24-18 見てる分には楽しいもの
ファユミ邸の一室。魔術学院の生徒達と救出組、そしてアリシア達が全員いる大広間。ディーグルとファユミはいない。
頭の中に流れた精霊さんの過去にまつわる絵本を見て、チャバックは固まっていた。
(人間て……どうしてこんなにひどくなれるの?)
それは精霊さん一家を破滅に追いやった、ケロンを意識しての問いかけだった。
(でも人間て……いいものでもある)
それは懸命に生きる老夫婦を見て心変わりした、精霊さんと呼ばれる少年を意識しての結論であった。
「チャバック君、どうしたの?」
今にも泣きだしそうな顔をしているチャバックを見て、アリシアが案じる。
「アリシアは、精霊さんの正体……知ってるの?」
「正体って……?」
「精霊さん昔のこととか、精霊さんが精霊さんになる前の話とか……」
戸惑うアリシアにチャバックが言った。
「全然聞いたことないよ。精霊さんが私の前に最初に現れた時、私の歌に惹かれたって言ってた。力をくれるって」
「そうなんだ……」
精霊さんも自分の過去など話したくないだろうと、チャバックは思う。それを絵本という形で勝手に盗み見たことに、後ろめたい気持ちになる。
「どうしていつも歌っているんだとか、歌がそんなに好きなのかとか、歌は誰に習ったんだとか、あの時精霊さんに色々聞かれたっけ」
「アリシアが歌う理由ってあるの? ただ歌が好きなだけ?」
「歌が好きなのもあるけど、お母さんがずっと歌ってたから。お母さん、言葉が喋れなくて、あーとかうーとかあうーとかしか言えなかったけど、それなのに歌になると、ちゃんと歌詞を歌えたんだよ。それでね、歌はすっごく上手かったんだよ」
自慢するかのように言うアリシア。
「お母さん、言葉が喋れないけど、私のこと凄く大事にしてくれたんだ。そんなお母さんと私を見て、町の親切な人達が、私とお母さんのこと面倒見てくれたんだ。だから私はそのお返しに、歌って村の人達を喜ばせてあげていたんだよー。そして今はこのシャクラの町の人達と精霊さん達を喜ばせてあげてるの」
遠くを見て懐かしむかのような顔で語るアリシアを見て、チャバックは寂しい気持ちになる。何故その大好きな母親と一緒にいられなかったのだろうと、何故失わなくてはならなかったのだろうと、アリシアの運命を悲しむ。
「あ、お返しって言っても、お金は貰ってるけどー、そうでないと生活できないし。てへへ」
照れ笑いを浮かべるアリシア。酒場で歌っている時のことを思い出すチャバック。
「好きなものがあるって、凄くいいよねえ」
「チャバック君も何か好きなのあるー?」
チャバックが言うと、アリシアが興味津々な表情で尋ねる。
「あれ? それこの前も聞かれたよ。魔術を勉強している時。オイラは立派な魔術師になりたいんだ」
「おー、そうだったねえ。私ってばうっかりさーん。色んなことあって記憶喪失だあ」
そんな記憶喪失があるのだろうかと、アリシアの言葉を聞いて苦笑するチャバック。
「そういえば、この世界にも魔術師はいるの?」
チャバックが尋ねる。
「いるよー。地主さんの所にいる、精霊さんを封じている鎮魂の碑を管理している人達も、魔術師だしね」
フレイム・ムアという不気味な容姿の術師だけではなく、複数の術師がいることを、アリシアも知っていた。
「オイラは……言葉は喋れるけど、オイラもアリシアのお母さんみたいに、頭……人より劣る……その……障害持ちなんだ。それに、ついこの間まで、もっと体が色々とおかしかったんだよ」
「そうだったんだ……」
「そんなオイラでも、人並みになりたいから、何か一つでも、少しでも何が欲しくて、ケープ先生に……オイラのかかりつけのお医者さんが魔術師だったから、その人から魔術を学んでいたんだ。魔術が好きかと言われると……その……アリシアとはちょっと違うかも、魔術の勉強も、凄く大変だしね。いや、やっぱり好きかなあ? あんなに大変な勉強、好きじゃないと続けられないし」
「そっか。チャバック君、やっぱり私達と同族だよ。同胞だよー。それなのに何で精霊さんはチャバック君達に……仲良くしてほしいのに」
チャバックの話を聞いて、アリシアは一瞬笑顔になったが、すぐに悲しげな顔になってうつむき加減になる。
「さっきから精霊さんのこと呼んでるけど、来てくれないなー。でも精霊さんが今度来たら、一生懸命説得する。チャバック君達と仲良くしてって」
「う、うん……」
意気込むアリシアを見て、チャバックは不安になる。下手をすれば、アリシアと精霊さんの仲もこじらせてしまうのではないかと、そんな懸念がよぎったからだ。
「よーし、チャバック君が頑張ってるし、私も頑張るよー。私は町中の人から大人気の歌い手目指しちゃうから」
「じゃあオイラは、猫婆も逃げ出す大大大大々魔術師目指しちゃうよう」
はりきるアリシアに、チャバックも明るい表情で宣言する。
