァグが否定し、嬲り神が真相を口にした。

 ユーリが吐息をつく。ダァグの仕業ではなかったとはいえ、それでも許す気にはなれない。


「この前と同じだね。僕を睨んで、非難している」


 ダァグがユーリを見て言う。


「こっちの質問にも答えて欲しいな。そこまで怒る理由は何? 君は何で僕を憎むの? お母さんが、人喰い絵本に吸い込まれて亡くなったから? 確かにそれは……恨まれても仕方ないけど……」


 自分で質問しておきながら、視線をそらして、躊躇いがちに推測を口にするダァグ。


「それもあると言いたいけど、僕が五歳の頃に死んだから、正直母さんにあまり思い出が無い。あまりよく覚えていないし。母さんを失った悲しみも、それほど強く残っていない。母さんには悪いけど……さ」

「そっか……」


 ユーリの言葉を聞き、ダァグは申し訳なさそうな顔になって、うつむいた。


「何でそんな顔をするのさ。そんな顔しておきながら、何で人喰い絵本なんていう悲劇の世界を作って、こっちの世界の人を呼んで危険に晒すのさ。今まで何度も人喰い絵本に入った。悲劇悲劇悲劇、悲劇のストーリーばかり。放っておけばバッドエンドになる話ばかり。何で……そんな悲劇ばかり作りたがるんだ? 何でそんな、悲劇の量産者で、ねじくれたシナリオライターなんだよ?」


 ダァグの表情を見て頭にきたユーリは、少し早口になって続け様に問う。


「それが……必要なことだから。そうするしかないから。そういう話しか書けないから……」


 ダァグが拳を握りしめ、辛そうな表情で言う。


「人は悲劇を求めるじゃない。悲劇を楽しむじゃない。読者は泣ける話を見て、泣いてるよね? その苦しみや悲しみを楽しんでいる。そのために、作家達は悲劇を描く。そして僕の中からは……自然と悲劇が溢れ出てくる。物語を描いていると悲劇になる。悲劇しか描けない。でも……僕は悲劇を描くけど、悲劇を求めていない。そのために君達を呼んでいる」


 ダァグの話はユーリにいまいち理解できなかったが、自身も望んでいないという話に、嘘は無いと感じた。ダァグから相当な悲壮感が伝わってきた。


 ユーリは初めてダァグ・アァアアの存在を知った時のことを思い出す。ダァグ自身を描いた絵本にも、ダァグが悲劇を望んでいるわけではなく、悲劇しか作れなくなって、悩んでいると描かれていた。悲劇を創るのは、ダァグの本意ではない。

 しかしそれでもなおユーリは、ダァグが悲劇を創り続けているという事実を見据えている。責任はダァグにあると見ている。


「今回の人喰い絵本は実験だって聞いた。何の実験だったの?」

「悲劇の結末まで描かない実験。そして君達の力を推し量る実験だよ。君達のやることは変わらない。君達の頑張りによって、絵本が悲劇から救われる。未来を空白にすることで、どれだけの差が出るか、試してみた」

「それも悲劇を生まないための実験?」

「そうだよ。そして、滅びゆくこの断片世界を救うための実験でもある」


 ダァグの話はいささか抽象的であり、具体的では無かったが、それでも彼の確かな目的は聞けた。


「君の事情は少しわかったけど、勝手だよ」


 ユーリが殺気を漲らせる。


「その事情のために、多くの犠牲者が出ている。そして今、千載一遇のチャンスだ」

「いいや、チャンスは無いぜ」


 嬲り神がユーリの言葉を否定したその時、図書館の中に、大量の獣と、騎士と、術師が姿を現した。獣も人も全員、体に輪をはめ込んでいる。

 それらをユーリは見たことがある。ダァグ・アァアアの存在を初めて知った、あの絵本の中で見た。


 四方八方、上の階にも、数えきれない数の、輪の獣と輪の騎士と輪の術師達がひしめいている。これら全員と、嬲り神と、そしてダァグを相手にして、ユーリ一人で勝てるかどうか、それは愚問だった。


「そんくらいにしておけ、ユーリ。ここまで来たのはすげーけどなァ。お前さん一人でまともにぶつかって、創造主様に勝てるわけねーんだ。でもまあ、人喰い絵本の法則をブチ破って、ここに来たことはマジですげーよ」

