24-24 次元を越えて分かたれていても、魂は一つ
ノア、サユリ、ガリリネの三名は、シャクラの町を無差別に破壊しているインガの巨大人形軍団前に移動した。
「何で街を壊す必要あるの?」
巨大人形軍団が、かなり積極的に建造物を壊してまわっている様を見て、ノアが疑問を口にする。
「人は巨大になると、建物を倒し、人を踏み潰したくなるもので、それは自然な本能であると、昔あたくしが読んだ小説に書いてありまして」
「その小説おかしいよ」
厳かな口調で語るサユリに、ノアは半眼になる。
「インガさん、ごめん……」
謝罪を口にしてから、ガリリネが無数の輪を人形に向かって飛ばす。
巨大人形にも個体差がある。サイズも頑丈さもばらばらだ。ガリリネの輪によって両断された人形もいれば、輪が通らずに弾かれた物もいたし、輪で斬られても大してダメージになっていない物もいた。
「もういっちょ」
輪が通じていなかった人形に向けて、ガリリネが再び輪を飛ばす。今度は輪が飛来中に巨大化した。
ガリリネの輪によって、巨大人形がどんどん切断されていき、綿が飛び散る。人形が行動不能になって崩れ落ちる。
「ガリリネ、飛ばしすぎてない? たたでさえ君の能力は燃費悪いうえに、威力も大したことないんだから、そんなにがむしゃらにぜんまい巻かない方がいい。すぐに空っぽになる」
「ぶひっ、ノアちんの言う通りなのだ。先走って張り切らない方がよいのでして」
「うるさいな……」
ノアとサユリに制され、ガリリネは苛立ちを露わにする。
「サユリ、その場合張り切る方が先、先走ってから張り切るのではなくて、張り切っているから先走っているんだよ」
ノアがサユリの言葉遣いを訂正する。
「そうであるか。何にせよ感情的になるとろくなことは無いのだ。感情的になるという事は、絶望と落胆の奈落に突き落とされる運命の引き金となるのだ」
「わかったよ……」
サユリに再度諭され、ガリリネは深呼吸を行う。
巨大人形達がノア達三名に照準を定め、一斉に襲いかかってくる。
「みそメテオっ」
サユリが叫ぶと、上空から夥しい数のみそ玉が人形軍団に降り注ぎ、人形達はみそまみれになった。みそ玉の直撃で破損した人形もあれば、体中にみそを張りつけて動きが非常に緩慢になった人形もある。
「これが魔法ではなく、術の類だっていうから凄い」
広範囲に絶大な効果を及ぼしたサユリのみそ妖術の威力を目の当たりにして、ノアは感嘆していた。
「細かいカテゴリー分けは気にしない方がいいのである。発動方法や、消耗の度合いは違うけど、魔術妖術呪術といった術の類も、魔法も、力の源は同じである。そして魔法が使えれば、術を魔法に寄せて、消耗を抑えることも可能でして」
サユリが講義しつつ、今度は魔法を発動させる。純白の翼を生やし、頭上には光り輝く輪を乗せた天使豚が三匹現れ、飛び立っていく。
天使豚達が鼻からビームを放ち、巨大人形を次々と焼き払っていく。
「サユリ一人で終わらせちゃう勢いだ」
「ぶっひっひっひ、豚を畏れよ。豚を崇めよ。豚にひれ伏せ」
ノアが言うと、気を良くするサユリ。
(サユリは馬鹿だけど、魔法使いとしての実力は確かだ。流石はア・ハイでも上位魔法使いに名を連ねるだけはある)
サユリを見て、改めて感心するノア。
ガリリネとサユリによって人形が次々と行動不能にされていく中、フリルたっぷりの服を着た、可愛らしい巨大少女人形が現れた。インガを取り込んだ人形だ。
「今のはインガさん……か……」
ガリリネが呟き、ありったけの輪を巨大少女人形に――インガに向けて放つ。輪は飛翔しながら巨大化する。
インガは軽く片腕を振るっただけで、それらの輪を全て打ち払った。
「糞っ……」
肩で息をしながら、インガを見据えるガリリネ。輪の精製を連続して行い、体力がかなり消耗している。
「ぶひ……わかっていたけど、君はいまいち非力なのだ」
「うるさいな。わかってるよ……。それでも黙って見ていられない」
サユリが指摘すると、ガリリネは悔しげに言う。
「みその力で君の力をブーストしてあげるから、みそを舐めるといいのだ」
「わ、わかった」
サユリが掌にみその塊を出して差し出し、ガリリネは躊躇いがちにそれを自分の指ですくって、口に運ぶ。
効果はすぐに現れた。体の疲れが嘘のように吹き飛び、力が漲るガリリネ。
「ありがとう、サユリ」
礼を述べ、ガリリネはまた輪を飛ばしまくる。今度はタイミングと軌道をズラして、正面だけからではなく左右からも輪を放つ。