先程からずっと離れた場所で、仲良さげに会話をしているチャバックとアリシアを、忌々しげに見る者がいた。ノアだ。
「チャバックめ……。社員の分際で彼女作ったの? これは絶対に減給しないと」
「そんなことで減給とか、どんなブラック企業なんだよ」
ノアの発言を聞いて、ガリリネが呆れて突っ込む。
「ジヘと仲良くなってくれるのはありがたいことだ。しかしジヘにはタルメという女友達もいたけどね」
ジヘパパが言う。
「というと、三角関係になる可能性も有る。楽しみだ」
「楽しみね~。三角関係はいいわよ~。見てる分には」
「楽しいものなの?」
本当に楽しそうな顔のノアとインガに、ガリリネがまた突っ込む。
「そろそろ休憩終了してオレンジの塔を壊しに行くかな」
ノアが立ち上がった。
「鎮魂の碑を壊してるの? 全部壊したら精霊さん達が今以上に自由になるし、力もつくと思うのよね~」
と、インガ。
「精霊さんの過去を知ったよ。今頭の中に流れてきた」
「あっちの世界から来た組、皆の頭の中に流れているようだ」
「え~? インガちゃんも知りた~い」
ガリリネとノアの言葉を聞き、インガが羨む。
「その封印とやらの破壊で、精霊さんパワーアップするのって、本当にいいことなのか?」
オットーが疑問を口にする。
「精霊さん達を解放して、精霊さん達やアリシアやインガさんの敵と言えるケロンをやっつければ……、それでハッピーエンドになって、絵本から出られるんじゃないかな? 僕はそう思うよ……」
アルレンティスが私見を述べた。
「大雑把だなあ。本当にそれでいけるのか?」
「人喰い絵本は大体……脱出のパターン決まっている。問題解決してハッピーエンドにするか、解決できずにどうにも出来なくして終わらせれば、脱出できる。無理矢理にでも脱出したいなら……後者でもいい……。この世界の住人にとっては悪い事態になるから、おすすめはできないけどね……」
疑わしげなオットーに、人喰い絵本に精通しているアルレンティスが、経験則を交えて語る。
「何にせよ……、事態を動かす必要がある。物語の中心となっている、精霊さん、アリシア達、地主で悪役のケロン、これらに関わる何かを大きく動かすんだ」
「いい方に進むといいなあ。私も頑張って精霊さんを説得してみるよー」
アルレンティスがアンニュイな口調で言った後、それとは対照的にアリシアが元気良く言う。この状況を不安がる魔術学院の生徒達も、アリシアの明朗さと溌剌さに救われている部分もあった。
***
別室にいたディーグルは、絵本で精霊の真相を知って、怒りを覚えていた。
(あの連中と似たようなことを考える者は、どこにでもいるという話ですね。規模は異なりますが)
「ディーグルさん……怒ってます……? どうなされました?」
絵のモデルとなって座っていたディーグルが、突然不機嫌そうな顔になったのを見て、脅えるファユミ。
「これは私としたことが、思い出し怒りをしてしまいました」
「思い出し笑いではなく……?」
その単語がおかしくて、ファユミは笑みを零す。
その後しばらく、無言で絵を描き続けるファユミ。
「絵……出来ました」
ファユミが息を吐き、告げる。
「拝見しますね」
立ち上がるディーグル。
「こ……怖い……です」
ファユミは小刻みに身を震わせ、ディーグルの反応を伺う。
「悪かったら容赦なく酷評しますね」
「ッ……!?」
笑顔で非情な宣言をするディーグルに、ファユミは絶句した
「その方がファユミさんのためですよ。批評は悪意から行うものではありません。愛情を込めて行うものです」
言いつつディーグルは画版を覗き込んだ。
「しかしこれは批評する必要は全く無いですね。素晴らしい出来栄えです。自分の顔がこうも上手く描かれているのを見るのは、少々照れますが」
話しながら、世界中で画材となりまくって、絵が飾られまくっているブラッシーのことを思い浮かべるディーグルだった。
「そう言って頂くと……とても……嬉しいです……。描いてよかった……」
ファユミは心底安堵し、大きく吐息をついた。
「私……見ての……通り醜い顔……生まれてしまいましたから、せめて……描く絵だけでも……美しく……思っています。おかしい……ですか? この考え……滑稽……ですか?」
「おかしいとは思いませんが、自分を卑下することが余計ですね」
恐々と尋ねるファユミに、ディーグルはいつもの柔和な笑顔で、きっぱりと告げた。
***
怪しい器具にまみれた部屋の中、フレイム・ムアは、これより行う儀式の準備を行っていた。
「首尾は?」
精霊さんがフレイム・ムアの前に現れ、端的に尋ねる。
フレイム・ムアはケロンの手下であるが、精霊さんと通じている。精霊さんがより力を発揮できる方法も知っていて、これまでずっと研究を重ね、実行するための準備を進めてきた。
「ぼぶぶ……あと少し……精霊達を依代の中に入れられる……ぶぼぶ……」
器具のチェックを行いつつ、フレイム・ムアは答える。
(焦燥感に駆られている……な?)