「うん、僕もそう思う」


 嬲り神の称賛に、ダァグも同意する。


「ユーリ……君の怒りはもっともだと思う。でも僕には僕の……」


 ダァグが喋っている間に、ユーリの姿が消えた。


「へっ、無理だとわかったら、とっとと消えちまいやがった」


 ユーリがつい今しがたまでいた空間を見て、嬲り神が肩をすくめて笑う。


 嬲り神が指を鳴らす。すると輪の騎士と術師と獣も、一斉に消えた。


 ダァグは己の胸を押さえて瞑目する。悲しみと同時にときめきのような気持ちが湧き起こっている。


(今まで僕のこと、あんな目で見た人はいなかった……。悲しい。でも……悲しいだけじゃない。何で、僕は嬉しいと感じて、こんなに胸が高鳴っているんだろう?)


 ユーリが自分を見る眼差しを思い出し、ダァグは考える。そしてその答えはすぐにわかった。


(今まで、真剣に僕と向かい合った人が……いなかったからか。僕に感情をぶつけた人なんて、今まで一人もいなかった。怒られもせず、愛されもせず……)


***


 ミヤ達が脱出して数分が経過した。


 魔術学院の生徒達は、身内を安心させるためにすぐに帰宅した。身内のいないチャバックとオットーは、人喰い絵本の中で起こった事を、院長のロドリゲスや貴族連盟のお偉いさん達の前で話している。これにはディーグルとミカゼカも加わった。サユリはさっさと帰った。


 ミヤとノアは、人喰い絵本があった場所で、ユーリの帰りを待ち続けた。


「皆無事に戻ってこれたけど、チャバックは元気無かったね」


 ノアが案ずる。


「色々あったしね。アリシアと離れたのが寂しいんだろうさ。それと、同じ魂であるジヘを悲しませる結果となったのが、堪えているんだろうね」


 ジヘと心が繋がった状態で、チャバックはジヘの父を助けずに、アリシアを助けてしまった。それはかなり辛かったことだろうと、ミヤは推測する。


 やがて空間の扉が開き、中からユーリが現れた。


「あ、よかったあ。先輩、帰ってこないんじゃないかと心配したよ」


 安堵と共に表情を輝かせるノア。


「何で先輩だけ遅れたの?」

「う、うん……どうしてだろうね?」


 ノアが尋ねると、ユーリは目を泳がせる。


「何かあったね? 白状しな」

「嬲り神とダァグ・アァアアに会いました。そしてちょっとだけ会話しました」


 ミヤに厳しい声で問い詰められ、ユーリは答える。


「何の話をした?」

「ほとんど僕の方から……どうして人喰い絵本なんか作るんだって。そうしたら仕方ないみたいな曖昧な答えばかり返ってきて。悲劇を救って貰うために、こっちの人を呼んでるとか」

「事情があろうがなかろうが、呼ばれた方はたまったものじゃないね」

「全くだよ」


 ユーリの話を聞いて呆れるノアとミヤ。


(しかしユーリの推測は当たっていたわけだ)


 ミヤは思い出す。かつてユーリは、嬲り神は人喰い絵本を悲劇から救いたいのではないかという推測を口にしていた。嬲り神と与しているダァグがそう明言したのであれば、ユーリの推測も当たっていたと見ていい。


「ところで師匠、先輩。ジヘという子の魂の横軸である、チャバックを狙って引きずり込んだ絵本だったけど、ガリリネの魂の横軸もいた。インガっていう人形好きお婆ちゃん。そして融合した。これ、偶然?」