インガは輪を薙ぎ払おうとしたが、正面からの輪を砕いただけで、左右から飛んできた輪は肩口と顔に刺さった。
「みそで回復とパワーアップもできるんだ」
「ぶっひっひっ、みそがあれば何でも出来まして!」
ノアが言うと、サユリは上機嫌にうそぶく。
「みそがあるなら何でも出来るなら、インガさんと精霊さんを切り離して」
「それは無理なのだ」
ノアが言うと、サユリはあっさりと告げた。
体に輪が刺さった状態のまま、インガが地響きを立てて、ガリリネ達の方へと突っ込んでくる。
「ブヒィィィム!」
サユリの掛け声に応じ、天使豚三匹が一斉にビームを放つ。ビームを受けたインガの体が炎上したが、インガは火達磨になった状態のまま突っ込んできた。
ノアとガリリネが左右に分かれて避ける。近くの建物が破壊される。
「ぶひ……これは……」
インガの突進を転移で避けたサユリが唸る。サユリは気付いていた。インガに対してダメージを与えていないと。
インガを包んでいた炎が嘘のように消える。そして焦げ跡一つ無い、先程と同じ姿の人形が現れた。刺さっていた輪も消えている。
「再生……ではなくて、この場合修復と呼んだ方がいいか」
ノアが呟いた直後、インガが口から大量の綿を勢いよく吐き出し、サユリの天使豚二匹と、ノアに直撃した。
綿とはいえ、その圧力はかなりのもので、ノアはしっかりとダメージを受けていた。綿に潰される格好になったあげく、綿そのものが生物であるかのように蠢き、ノアの体にさらなる圧をかけてくる。
「このっ!」
ノアが怒りの声と共に魔法を使った。重力弾を空中に発生させて、自分の上に乗っている大量の綿を、引っぺがしていく。重力はノアには及ばないように仕掛けてある。
重力弾によって、空中に浮かぶ巨大な綿の塊が出現した。ノアはその巨大綿塊をインガに向けて飛ばした。
インガはパンチ一発で、巨大綿塊を叩き落とした。中心の重力弾も消える。
インガが大きく口を開く、飛び散った綿が空中へと跳び上がり、インガの口の中へと戻っていく。
「かなり強いのでして」
サユリが大きく息を吐く。
「三人がかりで……しかも一人はサユリだっていうのにね。ガリリネはもう下がった方がいい。俺達と違って、再生能力あるわけじゃないし。ま、別に君が死んでも構わないけど」
「下がる気は無いよ。それと、こんな時にまで憎まれ口叩かなくてもいいだろ」
ノアの言葉に従う気は毛頭無いガリリネだった。
「ペンギンロボ」
ノアがペンギンロボを呼び出す。今回はシルクハットを取って一礼はしなかった。呼び出された瞬間、巨大なインガと目が合ってしまったからだ。
「びびってないでさっさとサポートして」
慄くペンギンロボに、ノアが告げる。ペンギンロボがこくこくと高速で頷く。
「一斉攻撃で一気に押し切ろう」
「ぶひ。それがよいのでして」
ノアが促し、サユリが頷き、二人同時に魔法を発動させる。
ペンギンロボが両翼を大きく広げると、トランプのカードが撒き散らされる。53枚の全てのカードが、一直線にインガの頭部へと飛んでいく。
カードがインガの顔の前で角度を変えて、インガの頭部の周りを渦巻くようにして旋回する。インガは手を振り回してカードを破壊しようとする。
インガの手が触れた瞬間、カードが閃光と共に爆発する。さらには連鎖爆発も引き起こす。
(大してダメージにはならないけど、目くらましには十分だ)
ノアがほくそ笑みつつ、インガの足元に過冷却水のビームを放った。
インガの両脚がたちまち巨大な氷塊に覆われる。修復能力が大きかろうと、これで動きはある程度封じられるのではないかと試した。
足を持ち上げられずに藻掻いているインガの様を見て、上手くいったと見なすノア。そのままビームを放ち続け、氷で覆うだけではなく下半身の凍結を目論む。
サユリは超巨大な豚をインガの頭の遥か上空に呼び出し、落下させた。轟音と共に土煙が舞う。巻き起こった土煙によって完全に視界が遮断されているが、インガの巨体が豚に押し潰された、確かな手ごたえをサユリは感じた。
「見たであるか。必潰、メガ豚プレス」
「単純な質量攻撃……。でも凄い大技だ」
ドヤ顔を向けるサユリに、ノアは素直に感心した。
「単純物理だけではなく、ギミックがあるのだ。しかしそれは秘密なのだ」
さらにドヤ顔度合いを強めるサユリ。
巨大豚が消えると、土煙が舞う中で、ゆっくりと起き上がるインガの様が見えた。
「むむむ……仕留めきれなかったのだ。中は綿の人形だから、打撃と衝撃には強いのであるか……。ぶひぃ……」