精霊さんの表情を見て、フレイム・ムアは思う。
(それでいい……。その方がいい……。そう仕向けたのだから、予定通り……)
精霊さんが、異界からやってきた者達が災いとなる予知を見たのは、実はフレイム・ムアの仕業だった。そのような暗示を刷り込む術を使ったのだ。精霊さんに、異界組への敵意を刷り込み、戦わせるために。
当然、フレイム・ムアはその事実を精霊さんに伝えていない。
自分の思惑通りに精霊さんが踊っていると、フレイム・ムアは思い込んでいた。しかし――
「俺に術をかけて、操っているつもりなんだろうが、お見通しだぞ」
精霊さんの言葉を受け、いつも能面のフレイム・ムアが、この時ばかりは驚きの表情を浮かべる。
「そんなことを俺にする必要は無い。お前にたぶらかされる気は無いし、そんなことをされるまでもなく、俺は直感している」
精霊さんはフレイム・ムアの術に気付いていたし、あっさりと抵抗していた。そして自分自身の意思と直感で、異界から来た者達に危険性を感じていたのだ。
「あいつらは町の平和を乱す。確かにそう感じる。嘘から出たまことだな。俺は俺の意思であいつらを排除する。俺がそうしないと、多分もっとやばいことになる。大きな運命の干渉がなされる。だから町に大きな被害が出る前に、先に俺が動く」
「むう……」
力強く宣言する精霊さんに、フレイム・ムアは圧倒されて唸る。
「こんなこと言っても、お前には理解できないだろうけどな。町の人柱にされた俺が、町を見守っているうちに、町も、町の人々も、好きになっていた。護りたくなっていた。特にアリシアのような奴等を」
「そうか……」
複雑な気分になるフレイム・ムア。精霊さんの言葉に嘘は無いと思われる。術をかけたと思い込んでいて、実はかかっていないことに気付いていなかった事実は、何とも間抜けだったと落胆している。しかし術で操られるよりは、本人の意思で動いている方が、よいのではないかと――自分でも理由はわからないが、フレイム・ムアはそう思ってしまった。
「ぼぶぼぶぅ……塔が破壊されたら、すぐに実行できる……ぞ」
「わかった。よろしく頼むぞ」
フレイム・ムアが言い、精霊さんが頷いた。
***
ノア、サユリ、アルレンティスの三名は、精霊さん達の力を封じる最後の封印である、オレンジの塔の前へと移動した。
塔の前には、多くの兵士と術師が待機していた。これまで他の封印――鎮魂の碑を壊して回っていたのだから、その中核であるオレンジの塔が厳重に警備されるのも当然のことだ。
その中に、ノア達が見知った顔が三つあった。ミヤ、ユーリ、嬲り神だ。
「あれあれ? 師匠と先輩が敵か」
ノアが表情を輝かせる。
「えー……ミヤ様相手に敵うわけがない。しかも嬲り神もいるし。これは面倒だね」
アルレンティスはノアとは対照的に、げんなりとした顔になる。
「ぶひぃ、君達あの三人と本気で戦う気であるか?」
「面白そうじゃない。素敵なシチュエーションのぜんまいが巻かれようとしているよ」
サユリも気乗りしない様子であったが、ノアだけはうきうきしていた。