 抱いていた疑問を口にするノア。


「ただの偶然にしては出来過ぎている。必然の運命の作用か、あるいは嬲り神達の仕掛けだろうね」

「必然の運命の作用?」


 ミヤが口にした言葉が、ノアには引っかかった。意味がわからないながらにも、言霊を感じた。


「魂の横軸ってのは、同じ魂の持ち主ってことさ。だから当然惹かれ合う。そのことだよ」

「わかるようなわからないような、空っぽの理屈」

「何が空っぽだい。わかるだろ」


 ノアの台詞を聞いて、ミヤはむっとした。


***


 ミヤ、ユーリ、ノアが帰宅する。


 ノアが風呂に入っている間、ユーリはミヤの前で重大な決意を口にする事になる。


「人喰い絵本は魔王がもたらした災厄なんですよね。あの人喰い絵本の世界と、こっちの世界を繋げたのが魔王なんですよね。魔王ってそんなに凄い力があったんだ」

「何を言ってるんだい? お前も魔王にでもなりたいのかい?」


 ユーリの台詞を聞いて、危ぶむミヤ。


「師匠こそ突然何を言ってるんです?」


 ミヤの台詞を聞いて、ユーリは微苦笑を零した。思ってもいなかった台詞が返ってきたと感じた。


「力さえあれば、それだけのことが出来る。あるいは……方法さえあれば、そんなことも出来るってことですよね」

「何が言いたいんだ。はっきり言いな」

「ダァグ・アァアアの創り出す悲劇にはもううんざりです。何であの神様が悲劇ばかり生み出すのか知りませんけど、これ以上は沢山です」


 瞳に強い意思の光を宿し、静かな口調で語るユーリ。


「ダァグ・アァアアにこれ以上、悲劇の絵本を描かせなくしたいんです。僕はダァグ・アァアアを止めます。力をつけて、その方法を見つけます」


 ミヤは弟子の決意表明を聞いて、小さく微笑んだ。

 以前からユーリは、人喰い絵本の謎を解き明かし、消し去りたいと、ミヤの前で口にしていた。ノアの前でも告げた。これはそれと同じようなものであるが、もう一歩踏み込んだ宣言だ。


「ふむ。立派な決意だ。壮大な目的を掲げるのはいい。実行できるかどうかは別としてな」

「その方法、師匠は心当たりありませんか? 人喰い絵本に凄く精通していると聞きますし」

「はっ、いきなり他力本願かい。儂とてダァグ・アァアアなる者を知ったのは、つい最近のことだぞ。手伝いはするが、それは自分で見つけるしかないよ」


 ユーリが伺うと、ミヤが若干厳しめな口調で告げる。


(セントも協力して)

(わかってるわ。私はいつでも貴方の味方よ)


 ユーリが心の中で呼びかけると、女性の柔らかな声が響いた。


「宝石百足と嬲り神の協力に期待したいです。そして――ダァグ・アァアア自身にも……」

「甘いねえ……。嬲り神はダァグ・アァアア側なんだろ」

「嬲り神はダァグ・アァアア側です。でも……どこかで協力もしてくれるんじゃなかいと、期待していますよ。嬲り神もダァグと同じく、悲劇を救いたくて、こちらの人間を引き込んでいると、僕は信じていますから」


 悲劇を作っているダァグ・アァアアも、好きで悲劇を作っているのではないという。それならどこかで折り合いを付けられるし、協力も得られるのではないかと、ユーリは考える。


「嬲り神をあまり信用するんじゃないよ。例えお前の命の恩人でもね」

「人喰い絵本を悲劇から救うために、こっちの世界の住人を呼び込む一方で、人喰い絵本の内容に干渉して難易度も上げていますしね。それは多分、ダァグ・アァアアに与えられた、嬲り神の役割なのでしょう」

「良い洞察と言いたい所だが、どれもこれもお前の想像に過ぎん。決めつけてかからんことだ」


 そこまで喋ったミヤは、ふと、以前の嬲り神との会話を思い出す


『単刀直入に訊くよ。ユーリを第二の魔王にする気かい?』

『ユーリが魔王か……。確かにあいつにはその素質があるとも言えるな』


 先程もミヤは考えた。ユーリがダァグ・アァアア達の目論見を止める手っ取り早い方法を。だからこそミヤは尋ねた。


「もしダァグ・アァアアに人喰い絵本を描かせることを辞めさせるために、魔王になる必要があるとしたら、お前は魔王になるかね? あの坩堝を使って――」

「なりませんよ。そんなのに」


 そしてもう一度同じことを問うミヤであるが、質問の途中に、ユーリは笑いながらあっさりと否定した。


「何故だい?」


 理由を問うミヤ。


「だって師匠は魔王が大嫌いじゃないですか」

「何だい、それは」


 ユーリの答えを聞いて、ミヤは笑い声を漏らした。

二十四章はこれで終わりです。

2024年の更新もこれでラストです。

続きは2025年に。良いお年を。

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