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24-25 「何万人殺したか、自分でもわからない」と笑顔で語る

 ディーグルによって手傷を負って逃げたジヘパパであるが、ある程度傷を癒した所で、再び町に襲いかかった。

 上空から急降下し、建物めがけて炎の息を吐く。何故そのようなことをするのか、ジヘパパにもわからない。一番やりたいことを本能に従っている格好だ。自分はドラゴンになったのだから、その先入観通りの行動を行っている。


 しかし炎は建造物に届くことなく、途中で全て弾かれた。

 また妨害が入った事に、ジヘパパのドラゴンフェイスが苛立ちに歪む。


 上空へと舞い上がった所で、宙に浮かぶミヤとユーリとチャバックの姿があった。チャバックは自力で飛んでいるわけでは無く、ミヤの魔法で飛ばしてもらっている。


「やりあう前に言っておくよ。猫は竜より強し、だ。ま、こっちの住人には、儂が猫には見えていないのだろうが」

(そんな言葉あったかな……?)


 うそぶくミヤと、小首を傾げるユーリ。


 ジヘパパがチャバックを見る。まだ理性は残っているようで、手出しを躊躇っている。


 ユーリは最初から命の輪を呼び出し、体に装着する。ジヘパパをそれなりに強敵と見なした。勿論隣にミヤがいるので、自分が一切戦わなくても平気だろうとは思っているが、だからといって手は抜かない。


 ジヘパパが呪文を唱え、両腕から電撃が放たれる。魔術での攻撃だ。


「一筋縄じゃいかないね。霊を降ろした依代のこの力、ただごとじゃないよ」


 ミヤが防壁を築いて電撃を防ぐ。魔術であるが、威力は相当なものだった。


「ま、それでも儂には及ばんが」


 一筋縄ではいかないといった矢先に、その力を防ぎ切って、鼻で笑うミヤ。


 一方でユーリも攻撃を行っていた。夥しい数の魔力の小さな刃を、竜の翼の被膜を狙って上空から降らせる。


「ヌグオォォォ!」


 翼をズタボロにされて、絶叫しながら落下していくジヘパパ。


(嗚呼……父さんが……)


 その光景を見て、チャバックの中でジヘが嘆く。


(ジヘ。君の父さんの目を覚ます、いい言葉は何か無い?)

(ううう……いきなり言われても……。何だろう。何がいいだろう……)


 チャバックに問いかけられ、ジヘは迷う。


(あ、そうだ。お土産に買ってきた魚にあたって、二人でお腹壊した思い出っ)

(わ、わかった……)


 本当にそんなのでいいのかと疑いつつも、従うチャバック。


「父さんっ! 思い出して! 父さんがお土産に買ってきた魚にあたって、オイラと父さんでピーピーゴロゴロになっちゃったことっ!」

「ピーピーゴロゴロって言ってるのかい……」


 チャバックの呼びかけに、思わず笑うミヤ。


 ドラゴンの動きが目に見えて止まる。しかしまたすぐに動き出す。


「効いてるよ。チャバック、続けて」

「わ、わかったあ……」


 ユーリに促され、チャバックはさらにジヘから効果的な思い出を聞き出す。


 ジヘパパがさらに呪文を唱える。


 させまいと、ユーリが魔法で攻撃したが、魔法攻撃を食らいながらも、ジヘパパは呪文の詠唱を中断させずに唱え切る。ユーリによってズタズタにされた翼が完全に回復し、ジヘパパは再び舞い上がった。


「魔物討伐で、コカトリスの嘴をお土産に持ってきて、石化の魔力がまだ生きていて、うっかりオイラを石にしちゃって、治すのにまた借金増やしちゃったこと、忘れちゃった!? それと! 魔族を初めて退治したとか言って、証拠のお土産の角が、ただの羊の角だと後でバレて、父さんに嘘吐きの馬鹿野郎の臆病チキンのタンツボ親父って怒鳴ったことも!」

