24-23 自分で設置したダモクレスの剣が落ちてきただけの話
西方大陸。管理局施設の一室。
「世間では伝わっていないウィンド・デッド・ルヴァディーグルですが、私は彼のことをよく覚えていますよ。三百年前、実際に交戦もしましたからね」
管理者メープルCが、最近管理局の高い地位に就いたばかりの部下を前にして語る。
「三百年前、魔王軍の中で人類連合軍を最も苦しめ、最も多くの人命を奪ったのは、あのエルフですよ」
「エルフですって? 人類に友好的な種族であるエルフが魔王の部下?」
部下が驚く。亜人、妖精と呼ばれる者達の多くは、とっつき悪い面もあるが、大抵は人間に対して友好的な種族であると認識されているし、人間社会に受け入れられている。
「人にも悪人がいるように、エルフにも悪人はいるということです」
メープルCが淡々と告げた。
「筆頭のアルレンティスが一番強かったわけではないのですね」
「八恐筆頭のアルレンティスは、元々はディーグルの使い魔だったという話です」
またしても意外そうに言う部下に、メープルCが言った。
「ディーグルは闇の大司教シリンと互角に戦いました。シリンはディーグルとの戦いの功績があったからこそ、聖果カタミコを与えて不老化し、ア・ドウモで暗黒神信仰が黙認されるようになりました。流石に正式には認められませんけどね」
「あのシリン殿と互角とは……」
部下が慄く。
「そして我々に散々盾突いてきた、Aの騎士の正体が、ウィンド・デッド・ルヴァディーグルだったという衝撃の事実。こうなると反管理局勢力そのものも、彼がこしらえた組織なのではないかとさえ、疑ってしまいますね。どちらも三百年前から存在しますし」
先日の報告を思い出し、メープルCはア・ハイ群島における動向により注視せねばならないと判断していた。
***
緩慢な動きではあるが、町を確実に破壊していき、何百人という数に膨れ上がった脂肪怪人軍団。
近づくと同じ脂肪怪人になってしまうことは周知され、人々は避難している。しかしそんな脂肪怪人軍団に、一人近づく者がいた。
(思考力が見受けられませんね。ただ彷徨っているだけのようです)
ふらふらと歩く脂肪怪人の群れを前にして、ディーグルはそう判断しつつ、呪文を唱えた。
「黒髑髏の舞踏」
ディーグルが術を発動すると、脂肪怪人軍団の真ん中に、彼等とほぼ同じ数の、全身真っ黒な骸骨軍団が出現した。骸骨はぼろぼろの衣装に身を包んでいて、衣装は個体によって異なる。平民、貴族、僧、王様、乞食、商人、兵士、道化師、海賊、北方蛮人、南方蛮人、東方風、中東風と、バラエティー豊かだ。
黒髑髏軍団は凄まじい勢いで脂肪怪人軍団に襲いかかる。自分の腕をそのまま突き刺したり、自分の肋骨を折って握って突き刺したり、噛みついたり、掻き毟ったりと、我が身が砕けるのもお構いしなしに、高速でがむしゃらに攻撃し続けている。
「ガァァァ!」
空から咆哮が響く、ドラゴンとなったジヘパパがディーグルめがけて飛来してきた。
ドラゴンが突っ込んできながら、口から炎を吐く。
ディーグルが刀を振るって飛ぶ斬撃を放ち、ドラゴンの炎を切り裂く。斬撃によって炎が消し飛ばされ、さらにはドラゴンの頭部を切り裂いた。
「ギュアアァァ!」
苦悶の咆哮をあげると、ドラゴンは大慌てで飛び上がり、そのまま飛び去って行った。
「ディーグルさん強過ぎぃ」
「まさしく一騎当千という言葉が相応しいな」
遠巻きにディーグルの一方的な戦闘の様子を見て、ウルスラが感心の声をあげ、オットーが唸った。
「ガリリネ、ウルスラっ、オットーさんっ」
