24-19 喧嘩は恨みっこ無しで楽しむもの
「師匠、ノア達が来ましたけど」
ノア、サユリ、アルレンティスの三名を確認し、ユーリが声をかける。
「ふむ。中々愉快な展開だね。ノアの顔を見てごらんよ。儂等と一戦交える気満々だし、それが楽しみで仕方ないといった顔だよ」
「確かにそうですね」
ミヤが言葉通り楽しげな声を発し、ユーリも微笑を浮かべていた。ノア達と一戦交えることに、闘志と期待感が自然と湧きおこっている。
「おーい、この塔を壊して、それで物語がいい方向に傾くと思ってるのか~? それは博打だぞぉ?」
嬲り神が声をかける。
「物語を動かすキーにはなっていると思うのー」
アルレンティス=ムルルンが答えた。
「あ、アルレンティスがいつの間にかムルルンに変わってる」
「ぶひ、久しぶりにムルルン見まして」
ノアとサユリがムルルンを見る。何の前触れも無しに、少し目を離したら突然、少年の姿から少女の姿に変わっていた。
「物語を悪い方に動かすキーかもしれねーぞォ~? それでもいいのかーい?」
「何が良くて悪いかなんて、何時だってわからないことが多かったりして。そもそも良かれと思ってやったことも、実は罠で、最悪の結果になることもありまくりでして」
なおも嬲り神がからかい気味に伺うが、サユリが真顔で言ってのける。
「運命は期待だけさせておいて、すぐに絶望と落胆の奈落に突き落とすのだ。ならば、ぶひぃ、運命なんかに期待せずして。一寸先の見えぬ未来を豚のように突き進むのみである。サユリさんはやりたいようにやるだけなのだ」
(何だか酷く虚無的な嫌な台詞言うなと思ったら、その後に続いた台詞が熱くていいね)
サユリの台詞を聞いて、好感を覚えるユーリ。
「ふんっ、いいこと言ったつもりかい? お前はいつも本能の赴くまま、好き勝手やりたいようにやってるだけだろうに」
「ぶひっ、ミヤ、そういう野暮なツッコミはいらないのでして」
しかしミヤは呆れて半眼で突っ込み、サユリは頬を膨らませてミヤを睨む。
「嬲り神の言うこともわかります。サユリさんの言うことも真理です。選択が――行動がどう転ぶかわからないなら、今はただ流れに身を任せるだけです」
ユーリが言う。
「つまりは戦いに応じるということさね。いまいち緊張感と危機感は無いが、油断するんじゃないよ。ノアもサユリも加減はしないだろうからね」
「あの二人ですからねえ」
ミヤが釘を刺し、ユーリは気を引き締めた。
「へへへ、まさかお前等と共闘とはね」
隣に並ぶユーリとミヤを見やり、嬲り神が笑う。
「さて、喧嘩を楽しもう。恨みっこ無しだよ」
ノアが帽子のつばに手をかけ、闘志を滾らせる。
「嬲り神はともかく、ミヤ様とユーリとは喧嘩はしたくないのー。ムルルンは嬲り神かその他の相手をするのー」
「わかったのだ」
ムルルンが言い、サユリが頷いてユーリを見る。
「他の連中は戦力外だからなァ。おい、お前等、死にたくなければ下がってな。死にたい馬鹿はしゃしゃり出てきていいぞ」
嬲り神がケロンの配下の術師と兵士達に向けて言った。
最初に仕掛けたのはミヤだった。念動力猫パンチをサユリめがけて放つ。
「ぶひっ!? サユリさんはユーリとの戦いがいいのだ。そっちの方が楽そうでして。ミヤはしんどいから拒否なのである」
「何言ってるんだい。実力的な釣り合い取れる組み合わせとしては、儂とお前だろ」
「ぶひん……それならあたくしもそれなりに頑張りまして……」
ミヤが見逃してくれそうにないので、サユリは腹をくくり、魔法を使う。
不可視の魔力の矢が立て続けに何本も放たれ、空間を切り裂くかのような派手な音を立てて、ミヤに向かう。
「まあまあ重いか?」
全ての魔力の矢を魔力の防護壁で防ぎ、不敵に笑うミヤ。
続けてサユリが攻撃のための魔法を発動させた。背中から蝙蝠の羽根が生え、目つきが異様に悪く、尻尾の先はスペード状になっているという、若干悪魔的なデザインの子豚が四匹現れ、空中を飛び交う。
「角は生えていないんだね」