「ググググ……」


 チャバックが呼びかけ続けると、ジヘパパが苦しげに唸り、動きがどんどんぎこちなくなる。


「グオオッ!」


 ジヘパパが一声咆哮をあげると、チャバック達に背を向け、逃げ出そうとする。


「逃がしはしないよっ」


 ミヤがジヘパパの体に念動力猫パンチを浴びせようとしたその時、ジヘパパは逃走を急に止めた。


 逃げようとするジヘパパの前に、アリシアが浮かんでいた。意識は精霊さんが乗っ取っている。これまでのアリシアとはまるで違う、超然とした顔つきだ。


「アリシアっ」


 チャバックが名を呼ぶと、精霊さんの視線がチャバックへと向けられる。


「囮作戦はいらなかったようです」

「ふん、そして予定が狂っちまったね」


 精霊さんを見て、ユーリとミヤが言った。


***


 ファユミは霊を降ろしてもなお、インガやアリシアとは異なり、意識が全て残っていた。


「あの子……あの時謝った……あの子……あの時、許していれば……あの子と……友達になっていたかもしれなかったのに……」


 上空から町を見下ろす。思い出の場所を見て、子供の頃を思い出す。


「それは……無いでしょうか……? ただの願望でしょうか? あの子は……成長して……大人になって……ちゃんと幸せになっている……でしょうか……」


 そうであって欲しいとファユミは願う。


 天使となって空高く舞うファユミに、竜化したムルルンと、その背に乗ったディーグルが接近する。


「ファユミさんっ、私の声が届きませんか?」


 ディーグルの呼び声に応じ、ファユミは空中で制止して振り返る。


「ディーグルさん……何しに……来ました?」

「貴女を救いに来ました」


 ファユミの問いに、ディーグルは真顔で即答する。


「そんな必要……無いです……。私……精霊さん……一つになって、今、とても……素晴ら――」

「それはまやかしです。甘い悪夢です。結末はろくなことになりません。バッドエンドにはさせないために、私は来ました」


 夢見心地な顔で語るファユミの言葉を遮り、ディーグルは刀を抜く。


「私を斬る……のですか?」


 ファユミが震えながら問うが、ディーグルは答えない。

 その無回答が答えだと受け取り、ファユミは悲しみに包まれる。


「私は……ディーグルさんにとっても……いらない子……なったということ……ですか……? ああ……やっぱり私は……いつも……そうなる運命なんですね……。ひどいです……運命が……いつも私をそう導く……。私はそういう風に……運命にいじめられる……。そういう運命……。最期まで……変えられない……」


 震え声で運命を嘆きながら、ファユミは涙をぬぐう。


「でも……伝えさせてください。笑わないでください……。あれが全部夢でも……偽りでも……楽しい時間でした」

「笑いませんし、夢でも偽りでもありませんよ。私にとっても、楽しい時間でした」


 ディーグルが柔らかな口調で告げると、呪文を唱えた。


 緑色の炎がファユミの全身を包む。しかし何も起こらない。


(やはり肉体に取り憑いた状態では、浄霊の炎が効きませんね)


 他の手段も考えてあるディーグルであったが、それは際どいものだ。


「貴方は……本当に美しい人です……ね。目が眩みそうになるくらい、輝いている……。貴方の絵を描き上げること……出来て……よかった……」


 ファユミは反撃しようとせず、想いを訴える。


「馬鹿だと思うでしょうけど……きっと馬鹿にするでしょうけど……蔑むでしょうけど……私の今の気持ち、聞いてほしいです」

「聞きますよ。遠慮なくお話しください。真剣に話をしている人を馬鹿にするようなことなど、私は決してしませんから、安心してお話しください」


 ディーグルが刀を下ろす。しかし鞘に収めはしない。


「きっと……貴方のような綺麗な顔の人には、こんな……私の気持ち……わからないでしょ……ね。醜く……馬鹿に生まれて……罵られ……蔑まれる気持ち……。ああ、ごめんなさい。せっかく話を聞いてくださっているのに、とてもとても……失礼なことを口にしてしまって……私は……心まで醜くなっています……」