聞き覚えのある声をかけられ、オットー、ガリリネ、ウルスラが声のした方を向くと、ユーリが笑顔で手を振っていた。足元にはミヤの姿もある。後方にはノア、サユリ、アルレンティスもいた。
ガリリネがディーグルに向けて合図を送る。輪を一枚、ディーグルの元へと飛ばす。
ディーグルは合図を見て移動する。
ミヤ達がいる場所にディーグルが戻ってきた時、宝石百足も現れた。
「敵じゃないですよっ」
「これは宝石百足なのー。味方なのー」
宝石百足を見て、刀の柄に手をかけたディーグルを見て、ユーリとムルルンが慌てて制止する。
「全員集合したが、これからまた人を分けるよ。その前に手短に情報交換だ」
ミヤが一同を見渡して告げた。
その後、ミヤがチーム分けを行う。それぞれ精霊の依代となった者を対処する。
ディーグル、アルレンティスはファユミ担当。
ガリリネ、ノア、サユリはインガ担当。
ミヤ、ユーリ、チャバックはジヘパパ担当。
「私は?」
宝石百足が尋ねる。
「遊軍かねえ。まあ、もし嬲り神の奴が茶々入れて来た時は頼むよ」
「わかったわ」
ミヤに言われ、宝石百足は頷いた。
「アリシアと精霊さんはどうするのー?」
「精霊さんとアリシアは、他の者達を対処して、邪魔がいなくなってからだ」
ムルルンの問いにミヤが答える。
フレイム・ムアから取り上げた、精霊と依代を分離する特殊な呪符のことは、すでに伝えてある。ミヤがその呪符をチャバックに渡す。
「これをどうするかは、お前に任せるよ、チャバック」
「任せるって言っても……オイラわからないよう……」
ミヤに言われ、チャバックは困り顔でユーリとノアを見た。
「助けたい人を助けるってことだよ」
ノアが曇り顏で言う。これは残酷な選択をチャバックに任せるという事だ。
「一人しか助けられないの? ジヘパパを助けろってことになるの?」
「うん……」
尋ねるチャバックに、ノアが躊躇いがちに頷く。
「ジヘが主人公の物語だしね。最低でもジヘパパを救えば、それで……ハッピーエンドとは言い難くても、物語の結末へと繋がり、僕達は脱出できるんじゃないかと思う」
ユーリが言った。
「儂の考えは、ユーリと少し違うね。別にジヘパパだけに限らなくてもいいと思うよ。助ける相手が違ったからと言って、それで絵本から出られなくなるという展開は、考えにくいんじゃないかい?」
「私もそう思うわ」
ミヤが言い、宝石百足が同意した。
「今回、ダァグ・アァアアは初の試み――実験をしている。続きの物語を描き、その結末は考えていない。これまでの人喰い絵本は、予めストーリーが決まっていて、吸い込まれた人達の関与次第で、話を変えられるという形だったけど、今回は何も決まっていない」
「実験……」
宝石百足のその台詞を聞いて、ユーリの胸の内で暗い炎が揺らめく。
「未来が決まってなくても、一応何かしらの決着があれば、絵本から出られるんだろう?」
「そうね。精霊さんにまつわる騒動が一段落したと判断されれば、その時点で物語は終了して、元の世界に戻れるわ」
ミヤが伺い、宝石百足が答える。
「それならやっぱりチャバックの判断に任せるしかないわけか……」
オットーがチャバックに同情の視線を向ける。
「そんな役目をチャバック君に押し付けるのも可哀想だと、ムルルンは思うのー」
ムルルンが言った。多くの者が同じ気持ちであったが、チャバックは呪符を手放そうとはしていない。
「ノア……インガさんを殺す以外の方法は駄目なの? 無いの?」
ガリリネが憂い顔でノアに問いかける。
「その方法を見つけよう。俺はあの人を殺したくないよ」
ノアがガリリネを真っすぐ見据えて、力強い声で告げた。
「魔法で何とかならない?」