「蝙蝠の羽根はともかく、豚に山羊の角とか羊の角生やすのは抵抗があるのである。とはいえ、一時期生やしていたこともあったりして」
ミヤが言うと、サユリがデザインに関してのこだわりを口にした。
悪魔豚達がミヤに向かって飛翔しながら、一斉に鼻から二条のビームを放つ。ビームは直線状には放たれず、それぞれ異なる軌道で緩くカーブを描いている。
計八つのビームが様々な角度から飛来するが、ミヤは念動力猫パンチを放ち、全てビームをひとまとめに打ち払い、ミヤに届かぬ軌道へと弾き飛ばした
ミヤが続け様に念動力猫パンチを放ち、サユリを潰そうとする。
「みそウォール」
魔法ではなく、みそ妖術を使用するサユリ。みその壁が出現したかと思うと、みその壁が激しく振動し、肉球マークがつく。みその壁は壊れていないし、サユリにも攻撃が届いていない。
「はん、やるじゃないか」
ミヤが称賛した直後、四匹の悪魔豚が物凄い勢いで突っ込んできて、ミヤに空中から体当たりを仕掛けた。
四匹の悪魔豚は地上に激突する。轟音が響き、土煙が舞う。ミヤは転移して、悪魔豚の特攻アタックを回避していた。ミヤがサユリの後方に現れる。
「ああ……あたくしの可愛い豚さん達が……」
「お前が特攻させておきながら、何言ってるんだい」
嘆くサユリに、ミヤは呆れながら、至近距離から攻撃を見舞った。十発以上の光弾が、サユリを後方から襲う。
サユリは魔力の防護膜で自身を包んだが、光弾は防護膜を突き抜けて、サユリの体に着弾した。
少し離れた場所では、嬲り神がムルルンと交戦していたが、こちらはサユリとミヤのような派手な攻防は無い。嬲り神もムルルンも、まだ互いに一度しか攻撃していない。
「こいつは俺と……似たようなタイプなのかねえ?」
一度攻撃して、ムルルンに防がれた際の手応えを見て、嬲り神はそう感じた。単純な魔力塊で攻撃して様子を見たが、防御がおそろしく固く、びくともしないという印象だった。
嬲り神もどちらかというと、攻めより守りの戦いを得意とする。相手に攻めさせておいて、消耗させておいて、相手の手を見て、隙を見て叩くか、罠に引きずり込むという、そんな戦い方を好む。
ムルルンも一度反撃したが、嬲り神の次元ズラしによる回避を見て、それ以降は攻めてこようとしない。相手の手形を伺っている。
(チマチマと、じわじわといくか? それとも次の手を待っておくか? 自分と似たような相手ってのは……やりづれェなあ……。長生きしているが、俺はそういうタイプとやりあった記憶がねーよ……)
相手をジラしたり翻弄したりすることを好む嬲り神だが、ムルルン相手にそれは通じない気配がした。そして自分と似たような戦い方をするタイプであっても、自分と性格は異なるのでは、自身を参考にして相手の出方を計ることも難しい。ムルルンのことはよく知らないが、そのおっとりとした風貌から見るに、自分とは全く違う性格であるように、嬲り神には思える。
嬲り神とムルルンがお見合い状態になっている一方で、ユーリとノアは、ミヤとサユリ以上に激しい攻防を繰り返していた。
ユーリはいつも通り魔力そのものを攻撃型の形状にして、ノアは炎や冷気や電撃や衝撃波や発光エネルギー体を生み出し、攻撃を行っている。
戦いは目に見えてノアの方が押されていた。ノアは手数で攻めているが、ユーリは最小限の魔力を用いて、ピンポイントで防御と回避を行っている。そしてユーリが攻めに転じる時は、高確率で攻撃をノアに当てていた。対して、ノアの攻撃はまだ一度として、ユーリに届いていない。
特に厄介なのは、針状や糸状に変えた魔力での攻撃だ。視覚的にも感覚的にも見えづらいしわかりづらい。
(わかっていたことだけど、魔法を扱う技術に関しては、先輩の方がずっと上だね。戦闘経験も……悔しいけどあっちが豊富だ)
ダメージを負った体を魔法で再生させながら、ノアはユーリをじっと見据える。
ユーリがいつも自分に向けている顔ではなかった。いつもはノアに対し、柔和で優しい表情を向けている。しかし今は、怖いほど真剣な表情で自分を見ている。