残念そうに肩を落とすサユリ。
「でもかなり効いているよ。ぼろぼろなうえに、修復しきれない。もうガス欠っぽいね」
ボロボロになったインガを見て言うと、ノアはペンギンロボとガリリネに目配せした。二人が同時に頷く。予め練っていた作戦があった。
「ワン、ツー、スリーっ!」
ペンギンロボがかけ声と共に、ガリリネに向かってステッキを振ると、巨大な風呂敷が現れ、ガリリネの全身を覆った。
ガリリネを覆った風呂敷が、地面に落ちて広がる。ガリリネはいなくなっている。
インガの顔の前に、一枚のカードが制止して、回転してその絵柄を見せた。カードはジョーカーだった。
次の瞬間、カードの中から描かれたジョーカーが飛び出してきたかと思うと、ジョーカーは巨大化して人間大の大きさになり、さらに別の物へと変化を遂げた。ガリリネに変わった。
至近距離から輪を一つ放つガリリネ。輪は巨大化し、インガの頭部にハマると、インガの頭部を締め付けながら高速回転しだす。
やがてインガの頭部が文字通りの輪切りに切断され、派手に綿が噴き出た。
インガの――巨大少女人形の動きが完全に停止した。それ同時に、まだ残っていた巨大人形軍団も動きを止め、崩れ落ちる。
人形達が縮んでいく。破壊された人形達は、破壊された姿のまま、元のサイズに戻る。
巨大少女人形も縮んで元のサイズに戻った。その傍らには、横向きに倒れている老婆の姿があった。
「インガさんっ!」
回転する輪に乗って降下したガリリネが叫び、インガの隣に飛び降りる。
「まだ……生きてる」
ガリリネがインガの側でかがみ、手を取り、弱くなっていく脈を確認して呟く。
「とどめを刺さないとだね。ガリリネがやりづらいなら、俺がやるよ」
ノアがやってきて静かに申し出る。サユリも少し遅れてやってくる。
ノアの台詞を聞いて、ガリリネはパニックを起こした。自分の大事なものが奪われるかのような感覚に捉われた。
「嫌だ! この人を殺すな! この人を殺すなら僕ごと殺せ! この人は僕だ! 僕と同じなんだから!」
インガをかばう格好で喚くガリリネに、サユリとノアは呆気に取られる。
「錯乱しているのだ。ガリリネはインガさんにずっと自分を重ねていたようでして」
「混乱と錯乱の違いがわからないけど、とにかくそれっぽい系。きっと後でその台詞思い出して恥ずかしくなるよ」
サユリとノアが言ったその時、インガが目を開き、手を伸ばしてガリリネの方に触れた。
「ありがとうね……ガリリネ君。その気持ちだけで、インガちゃんは幸せで胸がいっぱいよ。今が……今この時が、人生の中で一番幸せよ」
インガがそう言って目を閉じた瞬間、インガの全身が光りだした。
「同じ? 同じだ……」
ガリリネはその現象に驚くことなく、そんな言葉を口走る。
ノアはその現象を目の当たりにしたわけではないが、ミヤとユーリから話を聞いていた。ジャン・アンリとお鼠様という、同一の魂が融合する場面を、彼等は人喰い絵本の中で見たと。
インガの姿が消える。
「ガリリネに吸い込まれた。どうやらインガさん、ガリリネの魂の横軸のようだね」
「ぶっひー……昔図書館亀から聞いたことがあるが、レアなものを見られたのである」
一人膝をついてうなだれるガリリネを見て、ノアとサユリが言う。
「ノア……笑いたければ笑えよ。畜生……僕……涙が止まらなくて……糞……糞っ……」
肩を震わせ、涙声で毒づくガリリネ。
「笑わないよ」
ノアがガリリネを後ろから抱きしめる
「今の君は、いつものガリリネほど嫌いじゃない」
耳元で囁くノアの声、体温、感触によって、ガリリネは癒され、落ち着きを取り戻す。
(柔らかい……。気持ちいい。すっかり忘れてたけど、ノアは女の子だったんだっけ)
憑き物が落ちたような顔になってガリリネが、安堵の吐息をつく。
十数秒後、ノアはガリリネを邪険に突き飛ばした。
「そろそろ離れろ。いつまでくっついているんだ。キモい」
「僕が君に抱き着いたわけじゃないだろ……」
冷たく言い放つノアに、ガリリネは尻もちをついたまま、憮然とした顔になって、壊れた人形を手に取る。先程まで戦っていた、インガを取り込んでいた少女人形だ。
ガリリネが手に取った瞬間、人形の破損は全て修復され、元に戻る。ガリリネが直したわけではない。
「ありがとう、ノア……」
「君のために直したわけじゃないよ。インガさんのためだよ」
躊躇いがちに礼を述べるガリリネに、ノアは微笑みながら告げた。