 喋りながらファユミは、自分でも何を馬鹿なことを喋っているんだと意識してしまい、羞恥と自己嫌悪を覚える。


「私は……戦う気はありません……。私のような……醜い女が、貴方のような美しい……方を、髪の毛の先程も傷つけてはならない……です……」

「そうですか」


 ファユミが戦闘を拒否すると、ディーグルは微笑み、躊躇うことなくファユミを斬りつけた。


 袈裟懸けに斬られたファユミが、地面に落下していく。


 ムルルンが先に降下し、ファユミの体を口で咥え、落下を防いだ。


 ディーグルがファユミの体を、ムルルンの上へと引き上げる。


「抱きしめ……てほしい……」


 どうせ死ぬのだからと、ファユミは恐れ多いと思いつつも、


「ただ抱擁しろと? それだけでいいのですか?」

「はい……気持ち……こもってなくていいですから、私に……人の……ぬくもり……思い出させてほしいです……」

「お断りします」


 ファユミの痛切な願いを、ディーグルはあっさりと拒んだ。ファユミは一瞬目を見開いたが、すぐに諦観の表情へと変わり、運命を受け入れようとした。


「そうですか……そうですよね……。やはり……貴方のような美しい人が、私のような醜い女……抱きしめてくれるはずがないですよね。不釣り合いにも……」


 言葉途中に、ディーグルがファユミの体を抱き上げた。


「抱擁は何故すると思いますか? そこに気持ちがあるからです。気持ちが無ければ抱擁はしません。気持ちの無い抱擁など有り得ません。私はそのようなことをしません」


 話している間に、ファユミの鼓動は停まった。


 ディーグルはそれを確認してから、早口で呪文を唱える。二つの呪文を連続で唱えた。


 緑色の炎が再び巻き起こる。炎の中で霊体が恍惚とした表情になっている。浄化され、冥界へと旅立てることを喜んでいた。


 さらに三つ目、四つ目の呪文を唱えるディーグル。ファユミの傷口が塞がり、ファユミが意識を取り戻す。翼も天使の輪も消えている。


「私……死んでいない?」


 ディーグルの腕の中で驚くファユミ。


「苦労しましたよ。私は死霊の類を操る術は得意ですが、それでも苦労しました。貴女を一瞬、仮死状態にすることが必要でしたから」

「仮死状態……?」

「肉体の活動を停止させることで、貴女に取り憑いていた霊を追い出す必要があったのです。活動を停止した肉体から霊が出た所で、浄霊しました」

「私は……死んで、生き返った……のですか? いえ……ディーグルさんが、生き返したのですか?」

「肉体の活動の停止は、イコール死ではありません。魂が完全に肉体から離れ、冥界に行った時点で死が確定します。私は貴女の肉体の活動を停止させ、魂は冥界に飛ばないように術で維持し、その直後に憑いていた霊を浄化し、すぐに肉体の機能を回復した所で、貴女の霊魂だけを再び肉体に戻しました。綱渡りの連続とも言える、非常に難解な行為でしたが、上手くいったようです。貴女と私の相性の問題や、運命を味方につけることが出来たからこそ、成功したのでしょう」


 ディーグルに解説され、ファユミはディーグルが自分のためにそこまでやってくれたことに、感謝と感激と申し訳無い気持ちでいっぱいになった。


「それはそうと、また私の身の上話、聞いて頂いても構いませんか?」

「き、ききき、聞きますっ」


 ディーグルに言われ、慌てるファユミ。このような断りを入れられるのは、いつも自分ばかり話しているせいではないかと、そう勘繰ってしまうファユミであった。


「誰もが心に傷の十や二十有ります。貴女だけではありません。私にもあります」


 いつもと変わらぬ柔和な笑みをたたえたまま、ディーグルは語る。


「貴女は、自分が蔑まれている気持ちがわからないと言いましたが、他人の気持ちを全て理解することは、誰にもできないでしょう。しかし――他者から負の感情を向けられることの痛みと辛さは、多くの者が共感できるはずです。私は貴女よりずっと多くの人達から、ありったけの負の感情を向けられました。何万人殺したか、自分でもわからないほどですからね」


 ファユミはディーグルが何を言わんとしているのか、そこまで聞いた時点でわかった。


「私には殺さなければならない理由がありました。信念のもとに殺しました。しかし罪悪感が無いわけではありません。奪った命の家族や友人や恋人の悲しみも、意識してしまいます。ここまで言えば、私が何を言いたいかわかりますね? 貴女は随分と自分を卑下して、私をまるで天上人のように持ち上げますが、私も貴女も、同じですよ。傷つけられれば痛いのです。まあ、私の場合は自業自得ですけど」

「そう……ですか……。でも……」


 ファユミが身を起こし、ディーグルから離れる。いつの間にかムルルンは地面に着地していた。


「それでも……私にとって……ディーグルさんは素晴らしい人です……」


 恥じらいながらそう告げると、ファユミは歩いてその場を去った。


 ディーグルは後を追おうとはしなかった。ファユミは今、一人になりたいのだろうと察していた。


「相変わらずディーグルは優しいんだネ」


 ムルルンが竜から人の姿に戻って言う。いや、ムルルンではない。別の人格、別の姿になっていた。


「ミカゼカ……。久しぶりですね」


 ミカゼカを見て、ほんの一瞬、表情を陰らすディーグルであった。


「ディーグルも僕には会いたくなかったかナ? 僕は嫌われ者だから仕方ないけどサ」


 にかっと歯を見せて笑うミカゼカ。


「申し訳ありませんが、もう一度変身して、ファユミさんの屋敷に戻ってください」


 ディーグルの要求を受け、ミカゼカは怪訝な表情になる。


「皆と合流しないノ?」

「ファユミさんの描いた絵を取りに行きます。その後で合流しますよ」


 ミカゼカが尋ねると、ディーグルは微笑みながら告げた。


***


 ミヤの念動力猫パンチで意識を失っていたフレイム・ムアが目を覚ますと、ケロンの憤怒の形相が視界に飛び込んできた。


「よくも……私を長年にわたって謀り、利用してくれたな。生かしておけんっ」


 ケロンの手には剣が握られている。そしてフレイム・ムアは、自分の両手両足が縛られている事に気付く。


「ぶぶぼ……世話になったからと……見逃したのは……失敗だったか」


 いつもと変わらぬ口調で言うフレイム・ムア。


「私もお前には世話になったが、私を騙した罪で、それも全て帳消しだ」


 憎悪を込めて言い放つと、ケロンはフレイム・ムアの喉元に剣を突き刺した。

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