「もう試したよ。でも駄目だった」
ガリリネの問いに、ノアではなくユーリが答えた。
「単純な怪我や欠損は治せる。でもね、体そのものが変質して定着してしまうと、凄く難しい。師匠ですらチャバックの障害を治せないしね。それは医術の領域。あるいは魔術。魔法には出来なくて、魔術なら可能という珍しい領域。精霊を降ろされた依代もそうだよ。物凄く結びつきが強くて、限りなく一個の存在に近かった」
「そっか……」
ユーリの話を聞き、ガリリネは落胆するかのようにうつむき加減になる。
「では行きましょうか。ムルルン、飛びますよ」
「わかったなのー。久しぶりに変身なのー」
ディーグルが声をかけると、ムルルンの体が膨らみ、変形していく。
一見してそのフォルムは竜のようであったが、体のあちこちから木の枝、葉、花が生えている。胴体部分にはムルルンの上半身が埋まっている。植物と竜と人が混じったような姿だ。
「ちょっと宝石百足と被ってる。胴に人が埋め込まれている所が」
ノアが言った。
「これがアルレンティスの本来の姿ですよ。この子は魔族と竜と聖樹の間に生まれた子です」
「何それ面白い」
「ムルルンの出生がばらされちゃってるのー。プライベート無視されちゃってるのー」
ディーグルが言うと、ノアが面白がり、ムルルンはトホホ顔になった。
「それは別に隠していたことではないし、構わないでしょう」
ディーグルが言うと、ムルルンの背に飛び乗った。ムルルンが飛翔する。
「師匠、今思いついたんですけど。アリシアと精霊さんを誘き寄せる際に、あのケロンを囮にしてみてはどうでしょう?」
ユーリが提案する。
「まるで悪役がやるような手だけど、まあいいんじゃないかい」」
「俺は悪だから丁度いい。流石先輩」
ミヤが了承し、ノアはユーリを見てにっこりと笑った。
***
「あの長髪の餓鬼め……。私を誰だと思っている……」
鼻をハンカチで押さえて鼻血を止めながら、ケロンは忌々しげに毒づく。
「私は……シャクラの町のために尽くし……頑張ってきたのに……。あらゆることを……してきたというのに」
「被害者意識か? 自分をずっと功労者か英雄だとでも思っていたのか?」
ケロンの呟きを聞いて、呆れ切った声を発した者がいた。
声のした方――上空を見上げるケロン。
そこにはアリシアが浮かんでいた。しかしその表情は超然としており、アリシアのそれとは違う。
「アリシアに取り憑いているのか」
嘲笑するケロン。
「何が精霊さんだ。それだって私が、町を繁栄し、守護するために用意したのだ。だが……見てみろ。御覧の有様だ。町を無差別に破壊しおって……。私が育てた町を……」
精霊さんを降ろしたアリシアを憎々しげに睨みつけ、ケロンは話す。
「私は人のために、町のために尽くしたのに、この町の連中は、この町は、私に何を返したというのだっ。アリシア、お前は何なんだ? お前はどうして私に害を成す? 私がお前に何をしたというのだ?」
「この子に……自分が何をやったか覚えていないのか? 自分がこの子にしたことを何とも思っていないのか? 自分がこの子を犠牲にして不老を手にいれようとしたことも無視か!? ボケてるのか!? このろくでなしの腐れ外道が!」
ケロンの勝手な言い分に激昂し、精霊さんが魔力を放って攻撃したが、攻撃はケロンに届かなかった。
「ここは私の家の敷地内だ。フレイム・ムアの結界は、アリシアに憑依しようと、お前の力を防ぐようだな」
せせら笑うケロン。アリシアの表情が怒りに歪む。
(今はこいつに構う時期ではないということか。機会はまた次にしよう)
気持ちを切り替え、精霊さんはその場から飛び去った。