(いいね。真面目に楽しんでくれている。真面目に俺と向かい合ってくれている。先輩、凄くいいね。それならこっちも、手段は選ばない。使える手は何でも使う)
ノアは頭を巡らし、勝利の算段を立てる。
「ペンギンロボ」
ノアがイレギュラーの一つを呼び出す。ノアの前に、ステッキを手にした、シルクハットと燕尾服という姿のペンギンが現れる。
「そんなことしなくていいから、さっさと戦う」
ユーリに向かって、シルクハットを取って優雅な仕草でお辞儀をするペンギンロボに、ノアが苛立ちを覚えながら急かす。
「バアァァアアァアッ」
ペンギンロボがダミ声で鳴きながら、シルクハットをユーリめがけて飛ばした。シルクハットは激しく回転しながら、左右に不規則に大きくブレながら飛翔する。
「ペンギンの声って意外と可愛くないのー」
ペンギンロボを一瞥して、ムルルンが呟く。
ユーリは不可視の魔力の矢を放ち、シルクハットの迎撃を試みた。
シルクハットが魔力の矢で貫かれたかと思うと、突然閃光を放ち、爆発する。
閃光を受けたユーリは思わず目を瞑る。そしてその瞬間隙が出来たと意識して、急いで魔力の防護膜を全身に張り、ガードする。
(いいね。今回はちゃんと上手くいった。練習しておいてよかった)
これまでペンギンロボが失敗を重ねていたため、ノアは暇な時にペンギンロボを呼び出し、念入りに打ち合わせを行い。上手にコンビネーションを取るための戦闘訓練を行っていた。
(待てよ……)
隙を見せたユーリを攻撃しようとして、ふと思い止まるノア。
ユーリは反応してすぐに防御している。今のノアに、ユーリの防御を貫く攻撃は出来るだろうが、決定打にはならないだろうとノアは見る。
そしてユーリの丁度後方に、オレンジの塔が見える。
ノアはにやりと笑い、転移した。
「ブエッ!?」
予定と違う行動を見せたノアに、ペンギンロボが驚愕の声をあげる。
上空――オレンジの塔の間近に転移したノアの右手には、紅玉がはまった手甲のイレギュラー――ミクトラが装着され、赤い光が放たれていた。
紅玉より放たれる赤い光が、巨大な刃の形状へと変わる。ノアがオレンジの塔めがけて、右手を振るう。
切断された塔が落下した音が、周囲に響き渡る。全員が塔の方を見て、切断されたオレンジの塔を確認する。
「おや……やられちまったのか~」
オレンジの塔の前に浮かぶノアを見て、嬲り神がへらへら笑いながら肩をすくめた。
「ノア、僕との戦いに集中しているつもりで、こっそりと塔の破壊を狙っていたのか」
降りてきたノアを見て、ユーリが声をかけた。
「いいや。最初からそのぜんまいを回したわけじゃないよ。壊せる隙があったから壊しただけ。あ、今なら壊せるじゃん。壊しちゃおって感じ」
ユーリの方を見て、ノアが悪戯っぽく微笑む。
(この前のシクラメを思い出すね)
まんまと出し抜いたノアを見て、ミヤが思う。
「ノア、儂を出し抜くとは、中々やるじゃないか。ポイント21プラスしてやろう」
「ええっ!? 初の二桁! しかも20越え! 凄い!」
近くにやってきて告げるミヤに、ノアは仰天し、興奮して喜んでいた。
***
「封印が全て解けたっ」
オレンジの塔が破壊された瞬間、精霊さんが歓声をあげる。
「ぼぼぼ……ぼぉ……ぶ……準備整った……。突貫作業になってしまったから、ミスもあるかもしれない。しかし邪魔な奴等がいるこの状況で、のんびり実験もしていられない……」
フレイム・ムアがいつになく、上擦った声を発する。いつもぼそぼそと喋り、感情を表さないこの男が、珍しく興奮していることが見てとれた。
「依代に……降りろ……。一つになれ。シャクラの町を鎮護してきた強大な御霊が肉体を持ち……どけだけの力を持つか……私に示せ……。そのために私は長年準備を進めてきたのだ……」
「ああ、見せてやるよ。俺とアリシアの力をたっぷりと御覧じろだ」
フレイム・ムアに向かってうそぶくと、精霊さんはその場から姿を消した。




